イルミンスール魔法学校へ

シャンバラ教導団

校長室

百合園女学院へ

世界を再起する方法(最終回/全3回)

リアクション公開中!

世界を再起する方法(最終回/全3回)

リアクション

 
 
Epilogue 道は未来へ続く
 
 地底湖に直接、というのは、何となく憚られた。
 だが、そこから流れ出す川を見付けて、ここならと、フレデリカはルイーザを招く。
「何ですか?」
 何も知らずに歩み寄ったルイーザを、にっこり笑ったフレデリカは、問答無用で突き飛ばした。
「えっ!?」
 ばしゃん、と川に倒れ込み、ルイーザは慌てて起き上がるも、全身水を被って酷い有様だ。
「うん、いいわね!」
「フリッカ……こんな、私のせいで聖水が穢れてしまったらどうするんです」
 おろおろと泣き声をあげたルイーザに、大丈夫! とフレデリカは笑った。
「あのでかい人にオッケー済だから!『流れる水は淀まない』だって!」
 これでルイ姉も、ちゃんと清められたね、と笑うフレデリカに、ルイーザも、水の中に座り込んだまま、苦笑を浮かべた。


 一方。
 意識を失ったままの鈴木周に、聖水を飲ませなくてはならない。
「この際だ。俺が口移しで飲ませようか」
 緋桜ケイが言って、レミは、それは周くん、目が覚めたら自殺したくなるかも……と思った。
 少女と見紛うケイは可愛らしい外見だが男だ。
 男とキスをしたなんて知ったら、周にとっては末代までの恥だろう。
「3リットルも口移しで飲ませるのか?」
 カナタが、
「ボトルか何かに水を入れ、飲み口を逆さにして突っ込む方が早いのではないか」
と、乱暴な方法を提案する。
 しかも、空京でハックマン医師が言った「聖水を2、3リットル飲ませる」は、あの時の状態での話、だ。
 今は確実に進行している。
 念の為に倍くらい飲ませた方がいいかもしれない。
「6リットルを口移しか……」

 目が覚めた周が、もしもいつもの状態でなかった時の為に、彼等は、周が意識を失ったまま聖水を飲ませる方法を模索しているのだった。
 鍾乳洞の中、聖水のある地底湖まで運んで身体ごと投げ込めば早いのだろうが、到着するまでの地形を考えて、この状態の周を連れて行くよりは、と、外に聖水を汲んで来ている。
 ちなみに、辛うじて自己意識を保っていたラルクの方は、地底湖から流れ出る聖水の川に頭から突っ込んで、浴びるほどの水を飲んでいた。
 リネンには、パートナーのユーベルが付き添って飲ませている。
 その他、閃崎静麻等、グランナークの魔剣による攻撃を受けた者達は、無尽蔵な聖水によって、それぞれに治療をしていた。
「ぐだぐだ言ってても始まらねえ! 周には黙っとけば解んねえよ!」
 ぐい、と聖水を口に含んで、ケイは周の顔に近づく。
 おお、と呟いて、この際良く見ておこうと顔を傾けたカナタと、周くんゴメンね、と心の中で謝りつつ、両手で顔を覆いつつも何故か開いている指の合間で状況を見守るレミの目の前で、周がぱちりと目を開けた。
「……!? ……!? ……!!??
 な、何だあ!!?」
 至近距離に迫るケイの顔に、周がぎょっとする。
「さすが、身の危険を感じて起きおったか」
 ちっ、と残念そうにカナタが呟く。
「よっぽど嫌だったんだね、周くん……」
 よかった、まだ完全に”変わって”はいない。いつもの周くんだ、と、ほっとしながらレミが安堵する。
 ごくん、とケイは口に含んでいた聖水を飲み込み、無言で聖水の入ったボトルを差し出した。
「飲め」
 その目がすわっている。
 気圧されて、周は黙ってボトルを受け取る。
「それだけじゃ足りねえだろ。
 むしろ聖水漬けにするくらいじゃねえとな。おい、もっと汲んで来い」
 にやにや笑いながら一部始終を見ていたアレキサンドライトに指示されて、アレックス・キャッツアイが慌てて走って行った。
「ああいうのを、パシリって言うんですね」
と、アレックスの背中を見送って空京稲荷狐樹廊が面白そうに目を細めている。

 何となく期を逃してしまい、ありがとよ、と周が仲間達に礼が言えたのは、暫く後のことだった。


 これを、貰ってくれる? と、ファルはコハクに、彼がモーリオンで見付けてきた”結晶”を差し出した。
「えっ、ボクが貰っていいの?」
 目を丸くして訊き返したファルに、
「特別な力を持ってるわけじゃないんだけど」
 と、コハクは言う。
 力ではなく、これはコハクの想いなのだろう。そして、誓い。
「ありがと! 大事にするね!」
 ファルは大切にそれを受け取った。


 ヘリオドールから預かった”結晶”は、橘恭司が再び預かった。
「ではこれは、俺が彼女に返してきます」
「お願いします」
 コハクが頼む。
 これは、身ひとつで聖地クリソプレイスから救い出されたヘリオドールが、唯一持ち出せたものと言っていい。
 自分の手で返してやりたいと、恭司が申し出たのだ。

 ”結晶”は、女王器に反応して、コハクの先祖の姿を甦らせ、コハクにその遺志を伝えてくれた。
 恐らくは女王器に聖水を浸した時、「方向を示すもの」がコハクの姿を象ったのも、女王器が”結晶”に反応した結果なのだろう。
 少しでも関わった者として、ヘリオドールにも、顛末を説明してやりたい。
 空京では、皆で集まって打ち上げなどする話が持ち上がっているようだが、まずは彼女のところへ行かないと、と、恭司は思っていた。
「怪我は大丈夫ですか?」
「はい、もうすっかり」
 護ってやれなくてすみませんでした、と、恭司は言おうとしたがやめた。
 コハク自身もまた、何かを護ろうと、決意して立ち上がったのだから。


 聖地カルセンティンでできる、全てのことが終わった。
 コハク、と、北都に声を掛けられて、振り向いたコハクはふと微笑む。
「大変だったね、色々と。
 でも、まあ……とにかく、お疲れ様」
「うん、北都も、力を貸してくれて、ありがとう」
 労いに、礼を言う。
 だがそこからが続かず、目を泳がせて、結局北都は肩を竦めた。
「……それだけ。じゃあね」
 小さく笑って歩き出した北都に、コハクは何かを言いたげだったが、そのまま見送る。
「いいのかよ?」
 ちらと後ろを振り返って、昶が訊ねる。
「ぎくしゃくしてんなあ。
 何だかんだ言って、コハクのことが気になってんだろ?」
「自分が友達と思っていても、向こうも同じとは限らないしね」
 心に壁を作って、いつも通りを装って、コハクに接してみたけれど。
「……いいんだ。もう、平気だよ」
 叶わないことは、願わない主義だから。
「まあ、いいけどよ」
 北都がそれでいいのなら、昶にも否はない。
 昶にとって、大事なのは北都の方だからだ。

「何かあったのですか?」
 北都を見送るコハクに、ベアトリーチェが声をかける。
「うん……、よく、解らないんだけど」
 きっと、何かあったんだね、と、コハクは弱く笑った。
「このままでいいの? ”腹を割って話す”のが、友達でしょ!」
 美羽が勧めたが、コハクは考えて、首を横に振った。
 何故突然北都がよそよそしくなったのかはコハクには解らなかったが、人は皆、色々な思いを抱いているものなのだろう。
「……僕が友達だと思ってても、北都にとってそれが重荷なら……」
 寂しいけど、仕方ないよね。と、儚く微笑んだ。


 あの後、何を試してみても、『カゼ』の錫杖は、うんともすんとも言わなかった。
 何がどうなって、雷撃の魔法が生じたのか、結局のところは解らない。
 黎明は、その錫杖を、かつてリカインが作った彼の”墓”の側に突き立てた。
 空京の外れにあるよりも、ここにある方が相応しいような気がしたからだ。
「お前ら、ここ好きだよなあ。あの男、敵だったんだろうが」
 呆れ半分、アレキサンドライトが声を掛ける。
 黎明は、振り返らなかった。
「……私は、これでも実は、憎しみだけにかられて今迄、生きてきたんですが」
「……そうかい」
「……変わろうとするのは、良いことなんでしょうかね」
 何かを護りたい、と、そう思うことは。
 激情に駆られていた頃、それでも大切に護ってきた思いを、裏切ることになるのだろうか?
 その激情を向け、結果滅ぼすことになった、『カゼ』の存在は?
 アレキサンドライトは、肩を竦めた。
「迷うんだったら、変わっちまえ。
 変わってみて後悔したら、元に戻りゃいい」
 黎明は、振り返って苦笑した。
「簡単に言いますね」
「簡単なもんだ、人なんざ。
 簡単に憎んだり愛したりできる。
 護ろうと思えるんなら、護っとけ」
 溜め息を吐いて、黎明は肩を竦めた。
「地球で失った大事な人が、いつかパラミタで生まれ変わるそうなんです。
 ――護りますよ」
 例え、生まれ変わったその人に、会えることがなくても。

 この世界で、幸せに生きていてくれるのなら。


 アレックスは、おろおろとアレキサンドライトの顔色をうかがっている。
 怯えているのではない。これから自分が言わなくてはならない言葉に躊躇っている。
「ああもう、鬱陶しい! 言いたいことがあるならさっさと言いやがれ!」
「うわあ!」
 びくんと肩を震わせて、
「アレキサンドライト様!」
と叫んだ。
「僕、この村を出ます! きっと、立派になって帰ってきますから!」
 目尻に涙が滲んだが、男だったら泣いてはいけない。
 ふん、とアレキサンドライトは笑った。
「全く……途中で泣いて逃げ帰って来んなよ」
リカイン達を見て、
「こんな奴だが、よろしく頼む」
「お任せください。可愛がってあげますよ」
と、にんまり笑ったのは、狐樹廊だ。
「よろしく」
 とにこやかに微笑んだ狐樹廊に、ひいっと声が漏れたアレックスだったが、何故か、この選択に後悔はしていないのだ。
「怯えさすな」
 キューが呆れて言う。
「また来るわ。別に里帰りに寄るのは構わないんでしょ?」
 リカインの言葉に、アレキサンドライトはふっと笑った。

 もしも、旅路の間に、新しい生き方を見付けたなら、このまま、帰ってこないという選択もありだろう、と彼は思っていた。
 人の生き方を制限はできない。
 彼が彼の人生を自分で決めたなら、それはそれでいいと思う。
 世界は、広いのだ。
「……よろしく頼むな」
 だからもう一度そう言って、リカインはそれを心得たように頷いた。
 先は、きっと長い。
 答えはまだ、出ていない。