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地球に帰らせていただきますっ!

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地球に帰らせていただきますっ!
地球に帰らせていただきますっ! 地球に帰らせていただきますっ!

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 兄と弟 
 
 
 学校は夏休み、会社はお盆休み。
 けれどその時期、1年の中でもかなり忙しい場所がある。
 施餓鬼会、盂蘭盆会と、いくら小さな寺でもこの時期はさぞ忙しいだろうと、榧守 志保(かやもり・しほ)は里帰りというよりは、家の手伝いにと帰ってきたのだった。
 得度していないから志保は僧ではない。手伝えることも限られているけれど、猫の手よりはましだろう。大切な行事だから、しっかりと務めないと。
 ……そんなことを考えながら帰ってきて、
「ただいま」
 と実家に挨拶すれば。
「ちょうどいいところに帰ってきた。おまえ運転しろ」
 兄の榧守 彰道の第一声がこれだった。
 おかしい。
 ここは久しぶりに帰った次男坊と家族の、感動の再会場面となるべきなんじゃないか?
 けれどこの忙しいのに愚痴なんて零せるわけもなく、志保は素直に玄関脇の戸棚を開けた。
 車のキーの位置は変わっていない。それどころか、とっくに捨てた自転車の鍵まで残ってる。
 ちらりと家の中を覗くと、出かける準備をしているらしき父親の姿が見えた。
(……親父の腰ってあんな曲がってたか?)
 そして母親の白髪はいつの間に、あんなに増えたのだろう。
 もともと志保は遅くに出来た子供だ。副住職をしている兄とも12、歳が離れているほどだ。だから同級生の親と比べれば、自分の親は高齢ではあったけれど。
 しばらくぶりに見る両親の姿は志保の記憶にあるのより年老いていて。
(年、取ったんだなあ)
 ついしみじみとしてしまってから、慌てて志保はキーを握り締めて車へと向かった。
 
 棚経上げに檀家回り。長野の片田舎だから、1軒1軒訪ねるには車が必須だ。
 助手席に乗り込んだ兄は、ぽつりと最初の行く先を口にした。志保も良く知る檀家の名前だ。
「乗るの兄ちゃんかよ。親父は?」
「近くの集落を回る」
 相変わらずの短い返事を聞くと、志保は車を出した。
 道中はずっと無言だ。強面な上に無表情な兄は、時折志保の運転に目を向けてくるだけで、何も話そうとしない。
 ずっと無言のままでいるのも気詰まりで、志保は兄に話しかける。
「あのさ……兄ちゃん、免許持ってるよね? 自分で運転――」
 志保に指示するよりも、自分でさっさと運転した方が実際早いのではないかと思って切り出した話だけれど、その途中で兄は志保にまともに視線を向けてくる。
「疲れたか?」
 睨むようなその目に、志保は反射的に答えてしまう。
「いや全然」
「そうか」
 ……話、終わってしまった。
 ゆくゆくは住職になろうという兄が、こんな無口でいいのかと志保はこっそり思う。
 年が離れていることもあって、志保は彰通と一緒に遊んだ記憶もあまりない……。
 世襲の寺ではないけれど、彰通が跡を継ぐと言い出した時は、周囲はやはり喜んだ。今志保がこうして自由にしていられるのも、そのお陰な部分はきっとある。
 目的の家の前で車を止めると、志保は静かに降りる兄の背中を見送る。
(なるべく行事のときは帰ってくるようにするよ)
 これくらいの手伝いしか出来ないけれど、口では伝えられないありがとうを届けたいから。
 
 
 車から降りた彰通は玄関までの短い距離を、志保のことを考えて歩いた。
 身体の調子はどうだろう、上手くやっているか、学校の様子は。聞きたいことはたくさんあるが、この期間はゆっくりと話を聞いている時間が取れない。
 棚経の移動でなら話せるだろうかと車の運転を頼んだのだけれど、考えてみれば弟は帰省したばかり。自分が運転するべきだったかと後悔したが、大丈夫そうで安心した。
 向こうでどんな暮らしをしているのかは聞けなかったけれど、弟の運転は丁寧で落ち着いていた。きっと向こうでもしっかりした生活をしているのだろう。
(今度は法会の無い時期にゆっくり帰ってくるといい)
 心の中でそう呼びかけると、彰通は檀家の玄関のチャイムを鳴らすのだった。