リアクション
「ふう、酷い目に遭ったわ」 まさか室内で猫車による交通事故に遭うなどと思ってもいなかったリカイン・フェルマータが、腰をさすりながらパートナーたちと歩いて行った。 「まったく。わしらが他の絵を鑑賞している間、ずっとのびていたのだからな。困ったものだ」 中原鞆絵(木曾義仲)が、やれやれという体で言う。 「あれ。何か聞こえない?」 忍び笑いをもらしていたシルフィスティ・ロスヴァイセが、ふと耳をそばだてた。 「確かに、聞こえるわね。オペラ? 賛美歌? とにかくいってみましょ」 俄然興味を持って、リカイン・フェルマータが歌声の聞こえてくる展示室の方へと進んで行った。 「礼拝堂!?」 展示室の中に入るなり、周囲を見回してリカイン・フェルマータが言った。 「まあ、ごちゃごちゃと派手よねえ」 クラシカルな室内装飾を見て、シルフィスティ・ロスヴァイセが皮肉っぽく言ったが、細かな象眼の施された祭壇やアルコーブなどはみごとな美術品であった。 そんな部屋の中央で、燦式鎮護機 ザイエンデ(さんしきちんごき・ざいえんで)がケープを靡かせてクルクルと踊っている。 祭壇の前間で移動すると、燦式鎮護機ザイエンデがそこで立ち止まった。クルリと円を描いて広がっていた青いツインテールが、胸元に零れ落ちるように翻って止まった。 壁際には、シャーロット・スターリングとノーン・クリスタリアがいて何かを待っている。 やがて、燦式鎮護機ザイエンデが口を開いた。 大気が震える。 それが音になり、歌声になった。 ディーヴァの歌声が聖堂に響き渡った。 周囲の者たちは、おとなしくその歌に聴き入った。この歌声の前では、他の物音はすべてノイズとなってしまうだろう。 「自分の歌声をこうして聞くなんて言うのも、稀代な体験だろう」 神野 永太(じんの・えいた)が、本物の燦式鎮護機ザイエンデに訊ねた。 「ええ、でも……」 そうつぶやくように言うと、燦式鎮護機ザイエンデが進み出た。 霧が作りだした自分の正面に立つ。 その口から、歌が迸った。 二つの歌声が、みごとに重なり聖堂その物が震えた。 歌が聞こえる。それどころか、見ることも、触れることもできるように感じられた。五感すべてに、その歌は響いたのだ。 その歌声が染み渡るように、ゆっくりと聖堂の映像が消えていった。 祭壇があった場所に、一枚の絵が現れる。 『夢の社に聖歌は響く』 |
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