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世界を再起する方法(最終回/全3回)

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世界を再起する方法(最終回/全3回)

リアクション

 
 
 戦況を見守っていたクレアが身動きして、ヨシュアははっと顔を上げた。
「どうしたんです?」
「……来た」
 クレアは低く呟く。
 遂に追い付いて来てしまった。
 ヨシュアははっとする。
 今はまだ視界に小さく、しかし確実に近づいてくる、グロスの硬化ゴーレムの姿が見えた。
「もうですか?」
 ウィングは思わず、しまった、という感情をあらわにした。
「まずいです、ウィング、ボクもう魔力がありません」
 パートナーの神封剣 『アーガステイン』(しんほうけん・あーがすていん)が言い、
「アニムスも、殆ど使い果たしてしまいました」
 アニムスも眉尻を下げる。
「……どちらにしろ、アレに魔法は効かないですから、問題ではないですよ」
 ウィングはそう答えたが、表情は厳しかった。
 効かなくても、足止めの為には、強力な魔法が必要だった。
 弱い魔法では、あのゴーレムの足を止めるには至らないだろう。
 硬化ではない、目の前の巨大ゴーレム達は、殆ど全滅に等しいが、ウィングの魔力も、半ば尽きようとしていた。
「しのごの言っても仕方ありません。
 切り札がここに追い付くまでは、何が何でも留めておかなくてはならないのですから!」
 言って、風森巽が走り出す。
「待ってよ、巽!」
 パートナーのティア・ユースティ(てぃあ・ゆーすてぃ)もそれに続いた。
「ティア、強化を!」
「解ってる!」
 ティアは巽にパワーブレスをかける。
 そして自分も、武器を構えた。
「足止めするなら、足を狙えばいいんだよね――いっくよ――!
 ヘキサハンマー奥義! 必殺・膝かっくん!」
 巽と同時に、両足の膝関節を狙って、渾身の一撃を食らわす。
 ダメージ自体は与えられなかったものの、ゴーレムはがくりと体勢を崩し、ズシンと地響きを立てて倒れた。
 が、ややあって、ゴーレムはムクリと起き上がり、立ち上がって再び歩き出す。
「何度でも行っくよ――!」
 ティアがめげずに再びハンマーを構える。
 巽も強化光条兵器を構えた。
 例え、馬鹿の一つ覚えと言われようとも、”大馬鹿の一念、岩をも通す”のだ。

 だが、次の攻撃をゴーレムは身を捩って手で受け止めた。
 そのまま手を払って、ティアを払い飛ばそうとする。
「んきゃっ!」
「ティア!」
 巽はぎょっとして走り寄るが、致命的なダメージは無いようでほっとする。
「学習能力もついているんですか……!」
「んもー、ゴーレムのくせに生意気だよ!」
「次は我々が行きます。離れてください」
 ウィングが巽に言う。
 魔力の残りは少なく、連発はできないが、それを使い果たして足止めをするつもりでいる。
「……クロサキさん……」
 その様子を見つめながら、ヨシュアが祈るように呟いた。

◇ ◇ ◇


「やれやれ、やっと見えてきたよ」
 黒崎天音は、ようやく視界に入ってきた戦場に、軽く息をつく。
「間に合ったようだな」
 パートナーのブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)も肩を落とした。

 ゴーレムの歩みは遅い。
 昼夜を問わずに進行して尚、マイペースな天音ですら、気が急いてしまっていたが、遠目に現状を察するに、どうやら間に合ったようだった。
「遅いです!」
 声が届くところまで来て、早速の抗議が飛ぶ。
「ごめん。これでも急いだんだけど」
 言って、最後の一体だけ残っているゴーレムを見る。
「あれだね」
 天音の背後から、進み出た天音の硬化ゴーレムが、グロスの硬化ゴーレムに掴みかかった。
 グロスの硬化ゴーレムも、それに応戦する。
 天音のゴーレムがグロスのゴーレムをいなし、2体のゴーレムは、正面から激しくぶつかり合った。
 両方のゴーレムから、あちこちの装甲が砕けて飛び散る。
 メリ、と音がした。
「……あっ!?」
 見守っていたアニムスが、目を見開いた。
 がく、と体勢を崩したのは、片方のゴーレムだけ――天音の硬化ゴーレムの方だけだった。
「どうして!? 力は、同じじゃないんですか!?」
 ズシン、と片膝を付くゴーレムに、アニムスは青くなる。

「……ああ……」
 離れて所から見ていたヨシュアが、苦渋の表情を浮かべた。
「……僕の処置じゃ……やっぱり駄目だったんだ……」
 同じように作られても、オリヴィエ博士が最後まで仕上げたものと、自分が手を加えたものとでは、やはり、同じには成り得なかったのだ。
 どうしよう、と、ヨシュアは唇を噛む。
 五体は失われていなかったが、腰かどこか、バランスの中心をやられてしまったのか、天音のゴーレムは立ち上がることができない。
 グロスのゴーレムが、ひび割れた装甲を砕かせながら、近づく。
「天音――」
ブルーズが振り返った。
「――まだだよ」
 だが、天音は、じっと冷静な表情を保ったまま、そう呟いた。

 そこへ、走り込んだのは、佐々木弥十郎だった。
 弥十郎は、砕けたゴーレムの破片を拾い上げる。
 それは自分の腕よりも太く、長かったが、それを両手で持って、剣のように構えた。
 使いやすい形に加工できたら良かったが、『真竜の牙』の特殊加工がされている破片は、弥十郎の手ではどうすることもできない。
 だからそのままゴーレムの足を殴り付けた。
 何度も、何度も。
「……ここで、食い止めます……!」
 微かな、小さなヒビが、少しずつ大きくなって行く。
 何度も、何度も、殴り付け、足だけでなく、弥十郎の持つ破片もひび割れ、砕けて行く。
「危ない!」
 ゴーレムが腕を払って、弥十郎を除けようとした。
 その腕を狙って、上空からアリアが雷術を放つ。
 攻撃は弾かれたが、反応してゴーレムの腕の動きが止まった。

「弥十郎君、もういいよ」
 その時、背後、上の方から聞えてきた声の意味を理解して、弥十郎は身を翻してその場から離れる。
 体勢を立て直した天音の硬化ゴーレムが、座り込んだまま、その腕を、グロスの硬化ゴーレムの、弥十郎が付けた、足のひび割れに向かってのばした。
 ガツッ! と激突するような勢いで掴んだ足が、メリメリ、と砕ける。
 バランスを失って前に倒れる硬化ゴーレムを、抱きしめるように受け止めて、そのまま腕の力を強めた。
 グロスの硬化ゴーレムも、同じように天音の硬化ゴーレムを抱きしめる。
「先に潰されないか?」
 案じるブルーズに、
「亡霊の命令になんか、負けないよ」
と、天音は笑ってみせた。

 均衡は、長くは続かなかった。
 ひび割れ、砕け散る音は、2体のゴーレムから同時に響いた。
 身体が砕け始めても尚、2体のゴーレムから腕の力は緩まない。
 最後の最後まで、互いを破壊し続けて、やがて全てが、残骸と化した。

 ゴーレムが動かなくなった、と判断した瞬間、緊張の糸が切れたように、弥十郎はへたり込んだ。
「……よかった」
 ほっと息をつく。
 空を仰いで、ああ、皆、御腹空いてないかな、とふと思った。
 ここからは、街が近い。材料を買って、皆に料理を振舞いたい。
 そんな自分の考えに、ふと我に返って苦笑した。


「……終わった、か」
 クレアが、静かになった様子を見て、ほっと息をついた。
 横で、ヨシュアも緊張から解かれたように、深く息を吐く。
 動かないゴーレムが散らばる惨状を見渡して、少し目を伏せた。
「……色々、思うことはあろうが……」
「いえ、ありがとうございました。
 僕が言うのも変ですが……」
 ヨシュアは笑みを浮かべて、礼を言う。
「見届けることができて、よかった。
 博士もきっと、こう言うと思います。
 あれらを壊してくれて、ありがとうございました」

「これ、放って行って大丈夫でしょうか?」
 アニムスがゴーレム達の残骸を見渡して言った。
「大丈夫じゃないですか。
 何か使い道があるとは思えませんよ」
 町が程近いとはいえ、荒野の真ん中だ。遺棄して行くことで誰かに迷惑が及ぶとも思えない。
 仁科響がそう言った。
「真竜の牙が加工されている物も、物凄く硬いだけのただの岩、みたいになってますしね。
 危険は無いと思います」
「さすがに、このまま放置、というわけにも行きませんし。
 多分後で博士と回収に来ることになると思います。
 博士にちゃんと捨ててもらいます」
 ヨシュアの意見にはクレア達も同意だったので、とりあえず彼等は、手近の町に向かうことにする。
「……聖地カルセンティンの方はどうなっているかな?」
 天音の手には、女王器がある。
 これをコハクに届けてやらなくては。まだ休んでいる暇はないね、と、苦笑した。

◇ ◇ ◇


 連絡を受けとって、イーオンはひとつ息をついた。
「矢張り無駄だったか」
 その様子を見て、フィーネが問う。
 微かに安堵の表情を見て取ったからだ。
「無駄に済んだ、ということだ」
 イーオンは答える。
「労働をした身としては、無駄に”ならずに”済んだ、となって欲しかった気持ちもあるのだがな。
 まあ、良かったのであろうよ」
 フィーネは肩を竦めて笑った。
 ゴーレムは、ツァンダまでは来ない。口ではそんな風に言いつつも、フィーネはそれを聞いて安心した。

「…………」
 セルウィー・フォルトゥム(せるうぃー・ふぉるとぅむ)が、彼方の方角を見やった。
 ゴーレムが来ると思われていた方角だ。
「どうした」
とフィーネが問えば、いえ、とセルフィーは感慨のない表情で答えた。
「人形というのは何も変わりませんが……運がなかったのですね」
 そこに、僅かな憐憫の情が含まれているのにイーオンとフィーネは気付く。
 機晶姫であるセルフィーにとって、造られたものであるゴーレムの最後には、何か思うことがあるのだろうか。
 彼女の前でゴーレムの破壊が行われなかったことは、よかったのかもしれない、と、イーオンは感じた。
「……かも知れぬな。
 だが、所詮は、人形だ。
 セルとは違う。おまえは、人間なのだからな」
 そう言って、イーオンはツァンダの方へと足を向けた。
「事は済んだ。……報告に行かねばな」