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「さくらんぼパイ、如何ですか〜?」
 カップルの噂を聞いた、元百合園生の神代 明日香(かみしろ・あすか)が2人に近づいてきた。
「まあ、とても美味しそう。いただきます」
「ありがとう」
 男女は一つの皿に、明日香が作ってきたパイを乗せた。
「2人で一つのお皿、ひとつのお皿なんですねぇ〜」
 明日香は目を輝かせて、女性の隣の席に座らせてもらう。
「俺もこっちにいいかな」
 もう一人、閃崎 静麻(せんざき・しずま)も、手土産の果物缶詰を手に、男性の方へと近づいてきた。
「どうぞ」
 天音が席をずらし、間に入らせてもらう。
「今後のお金のあてはあるのでしょうか」
 ティーカップを手に、明日香は2人に尋ねてみる。
「親戚が近くに住んでいますから、そこを頼ろうと思っています」
「ただ、その家に今、お客様がいるようでして。その方がお帰りになってからでしか、近づけないのです」
「親戚から、ご両親にバレたりしません〜? ちょっと心配ですぅ」
 男女が追われていると言っていたという話も、百合園の友人から明日香の耳に入っていた。
「大丈夫です。口の堅い親戚ですから」
「ご心配おかけして、すみません」
「大丈夫ならいいんですよぉ〜。で……っ」
 明日香は飲食を忘れて、更に目を輝かせながら2人に質問をしていく。
「お二人はどのように出会ったのですか〜? どうして反対を押し切って、駆け落ちをされたのですかぁ?」
「出会いは……こういったパーティの場でしたっけ?」
「だったかな? お互いを意識しだしたのは、最近だけどね」
「……そうですね」
 2人は確かに恋人同士のようではあったけれど……。
 熱々カップルというより、精神的に落ち着いているような雰囲気だった。
 社交の場で、こうして会って、話をしているうちに、結ばれることが出来ない立場であるのに、惹かれあってしまい、衝動に駆られて駆け落ちをしてしまった……そんな説明を2人は明日香にしていく。
 明日香は彼等の話を聞きながら、自分の想いの人を思い浮かべる。
 彼女の手を引いて、抜け出して。
 何もかもを捨てる覚悟で、新たな土地に出て。
 2人きりの生活を……互いとの甘い生活を妄想して。
「キャー」
 顔を赤くして、明日香は手をぶんぶん振っている。
「でも、まだそんな関係じゃないですし〜……」
「何がです?」
「……えっ!?」
 女性の言葉に、明日香はハッと我に返る。
「何でもないですぅ。駆け落ち……少し憧れますぅ」
 言いながら、明日香は思い出したように、ティーカップを手に取って、紅茶をごくごく飲んだ……。
(ん……っ!? あ、甘いですぅ……!)
 妄想しながら、ダバダバ砂糖を入れてしまっていたらしい。
 カップの底には溶けずに掬えるほど砂糖が残っている。
 吹き出しそうになるが、そこはぐっと堪えて。
 年頃の女の子に意地にかけて、粗相をしないよう平然と飲むのだった。
(温くて甘いですよぉ、エリザベートちゃん)
 大好きなエリザベートと一緒の時も、彼女のことや、話に夢中でこんなことをしてしまうことがある。
 だから多分、この甘い甘い味は、幸せの味だ。
「俺は一般の庶民だが、商いをやっている。場合によっては助けになってやることもできるかもな。とはいえ、報酬は貰うが」
 静麻は缶切で蓋を開けて、取り出した桃やパイナップルの果物を皿に乗せて、フォークを添え、2人に差し出す。
「戴きます」
 そう言い、2人はナイフを取って、丁寧に切って桃の缶詰を食べていく。
「緊張とかはしてないようだな。腹を括ってるってわけか?」
「……ええ、怖いものはなにもありませんから」
「彼女と一緒ですしね」
 二人は顔を合わせて、微笑み合う。
 切羽詰っている状況のはずなのに、随分と余裕があるようにも見える。
「百合園を選んだのには何か訳があるのか? ここに集まった連中はお人よしだから、面倒みてくれそうだしな」
「はは……そうですね。実は、百合園女学院の噂はかねてから聞いていまして。優しい皆さんなら、助けて下さると思ったんです」
「いつか必ず、お礼はしますから」
 静麻の問いに、2人はそう答えた。
「他にも何か悩みや困った事があるのなら、遠慮なく話してみるといい。皆、援助したいと思っているだろうからな」
 静麻がそう言うと、テーブルに集まった人々が強く頷いていく。
「ありがとうございます。とりあえず、お腹いっぱい食事をいただけたら、それでいいんです」
「でもまた何かの際に、頼ってしまいましたら、すみません」
 そんな彼らの言葉に、遠慮なく頼れ、力になるという暖かい言葉が飛び交っていく。
(資金が尽きても、明らかに貧困してますって服装に見えない……お茶会で食事を貰うって発想も……冷静に状況を判断できているか、本当の意味での貧困をしらないか……。多分、後者だろうな)
 それ以外にも、何か……あるような気もするが、静麻は突っ込んだ質問はしなかった。
 ただ、後で男女を追う家の力量や、友好敵対問わず、周りの関係、抱えている問題については調べてみたいと思っていた。
(こういうのは飯の種になるし、大量のお人好しが男女を助ける為に走り出した際に裏で手助けする為の手札も得られるかもしれない)
 仕事のチャンスと考えていたが、そんなことを口に出したりはしない。
 親身になって男女の話を聞いている皆に交じって、情報を頭にインプットしていく。
「携帯電話はお持ちですか? アドレス教えてください」
 百合園生の新入生の一人が、携帯電話を取り出して男女に尋ねた。
「……持っていますけれど、居場所が分かってしまう可能性があるので、電源は入れてないんです。充電も満足にできませんし、ね」
「それでもいいです。連絡は生活が安定してからで」
 そう微笑んで自分のアドレスを書いた紙を差し出す彼女と、駆け落ちカップル。
 便乗して、そのテーブルに集まった人々の間で、アドレス交換が行われた。