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イルミンスールの命運~欧州魔法議会諮問会~

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イルミンスールの命運~欧州魔法議会諮問会~

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●ベルギー:ブリュッセル国際空港

 そして、ノルベルトとルーレン、フィリップ他契約者一行を乗せた飛行機は、予想されていた襲撃もなくブリュッセル国際空港へ到着した。
「ここまで来れば、襲撃の心配をする必要はないであろう。皆、ご苦労であった」
 頭を覆っていたローブを外し――それは沢渡 隆寛(さわたり・りゅうかん)が、ルーレンとノルベルトを襲撃者の目から隠すために提案したものであった――、ノルベルトが契約者を労う。頷いた契約者は適度な緊張を保ちつつ、荷物の受取に向かう。
「何と、そうであったか……。では、負傷した者の分まで、ここからは我輩が身を盾にしてでも護り切ってみせるのである!」
「頼もしい言葉です。頑張って下さいね、ガジェットさん」
「うむ、我輩に任せておけ。……しかし、何故に我輩がルイを背負わねばならぬのだ?」
「仕方が無いだろう、僕とセラではとてもルイを抱えて行けんからな」
「よかったねガジェット、ちゃんと身を張って守れてるよ♪」
「くぅ〜、可愛い子でなくルイが対象とは、誠に残念である……!」
 手荷物から組み立てられ、人の姿になったノール・ガジェット(のーる・がじぇっと)が、しかし先程の戦闘で疲弊したルイを背負うことになり、悔し涙の代わりに潤滑油をこぼす。
「うーん、釣れたのはマスコミばかりで、襲撃者は僕の見た限りでは見つけられなかったよ。
 襲撃者の背後にいる者が余程の切れ者か、それとも僕を知らないほどに無知か……事情を聞くに、前者である可能性が高いけどね」
 手荷物を運んできたシグルズ・ヴォルスング(しぐるず・う゛ぉるすんぐ)が、周囲を念のため警戒しつつ待機していたアルツール・ライヘンベルガー(あるつーる・らいへんべるがー)エヴァ・ブラッケ(えう゛ぁ・ぶらっけ)に告げる。ルーレンやフィリップとは別の便でフランクフルト入りした彼らは、シグルズのネームバリューを利用して襲撃者の目を逸らそうとしたが、結果は振るわなかった。襲撃者の背後にメニエスが噛んでおり、『契約者を一人でも多く殺す』以外の詳しい指定がなかったことが要因なのだが、彼らがそれを知る由はない。
「……状況把握した。諮問会の資料は確認したところ、破損、強奪無い。後は明日の諮問会まで、守り切らねばな」
「ええ、ここからはワタシが。……恵とエーファを、出来る限り休ませてあげたい」
 人の姿になったグライスを守れる位置に立ち、レスフィナが疲労の色が濃い恵とエーファを気遣う発言を漏らす。先程の襲撃で戦闘に加わった契約者は、程度の差異こそあれ皆一様に疲弊していた。異国の地での戦闘と、敵の取った行動――手を差しのべられるのを拒み、最期まで契約者を殺そうとした――が、契約者に大きな影響を与えていた。
「……ルーレンさん、その……辛くないですか?」
 フィリップに心配する声をかけられ、ルーレンはそれほど自分が疲労の色を浮かべていたのかと思いながら、微笑を浮かべて口にする。
「……辛くない、と言えばそれは嘘になりますわね。知識は得てきたつもりですが、いざ目の当たりにするとなると、戸惑うことばかりで……。
 フィリップさんはあまり動じているように見えませんわね。失礼ながら、見直してしまいましたわ」
「はは……褒め言葉として受け取っておきます。…………理解は、出来ますから」
 その言葉だけでほぼ大体を察したルーレンが、それ以上は何も言わず、そして近付いて来た壮年の男性に向き直る。
「改めまして、ようこそお出でくださいました、ザンスカール家当主ルーレン・ザンスカール様。
 エリザベートに代わり、ミスティルテイン騎士団当主、ノルベルト・ワルプルギスが厚く御礼申し上げます」
 胸のシンボルに触れ、挨拶をするノルベルトにルーレンも答礼する。
「ミスティルテイン騎士団への日頃よりの恩に報いるべく、参りました。若輩者ではありますが、責務を全うし、最善の結果を尽くすことを誓います」
「その言葉、有り難く頂戴致します。……ささ、どうぞこちらへ。長旅でお疲れでしょう、今日はゆっくりと身体をお休めください」
 ノルベルトの命を受け、ミスティルテイン騎士団の者が先頭と最後尾、それに周囲を囲むようにしながら、一行は空港から、一泊を明かす予定のホテルへと移動する――。


●EMU本部近くのホテル

「諮問会は明日午前九時より、君たちの発言、その後質疑応答、休憩を挟んで審議、という段取りになっている。
 発言の際、君たちには一定の持ち時間が与えられ、その間他の者たちは静聴を義務付けられている。勝手が違うかもしれないが、君たちが見てきたもの、感じてきたことを言葉にしてくれればいい。内容が被ったとしても構わない、自らの口で言葉にすることが大切と思ってくれ。政治的な駆け引きを期待されているわけではない。君たちは契約者であり、そして学生でもあるのだからね。
 質疑応答ではルーレン・ザンスカール様、およびこれまでミスティルテイン騎士団に尽くしてくれていた、フレデリカ・レヴィ様と風森望様に、お付き合い頂きたく思う。お二人にはこの後、打ち合わせのための時間を頂きたい。
 質疑応答が終われば、君たちは退出を求められる。済まない、審議に立ち会うことは出来ないのだ。わざわざここまで足を運んでもらいながらのこの待遇、誠に申し訳なく思う。審議の結果が出次第、君たちには連絡を回す。異論はあるだろうが、理解してくれるものと信じている」

 ホテルに到着した一行は、まずは個人にあてがわれた客室に荷物を置き、その後ノルベルトから当日の進行について説明を受ける。それによると、契約者たちは発言するだけ発言して、後はさっさと帰れという待遇であるようだった。EMUの面々だけで話をするべき事態がありうることは理解出来たとしても、自分たちの未来に関わる選択を直ぐに知らされないというのには、言葉にしなくとも相当の不満があるだろう。
「EMUの決定に対して、俺達がどうこう言うつもりはないし、言う権利もないだろう。
 ……ただ一つ、こちらから提案をさせていただきたい。これはイルミンスールの生徒にとって、大きな力となり、支えとなるものだ」
 そんな雰囲気を感じ取ったか、レン・オズワルド(れん・おずわるど)がノルベルトの前に進み出、前置きをして話し始める。内容は要人警護の名目で、契約者による会場警備の仕事をさせてもらえないか、というものであった。
「既に俺達は一度、大規模な襲撃を受けている。この国での武力行使が禁じられていたとしても、可能性は否めないだろう。ここにはミスティルテイン騎士団の他、欧州各国の魔術結社の代表が集まっていると聞く。その者たちに被害が及ぶようなことがあっては一大事だ。
 また、俺達が警備につくことは、諮問会に参加する生徒にとって必ず力になる。既に生徒たちには、五精霊長及びニーズヘッグが助力を与えたと聞いた。精霊指定都市イナテミス、雪だるま王国のメンバーも、襲撃を受けた時には己の力を振るい、こうして無事に皆を送り届けた。
 これほど多くのイルミンスールを支える存在があるということを、皆が認識する、そういう場になればいいと俺は思っている」
 これからのイルミンスールをも見据えたレンの提案を、黙って聞いていたノルベルトは、組んでいた腕を解いて考えを口にする。
「……分かった、ミスティルテイン騎士団として、この件に関しては出来る限りのことをしよう。審議に立ち会わせられないことへの贖罪の意味でも、ぜひ協力させてくれ」
「勝手な発言をお許しいただき、また聞き入れてくれ、感謝する。……ザミエル、後のことは頼む。俺は当日のメンバーを募っておく」
「あいよ、任せときな」
 同行していたザミエル・カスパール(さみえる・かすぱーる)に後のことを託し、レンがノルベルトの前から立ち去る。
「……他に質問がなければ、これで解散とする。明日は八時に再びこの場所に集合とする。それまでは自由行動とするが、先程も言った通り、このホテルには諮問会に出席する各魔術結社の代表が集まっている。当然、ホーリーアスティン騎士団の代表、エーアステライト、また、ホーリーアスティン騎士団に同調する者もだ。既に君たちには、そういった者たちの監視が入っているといっていい。くれぐれも、軽率な行動は謹んでくれたまえ」
 最後に釘を刺して、ノルベルトが質問のないのを確認して、解散を宣言する――。


「さて、ご足労ありがとう。この場では畏まった礼節は不要にしたい。どうにも私はその手の振る舞いを好いていなくてね。
 ……いや、軽率な発言だった。ヴィルフリーゼ家御息女の面前で、失礼であった」
 事前に声をかけた者たちを部屋に招き入れたノルベルトが、自らの失態を詫びる。気を取り直し、一行を席に着かせ、当日の進行について打ち合わせを行う。
「こちらに、諮問会に参加される方の発言内容をまとめたものを用意してございます。発言が自由とはいえ、同じことが何度も続くようでは、心理的に良い印象を持たれないでしょう。発言が被る場合を考慮し、発言者の順番、内容を吟味する必要があります」
 望が、出発前に『山海経』とグライスとまとめた資料を提示し、当日の方針を示す。基本的に発言は妨害されない――それがEMUの理想とする――あくまで理想であることを強調しておく――スタイルであった――とはいえ、望の懸念も尤もである。たとえばノート・シュヴェルトライテ(のーと・しゅう゛るとらいて)などは、会議に同席していながら発言を、必要がなければ行わないというスタンスである。一人の発言を別の一人が補足し、また別の一人が発展させ、次の話題でも同様のことを繰り返す、そうして全体として私たちはこう考えている、というのを提示出来れば、それは大きな訴えとなるだろう。
「短期的な視点では、イルミンスールの当面の防衛計画について詳細を報告します。ミスティルテイン騎士団の強みとして、ザンスカールとの良好な関係を築き、かつ、東の都市イナテミスの発展に寄与、パラミタの一種族である精霊と親睦を深め、相互に連携し合う意思を通わせていること、また今後これらをより緻密にし、起きうる事態に対して迅速な対応を取れるよう尽力している、と報告します」
 フレデリカ・レヴィ(ふれでりか・れう゛い)の発言は、ミスティルテイン騎士団がパラミタの開発に貢献していることを示唆するものであった――実際はイルミンスールの生徒の他、各地の学校の生徒たちが一丸となって事に当たり、事件を解決してきた結果であるのだが――。また、魔法が戦力の中心になりがちな点を補うため、近接戦闘を主とする契約者を育成する組織――これは大袈裟な言い方であり、本人達はもしかしたらそこまでは思っていないかもしれないが――、イルミンスール武術部を認可し、今後順調に確立が進めばEMUにも戦力としてフィードバック出来る可能性を挙げる。
「それ以外にも、イルミンスールで本格運用が始まりつつあるアルマインは、今後強化と汎用化、量産化を加速させ、地球上での運用を目指す計画があることを報告します。計画が進めばEMUにも実戦配備されると締めくくりたいと思います」
 ルイーザ・レイシュタイン(るいーざ・れいしゅたいん)の発言は、おそらく今のEMUにとって最も心待ちにしているものであろう。日本では『ヤマトタケル』、ロシアではイコン、他各国でも続々と機動兵器が配備される中、欧州は未だ機動兵器の配備がされておらず、そのことで先日は失態を招いたことを考慮すれば、是が非でも導入をしたいところであることは明白だろう。
「そして長期的な視点では、世界樹イルミンスールはそれが属する世界樹のネットワーク、コーラルネットワークに働きかけ、パラミタ各地に点在する世界樹とコンタクトを取り合い、パラミタ各国との連携、協調を取り計らう心積もりである、と報告させていただきます。これら二つの視点からの訴えにより、イルミンスールはこれまで同様ミスティルテイン騎士団の先導で、EMUの地球上での地位向上のために行動しているのだ、というのを示すことが出来ればと考えています」
 ルーレンが、事前にクロセルの仲介の下、エリザベートとまとめた意見を口にする。短期的、そして長期的な視点から挙げられたヴィジョンを聞かされていたノルベルトが、感嘆という他ない溜息を吐いて口を開く。
「……正直、私が口を挟む必要はないだろうな。これだけの発言を前にして、誰が反論を口にできようか」
 賞賛の言葉を漏らすノルベルトに、グリューエント・ヴィルフリーゼ(ぐりゅーえんと・う゛ぃるふりーぜ)が但し、と前置きして言葉を口にする。
「生徒の中には、傍から見れば身勝手な行動をしているようにしか思えない人もいるんだけどね。それがイルミンスールらしさでもあるのだけど。
 ……発言者の中には、そのような行いをしようとしている者はいない、か。もしもそのようなことがあれば、ルーレンさんに一つ協力してもらおうと思っていたのだけど」
「……ヴィリー、それは初耳だわ。何をしようとしていたの?」
 フレデリカが問い詰めるも、実行されることのない案だから、とグリューエントは答えない。本来は、アウナスに代表されるイルミンスールの裏切り者への対策として、エリザベートに許可を取り、地球上で放校宣言をルーレンが行使できるようにしようとしていた経緯があった。ただ、実際にそうしたところで、発言自体は止まらないため――そして、発言しようとしている生徒が、その程度で発言を撤回する可能性は極めて低い。その程度の覚悟しか持ち合わせていないのなら、そもそも地球に降りてまで発言しようとしない――、効果は限定的であったと思われる。
「……まぁいいわ。とにかく……」
 コホン、と一つ間を置いて、フレデリカが場の進行を元に正す。発言の場で議員からのクレームや野次による発言の妨害が為されない――それが横行するような議会は、議会として体裁を為していないことを証明するようなものである。とはいえEMUも、普段の議会は相当腐敗しているのだが――以上、いかに正しく、そして効果的に主張するかが重要である。
 彼らの意見交換は、夜が耽けるまで続いたのであった――。