イルミンスール魔法学校へ

シャンバラ教導団

校長室

百合園女学院へ

イルミンスールの日常~新たな冒険の胎動~

リアクション公開中!

イルミンスールの日常~新たな冒険の胎動~
イルミンスールの日常~新たな冒険の胎動~ イルミンスールの日常~新たな冒険の胎動~ イルミンスールの日常~新たな冒険の胎動~

リアクション

 
「女王陛下、いや美央さん。……王国民として最後のあいさつを済ませに来ました」
 
 かつて王国が一集団だった頃から美央の傍にいた鬼崎 朔(きざき・さく)が、兜と鎧を脱いだ姿で美央の前に膝まずく。
 美央は、朔の話を黙って聞くことにしたようで、口を開かない。

「思えば、この王国も最初はクロセルさん始め、少数人の迷惑集団でしかなかったのに……。
 それがいつの間にか、こんな立派な国に成長して……ふふ、初期から居る私としては嬉しい限りです」
 
 微笑む朔、その表情は普段彼女が『白魔将軍』『王国の鬼神』と呼ばれているのが嘘のような、可愛らしいものであった。
 
「……ですが、私にはもうシャンバラを護りたいとは思えない。
 ……特にイルミンの裏切りを……私は許すわけにはいかない」
 
 朔の表情が、憤怒に歪む。
 ここで言う朔の『イルミンの裏切り』とはおそらく、ゴーストイコンをセンチネルとして東シャンバラが採用したことを指すのであろう。ゴーストイコンの由来が何であるかを辿れば、そういう思いに行き当たる者もいるであろう。
 
「私には『寺院と一時的にでも協力関係にあった』……それだけで、はらわたが煮えくりかえりそうなんです。
 ……あれで私は思いましたよ。例え、新しい女王が現れたとしても……シャンバラはいつか同じ過ちを犯すと」
 
 すっ、と朔が立ち上がる。
 
「……私は、第七龍騎士団の元に向かいます。
 ……裏切りを許して欲しいとは言いません。……ですが、これだけは言わせてください」
 
 微笑みを浮かべて、朔がその言葉を口にする。
 
「あなた達と出会えてよかった。どうか皆さんに、雪だるまの加護があらん事を」
 
 朔が踵を返し、美央の部屋を出て行こうとする――。
 
「この裏切り者!」
 
 美央のピシャリ、と放たれた言葉に、ハッとして朔が振り返る。
 しかし、朔の視界に映った美央は、怒ってなどいなかった。
 
「……なんちゃって。ついつい言ってみたくなりました」
 
 苦笑を浮かべて、美央が朔へ向けて言葉を送る。
 
「私は、龍騎士隊になられたからといって、貴方を変に見たりはしませんよ。
 ……私だって、エリュシオンに師と呼べる方がいらっしゃいます。彼は元従龍騎士であり、彼の騎士道や技術は本当素晴らしいものだと思っています。
 そんな中、起こるかもしれないエリュシオンとの戦い。……私は、龍騎士の方々とは出来れば戦いたくないとさえ思っています」
 
 戦争は大抵の場合、国同士が行うもの。
 しかし、実際に戦うのは、一人の個人。ここに、意識の乖離が存在した。
 
「私としては一人の国民、いえ、友人をこの程度の戦乱によって失うのは、心苦しく思っています。
 ですが、残れとは言えません。私は今のままでもいいと考えてますが、全ては鬼崎さんが自分と話し合って決めることです」
 
 美央が、座っていた椅子から立ち上がる。
 
「もし、ここから去るのを選んだのなら、すべてが終わったら帰ってきてくださいね。これから何があっても、たとえ傷つけあうことがあったとしても、そんな事で私達の今まで築きあげてきたものが崩れるなんてありません。
 次の冬が来れば、また会える。それがスノーマニズムの原点なのですから」
 
 必要なことは言い終えたとばかりに、美央が朔の横を通り過ぎ、部屋を後にする。
「…………」
 一人残された朔は、自らの為すべきことを思い至る――。
 
 
「ハハハ!今日も潜入することに成功しマシタ! さすが美央の王国、管理もザルですネ!」
 
 雪だるま王国内、雪だるまボディの付近に一つの影、ジョセフ・テイラー(じょせふ・ていらー)の姿があった。彼はこうして、懲りもなく美央の目を盗んで王国に侵入しては気ままに過ごしているのであった。
 
「……という訳デ、今日ハ精霊の力が宿りそうな気持ちになる『大浴場『雪だるまの湯』』に突撃デース!
 フムフム……『精霊の力が関与しているとされる雪原から得られた水』デスカ……オウオウ、ご利益がありそうデス!」
 
 その、大浴場に辿り着いたジョセフが、中に入っていく。
「前の露天温泉の時は、急に女性が入ってきてビックリしマシタガ……今日は楽しみマース!
 ……フム、水着? ノーノー、男が水着なんて言語道断! 
 男は黙ってタオル一丁! ハハハ、それこそがミーのジャスティス!」
 
 ここの大浴場は、原則混浴である。確かに、公共でないある意味私的な部分の強い場所で、必要以上に遠慮は要らないというのも理解できる。
「さあ精霊パワーよ、ミーに力添えを! フォォォ!!」
 ジョセフが、湯気の向こうへと消えていく――。
 
「さあ、着きましたよカヤノさん。……カヤノさんたちはお風呂、ぬるま湯の方がいいのかもしれませんね」
「そうね、普通に入ったらあたいとノーンは、確実にのぼせるわね。
 ……ま、それだとミオたちが困っちゃうし、上手いことやるわ、気にしないで。
 ノーン、あたいから離れないようにしなさいよね」
「わ、分かりましたカヤノ様っ」
(……カヤノがノーンを見ててくれるので、わたくしも少し、ゆっくりしていきましょうか。
 ツァンダまで帰るのに、結構かかりますから……)
「イレーヌちゃん、浮き輪持ってきた?」
「はい、ここにしっかりと用意してあります、葵ちゃん」
 
 美央に連れられて、カヤノ、ノーンとエリシア、葵とイレーヌが大浴場にやって来る。
 きゃいきゃいとはしゃぎながら服を脱いだところで、美央が中に先客がいるのに気付く。
(……まさか)
 しかもなにやら、フォォォォ!! だの、ハァァァァ!! だの聞こえてくる。
「……皆さん、少々お待ち下さい」
 ひとまず服を脱ぎ終え、美央が浴場へと入っていく。辺りをキョロキョロと見回し、声の聞こえる方角へと向かう。
「オウ、これはききますネ! 修行というヤツデスネ!」
 露天の方、修行のつもりか手を合わせて打たせ湯に打たれているジョセフが、ふと人の気配に気付いて目を開く。
(マ、マサカまた、女性の乱入者デスカ?)
 流れるお湯が視界を遮るが、どうも女性の身体つきをしているようにジョセフには見えた。丸みを帯びた身体つき、出るところは出て引っ込むところは引っ込む、そのくらいは確認できた。
「オウ! そこのレディサーン、ミーと一緒に修行しマセンカ!」
 前回は隠れたが、今回は声をかけてみようということで、ジョセフが目の前の女性に向かって声を掛ける。
 結果から先に言えば、一目散に逃げていれば、ジョセフの被害はまだ少なかったかもしれなかった。
 
「……煩悩は滅しなさい!!」
 
 美央の、皮膚を硬質化させての一撃が、ジョセフを空高く吹き飛ばす。
「……ふぅ。まったく……セキュリティを強化する必要がありますね」
 呟き、美央が皆の元へと戻っていく。
 
「というわけだから、ミオ、あたいが【雪だるま王国バケツ要塞守備隊隊長】の時は、あんたの下に付くから、そのつもりで覚悟しなさいよね!」
「わー、すごいな女王様、カヤノ様を従えちゃうの〜?」
「そ、それは……カヤノさん、本当にいいのですか?」
 カヤノの発言に、美央が戸惑う様子で尋ねる。結局カヤノは、雪だるま王国の中では美央の下に付くことにしたようである。
「う〜ん、気持ちいいね〜」
「葵ちゃん、髪を浸さないように気をつけてくださいね。髪はちゃんと手入れしないと、すぐ痛んでしまいますから」
 横では、浮き輪に掴まってぷかぷかと浮く葵を、イレーヌが微笑ましく見守っていた――。
 
 ――そして、空高く吹き飛ばされたジョセフはというと――。
 
「……汝、悔い改めなさい。そうすれば雪だるまの加護の下、救われるでしょう……」
「オウ、寒いデース! 誰か下ろしてくだサーイ!」
 
 大聖堂の屋根に、タオル一枚の姿で引っかかっていた。
 もちろんこの後、ジョセフが風邪を引いたのは言うまでもないことである。
 
 
「はー、今日は頑張った気がするわー。
 この調子で明日も頑張りましょっと……あれ?」
 
 美央たちと別れ、洞穴に帰ってきたカヤノは、少し行った先の待合室(洞穴内は、氷結属性の精霊にとって最適な温度に保たれているため、他の生物にとっては基本的に寒い。故に、もし精霊に用がある場合に、凍えないために適温に保たれた部屋をいくつか設けていた。これはカヤノが、たびたび洞穴を訪れるとある友人のことを慮って設置したらしいが、真偽の程は定かでない)に見知った人影を見る。
「よう、お帰りだぜ」
「ウィル! 何よ、来てんなら言えばよかったじゃない。適当な精霊捕まえて言うくらい出来たでしょ」
 人影がウィルネスト・アーカイヴス(うぃるねすと・あーかいう゛す)と気付いて、カヤノが砕けた口調(といっても、カヤノはいつもこんな調子だが)で中に入ってくる。
「んー、仕事なら呼び出すのもわりぃかと思って。暇なら問答無用で押しかけんだけどな。
 ……って、入ってきて大丈夫かよ、ここあちぃだろ」
「ここはあたいの住処よ、なんとでもなるわ。あんたに風邪でも引かれる方が面倒なのよ」
「へぇへぇ、カヤノ様のありがたーい御心に感謝しますよーだ」
 冗談めかして言って、ウィルネストが持ってきた保温ビンから紅茶を注ぐ。
「飲むか?」
「ん、ありがと」
 カヤノが受け取り、一息に飲み干す(ちゃんとその前に冷却している)。空になったカップを渡されて、それにウィルネストが二杯目を注いで口をつける。
「で、カヤノは今日一日、何してたんだ?」
「えっとねー……」
 カヤノが、主に雪だるま王国での顛末をウィルネストに話す。
 エリュシオンと戦争が起きそうなこと、その時にエリュシオンはどう攻めてきて、そして自分たちはどうするべきか、といった内容の話が展開されていく。
「ふーん、やっぱドンパチになんのかねぇ」
「そんなの分かんないわよ。……ま、もしそうなったら、あたいたちもしかして、エリュシオンの精霊とも戦わなくちゃなんないのよね……なんか、そん時には、ミオとかあんたとか、巻き込みたくないわね。勝てるかどうかも分かんないし――」
 エリュシオンと戦争状態になるということは、その可能性も否定出来ないということである。
 そして、エリュシオンの精霊は、正確なことは分からないが、おそらくシャンバラの精霊よりも全てにおいて上回っていると推測されていた。正面からぶつかり合えば、シャンバラの精霊は確実に負けるだろうとも。
「なーにシケたこと言ってんだよ!」
 バシン、とウィルネストがカヤノの背中をぶったたく。
「いったぁ! ちょっと何すんのよ!」
「弱音なんてカヤノにゃ似合わねーっつーの。
 ……ま、色々あるしな。もしそーゆー気分になりそーな時に効くおまじない、教えてやんよ」
 真っ直ぐに見つめてくるカヤノへ、ウィルネストが指をビシ、と向けて言い放つ。
「俺は、お前が出来るって信じてる。
 だからお前がお前を信じられなくなった時は、『お前を信じる俺を信じろ!』
 ……ヒヒ、なんかカッコいーだろー」
 またも冗談めかした態度のウィルネストに、真面目に聞いていたカヤノがガク、と肩を落とし、次いで立ち上がって憤慨する。
「何よ! せっかくその気になってたのに! もういいわよ、知らないっ!」
 プイッ、とそっぽを向いてしまうカヤノに、やれやれといった様子でウィルネストが紅茶を飲み干し、口を開く。
「ま、お互い頑張ろうぜ。無事に戻れたら、なんかやるよ。
 カヤノちゃんがよく頑張りましたっていうご褒美的に♪」
「……その言葉、忘れんじゃないわよ? って、人のこと言えないけどね。
 ……そうだ思い出したわ! ウィル、ちょっと待ってなさい!」
 何かを思い出したらしく、カヤノが待合室を出ていく。
「なんだぁ? ま、大人しく待っててやるか……」
 呟いて、ウィルネストがカヤノの帰りを待っていると、しばらくの後カヤノが後ろ手に何かを持って戻ってきた。
「ウィル、背中向いて」
「おいおい何するつもりだよ、まさかさっきの逆襲とか考えてんじゃ」
「いいから向きなさいよ!」
 へぇへぇ、と背中を向けたウィルネストに、カヤノが手に持っていた何かをパシッ、と貼り付ける。
「って、ホントにやりやがったし……ん? なんだこりゃ?」
 背中に手をやったウィルネストは、そこに紙のようなものが貼られていることに気付く。剥がして見てみると――。
「……かやののともださ? きったねー字だなぁ、それに字間違ってんぞ、ださ、ってなんだよ」
「う、うっさいわね! 習いたてなのよ、しょうがないでしょ!
 あんた、最近顔見せないから、あたいが忘れそうになんのよ。あんたがこれ貼っつけとけば、あたいがすぐ思い出せるでしょ!」
 何故かえっへん、と得意そうに胸を張るカヤノに、ウィルネストがはぁ、とため息をつく。
「……これ、いつも貼っつけてろってかぁ?」
 そう呟きつつも、ま、友達として認められてんだな、と感じるウィルネストであった――。