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リアクション
第五章 瑞穂弘道館分校1
瑞穂弘道館分校の前では、あたりをうろつく不審人物が目撃されていた。
「ここが、瑞穂弘道館分校で間違いないよな」
シャンバラ教導団霧島 玖朔(きりしま・くざく)がパートナーの英霊伊吹 九十九(いぶき・つくも)に尋ねる。
「もちろんよ。ゴロツキに安くないお金払ってやっと瑞穂藩士日数谷現示ってのを探り出したんだから。違ってたら大損よ。玖朔はお小遣いなしね!」
「ちょっと待て、金出したのは俺だろうが!」
「あ〜悪いんだけど、そこ通してくれないかな。中に入りたいんだけど」
酒瓶を担いだ蒼空学園八神 誠一(やがみ・せいいち)が間を横切る。
「ん、あんた瑞穂の人か。じゃあ、話付けてきてくれないかな。日数谷現示ってやつに会いたいんだけど」
「日数谷?」
玖朔の言葉に誠一は目を丸くした。
「そいつは偶然だなあ。僕もその人に会いに来たんだよ」
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「何でえ皆さん、お揃いできなすって。今日は何だ、ぱーちーでもあんのか?」
瑞穂藩士日数谷現示(ひかずや・げんじ)は、分校内の道場で他の瑞穂藩士と胡座を組んで座っていた。
朝稽古が終わったところらしい。
「お久しぶりです、その節はどうも。これは皆さんで召し上がってください」
誠一は酒瓶を振る舞ったが、現示は鼻で笑っていた。
「俺はあんたとは初対面だがな。ここにいる奴らもそうだ。勘違いしてねえか」
「そうですかねえ。マホロバの道中で剣を交えてみて何となく、寸鉄帯びぬ者を切るような人には思えなかったのですがねえ」
「……要件があるなら先にいいな。そこの兄さんも、何のようだ」
現示は玖朔にも鋭い視線を送る。
玖朔は両手を振った。
「俺のことは覚えてくれてるだろう『牛鬼会』だ。前に来てくれたよな」
玖朔はそういって、パートナーの機晶姫ハヅキ・イェルネフェルト(はづき・いぇるねふぇると)が記録していた映像・音声データを見せる。
葦原明倫館分校での現示の姿が映し出されていた。
「ふーん、俺のファンか。男に追っかけられても嬉しかねえが、瑞穂弘道館分校に入校したいなら事務方を通してくれ、俺はもっぱらこっちの方だからよ」
現示は竹刀を振り回している。
誠一は持参した碁を取り出した。
「一局どうですか、少し話もしたい」
「見てわかんねえか、俺は忙しい」
「鬼鎧の件では葦原明倫館奉行が怒ってましたよ。瑞穂藩もまた無茶しますねえ」
「……」
「どうしてエリュシオンと手を組もうという気になったのか。良い噂は全く聞かないのにね」
現示は瞬時に間合いを詰めると、竹刀を誠一の目前に突きつけた。
「あんまり御託並べてると、真剣でその鼻なくすぜ」
誠一はにやりとする。
「日数谷さんはその短気なところが欠点だよねえ。腕は立つのに、大局を見誤ると足下すくわれるよ」
「礼をわきまえてねえのはどっちだ。俺から何か聞き出してえなら、てめえの方から有益な情報か、手土産持ってくるのが筋だろうが。んな薄酒じゃなくてよ」
現示が竹刀を捨てて刀を手に取ったとき、瑞穂藩士たちから道場破りが来たと声が上がった。
「誰が道場破りよ。鬼鎧を返しにもらいにきたわ!」
葦原明倫館霧雨 透乃(きりさめ・とうの)はパートナーの剣の花嫁緋柱 陽子(ひばしら・ようこ)、英霊月美 芽美(つきみ・めいみ)を連れて殴り込みに来ていた。
「せっかく見つけた鬼鎧を横取りして、ウダちゃんの命まで……その分、瑞穂藩士の命で払ってもらうわ」
「怖ぇこというな、綺麗なお嬢さん方。怪我しねえうちに帰んな。瑞穂藩は紳士の国だからな、手荒なまねはしたくねえ」
「そんな脅しは無駄よ。私はあんたたちを殺らなきゃ、気が済まなくなってるの!」
「しゃあねえな、六黒先生。出番だぜ」
現示がすっと退くと、代わりに現れたのは二メートル近い大男であった。
三道 六黒(みどう・むくろ)と名乗る男は、指の骨を鳴らしながら透乃たちへ近づいてくる。
「わしは誰であろうと手加減はしない質でな。殺す感触を味わえぬからな」
「私もよ。もっと、もっと、血が欲しいわ! 誰であろうとなぶり殺してあげる!」
エリザベート・バ−トリーの英霊である芽美が甲高い笑い声を上げて突進する。
続いて、透乃が拳を打ち込み、陽子が鎖を放った。
六黒は威圧したまま骨の悪魔、魔鎧両ノ面 悪路(りょうのめん・あくろ)を纏いってそれに応える。
彼の基本戦闘に習って、奈落の鉄鎖と必殺の一撃のコンボだ。
互いに火花を散らせ対峙している。
「ん、あいつら見かけ以上に強えな。流石に六黒先生でも三対ニじゃ分が悪りいかな」
「なんの、ご心配には及びません。アレの戦闘狂は私が保証いたしますよ。悪人商会の首領である私がね」
マホロバ人葬歌 狂骨(そうか・きょうこつ)は、ほくそ笑みながら言う。
六黒を現示に紹介し、売り込んだのは彼だ。
「そうそう、ダンナは後ろで見ててくれりゃあいいよ。オレ達みたいなのを使ってこそナンボだろ」
同じく六黒の仲間であるチンピラ獣人羽皇 冴王(うおう・さおう)が煽り立てる。
「そりゃあいいが。なんか、てめらと並んでると俺まで悪人みてえじゃないか」
「あはは……ダンナ、面白いこというねえ。いいジョークだ」と、冴王は大袈裟に笑って見せたが、目は笑っていない。
彼はいつでも現示の寝首をかく隙をうかがっていた。
「このままじゃ、どっちか死ぬな。その前に道場がぶっ壊れちまう。今、ここで町奉行所に踏み込まれちゃあ、俺達の計画が水の泡だ。お前らも手を貸せ。あの、お嬢さん方に丁重にお引き取り頂こうぜ」
と、現示は刀を抜き、狂骨、冴王と共に六黒に加勢した。
「いいところを、邪魔をするな!」
六黒が吠えるが、現示も退かない。
「悪りいがこっちも悠長に見物してる時間がないんでね。これから、また鬼鎧探しさ。前にぶんどった奴も動かしてみたいしな」
「お前たちまた……!」
透乃が抵抗するが、相手にするには数が多すぎた。
現示は陽子を押さえ込むと縄で縛った。
透乃が金切り声を上げる。
「ちょっと……! 私の陽子ちゃんに変なことしたら只では済まさないわよ!」
「単独で瑞穂に殴りこみたあいい度胸だ。だが、戦術の内に入らねえ。そう葦原の御奉行さんにも伝えときな」」
現示は捕らえた透乃たちを簀巻き(すまき)にし、こっそり運び出すと、マホロバ城下の川に放り込んだ。
「日数谷!いくら何でもやりすぎだ」
玖朔は抗議したが、現示達は川に流されていく透乃たちを見送っている。
「俺は女を殺るの好きじゃねえよ。男なら、死ぬのはてめえが弱いからと納得しそうなもんだが、女は二代三代先まで恨みつらみがありそうでな。でも、まあ、あのお嬢さんたちなら大丈夫だろ」と、現示。
「さて……腹は決まったかい、兄さんたち」
現示は一部始終を見物していた誠一たちに向かって言った。
「これを見ても俺達に加勢するってなら、いつでも歓迎するぜ。ひやかしならとっとと失せな。目障りだ」
そう言って立ち去ろうとする瑞穂藩士に、誠一は言葉をぶつけた。
「そこまでして何をしようとしている? エリュシオンとも手を組んで……!」
現示は振り向き、銀髪がなびいた。
「あんたら、負け戦やったことあるか。瑞穂は二千五百年前に負けたのよ。そっから這い上がるのは並大抵の事じゃなかった。なり振りなんて構ってられねえ。すがれるもんなら、エリュシオンだろうが、ユグドラシルだろうが良かったんだよ……それにあんたの心配は――」
彼は古傷が痛んだのか、眼帯を押さえながら言った。
「エリュシオンがマホロバに攻めてきたらどうするかだろ。そんときは決まってんだろ……ぶっ壊れるまで戦ってやるよ」