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ハロー、シボラ!(第1回/全3回)

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ハロー、シボラ!(第1回/全3回)

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chapter.5 記録 


 地下2階へ降りると、すぐに大広間が見えた。メジャーが時計を見ると、既に時刻は夜の8時を回っていた。
「みんなもそろそろ疲れてきた頃だろう、ここなら充分スペースもあるし、このへんで一泊して、続きは明日にしようか!」
 疲れてる原因の8割はお前だよ、とほぼ全員が思ったが、空腹感と疲労感でいっぱいだった彼らはただ黙ってメジャーの提案に賛成した。そんな中ようやく自分の出番か、と腰を上げたのは、ヨサークだった。
「よしおめえら、テント張るぞ! 食材持ってきたヤツらは晩飯の準備だ! ただし女は雑魚寝して土でも食ってろ」
 途端にブーイングが飛んでくる。が、ヨサークは聞こえぬ振りをして黙々とテントの設営を始めた。以前の生徒たちとの交流で多少は丸くなったように思われた彼であったが、やはりまだ女性に対する偏った意識は残っているようだ。
 とはいえ、今回はメジャーからの依頼を受けて来ている上、遺跡に入る前に「今回は大人しく指示に従う」となまじ宣言してしまっただけに、露骨な差別をするわけにもいかず、最終的にきちんと平等に野営準備を手伝うことになったようである。
「頭領! 俺も野営の準備手伝うぜ!」
 そんなヨサークに、声がかかった。彼が振り返ると、そこにはラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)が立っていた。ヨサークを頭領と呼ぶということは、ヨサーク空賊団の一員として彼から認められているということである。それを証明するように、ヨサークは明るい声でラルクの言葉に応えた。
「おお、懐かしいな! おめえは去年一緒に連れションしたヤツじゃねえか!」
「憶えててくれたか! 嬉しいぜ頭領!」
 憶え方がちょっとどうかとも思うが、何はともあれふたりは再会を喜び、握手を交わした。ヨサークは、男には基本的にフレンドリーなのだ。
「場所は確保されてるから、テントとかを組み立てる器具でも運べばいいか?」
 力仕事は任せておけ、と言わんばかりの表情でラルクが言うと、ヨサークは「おお、わりいな、頼んだ」と肩をぽんと叩いて答えた。
 ヨサークもてきぱきと設営の準備をする中、ラルクもまた、そのたくましい外見に相応しい働きぶりを見せていた。重たいものを優先的に持ち運ぶ彼は、その一方で周囲への気遣いも見せていた。
「そうだ、一応適当に薬も持ってきてるから、怪我してたり体調が悪くなってるヤツは言えよ?」
 なんと頼もしいアニキであろうか。幸いにも大きな怪我人はまだ出ていなかったため彼の持ち込んだ薬は出る幕がなかったが、それならそれでいい、とラルクは思っていた。
「おめえ、なかなかの働きもんじゃねえか。さすがヨサーク空賊団の一員だ」
 近くで作業をしていたヨサークに褒められ、少し照れつつも喜ぶラルク。「そういえば」と、ラルクは思い出したように彼に尋ねた。
「頭領は、もし財宝とったらまず、何するんだ? やっぱ飛空艇買うのか?」
 ヨサークには、空を駆けていてほしい。そんな期待を込めつつの問いかけだった。そしてヨサークの答えは、そんな彼の思いを裏切らなかった。
「あたりめえだ。俺は、空賊だからな」
 ヨサークがにっと笑うと、ラルクもつられて笑った。



 ヨサークやラルクがテントの設営を進める一方で、一部の生徒は医療班として活動していた。ヨサークらが張ったいくつかのテント、そのそばに小さなテントを設け、医療所代わりにしていたのは九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)とパートナーのシン・クーリッジ(しん・くーりっじ)であった。
「おいロゼ、体は何ともないのかよ」
 食材を探しに辺りを散策していたシンが、テントに戻りジェライザに言う。
「ああ、うん。さっきまではちょっと舌が痺れていたけど、もう大丈夫だよ」
「ったく、よくあんなことやるよな。俺にはできねぇよ。ワイルドすぎるだろ」
「まあまあ、細かいことは良いんだよ」
 呆れ顔で悪態をつくシンをなだめるようにして、ジェライザが言う。一体ジェライザは、何をしていたというのだろうか。
 それは、一行が遺跡に入る前のことだった。
 参加者の確認や役割の把握などに時間がかかっていたことにより、突入まで待機状態だった生徒も少なくなかった。その時間の隙間に、彼女、ジェライザはあることを思い立った。探検がどれくらいの期間を要するか分からない以上、ある程度怪我をした生徒の治療に役立つものを現地調達できないだろうか、と。
「もしかしたら、それで誰もつくったことのないような新しい薬とかが出来るかもしれないしね」
 わくわくしながらそう言ったジェライザは、突入までの間、近くにあった草むらで薬草となり得るものがないか、探していたのだった。だがそれっぽい草を見つけては、とりあえず口に入れて数回噛んでみるというそのアクティブな探索方法は、間もなくして舌の痺れとシンの心配を買うこととなる。
「このあたりには使えそうな草がなさそうだった、って分かっただけでも収穫はあったよ。シンの方は、何か良い食材が見つかった?」
 シンの小言を遮って、ジェライザが彼に尋ねた。しかしシンは、首を横に振る。
「最高の料理をつくってやりたかったが、食材が手に入んねぇんじゃどうしようもねぇよ」
「そっか、残念だね……」
「ま、とりあえず他にも何か必要なもんはねぇか様子見てきてやるよ」
 実はちょっと料理がしたかったのだろうか。シンは僅かに肩を落としながらテントから出る。と、彼はすぐ目の前に焚き火に使えそうな枯れ木のようなものが落ちているのに気付いた。
「これ……よく燃えそうだな。ここで寝泊まりすんなら灯りがいるだろ」
 すっとそれを手に取るシン。が、その長さは火にくべるにはやや不便であった。とはいえ、都合良く切れるものなど携帯はしていない。シンが迷っていると、近くからブン、ブンと音が聞こえてきた。
「……?」
 音のする方へ向かった彼がそこで見たのは、刀で素振りをしているジェライザのもうひとりのパートナー、座頭 桂(ざとう・かつら)だった。どうやら彼は、護衛としてふたりについてきたようだったが、今のところ敵との遭遇もないため、素振りに精を出しているようである。
「どうかしたんか? シン」
 シンの気配に気付いたのか、桂が素振りをしたまま呼びかけた。目の見えない彼は、それゆえ周囲の気配に敏感なようである。
「いや、何でもねぇけどよ」
 なんとなくシンは、規則正しいリズムで腕を振り続ける桂を見ていた。すると「これは……」と何か閃いたのか、手に持っている大きな枯れ木に視線を落とす。
「一石二鳥ってヤツだな」
 そう呟いたシンは、そっと桂の振り下ろす刀の軌道上に、枯れ木を置いた。パキン、と小気味良い音を立てて、見事に木が丁度良いサイズに加工される。
「……何か変なもん斬らせてるな」
 感触から、おそらく木片であろうことを察しながらも、桂が聞く。
「まあ、細かいことは気にしねぇで続けてくれよ」
「……ええけどな、別に」
 無意識にジェライザの先程のセリフが移ってしまったことに、シンは言ってから気付いた。ばつの悪そうな顔をして、テントへ戻っていくシン。桂は、シンが去った後もひたすら素振りを続けていた。

 シンが医療用テントに戻ると、そこには新たな医療班のメンバーが増えていた。
「ん? 誰だ?」
「ああどうも、初めまして。ここが医療班のスペースだと聞いてお邪魔させてもらいにきました、夜住 彩蓮(やずみ・さいれん)です」
 軽く頭を下げ、挨拶を済ませる彩蓮。隣にいたジェライザが、彼女の目的を説明した。
「何でも彼女は、私たち調査隊の健康記録を録るために、探索日誌をつけているそうだよ」
「へぇ……」
 なるほどな、と思い相槌を打ったシンに、彩蓮は自身の行動について捕捉する。
「未開の地にあるのが、目に見える脅威だけではないと思いますから。未知の病気や感染症などにも気をつけなければいけません」
 彼女が記録をつけているのは、そういう理由からのようだ。こまめに記録をしていれば、健康に変化が現れた場合いち早く察知できるというわけだ。また、彼女のその行動は今後も見据えてのことだった。
「それに、探索は今回限りではないでしょうから、これが後々、何らかの役に立つかもしれませんので」
「同じ医療班として、その記録を少し見せてもらうところだったんだよ。シンも見る?」
 ジェライザが手招きすると、シンはゆっくりとした足取りで近寄った。
「あまり文才がないので、自信満々に見せられるものでもないですが……」
 言いつつも、彩蓮はこれまで書き留めた記録の一部を見せた。

「シボラ国境付近の遺跡調査 1日目
 調査開始。メジャー教授、実は極度の方向音痴と判明。調査は難航しそうだ。
 地下2階まで下りることに成功するが、代償として、メジャー教授、罠にかかり、強力な水流を浴びる。
 地下2階すぐの広間で一泊することに。漂ってくる匂いから、今晩は味噌汁やハム、お芋などがある模様。
 とても良い匂いがする。」

 割とリアルタイムで書かれたその探索日誌は、後半部分がほとんど食事のことで埋められていた。彼女は、よほどお腹が空いていたのかもしれない。
「……もうちょっと、調査に関係ありそうなこと書いた方がいいんじゃねぇか?」
 つい思ったことを口にしてしまったシン。彩蓮は、慌てて言い返す。
「いいえ、調査に関係ないなんてことはありません」
「だってこれ、献立のことばっか……」
「これはアレです、食事の記録を取ることで、それによる健康状態を計っているのです。そもそも食事の質というのは軍事活動においても非常に重要であり、兵の士気などにも……」
「わ、分かった分かった」
 捲し立てるように言う彩蓮に、シンはそれ以上口を開くのを止めた。落ち着いた彩蓮が再び記録を書き留めようとした時、テントにメジャーが入ってきた。
「どうだい、医療チームは順調かい?」
「あ、はい。きちんと記録も録っていますし」
 言って、彩蓮が日誌を目の前に持ってくる。それを見たメジャーは、目を細め、「おお」と感嘆の声を上げた。
「いいね! こういった冒険に、日記というものは必要だからね!」
「ということは、メジャー教授もこういったものを書いているのでしょうか?」
 彩蓮に話を振られたメジャーは、それを待っていたかのように懐から一冊のメモ帳を取り出した。
「僕は、どこかに行く度に必ず何かを書き残すことにしてるんだ。もちろん、今回の探検でもね」
 メジャーがメモ帳を開くと、そこには彼同様に、明るい文体で書かれた日記があった。

「ハロー、シボラ!
 君と会うのは二度目だけど、前回と違うことがあるよ。
 そう、今回はひとりじゃなく、楽しい仲間たちと来ているんだ。
 初日から手痛い歓迎を受けてしまったのは、君の嫉妬かい?
 でも僕は思うんだ。
 こんなに僕を楽しませてくれる君も、僕の仲間なんじゃないかってね。
 まだ僕たちは君のことをよく知らないけれど、それはとても幸せなことなんだ。
 だって、これから知る楽しみをいっぱい味わえるってことだからね!
 そういうわけで、明日もよろしくね、シボラ!」

 それは彩蓮のもの以上に調査に触れていない文章だったが、その無邪気な文字たちに生徒たちは思わず吹き出した。
「そういえば、教授はついこの間も来たから初めてではないのですね」
「まあ、前回は本格的な探検とまではいかなかったから、今回が初めてのようなものだけどね!」
 実際、持って帰れたのはこれくらいだしね、と付け加え、メジャーは荷物から前回持ち帰った秘宝を取り出した。ヘーデタース、そしてロロママン錠と呼ばれるものだ。ちなみに名付け親は彼である。生徒たちは改めてそれを見るが、どう見ても秘宝という言葉とは縁がなさそうなものばかりであった。その視線を感じたのか、メジャーは力説を始めた。
「む、君たちこれが大したことのないものだと思っているね? いいかい、このヘーデタースは放屁を音声で伝えてくれるし、こっちのロロママン錠はロマンチックな言葉が言えるようになるんだよ?」
「は、はあ……」
 説明を聞いてもなお、否、説明を聞いてより一層、「何の役に立つんだよ」と疑問に思う彼らであった。
「そういえば、先程見つけたものは……?」
 話題を変えるべく、彩蓮が尋ねる。それは、ここに下りる前に階段そばで見つけたあのふたつの宝のことだった。
「ああ、アレならさっき、秘宝を管理したいって生徒に預けたけれど……どこに行ったかな。おーい!」
 メジャーが呼ぶと、近くに控えていたのか、その人物はすぐに現れた。
「メジャー教授、お呼びかな?」
 宝を汚さぬよう、白手袋をはめた手でそれらを抱えながら、椎名 真(しいな・まこと)がやってきた。メジャーの言う通り、真は秘宝がうっかり紛失してしまわぬよう、管理する役目を自ら買って出ていた。彼が立候補した時、何人かは「横取りするのでは」と疑念を抱いたが、「悪いことは間違ってもしない」と真っすぐな瞳で言った彼を信じることにしたのだった。それか、「誰も別にそんなもんいらねえよ」と思っただけかもしれないが。
「おお、来たね! 君からも、これが価値あるものだと言ってほしいんだよ!」
 ヘーデタースやロロママン錠を真に見せて、メジャーが言う。真は正直それらの用途も正確な価値も分からなかったが、鑑定もののテレビ番組をよく見ていたという経験から彼なりに推測した。はっきり分かることは、ヘーデタースの形が明らかに人の体のお尻の部分に酷似しているということだった。
「用途は確かにアレかもしれないけど、珍しい形をしているし、意外と価値はあるのかも?」
「そうだろう? そうなんだよ、これは珍秘宝と呼ばれる、その界隈では価値あるものなんだよ!」
 半ば適当に言った真だったが、すっかり興奮したメジャーは、真にある提案をした。
「そうだ、どうせなら実際にこれを体験してみて、その価値を体で確かめてみるといい! 大丈夫、これはまだたくさんあるからね!」
 言って、メジャーが真にヘーデタースとロロママン錠を渡す。言われるがままロロママン錠を口にした彼は、なんと、性格が変わったようにキザなセリフを言い出した。
「俺に任せておけば、大抵のお宝は鑑定出来る。ただ、女性だけは値踏み出来ないけどね。なぜならすべての女性はまずし……まぶしいおさか……お宝だからさ」
 内容的には寒イボができるほどキザなセリフだが、後半噛みまくってしまったせいで別な意味でも寒くなっていた。滑舌が悪くなるという、ロロママン錠の副作用も同時に現れてしまったためだ。
「……価値、あるのかなあ」
 ジェライザが悩ましい顔で呟いた。その後数十分で効果は切れ、真は元に戻ったが、彼に本当の災難が訪れるのはこれからだということを、まだ誰も知らない。