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静香サーキュレーション(第1回/全3回)

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静香サーキュレーション(第1回/全3回)
静香サーキュレーション(第1回/全3回) 静香サーキュレーション(第1回/全3回)

リアクション



【×3―2・交錯】

 百合園女学院の敷地内にある、離れの庵。
 そこで優雅に昼下がりのティータイムを取っている村上琴理(むらかみ・ことり)と、七瀬 歩(ななせ・あゆむ)ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)の三人。
「うん、今日の紅茶はいつも以上にうまく淹れられましたね」
「さすが琴理さんだね。百合園の中でも一番じゃない?」
「そうよね。琴理が淹れてくれた紅茶、ほんとうに美味しい…………」
 ローザマリアはふたりに同意しながら、どうにも違和感がぬぐえずにいた。
(あら? 何か変ね……ついさっきティータイムはお開きになった記憶があるわ)
 意を決して琴理にひとつの質問をしてみて、
「ねえ、今日って何月何日だったっけ」
「え? えっと確か――」
 そうして告げられた月日に、ローザマリアは耳を疑った。
(同じ繰り返し……? 学院で、なにかが起きてるの?)
 違和感は徐々に確信に変わり、かつてティータイムをした記憶が鮮明に蘇っていく。
 なにか事の原因があるのかと考え。ローザマリアはここに来るまでに、ラズィーヤに危険が迫っているという類の噂を耳にしたことを思い出した。
「琴理。ラズィーヤさんがどこにいるかわかる?」
「?? そうですね、今の時間なら校長室だと思いますけど」
 さっきからなんの話? と琴理は疑問符を頭に浮かべ。深く聞いてみようとしたけれど、
「ごめんなさい、少し席をはずしますね」
 それより先にローザマリアは立ちあがってしまっていた。
 彼女としてもまだ確信があったわけではないので、詳しい話はせぬまま庵を後にした。
「どうしたんでしょう、ね?」
「うーん……」
 実のところ、歩にも心当たりはあった。
 学院にいる皆の空気がどこかピリピリしているし、自分の中にも奇妙な既視感のようなものがもやもやしている。そして、なにより。
 ローザマリアが席を離れたのと入れ代わりにやってきた静香の表情が、焦りや不安に彩られていたから。
「ごめんなさい。ラズィーヤさんを見ませんでしたか?」
「い、いいえ。どうかしたんですか?」
「それが……その……」
「少し、落ち着いてはどうです? 今お茶を淹れますから」
「あ、でも僕は」
「そういわずに。一杯だけでも」
 そう言って琴理は静香を強引に席につかせ、自前のティーセットで手際よく準備を始めていく。その間に、歩は聞いておくことにした。
「元気ないですけど、何かありましたか?」
「…………信じてもらえないと思うけど、実は」
 そこから聞かされたのは悪夢と、ループの話。
 歩は話しはじめの悪夢の時点で、今までひっかかっていたデジャヴを感じ取り。おかげでループの話にさほど驚かずにすんだ。
「それで、ラズィーヤさんが殺されるのは決まって夕暮れ時なんですか?」
「うん、おそらく。でも今回はどうかな……微妙にこれまでとは違ってきているようだし」
「誰かの突飛な行動によっては、全然違う展開になることもあるってことですね。あ、そういえば最後にかかってきた電話。あれは誰からだったんです?」
「……それが、よく思い出せないんだよ。どこかで聞いた声だったとは思うんだけど」
 そこから、うむむむと考え込むふたりだったが。
 コトリ、と琴理が静かに静香の前に紅茶を置いた音で我に返った。
「とりあえず、一息いれてください」
「あ、ありがとう」
 静香はこくりとのどを鳴らし、紅茶を飲んだ。
 わずかに安らいだようだったが、それで顔色まで良くなるということにはならなかった。
「なんにしてもさ。今までのことが全部夢で、今日が本当の現実なんだとしても。あの夢は結局僕が望んでいることなんじゃないかって思っちゃうんだ」
「そんな! 確かに夢診断については願望が出るって話はありますけど。そこまでわかりやすく夢になったりはしないんですよ?」
「…………」
「だから、静香さんがもしそれを望んだとして、そんな夢にはならないはずなんですよ。……って、これも夢の中だと思われたら安心できないでしょうか」
「……うん。でも、ありがとう。ちょっとは気が楽になった、と思う」
 静香は残っていた紅茶を最後までちゃんと飲みほし、
「お茶、ごちそうさま」
 謝辞を告げてまたどこかへと走っていった。
 そのあと、庵の横を、鈴子、リナリエッタ、レキ、ミアが通り過ぎて。わずかに遅れて亜璃珠も走り去っていった。そこから何秒か経過してから、走る大佐の姿も見えた。
「みなさん、やけにあわただしいですね」
「あの。琴理さん、さっき静香さんと話してたことですけど」
「ええ。聞いていました。実は薄々私もデジャヴのようなものは感じていたんです」
「! そうなんだ。あたしは、嫌な未来を変えられるなら、このループを使うべきじゃないかって考えてるの。事件の真相を探るために、活用できそうだし」
「そう、ですね。私も同じ意見です。ただ……」
「ただ?」
「これは、あくまでも静香さんとラズィーヤさんの問題のような気がするんです。私達にできるのは、先程のように背中を押すことだけ……そこからふたりが、あるいはどちらかが変わらなければこのループと惨劇は続いてしまう。そんな予感が」

 そうしてふたりが話し合っているころ、肝心のラズィーヤはというと。
 実は琴理が言うとおり既にもう校長室に戻っていて、のんきにケーキと紅茶を楽しんでいたりした。
「ふぅ。これでいつ誘拐犯がいらっしゃっても大丈夫ですわね」
 どうやら予告状の件でさわがしくなるのを見越して、くつろぐ用意をしていたらしい。これから起こることに、なんとも余裕たっぷりなラズィーヤとは対照的に、篠宮真奈、モリガン、エリンたちはわずかながら緊張の面持ちだった。
「静香姉様がラズィーヤ姉様をすごく心配してましたけど、何かあったんですかー?」
「そうなんですの? わたくしには身に覚えがありませんわね」
 唯一サージュは、緊張を毛ほども感じさせない顔でラズィーヤの隣で撫でられていたが。
「それにしても、偶然ラズィーヤさんに会えてよかったわ。ねぇ?」
「そ、そうね。私はまあべつに会えないなら会えないでよかったんだけど」
「エリン。警戒しすぎですよ、別にそんなとって喰われるわけでもあるまいし」
「そうですわよ。ほら、あなたたちもいかが? ケーキはたくさん用意してありますわよ」
 ラズィーヤからの申し出に、エリンはおののきながら視線を向けるが。
 自身の頬についたクリームをぺろりと艶かしく舐める彼女に、近寄るどころか思い切り安全な距離をとりなおしておいた。

 一方。静香に追いついた鈴子は彼女を問い詰めていた
 百合園の校長と白百合団の団長が顔をつきあわせて喋っていれば、なんだか生徒の目を惹いて無理ない光景だが。パッと見た限りではそばに誰もいない。
 それはふたりで話したいという鈴子の要望にこたえてのことなのだが、実はレキは光学迷彩で姿を消し、ミアは置物の陰に隠れて様子を伺っている。リナリエッタも気づかれないように気を配りながら鈴子自身にも注意しており、さらには後からやってきた亜璃珠と大佐も、話し合いを密かに見守っていたりする。
 要するに、よくよく観察してみれば大勢が話を聞いているという状況なのだった。
「大体のことは把握しましたわ。今日が繰り返されているなどという妄言、あなたの口から出たことでなければ半信半疑すらせず一蹴したところですけれど」
「……僕の口からでも、まだ半分は疑ってるんだね」
「ええ。あなたは嘘をついて喜ぶ人ではありませんが、喜んで誰かに騙される類の人ですから」
「…………何気に酷いこと言うね」
「気を悪くさせたのなら謝罪しますわ、ごめんなさい。でも私も少々混乱していますので」
 と、そこへ、
「でも気になるのは最後の電話だよね。その電話の主が誰なのか、どんな話しだったのかが鍵なんじゃないかな」
「わぁ! きゅ、急に出てこないでよ!」
 ふたりの会話にレキが姿を見せて入っていくと、その存在を知らなかった静香は大げさに見えるほど大きく身体をのけぞらせる。
「なんにせよ、一度校長室に向かいましょう。ラズィーヤさんが戻っているかもしれませんし。何らかの手がかりが見つかる可能性もありますわ」
「そうだね」
「あ、うん……」

 役者が次々と校長室に揃っていく中。
 その役者に含まれる稲場 繭(いなば・まゆ)エミリア・レンコート(えみりあ・れんこーと)も、既に校長室へと辿り着いていた。
 ただし、まだ校長室の中ではなく扉一枚を隔てた外ではあるが。
「ね、ねぇ、ほんとにやるのよね?」
「そうよ。なに怯えてるの? へーきよ。ここは夢の世界なんだから」
「そ、それにしては寒い気がするし……なにより恥ずかしいし……」
 もじもじと身体を縮こませる繭。
 なにしろ彼女達ふたりの服装は、紺のスクール水着の上にマントをつけて、顔の上半分を隠す仮面を装着しているという珍奇極まりないものなのだから無理もなく。これを恥ずかしくないと言うのなら、一体なにを恥ずかしいと表現すればいいのかわからなくなることだろう。
「だからへーきだってば。全部夢、夢なんだからね」
「そ、そう……? うん……わかった。わかりましたよ、もう」
 羞恥が隠せなかった繭も、しだいに考えてもよくわからない結論に至り、深く考えるのはやめることにした。どの道もう引き返せそうにないことは、予告状を出した時点でわかっていたのだから。
 と、ここまで記述すれば気づいただろうが。
 彼女らこそ、予告状を出した張本人なのであり。このループを楽しむため、今まさに誘拐を実行に移さんとしているのだった。もっとも、ループに気づいているのはエミリアだけで、繭はうまいことだまくらかされて連れてこられた被害者でもあるのだが。
「それじゃあいきますよ! くらってください、マジカルスモッグ!」
 繭は、ファンシーな名をつけたアシッドミストを扉の隙間から吹き込んでいく。もちろん殺すことが目的でないため、酸の濃度は安全なレベルに落としてある。
 中が混乱するのが声で伝わってきたので、エミリアは機を逃さぬよう扉を蹴破って室内に飛びこんだ。
「げほ、ごほ。だ、誰!?」
 むせかえりながらも、侵入者に警戒心むき出しで叫んだラズィーヤに、
「夢とメビウスの環の中で!」と、まずエミリアが両手で円を描くように動き。
「あ、現われたるは美しき女神!」と、繭はその後ろで伸びをするような姿勢になる。
「マジカルエミリー!」(説明しよう! この名前に特別な意味はなく、彼女の気分による盛り上げ方法なのだ!)
「み、ミラクルコクーン!」(説明しよう! コクーンとは日本語で繭のことなのだ! だからどうしたということもないが、とにかくそういうことなのだ!)
「今宵は高嶺の花を盗みにただいま参上!」
「じゃ、邪魔する悪い子は……つれてっちゃうぞ?」
 最後にふたりは、思い思いのポーズをキメながら名乗りをあげた。
「「「「「…………………………………………………………………………」」」」」
 そして、なんとも表現しがたい沈黙が空気を支配した。
「必殺! ミラクルサンダー!」
 マジカルエミリーはラズィーヤ達の頭を混乱と困惑が行き交っている間に、これまたファンシー名の雷術で威嚇攻撃を繰り出し。同時に目標へと接近し、速攻で抱えあげる。
「きゃ、ちょ」
 そのままターンし、校長室を飛び出そうとするマジカルエミリーと、ミラクルコクーン。
「っ、ラズィーヤさんになにするのよ!」「そう易々と盗ませはしませんわ」「ああ、もう。しょうがないわね」「ラズィーヤ姉様―!!」
 やっと正気に戻った真奈達も、後を追わんと駆け出した。
 そのとき。
「あれ? どうして校長室の扉が壊れて……」
 静香たち一行がちょうど到着した。
 なんとも絶妙なタイミングだったと言えよう。そのせいで、
ゴン ガン ドカ ゴキ ドコ ゴチン ドガン
 静香とマジカルエミリーが、鈴子とラズィーヤが、リナリエッタとミラクルコクーンが、レキと真奈が、ミアとモリガンが、亜璃珠とエリンが、大佐とサージュが。つまりは全員が次々と頭と頭をかなり強めに激突させていった。
 外と中の人数が奇跡的に一致したせいで、そのまま全員が見事に気絶する格好になったわけだが。
 正確には校長室の中に、もうひとりだけ残っている人物がいた。
 光学迷彩で姿を、隠形の術で音や気配をも消していたローザマリアである。
(なんていうか、いろいろと驚いたわね)
 人が次々現れて出るに出られなかったというのもあるが、もとより彼女の目的はループを止めることなのでひとまず成り行きを見守っていたのである。
(でも、きっとこれからループが起きるなにかがあるのよね)
「いたたたた……」
 と、誰かが起き上がったのを見て慌てて隠れ直すローザマリア。
 校長室前で気絶していた十四人のなかで、一番はやく目覚めたのはラズィーヤだった。
「結局なにがなんだかわかりませんでしたけれど……事態は収束したのでしょうか?」
 倒れている人の中に、静香や鈴子まで混じっていることに軽くびっくりしながら、ひとまず誰かを呼ぼうとしたところに。
「うわ、なんでこんなに人が倒れてるんだ?」
 そのときやってきたのはクリストファー・モーガン(くりすとふぁー・もーがん)
「あ、ちょうどいいところに。少し手を貸していただけますか? たいした怪我はしていないとは思いますけれど、ねんのため保健室に運びたいんですわ」
「あ、ああ。わかったぜ。でもさすがにこの人数は大変だな」
 クリストファーの心境としては、ラズィーヤにパートナーを楽しく弄る方法の教示を受けたいと考えているので特に抵抗はせず。静香たちを助け起こそうとした。
「そんなことは別に心配しなくてもいいよ」
 が、そのパートナーであるクリスティー・モーガン(くりすてぃー・もーがん)がいつの間にか後ろに立っていることに気づかされる。
「クリスティー。なんでここに」
「クリストファー、どうせボクを馬鹿にする相談してるんでしょ?」
 クリストファーからの質問は無視する形で、クリスティーはにっこり微笑んだ。
 その全てを見透かすような視線に、クリストファーは一瞬言葉に詰まり、そして、
 ドン、と容易くラズィーヤの方に突き飛ばされた。
「きゃ」「いって!」
ドス 
 ふたりがぶつかってバランスを崩した隙をつき、
 クリスティーは、ラズィーヤの胸にナイフをつきたてていた。
(な……!?)
 ローザマリアは、あまりに唐突すぎるクリスティーの行動に、助けに入る暇も与えられなかった。しかし、驚愕はまだ続く。
「これで、邪魔者はあとひとり」
「お、おい! なにやっ
シュッ 
 既に血に染まったナイフは、もう一度別の血を浴びた。
 クリストファーの、首に流れていた血だった。
 噴水のように、勢いよく撒き散らされた。
「んん、一体、なにが…………」
 その液体が顔に軽くかかり、不快さで静香は目を覚ました。
「静香様、これで憂いはありません。不埒な輩は排除しました」
 わけもわからぬまま、クリスティーに抱き寄せられる静香。
 ようやく意識がしっかりし始め、クリスティーが昼間に食堂で声をかけてきた相手だとわかり、そこから周囲の光景を正しく認識していき。
「ひっ……!」
 すぐに否定したくなった。
「パートナーを失った者同士、契約をしましょう」
 静香の恐怖に怯える表情に、クリスティーは恍惚とした表情で顔を近づけていく。
 そのままキスをかわそうとして……突き飛ばされた。
「!? いったぁ。なんだよ、もう」
 やったのはいつの間にか目を覚ましていた鈴子だった。
「なにを、してるんですの! あなたは!!」
 このときばかりは彼女のいつもの温和さや冷静さも揺らいで、目の前の現実を拒否している風だった。
 そんな鈴子の真剣に震える様子に、同じく目が覚めたリナリエッタは彼女が本物であることを確信し。不謹慎とは思いながらも密かに安堵した。
 クリスティーと鈴子がにらみ合う中、場違いな音楽が鳴り響く。
 静香のケータイの呼び出し音だった。
 その着信音に、レキやミアも気絶から覚醒していく。
「ラズィーヤ様! ラズィーヤ様っ!」
 レキは咄嗟にラズィーヤを揺り起こそうとしてみる。こうして倒れているのも冗談で、「引っかかったわね」と楽しくこれは冗談だと言ってほしかったのだが。
「これは……本当に、亡くなっているとしか思えぬぞ」
 ミアの発言がそんな私的願望を打ち砕いた。
 様々な思考や思惑がこの場に混在していく空間に、
「私何回ピーマン食べたの?! ループするなら別のモノも食べておけばよかった!!」
「どういうことなの、この記憶は一体……」
 廊下の奥から真白雪白と由二黒の叫び声が轟いてきた。
 みんなが反応して目をむけると、雪白がなぜか灼骨のカーマインを握り締めながら目を見開いており、隣で由二黒も頭を押さえてうずくまっていた。
 どうやら彼女達は今ループに気づいたんだなと、静香はぼやける思考のなかで考え、そのままケータイをとった。
『                          』
 聞こえてきたその声を、よく聞き取れぬまま…………