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まほろば遊郭譚 第三回/全四回

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まほろば遊郭譚 第三回/全四回

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第五章 黄金天秤の謎1

 黄金の天秤が揺れている。
 刻を刻んでいる。
 それは、マホロバから出土された永久黄金と世界樹ユグドラシルから作られた。
 黄金は腐食することなく輝きを放ち続け、ユグドラシルの樹はこの世が破滅するまでそこに有りつづけることだろう。
 どちらも決して変わることはない。
 蒼の審問官 正識(あおのしんもんかん・せしる)は、飽きることもなく魅入っていた。
「……世界の真理(しんり)とは心理(しんり)と解く」
 彼は聖十文字槍を手にとった。
 邪な障害はこの聖なる槍が全て消し去ってくれることだろう。
 しかし――
 彼は、痛みを感じて左胸を抑えた。
 この痛みはいつからだったろうか。
 思い出せない。
「天子の過ちを正し、扶桑の道しるべをつけなくては……」
 広大な大陸と二つの世界の中で、吹きすさぶ嵐のなかで舞う桜の花弁のように、マホロバを、人々を路頭に迷わせるためにはいかない。
 その想いが彼を突き動かしていた。

卍卍卍


「なにか困ったことがあったら言ってくれ。俺にできることがあれば、力になろう。多少、鍛えたこの身と……雨漏りの修理くらいしかできないかもしれないが」
 扶桑の都、水波羅(みずはら)遊郭。
 端午坂 久遠(たんござか・くおん)は、目の前の遊女に甘言を弄していた。
 遊女咲夜 紅蘭(さくや・くらん)は妖しく微笑ながら久遠の言葉を聞いている。
「……どうした。俺、おかしいことを言ってるか?」
「いえ、久々にこのようなことを言われるとは。精悍で実直そうな男の口から、わたくしの力になりたいなどと……」
 紅蘭が細い指先で久遠の顔をなぞっている。
「実は、東雲(しののめ)遊郭へ移りたいと思って。力に、なってもらえるかしら」
「それは金銭的にってことか。うーん、俺は生憎と金の援助は難しいな……」
 久遠が眉間に皺を寄せていると、横からアバネラ・カンシオン(あばねら・かんしおん)が彼の袖を引っ張った。
「だから言わんこっちゃない。そろそろ外に出て友達を作ってみるのもいいかもって言ったのはオレですけど、だからって遊郭なんて。遊女相手に騙されたらどうするんですか! そのうち身ぐるみ剥がされますよ!」
 アバネラの心配を他所に、久遠は案外真面目な顔をしている。
「俺は、遊女の話を書いてみたいと思って。これも社会勉強になるだろう?」
「そりゃあ、少しは世間の事を知って、久遠が大人になればいいと思うけどさ。荒療治すぎて、針が振り切れないといいけどね」
 ミロンガ・フォルクローレ(みろんが・ふぉるくろーれ)が面白がって久遠たちを眺めている。
 ミロンガはこうも言った。
「ただ、ここはもう直戦場になるかもしれないし、東雲遊郭では遊女たちが殺されてるってきいたからね。あまり浮ついた気にはなれないかもね」
 ミロンガの言葉に紅蘭が立ち上がった。
 東雲遊郭の噂は彼女の耳にも届いている。
 その為に、紅蘭は東雲に行きたいと言い出していたのだ。
 紅蘭の契約者たちが迎えに来た。
「色々起きてるのも向こうみたいだしさ、東雲遊郭へ行こう! 水波羅でそれなりの実績はあげてるんだから、見習いから始めさせられることはないよな?」
 芸者と舞妓のルナティエール・玲姫・セレティ(るなてぃえーるれき・せれてぃ)夕月 綾夜(ゆづき・あや)が妓楼にすでに挨拶したという。
 セディ・クロス・ユグドラド(せでぃくろす・ゆぐどらど)が話を通していた。
「我が姫らしい突飛な考えだな。その分、危険もつきまとうわけだが」
 ルナティエールを敬愛する騎士であり夫であるセディ。
 子供も生まれ、守るものが増えた。
 愛妻家の彼の悩みは他にもあった。
「しかし、こんな『歌』を流して……七龍騎士の耳にでも入ったらどうするのだ。事実を確かめに来るのではないか」
「それが狙いだもの。蒼の審問官 正識(あおのしんもんかん・せしる)を呼び出すためにね」
 綾夜がふと口ずさむ。

『傷負い、侍としての道も断たれた男は、姫によって救われた。
彼女を守るために生きることを決めた。
姫が託した黄金の首飾り。
されど姫はもうこの世にいない。残されたのは、誓いの証の首飾りだけ……』

 歌を聴いた久遠が手を叩いた。
「マホロバの侍の話か。命をかけて主君に仕える……俺にもそんな人に巡り会えるだろうか」
 妓楼が突如騒がしくなる。
 紳選組の御用改め――であるように思われた。
 しかし、血相を変えて客間に飛び込んできた楼主は早口にまくしたてていた。
「り、龍が外に! はよう、お逃げやす!」
 見世の外は逃げ惑う人の影が見える。
 都の人々が遠まわしの避ける中を正識はティファニー・ジーン(てぃふぁにー・じーん)を連れて悠然と飛んでいた。
「こんなところに十字架(ロザリオ)があるわけないデスヨ」
「そうだとしても私は行かねばならん。どんな手がかりでもいい。どのみち扶桑の元へ之くのだしな……」
 正識はティファニーの声も聞かず、眼下の都を見つめていた。
 黄金の天秤の振れがあるのを感じていた。
「あれが瑞穂藩主? あら、いい男なのね。少し遊んであげようかしら?」
 窓から身を乗り出した紅蘭は、龍の背に乗る七龍騎士の姿を認めた。
 目があったような気がした。
 正識は都のど真ん中に降り立った。