校長室
地球に帰らせていただきますっ!
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亡き母への祈り 水渡 雫(みなと・しずく)の家の敷地には、いくつもの家が点在している。はたから見れば広大な屋敷だけれど、雫にはそういう認識はない。 雫の一族は少々特殊な形態を取っていて、家族というものの括りが大きい。分家筋も含めて一族のほとんどが敷地内で共同生活を送っている。だから家は大きくとも、雫にとってそれは集合住宅のようなものだ。 本家と分家の違いにしても、基本的には本家直系筋が代々剣技指南役と首長を継いではいるけれど、それは最終権限者というだけで、明確に上下関係があるわけでもない。そのためか、旧家に多い体面にこだわるようなところはなく、おおらなか雰囲気の中で雫は育ってきた。 だからこの里帰りでも身構えるようなことはなく、雫は軽い足取りで門へと向かった。 と、そんな門から出てくる人影がある。 無造作な明るい色の茶髪。ふとこちらに向けた瞳は生き生きとした焦げ茶色。 それが1つ下の弟、水渡 広海だと見てとった雫は全力ダッシュで突撃した。 「広海君、ただいまですーーーっ!」 「うわ、っ!」 雫にしがみつかれた広海がバランスを崩す。それにも構わず、雫は手を伸ばして自分より背の高い広海の頭を撫でまわした。 春休みに会った時よりも広海の背は伸びているようだ。もう雫より20センチは高いだろう。 「大きくなりましたね。さすが男の子なのですっ!」 広海の成長が嬉しくてたまらない。可愛い可愛い弟なのだ。これはもう、休みの間中、可愛がり倒すしかないと雫は心に決めた。そんな姉心も知らず、 「だーかーらー」 と言いながら広海は雫の腕から逃れた。 「帰ってくるたび弟に全力で飛びつく女がどこにいるんだよ! ったく、彼氏でも作って少しは淑やかになれよ!」 疲れる、と呆れた口調で言った広海だったけれど、雫のこのテンションはいつものことだ。広海はすぐに気を取り直して雫を誘う。 「あ、ねーちゃ……姉貴。墓参り行くか? 今出るとこだったんだけどさ」 「お墓参り? 行きます行きます、広海君が行くなら私すぐ行きますっ!」 「すげぇいい返事だな……」 「それはもちろんですっ。あ、お線香は持ちました?」 手ぶらのように見える広海に雫が尋ねると、広海はちょっと顔をしかめた。 「親父が……先に行ってるから」 反抗期な所為もあってか、広海は父の水渡 万里を苦手としている。 「ああ、父様は相変わらずお墓なのですね……」 父親の墓参りはお盆だからというわけではない。家で父親の姿が見えなかったら墓を捜せと言われるくらい、しょっちゅう墓に行っていているのだ。 「では私たちも行きましょうか」 それならば線香も何も必要ない。雫は広海と共に母の墓へと向かった。 万里はもうずっと墓に手をあわせたままでいた。 心の中でずっと、今は亡き妻、渚に語りかけ続ける。 (雫は今日帰ってくるそうだ。ディーの報告では、依然男の影はなし。重畳重畳) 雫に聞かれたら怒られそうな、父親ならではの気持ちだ。 (いずれは私のように唯一に出逢うかもしれないが、その時が来ても、簡単に娘をやるつもりなど毛頭ない。……笑うか? 渚) 情に流された手加減はしない万里も、娘の男女関係についてのみは過保護だ。 亡くなってなお、自分が妻を思い続けているように、雫に現れる相手もそうであって欲しい。 そんなことを考えているところに、雫と広海がやってきた。 「父様、ただいま帰りました」 「うむ。長旅ご苦労だった」 ねぎらう万里の隣にしゃがみ、雫も墓に手をあわせた。 雫には母親の記憶はない。 だから墓参りには母を失った悲しみよりも、感謝がこめられている。 「母様、私を産んでくれて、それから広海君を残してくれて、ありがとうございますっ。お姉ちゃんですから、私が広海君を守りますっ! 母様、遠い世界から見守っていて下さい」 そう祈る雫に、まだ嫁に出すまでには相当時間がかかりそうだと、万里はほっと胸を撫で下ろすのだった。