シャンバラ教導団

リアクション

（・白）


　霧積　ナギサ（きりづみ・なぎさ）は、常磐城　静留（ときわぎ・しずる）と共にＢＭＩについての考察をし続けていた。
「この技術を完全な形で使えるようになれば、たしかに強大な力を行使出来るようになる。でも、イコンの『覚醒』は、こういうものではないんじゃないか？」
「確かにそうね。このやり方だと、適性のない学院の強化人間が犠牲になってしまう。だけど……」
　静留が言葉を続ける。
「私達が出した、『イコンと一つになる』という考え自体は的外れではないと思うわ」
　大きな代償が必要となる技術が、イコンの覚醒に必要であるとは思えない。
　確かめるためにも、二人はホワイトスノー博士に会いに行くことにした。

「博士、先日はアクセスキーをありがとうございます。おかげで、ＢＭＩについて知ることが出来ました」
「礼はいい。それに、あの時点ではあくまで推測に過ぎない情報だった」
　今は、ほとんど確定だと博士が付け加えた。
　いつも彼女の側にいた、モロゾフの姿はない。代わりに、スーツを着た海京警察の者らしき人物がいる。
　監視がついているというのは本当なようだ。
「ブレイン・マシン・インターフェイス。これはあくまで、人為的に『覚醒』状態に近づけるためのものでしかない。本当に機体が真の力を発揮するならば、パイロットを廃人にするほどの負荷はかけないだろう」
　だから、所詮は仮初に過ぎない。
「ＢＭＩは決して非人道的な技術ではない。が、まだその負荷を減らす方法は見つかっていない。しかし、もしイコンが真の力を発揮すれば、一種のサポートシステムとして機能する可能性はあるだろう」
　仮に覚醒がイコンと一体化するものだったとしても、超能力が使えるようになるとは限らない。その出力装置として使用出来るようになるのではないか、そうホワイトスノーは考えているようだ。
「博士は、これからどうされるおつもりですか？」
「『匣』の解析を行う。製造プラントで発見されたそれが、おそらく覚醒の鍵だろう」
　ナギサは、まだ『匣』のことについて詳しくは知らなかった。そういったものが学院の生徒の手によって、研究所にもたらされたということくらいしか。
「その『匣』について、博士はどのようなものと考えていますか？」
「おそらく何かが記録されたものだろう。その中に、イコンの秘密があるのかもしれない」
　

　その頃、御空　天泣（みそら・てんきゅう）とラヴィーナ・スミェールチ（らびーな・すみぇーるち）はホワイトスノーのデータにあった「２０１２ファイル」を調べていた。
　さらにＰＡＳＤの情報管理部に問い合わせ、博士とモロゾフの死亡記事を入手する。学院の生徒が耳にしたという「十人評議会」についても求めたが、そちらはまだ調査中であるということだった。
　文字化けは完全には直せなかった。
　一部は不自然なままとなってしまったが、元の字はロシア語ではなく、英語で書かれていた。
　だが、やはり「機械仕掛けの神」はイコンであるということが分かった。そのコックピットには、人の姿もあったことを。
　そして、超能力を使っている子供の項にはこうあった。
　――Ｎｏｖａと。
（おそらく、研究が行われていたのは「はじまりの地」と呼ばれているロシアの研究所跡。博士はそこの元研究員だった。そして記事にあるように、事故に巻き込まれて……）
　だが、彼女達は唯二の生還者となっている。
　ただ、死亡から生還までの間に、空白の一ヶ月がある。実は、二人は偽者なのではないか？
　しかし、それはおそらく違う。
　ここのところ、海京分所に出入りして博士と会っているが、常にいつもの黒いロングコート姿だ。
　あれは、事故による傷を隠すためだろう。「２０１２ファイル」の博士は、普通の研究者然とした白衣姿だ。
　そのときから、一切歳を取っていないように見えるのは気になるが。
「それにしても、何者なんだろうねこの子は？」
　ラヴィーナがデジカメで保存しておいた「ノヴァ」の写真を、ソートグラフィーで再現しようとしている。
　今も生きていれば、学院の生徒と同じくらいの歳か。
（年増の次はガキかよ。あいつ大丈夫かなぁ……まぁ、外に目を向けるようになったのはいいことなのか……って何故か保護者気分だ）
　呆れるような顔をしているが、天泣のことを心配してもいるのだろう。
「ベトナムでの出来事を聞くと、もしかしたら例の青いイコンのパイロットかもしれない」
　まだベトナムのことは、ＰＡＳＤにも詳細に伝えられたわけではない。ただ、青いイコンのパイロットが強力な超能力の使い手だとは知った。
「…………」
　ベトナムのことを考え、自己嫌悪に陥りそうになる。
　飛行場でのいざこざもあり、モロゾフは捕まり、博士には監視がつけられてしまっている。
　だからこそ、博士の味方として、天泣は全ての真実を知ろうと行動をしているのだ。
　果たして、彼は答えを得ることが出来るのだろうか。



（イコンは地球とパラミタ、双方の技術によって作られたもの？）
　荒井　雅香（あらい・もとか）は製造プラントから帰った後、イコンについての調査を自分なりに進めていた。
　その矢先、モロゾフが拘束されたこと、ホワイトスノー博士に監視が付けられたことを知る。
　イコンについて知りたいところだが、なぜそのような事態になったのかを知るべく、彼女はホワイトスノー博士に会うことにした。
　極東新大陸研究所を訪れ、面会を申し込む。
「どうした？」
　何度か博士とは面識があるため、手間はかからなかった。
「ベトナムで何があったのですか？」
　博士を疑ってはいない。ただ、モロゾフ中尉とたった二人で秘密裏に出向いた理由を知りたかっただけだ。
「敵の研究者に、心当たりがあった。それを確かめに行っただけだ」
「誰ですか、それは？」
「ヴィクター・ウェスト。新世紀の六人の一人に数えられた、バート・ウェストの息子だ」
　その名前は聞いたことがある。博士の経歴を調べている時に見かけた名だ。
　遺伝子工学と生物学において右に出る者はいないと言われた人物。そしてその息子の専攻は、『クローン』だった。
「あいつのことだ、そのうちパラミタの神を複製しようとするかもしれん。昔から危なっかしいとこはあったんだが、ここまで歪んでいたとはな……」
　その男がイコンや強化人間の技術をも習得していたことも博士から聞く。
「学院のイコンについては、性能は敵より上だ。私があんな男に引けを取ることはない」
　と、試作機があることも教えてもらった。
　他の生徒が知っているから、ということもあるが、いずれは整備科でも取り扱うことになるだろうから、ということで教えてくれたのだろう。
　この日分かったのは、ベトナムの詳細と、試作機『レイヴン』のことだった。