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まほろば大奥譚 第二回/全四回

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第一章 御祈祷1

 祈りとは、必ず実現させると誓う決意である。
 虫のいい願い事を押しつける行為ではない。
 将軍は回復してもらわねば、幕府は沈む。
 せめて、世継ぎが生まれるまでは……

 マホロバ城の隅で人のささやく声が聞こえる。

卍卍卍



 ドーン、ドーン、ドーンと太鼓が響く。
 大奥では、マホロバ将軍鬼城貞継(きじょう・さだつぐ)の平癒を願っての祈祷が行われている。
 貞継は先日から体調を崩し、伏してしまうことが多くなった。
 将軍が倒れれば、世継ぎの目処がたたない将軍家はもちろん、マホロバの将来にも関わる。
 大奥取締役をはじめ、御花実、御繭ほか大勢の女官たちが勢ぞろいし、城の表からやってきた老中楠山(くすやま)や側近たちも神妙な面持ちで座していた。
 百畳ほどの座敷には人がびっしりと詰め、その上座では、脇息(きょうそく)にもたれたままの貞継が居り、高僧として名高い大和尚が真言を唱えている。

オンコロコロセンダリマトウギソワカ……

「どうかされましたか」
 大奥取締役の御糸(おいと)が気にかける。
 祈祷中に話しかけるなどもってのほかではあったが、大和尚が胸を押さえてもがき苦しんでいるのでは、さすがにおかしいと皆が気づきはじめた。
 大和尚は息も絶え絶えに言う。
「お、鬼が……見えまする」
 ぶるぶると震え、姿形ないものに怯えていた。
「この大奥は、邪鬼の怨念に充ち満ちておる……」
「いい加減なことを申されるのであれば、たとえ高僧とて許されませんぞ」
 老中の厳しい物言いにも、大和尚は一向に改めない。
「大奥には哀れな邪鬼共が彷徨っている。そして公方様に真言が届かないのは、心が空虚な大禍(たいか)の鬼が巣くう証し。人の魂がないのだから、効く訳がない」
「将軍の心が空? それは何か、『扶桑(ふそう)』と関係があるのですか?」
 御従人である武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)の伝手を頼って、同席していた蒼空学園生徒樹月 刀真(きづき・とうま)が間に入った。
「鬼城家は二千五百年前に、桜の世界樹『扶桑』からマホロバの統治を託されたのだろう? なぜ? どうやって?」
 よそ者である刀真の率直な問いは、老中をはじめ家臣たちを凍り付かせていた。
 上級役人たちが直ぐさま彼を退出させようとする。
 が、将軍が止めさせた。
「良い……それで?」
「……天子の化身である扶桑の噴花、つまり桜の開花を意味するなら、桜の実がマホロバを統治する力なのではないですか。そして花が散るとき、扶桑の力も弱まる。その力を受けているはずの将軍には、何の影響もないのですか?」
 刀真は、具合の悪い貞継を見る度にそう思う。
 彼の脇で控えていた守護天使封印の巫女 白花(ふういんのみこ・びゃっか)もおずおずと申し出た。
「扶桑の噴花は近いと聞きます。今回の托卵も、そのせいで急がれているのですか。でも、それじゃあ貴方様も女性たちも可哀想です。房姫様も……」
「房姫……葦原か」
 貞継は苦しそうではあるが、はっきりとした言葉で話した。
「初代将軍鬼城貞康(きじょうさだやす)が葦原の助けを得て天下を治めたとき、天子様はマホロバを貞康公に託された。以降、托卵によってその力は受け継がれている。これは事実だ。扶桑の力は将軍家と共にあり、互いに影響している」
 刀真は首をひねった。
「納得できませんね。どうして天子様は力を将軍家に渡したのです。自分で統治すればいいものを」
「その必要があったからだ。鬼の血脈を濃く受ける貞康公であることが」
「鬼の血脈? それがマホロバの統治と天子様の力とどんな関係があ……」
 これ以上は老中たちが許さなかった。
 老中楠山は祈祷の終了を宣言すると、直ぐさま貞継を担ぎ出した。
 同時に刀真たちは護衛に取り囲まれ、連れ出される。
 大奥で刃傷沙汰は御法度だ。躊躇せざるを得ない。
「ちょっと待って。それで鬼城家はどうなったの? 将軍様のご両親は? 力を渡した父親や、マホロバを統治するほどの子供を産む母親が無事な訳がないわ!」
 剣の花嫁漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)の悲痛な叫びが護衛たちによってかき消された。
 刀真も貞継に向かって声を限りに呼び続ける。
「貴方は瑞穂藩が、扶桑の都への道を閉ざしたこと知っているのか!?」
「天子様は瑞穂を認めてはおられまい……だがもし噴花が起これば……鬼城は……!」
 貞継の声が遠ざかる。
 将軍のむなしい抵抗も空を切っていた。
「刀真……こちらが知りたいぐらいだ。扶桑の真の力を! まるで、体の中がバラバラに引き裂かれているようだ……!」