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薄闇の温泉合宿(第2回/全3回)

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薄闇の温泉合宿(第2回/全3回)

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第1章 話し合い

 浮遊大陸パラミタの中で、地球に露出しているのは、大陸のごく一部だ。
 東西に分かれたシャンバラのうち、トワイライトベルトの西側に位置する、西シャンバラだけが地球に露出した地域であり、東シャンバラは地球とは異なった世界に存在している。
 境界であるトワイライトベルトは世界と世界の狭間、常に薄暗い異空間だ。
 そんな場所に契約者達が集い、東シャンバラ政府主催の合宿が行われていた。

 早朝。
 皆が起き始めたばかりの頃。トワイライトベルト内の温泉に、既に訪れている者達がいた。
「うふふふ、なんかくすぐったかった。次はあたしが日奈々を洗ってあげるよ」
「……ありがと、ですぅ」
 冬蔦 千百合(ふゆつた・ちゆり)如月 日奈々(きさらぎ・ひなな)は、女性用の山側で、体の洗い合いっこしていた。
 まずは日奈々が千百合をやさしく、丁寧に洗ってあげた。
 千百合の体には、日奈々を守ってくれた時についた傷跡もあって。
 日奈々は少し、しんみりしてしまう。
 心の中でも何度も何度もお礼を言いながら、優しく優しく、愛しみながら洗ったのだった。
「あ……っ」
 千百合の手が、日奈々の白い首に触れて、日奈々は思わずビクリと震えた。
「髪の毛、一筋落ちてた」
 言って、千百合は日奈々の落ちていた髪を、まとめてある髪の中へ差し込んで、それから彼女の白い身体を洗い始める。
 白くて、やわらかくて、敏感な愛しい身体を。
「……ん……っ」
「くすぐったかった? ごめんね」
「……ううん、そうじゃなくて」
 またびくりと震えてしまい、日奈々は恥ずかしげに顔を赤く染めた。

 千百合が日奈々の身体を、素手で丁寧に隅々まで洗って、彼女を綺麗にしてあげた後。
 手をつないで微笑み合って、一緒に温泉の中へと入った。
 今朝はまだ、こちらには誰も来ていない。
 二人だけで、肩を並べて湯につかり。
 これまでのこと、これからのことを考えていく。
 この瞬間は、平和で、幸せで穏やかな時間だけれど……。
 それがずっと続かないことが、互いに解っているから。
 パラミタに居る限り――。
(前に…ヴァイシャリーの、街が…キメラに、襲われた時も…デートに、行った村が…襲われた時も…私は…ただ…千百合ちゃんに…守られるだけ、でした…)
 日奈々は目が見えない。だけれど、隣に千百合がいることは確かに感じられた。
(私を、守るために…千百合ちゃんが、傷ついていたのに…私は…何も、できなくて…ただ、守られるだけで…何も…することが、できなくて……)
 身体は温まっていくのに、寒さを感じていく。
 千百合は自分のことを守ってくれるけれど。彼女に辛い思いをさせ続けてしまう。
 そして、いつかは千百合がいなくなってしまうかもしれないと、日奈々は一人恐怖を感じていた。
(…何も、できないのは…嫌、ですぅ…)
 ただ、守られるだけ、何も出来ないでいるだけ、ではなく。
 千百合を支えられるようになりたい、支えられるように、強くなりたい、そう切実に思う。
「温かいね。朝からのぼせないようにしないと」
 千百合のいつもどおりの軽快な声に、日奈々はこくりと首を縦に振った。
 微笑む彼女の顔に。そして少しだけ思いつめているような彼女に、微笑み返して。千百合はじっと日奈々を見ながら考えていく。
(街が襲われた時も村が襲われた時も、日奈々を守ることはできたけど、すごく心配をかけちゃった)
 その時は守ることが出来たけれど、今の自分ではどうすることも出来ない相手はこの世界に沢山存在している。
 千百合は目を細めて、ほんのりと赤い日奈々の顔を眺め続ける。
(日奈々の悲しそう顔はあたしは見たくないし、日奈々を守りきれないのも嫌だ。悲しい顔をさせないように、心配かけずにすむように、しっかりと守りきれるように……)
 千百合は落ちかけている日奈々の髪に手を伸ばして、頭の上でとめてあげる。
 その後で、手を日奈々の頬に下ろして軽く撫でた。
(あたしは強くなりたい)
 同じ思いを、二人は抱いていた。

 それよりも少し後。
 緋桜 ケイ(ひおう・けい)ファビオ・ヴィベルディ(ふぁびお・う゛ぃべるでぃ)ミクル・フレイバディを誘って来ていた。
 ……今回は、ファビオと少し話がしたかったのだけれど、ファビオが薔薇の学舎へ所属したことで、なんだか少し警戒してしまって、ミクルのことも誘ったのだ。
 以前、薔薇学で研修を受けた際、ケイはとある人物にイタズラされたことがある。そのとある人物も合宿に顔を出しているので、変に緊張してしまっているのだ。
「ミルミちゃんにも誘われてるんだけど……どうしよう」
 ケイとミクルは百合園生として、女装して合宿に参加しているのだが、今は女装はしておらず、男性用の湯船の方にいる。
「一緒に入ればいいんじゃないか?」
「うんだけど……『ミルミはミクルちゃんの全てをちゃんと知る義務がある! お風呂は何度もミルミから誘ったのに全然応えてくれなかったけれど、もう秘密知ってるし、ちゃんと裸のお付き合いしようねっ』って言われたんだ。なんか……湯着、脱がされそうな気がして」
 温泉につかりながら、ミクルは苦笑した。
「言うかもしれないよなあ……」
 ケイもつられて苦笑した。だけれど、それは仲良くしたいというミルミの気持ちだから。嬉しくもあった。
 ミクルも気持ちは嬉しいけれど失礼があってはいけないと、困っているようだ。
 ゆるりとそんな雑談や、たわい無い話をした後でケイは積極的に会話に入ってこないファビオの方に目を向ける。
「魔道書がイルミンスールの大図書館から盗まれたって話だけど」
 ファビオが皆に説明をした盗まれた魔道書のことについて、ケイは自分の考えを話してみることにした。
「厳重に管理されていた魔道書を、何の伝もなくあの子が忍び込んで盗みだせるとは考えづらいんだよな」
 だから、手引きした人物。あるいは魔道書を盗み出した別の人物がいるのではないかと、続けていく。
「魔道書を盗み出した人物は、元イルミンスール生だ。その後に彼女――ユリアナ・シャバノフの手に渡って、契約に至ったんだと思う」
「その元イルミンスール生って名前とかわかる?」
「名前も当時の写真もあるけど、魔道書を盗み出すのが目的で在籍していたのなら名前は偽名じゃないかな。賊の中にはそれらしい人物はいなかったが……当時の写真ともずいぶん変わっているだろうから、なんとも言えないね」
 犯人ではなくて、今は現物の魔道書の確保が優先なため、魔道書が見つかった今、犯人探しは特にしていないということだった。
「あと、盗まれた魔道書は本当に2冊だったのか?」
「何でそう思う?」
「いや、何となく……?」
 ちょっと考えてケイがそう言うと、ファビオは軽く笑みを浮かべてこう答えた。
「どうだろうね。現場にいたわけじゃないから、真実は知らない」
「そっか。あ、でもその盗んだ人物の名前、念のために教えてくれる? 写真も持っているのなら見せてくれた方がいいかもな。誰か知ってるヤツいるかもしれないぜ!」
「名前はレスト・シフェウナ。人間。現在の年齢は20歳くらいだと思われる。写真は携帯に保存してあるから、あとでね」
 ファビオはそう答えた後、体を起こす。
 龍騎士がこちらに向かっているという情報も入っており、これ以上の長湯は無理なようだった。
「よし、行くかー。今日の仕事が終わったら、また夜に入ろうな」
「うん。ミルミちゃんも一緒かもだけど」
 ケイとミクルも微笑みあって、湯から出るのだった。

 一方、ケイのパートナーのルプス・アウレリア(るぷす・あうれりあ)ルア・イルプラッセル(るあ・いるぷらっせる)は、ファビオの代わりにと、捕らえた賊のテントの前で警備についていた。
「歯が立たずに倒されたっていうけれど……そんなに強い魔道書だったとしたら、こうも簡単に捕まえることができたかしら?」
 おそらく、今の魔道書は本来の力を引き出すことが出来ないのだろうとルプスは思った。
「ここに本人がいるのだから、他の誰かに話を聞いて回る必要なんてないじゃない」
 魔道書から直接話しを聞きだそうとルプスは賊が捕らえられているテントの中へ入ろうとする。
「でもルプス、さすがに猿轡を外すのはマズイと思うよ……猿轡をしたままでもコミュニケーションを取ることは出来るよね、質問にうなづいてもらうとか」
 ルアはなぜか油性マジックを握り締めながら一緒に入ろうとしたが。
「二人は外の警備を続けてくれ」
 中で監視に当たっていたヴァル・ゴライオン(う゛ぁる・ごらいおん)に止められてしまう。
「話を聞くだけよ」
「キミのパートナーはロイヤルガードだろ? 命令以上のことを行う場合には、パートナーと一緒に責任を持って行わないとな」
 そうヴァルに窘められ、ルプスは不機嫌になりながら、ルアと共にしぶしぶテントの外へ出ていく。
「でも、話を聞くくらいはできるよ」
「そうね」
 そして、外から聞き耳を立てるのだった。