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リアクション
●イルミンスール地下:I6
「……あれ? あれれ? ここってもしかして行き止まり? おっかしいなあ……」
周囲をキョロキョロと見渡して、トランス・ワルツ(とらんす・わるつ)がどうしてと言わんばかりの声を発する。捜索を得意とするトランスでも、それ全体が複雑な迷路と化している空間では、道を間違えてしまうこともあるようであった。
『まぁ、間違えたものは仕方あるまい。戻って別の道を進むことに――』
七刀 切(しちとう・きり)に装備された状態で、頭の中に直接発せられた黒之衣 音穏(くろのい・ねおん)の言葉に、しかし切は同意しない。いや、同意できなかった。
目の前を自らの数倍はあろうかという巨大生物が、横切ろうとしていたからであった。
(現地生物がいるっつう話は聞いてたけど……ちょっとあれは相手出来ないかなぁ……。アメイアさんとどっこいどっこいかなぁ……)
「き、キリキリ、どどどどうしよう!?」
「あー落ち着いて、声出さないで。気付かれなければ大丈夫だと思うから」
「もし気付かれたら?」
「その時は……逃げる?」
「えー!!」
幸い、巨大生物は切たちに気付くことなく、彼らから遠ざかっていった。
『……危ないところであったな。アメイア以外にも気を配らねばならぬ相手が増えては、捜索もやり辛いな』
「そうだねぇ。あ、今の情報は伝えておこうか。他の人達が巻き込まれちゃ、大変だからねぇ」
切がHCを操作して、巨大生物の目撃情報と向かった先を、他の生徒たちが共有出来るように、校長室の牙竜たちに託す。完全とはいかなくとも、少しは巨大生物に遭遇してしまう可能性を減じることが出来るだろう。
「これでよし、と。さ、行こうか。……というか、戻らなくちゃなのか」
「ごめんねーキリキリ、次は間違えないようにするからねっ!」
「うん、頼むよ、トランス」
切に言われたトランスが満面の笑みを浮かべて、先頭をひた走る。それに続いて切と音穏が、I6ブロックからO6ブロックへ戻り、別の道から先へと進んでいく――。
●イルミンスール地下:O5
「……よし、ここの周囲は探索を終えたな?」
「そのようじゃな。……しかし複雑な作りじゃ。尤も、そうでなくては侵入者に簡単に機動兵器を持って行かれてしまうのじゃがな」
ブロックの探索を終えた柊 真司(ひいらぎ・しんじ)とアレーティア・クレイス(あれーてぃあ・くれいす)が、判明したこと、ここには機動兵器はないこと、次のブロックへ続く道があることを精神感応でヴェルリア・アルカトル(う゛ぇるりあ・あるかとる)に伝える。
『真司、聞こえますか? 今、何処にいますか?』
『今は、地図でいうO5にいる。ここから先、I5へと続く道を発見した。問題がなければそちらへ向かう』
『分かりました。こちらの情報では、まだ生徒さんが到達していないブロックは、I5、O4、O3の3つです。HCの地図にも反映されると思います』
ヴェルリアの言う通り、地図には到達ブロックと未到達ブロックが色分けされていた。
『大分しぼれたようじゃの。見る限り、O4かO3のどちらかといった所かの?』
「さあな、それは行ってみないとな。……ありがとうヴェルリア、こちらは探索を再開する」
『はい。気をつけて下さいね、真司』
ヴェルリアの情報が、校長室で情報の集積を行う牙竜たちに引き継がれ、モニターには探索状況が刻々と更新されていく様が映し出されていた。
「ふむ……これまではどうにか、事故もなく上手くやっておるようじゃな」
「そうですね。アメイアには手を出さないよう皆さんが守っているようですし、巨大生物についても一匹を除いてはさしたる脅威でもないようですので」
モニターを覗き込みながら呟くアーデルハイトに、リュウライザーが答える。
「後はどのタイミングで、生徒たちとエリザベートたち、ミーミルたちが目的の場所に到達するかじゃの。……全員がアメイアの前に到達してしまえば楽なのじゃが……」
そうはゆかぬじゃろうな、という意味を含ませつつ、アーデルハイトが地下の者たちを案じる――。
●イルミンスール地下:I5
「なあイチル、ここ通りづらくてかなわんわぁ。いっそ破壊工作でババーンと穴開けてもええんとちゃうか?」
「だ、ダメだよ! そんなことしたらイルミンスールだって痛いよきっと」
「ちょっとくらい問題ないやろ。な? ちょうそのはんどべるどなんとかで聞いたってな? ……ま、怒られそうな気もするけどな」
「……聞こえてるよ? 怒られるのは俺なんだから、変なこと質問させないでよ」
ハイエル・アルカンジェリ(はいえる・あるかんじぇり)の冗談混じりの提案をいなして、一息ついた九条 イチル(くじょう・いちる)がHCで得られた情報と新たにもたらされた情報とを確認していた。
(ファティマ、大丈夫かなあ……状況を共有し合うこと、手分けして探索することが大切だっていっても、巨大生物もいるみたいだし……)
ここまで反時計回りに探索を進めてきたイチルとは逆に、時計回りに探索を行うと言って別れたファティマ・ツァイセル(ふぁてぃま・つぁいせる)のことをイチルが心配していると、I4の方角から自然の音ではない機械的な音が聞こえてくる。
「他に捜索を行っておる者のいずれかか?」
イチルの横に立ったルツ・ヴィオレッタ(るつ・びおれった)が、敵意を持った存在を感知する魔法を行使しているはずのイチルに問いかける。
「……うん、敵意は感じられない。それに何となく、ファティマが近くまで来ているような気がするんだ」
首元にチクリと感じる痛みを一つの確信としてイチルが告げた直後、飛空艇と共にファティマが姿を見せる。
「おっと、そうかなって思ったけど、やっぱりイチルだったね。ここがちょうど両方のルートの合流地点なのかな」
危険を伴う単独行動を、さも大したことではないといった振る舞いのファティマに少々呆れつつ、イチルがこれまでの捜索の結果をファティマと照らし合わせる。
「ここまで、特にそれらしきものはなかったよ。イチルの方は?」
ファティマの言葉に、イチルが首を横に振る。それぞれが時計、反時計回りに捜索を進め、この場においても目的の『アルマイン』を見つけられなかったとなれば、残るは――。
「……行こう。アルマインはきっと、O3にある」
色分けされていないブロックの、I5から行けるブロックのさらに奥。暫定的に『O3』と指定されていたそこにアルマインはある。そんな予測と共に、イチルたちがO4への道を目指して歩を進めていく。
そして、彼らと入れ替わるようにしてI5には、神裂 刹那(かんざき・せつな)と如月 正悟(きさらぎ・しょうご)、それぞれのパートナーが辿り着いていた。
「……ここではないか。ここだと予想を立てたのだが、外れたようだな」
付近の捜索を終えて、アルマインがある場所をI5と立てていた正悟が自らの予測が外れたことを自覚し、しかし直ぐにHCを操作して次の候補地を算定し直す。
「すみません如月さん、私が校長達の進行ルートを特定できていれば、もう少し順調に行ったのでしょうけど……」
『刹那、自分を責める必要はないわ。戦闘の痕跡が見当たらなければ、痕跡を辿りようもないのだから』
申し訳なさそうな表情を浮かべる刹那を、魔鎧として刹那に装備されていたノエル・ノワール(のえる・のわーる)がフォローする。エリザベートの傍にはアメイアを始め、イルミンスールの実力者が揃っていること、地下には敵性生物も多くいることから、刹那はエリザベート一行が各地で戦闘を行いながら進んでいると判断し、その後を辿ることで結果的にアルマインの位置を探ろうと目論んだのだが、その痕跡は殆ど見つからなかった。
偶然同じ進路を取っていた正悟と合流し、校長室に残ったエミリア・パージカル(えみりあ・ぱーじかる)とイグニス・セイバーソウル(いぐにす・せいばーそうる)の助力もあって、ともかくI5までは到達することが出来たのだ。
「ここまで来れれば、後残すブロックは2つのみだ。前方にアメイアが現れたという報告も今の所はない。……彼女と対等の立場になるためにも、見つけたら乗ってしまうしかないか……」
アメイアも龍騎士と呼ばれる立場である以上、騎士。騎士であるからには、守るべき者がいるはず。それを対話によって引き出すことが出来れば、そう考える正悟が鋭い眼差しでO4に向かう道を見据える。
「刹那、私達も行きましょう。アルマインがいくつあるかは判明していませんが、数次第では私達も必要になるでしょう」
ルナ・フレアロード(るな・ふれあろーど)の言葉に、刹那が頷く。
そして一行は、O4への道を進んでいく――。
●イルミンスール:校長室
「……刹那達は先に進んだみたいだな。やれやれ、一時はどうなるかと思ったけど、ま、現地で目的を同じくする者と合流出来たのは幸いだったかな?」
「そうですね。……あの、よろしければで構わないのですが、一つ、私たちの案に協力してくれませんか?」
校長室で正悟のサポートをしてきたエミリアが、同じく刹那たちのサポートをしてきたイグニスに、もし正悟がアメイアと対話が出来る状況の時に、その時の会話の内容を録音して欲しいと頼む。アメイアの発言から、本人の狙いやアルマインをどのように利用しようと考えているのか、彼女なりに考えてみようとしていたためである。
「分かったよ、刹那にその案、持ちかけてみよう」
イグニスが頷き、HCを介して刹那に提案を持ちかけ終えた直後、モニターを凝視していたリュウライザーが緊迫した声をあげる。
「I5付近にて戦闘らしき反応がありました。いくつか可能性がありますが、反応が複数確認出来ることから、アメイアが関与しているものと考えられます」
「あやつめ、もうそこまで来ておったか……! 概ね、生徒の誰かがアメイアに見つかったか、あるいは……」
「気の逸った誰かが攻撃を仕掛けたか、ですね」
状況の把握に務めながら、アーデルハイトの呟きにリュウライザーが答えた――。