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リアクション
ロシア極東ウラジオストック。
なんとヤクザは国境を越えて襲撃をしていた。
「パラ実イコンの残骸を見に行っただけでどうしてこんなことに……!」
アーミーショットガンのトリガーを引いた直後、反射的にバリケードの内側に頭を引っ込める富永 佐那(とみなが・さな)。
食堂のテーブルの端が銃弾にはじけ飛ぶ。
佐那はパラ実イコンに興味を持ち、残骸を解析してみようと首領・鬼鳳帝まで足を運んだのだが、そこで店が潰れたことを知らずに買い物に来たパラ実生や、まだ使えるものはないかと瓦礫をあさりに来たパラ実生とかと話しをしていたところをヤクザに見られていて誤解を受けたのだった。
実家から連絡を受けたと聞き急遽戻ってみれば、すでに銃撃戦が始まっていた。
彼女の名は日本名ではあるが日本国籍は持っていない。
母はブラジル系ロシア人。父は日本人。
母方の祖父の伝手で、脱サラした父とウラジオストックで食堂の経営を始めたのだ。
「おとなしくしてればいいのに、金角湾なんかに沈めるから!」
佐那の文句は短機関銃の射撃音にかき消された。
受けた連絡というのは、実家が地上げ屋にあったが母親が逆に彼らを捕まえて金角湾に沈めた、というものだった。
とんでもなく過激な母親だが、彼女の父というのがロシアンマフィアの大幹部でブラジルのある一帯を牛耳る人物であり、その娘の佐那の母も同マフィアの幹部なのだ。
ピロシキやボルシチが地元の人やウラジオストックを母港とするロシア極東艦隊の水兵達に大人気の、ごく普通の食堂は実は普通ではなかったというわけだった。
従って、従業員やふだんは姿を見せない用心棒達もその手の者達である。例えば、元ソヴィエト連邦軍の軍人崩れだ。
「このままでは埒があかんな……。しかし、ヤクザ共も家族を狙うなど卑劣なマネをしてくれるな」
佐那と共に駆けつけた足利 義輝(あしかが・よしてる)が、ハンドガンを手に渋い表情で呟く。
彼の言うことは佐那も感じていることだった。
「これ以上の暴挙は許せません!」
声を張り上げて立ち上がった佐那は、突如、天御柱学院の制服を脱ぎ捨てた。
その下から現れたのは、旧ソヴィエト連邦軍の制服──佐那の自前衣装だ。
佐那の瞳が鋭く煌く。
「勇敢なる同志諸君、私にとってこの家はかけがえのない還るべき場所だった!」
みんなが親しんできた食堂は、窓ガラスはすべて打ち破られ、きれいに磨かれていた床は銃弾で穴だらけにされ、あたたかい家庭を思わせる壁紙は引き裂かれて煤けていた。
無残な姿だった。
「鎮魂の灯明は我々こそが灯すもの。いまや無残な姿となった還るべき家の下で、我らの銃は復讐の女神となる! カラシニコフの裁きのもと、5.45ミリ弾で奴らの顎門を食い千切れ!」
佐那は旧ソヴィエト連邦軍将校になりきって味方を鼓舞する。
壮年の従業員、用心棒達が「ウラァー!」と声をあげて闘志に火をつけた。
佐那が捨て身の突撃を決行しようとした時、
「おかみさん、お嬢、助けに来やしたぜ!」
銃撃戦をかいくぐり、イゴール・イリイッチ・メドヴェンコ(いごーるいりいっち・めどう゛ぇんこ)とピョートル・バグラチオン(ぴょーとる・ばぐらちおん)が加勢に現れた。
「イゴール・イリイッチ! ピョートル・イヴァノヴィッチ!」
緊張のためやや青白くなっていた佐那の頬に色が戻る。
それを見たイゴールの中のヤクザへの敵意が増す。
彼にとって佐那の祖父は命の恩人と言っても良いような存在だ。
天御柱学院に入学したのも、佐那を護ることでその恩に少しでも報いようと思ったためだった。
「お嬢のことは、あっしの一命に代えても御護り申し上げやす!」
アーミーショットガンを乱射しながらヤクザへ向かって先頭を突き進む佐那に、店の従業員や用心棒達が続く。
佐那の両脇にはイゴールとピョートルがついていた。
建物を盾にしてヤクザが撃ってきた銃弾を、ピョートルが素早く開いた戦闘用ビーチパラソルが弾く。
「ウラァー! タヴァーリシチ! ウラァー! ロージナ!(万歳! 同志! 万歳! 故郷!)」
叫ぶと、ピョートルはパラソルを開いたまま突っ込み、充分接近するとサッと閉じてチェインスマイトで叩きのめした。
「貴様!」
いきり立ったヤクザの銃弾がピョートルの肩口をかすめる。
「ロシアの大地を土足で踏み荒らして無事で帰れると思うなよ!」
振り回したパラソルはヤクザの胴を捉え、遠くまで飛ばした。
ヤクザは数回地面をバウンドし、勢いが止まった頃にはノックアウトされていた。
イゴールに引っ張られるまま佐那の実家に戻ったはいいが、結局何も知らされないまま戦いに巻き込まれるのはいつものこと……と、ハンドガンを撃ちまくっているイゴールの姿に、ピョートルの口からついため息がこぼれる。
しかしそれも束の間で、すぐに加勢に向かうのだった。
ちょうど目の先では、弾切れになった銃を捨てたヤクザが懐から長ドスを引き抜き、イゴールに突き立てようとしているところだ。
とっさにサイコキネシスでヤクザの動きを一瞬だけ止めるイゴール。
そのヤクザの頭をピョートルが戦闘用ビーチパラソルで殴打する。
「大丈夫!?」
「あ、お嬢。あっしは無傷ですぜ。それより、さっさと片付けちまいやしょう!」
ニヤリとしたイゴールは、ピョートルと佐那、義輝に作戦を話した。
四人はそれぞれ手勢を率いてヤクザへ猛攻撃を仕掛けた。
弾が切れたら肉弾戦も辞さない勢いだ。
ヤクザも目を血走らせてそれに応じる。
佐那達がいなければヤクザが押していただろうが、彼女達が加わったことで形勢逆転となった。
四人はバラバラに攻撃しているように見せかけて、実は地の利を生かしてヤクザを包囲しようとしていた。
ヤクザも地理は調べているだろうが、長年暮らしてきた佐那達には感覚レベルで敵わない。
少しずつ数を減らしながら、とうとう一箇所に追い詰められた。
一気にたたみかけ、全員を地に沈めると、そのうちの一人のスーツのポケットをイゴールがあさる。やがて取り出したのは携帯電話だった。
さらにイゴールは携帯の主を乱暴に叩き起こし、登録番号一覧ページを突き出して「この中であんたに命令したのは誰ですかい?」と、目つきを鋭くして迫る。
ヤクザは舌打ちしつつも、大和田道玄の名を指差した。
イゴールがその名を選択して数回のコールの後、どうした、という短い応答があった。
「あんたァ、誰のシマでこんなことしてるか、わかってるんですかい?」
『──そうか、しくじったか』
内心はどうかわからないが、大和田の反応は淡白だ。
「このまま、ただで済むと思わんで下せぇよ。この落とし前はきっちり付けさせていただきやす──日本のあんたの組長の首を、必ずパラミタのあんたのもとへ送り届けてやりますぜ」
イゴールの挑戦状に大和田は短く笑っただけで通話を切った。
卍卍卍
空京──。
首領・鬼鳳帝が潰れたと聞いた
朱 黎明(しゅ・れいめい)は、これで首領・鬼鳳帝信仰も消えていくだろうと安堵した。
ナラカへ消えたとしても、黎明はひたすらに
ドージェを慕っていたからだ。
しかし、ここで彼はあることを思い出した。
一瞬でも忘れたのが不思議なほどだ。
甲子園で黎明はドージェから、彼の妻である
ニマ・カイラスのことを頼まれたのだった。
ニマは聖アトラーテ病院でずっと眠ったままだ。
ヤクザは、まだいる。
(安心するのは、まだ早かったですね……。出て行ってもらいましょう。あのような連中がはびこっていたのでは、ニマ様もガイアの妹も安眠できませんから)
「睡眠不足は健康にも美容にも良くありませんしね」
冗談めかした言葉を独りごちると、黎明は以前訪れた薄暗い通りへと足を運んだ。散歩のついでのように。
しばらくすると、小さく話し声が漏れ聞こえてきた。
何やら焦っているようだ。
「──邪魔が? 何者……生徒会長とおハジキのチエだぁ? 契約者共か……」
舌打ちが聞こえる。
気取られないように壁にぴったりくっついて耳を済ませていた黎明は、前者が姫宮和希だとわかった。
「──まぁいい。適当なとこで切り上げたほうがいいだろ」
男が通話を切った瞬間、黎明は素早く飛び出しマシンピストルを撃った。
両手の銃から放たれた弾丸は、一つは携帯を持つ手を撃ち抜き、もう一つは足を撃った。
悲鳴をあげて倒れた男は、しかし反撃しようと無事な手をスーツの内側に突っ込む。
黎明はその手を蹴り上げ、踏みつけた。
そして、額に銃口を突きつける。
「さて、どこの所属の方でしょうね?」
いたぞ! あそこだ! 回りこめ──!
追い立てられる黎明は、振動に突き抜けるような痛みを堪えながら裏路地を走った。
脇腹を押さえた手に、気持ちの悪い湿り気を感じる。
「見つけたぞ!」
ふと、細い脇道から鋭い声。
黎明はマシンピストルで退ける。
だが、彼もただ逃げているだけではなかった。
一人で戦うことを覚悟はしたが、あっさり終わる気などない。
反撃ポイントを探していた。
追いかけてくるのは蓮田組か大和田組。
空京では、この二つの勢力がもっとも大きい。
他の組のヤクザもいるが、黎明との追いかけっこには加わってこなかった。
うまく撒くことができたのか、追っ手の気配が消えた。
その隙に黎明は携帯で知り合いにメールを送った。
助けを求めるものではなく、蓮田組と大和田組が空京の裏社会で勢力を伸ばしている、という注意を喚起するものだ。
もしも、ここで自分が倒れた時のために。
黎明は簡単な罠を仕掛け、ヤクザを一箇所に集めようとした。
通る者と言えば酔っ払いか、脛に傷ある者か。
昼でも寂しい通りに、クロスファイアの炎と複数名の呻き声、一拍置いていくつもの銃声が響いた──。
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