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リアクション
第三章 大奥茶会5
「お、集まってきたじゃん。そんじゃ、暴れさせてもらおっかな」
天狗の男南臣 光一郎(みなみおみ・こういちろう)は屋根の上で嬉々とした。
茶人の着物を脱ぎ、掻き乱すように人々の間を駆け巡る。
「茶会で騒ぎを起して葦原のせいにする……あんな可愛い顔して怖いこと考える姫様、俺様は嫌いじゃないけどね!」
この出現に茶会は騒然となった。
警護のものが一斉に天狗を追い、人々は逃げ惑う。
女たちの悲鳴が次々に上がっていた。
「やっぱ、大奥は綺麗どころが多いなあ。俺様も出世して一国一城の主になったら、はべらす! 絶対だ!」
そのころ、別の場所でも騒ぎが起こっていた。
天狗の撹乱作戦である。
「それがしの茶坊主は男ながらに托卵を賜るのだ。光一郎は御世継ぎを生む母……いや男だから父か。どっちでもいい。いずれ南臣家百二十万石の主となる光一郎の縁あるオットー・ハーマン(おっとー・はーまん)が、調べものをしたいといっているのだ。ささっと書庫まで案内するのだ!」
「なんだ……この錦鯉に扮装した奴は」
「錦鯉とは何だ!このピチピチ色白肌のどこが作り物というのか!それがしを侮辱するか!」
護衛は本気で危ない輩に出くわしたと思ったようだった。
「え、ええい、お前などに構っている暇はない。お茶会の席に天狗が現れたのだ。一体どこから入り込んだのか……おい、誰かこいつをつまみ出せ!」
「天狗だと!?」
オットーは昨夜、うきうきと天狗の面を準備している光一郎の姿を思い出した。
「まさかとは思うが、あれはコスプレ……いや、将軍とのプレイ用ではなかったのか!?」
「どんなプレイだよ!!」
一斉に突っ込まれ、「お前も天狗の一味か!」と護衛と役人に追いかけられるオットー。
何とか煙にまき、偶然にも逃げ込んだ先には、天狗から逃げるときに大奥で迷子になっていたティファニーたちがいた。
「キャーーー化け物が出たアアア!!」
「誰が化け物だ。その目は節穴か」
ティファニーがオットーによくよく顔を近づけてみると成る程、なかなか愛嬌のある顔をしていた。
「それがしはオットー・ハーマン。略してオットマンであるが、どうした?」
ティファニーは首をぷるぷる振る。
「さっき、変な声が聞こえたデース。きっとオバケですヨ。大奥には毎夜、オマエの乳をよこせって幽霊がでるって……ギャー」
自分で話していて怖くなったらしい。
彼女は勝手にあらぬ方向に駆け出していた。
・
・
・
やがて――
「天狗が現れた場所から、葦原藩の小柄が見つかった」
この報が、老中楠山に届くのに時間はかからなかった。
天狗は何の危害も与えず、何もせず、あっという間に消えたという。
まさに神出鬼没であった。
そしてこれはただの余興か、いたずらではないかとされた。
しかし、いたずらにしても度が過ぎるとして、犯人探しと共に、よりいっそうの警護が敷かれることとなった。
老中は将軍のお耳には入れるなと強く厳命し、下手な噂を信じるなとも言った。
だが、真っ先に疑われたのは葦原藩であり、次に瑞穂の謀略だというものが現れ、大奥は人々の間で疑念が渦巻くようになる。
卍卍卍
「上様、茶会の騒ぎは収まりました。もうそろそろ御公務に戻っていただきませんと」
老中楠山は貞継を取り囲む面々を見て一瞬嫌な表情を見せたが、すぐに取り繕った。
「大奥取締役の御糸が、今夜ぜひ上様にお伝えたいことがあると申しております。恐れ入りますが、御足をお運びいただけますか」
「糸が?ここでは駄目か。この者たちとまだ庭を楽しんでいたいのだが」
老中は顔は笑っていたが、有無を言わせない威圧感があった。
「いくら将軍様といわれましても、城内でのしきたりはお守りいただきませぬと」
「……わかった。会うと伝えよ」
老中はうやうやしく頭を下げ、若い将軍を連れ立った。
と、急に振り返り、小次郎たちのもとへ戻ってきた。
「ああ、うっかり忘れるところであった。そちたち血判は押しておるか? ここで御仕えするというなら、この血判状に署名するように。これは大奥入りする女のものだけでなく、奥に近い男たちも血判する慣わしでな」
楠山は女官に墨と紙を用意させると、『大奥御法度』と書かれた書面に血判するよう促した。
「後に公方様にもじっくり見ていただくのだから、綺麗な字で書くのだぞ」
老中は全員が署名するまで待っていた。
そして、血判された紙を満足げに受け取ると、いそいそと漆の箱にしまって表へと戻っていった。
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