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聖戦のオラトリオ ~転生~ ―Apocalypse― 第3回

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聖戦のオラトリオ ~転生~ ―Apocalypse― 第3回

リアクション


・風間 天樹


 夕条 媛花(せきじょう・ひめか)は眼前の光景を疑った。
 風間を殺した天住がいると聞いてやってきたのに、眼前では無力な風間が追い詰められている。
 彼が生きていることに安堵する以上に、困惑と動揺の感情の方が勝っていた。
「助けて……下さい」
 風間がすがるような目で媛花を見てきた。
「嵌められたんです、天住君に。私を殺したと見せかけて、クーデターが失敗したら身代わりにしようとしてたんです」
「黙れ! 彩華、さっさと殺しなさい」
 しかし、彩羽の命令に躊躇っているようであった。大の大人が涙目で縮こまっている様は、とても情けないものがある。そんな「弱者」を前にすれば、迷いが生じても仕方ないだろう。
「私は多くを失いました。ベルモントさん、黄さん、黒川君、シュタイナー君、そして一号――設楽さんは今死にかけています。それだけではなく、桐山さんと烏丸君はパワードスーツ『ストウ』の部品として組み込まれしまった挙句、死にました。もう、頼れるのは……君しかいないのですよ」
 昨日も会議で集まったみんなが……死んだ?
 せめて強化人間達でも救う、と決意しながら皆死んだ。風間を守れるのは、もう自分しかいない。
 でも、本当は風間こそが黒幕なのではないか。だが、ときには助言をくれ、会議の後は管区長達や自分を労い、嫌われ役を自ら買って出るような人でもある。だからこそ、何が正しいか分からない。
「そんなヤツの言うことに耳を貸しちゃ駄目!!」
「死にたくない! 助けて下さい!」
 そして媛花は――思考を捨てた。
 ただ、「風間を守る」ことを除いて。
「彩華! 早く風間を!!」
 だがその瞬間、風間が笑った。
 直後、強力無比なカタクリズムが、風間の周囲の人達を吹き飛ばした。

「本当に、君は素晴らしい。エキスパート部隊の統轄に任せたのは、やはり正解でした」
 風間は本性を現した。
「何で、能力を……?」
 狡猾な微笑を彼は浮かべる。
「オーダー13の影響ですよ。命令を下した人間が、ネットワークの中心になる。私自身はただの人間です。精神感応は使えませんが、強化人間は私の脳波を感知することで、オーダー13の命令者が私だと判断します。発動権を移行するには感知すべき脳波を変更させることで行うのですよ。そして、ネットワークの中心人物はオーダー13下にある全ての強化人間の力を集約することが出来る。海京千数百人分の能力を使えるのですよ。もっとも、あくまで私が命令し、彼らの脳で演算してもらい、私の脳で計算結果を反映させるという手間がかかってるんですけどね。今の私はパラミタの影響を受けていないただの人です。それに、演算の結果を出力するのも私の脳ですから、能力はパラミタ線影響下の技能だと認識されないのです。Pキャンセラーは効きませんよ」
 しかし、あくまで一般人である彼には負担が大き過ぎるためか、立ち眩んだ。
「そうそう、私の脳波で感知している以上、私を殺さなければ海京の強化人間達はオーダー13から解放されませんよ」
 今度こそ、勝ち誇る。
「お前は……お前はどれだけ他人を弄べば気が済むんだ!!」
「子供がいくら喚いたところで、何も変わりませんよ。それに、私は彼らの望みに応えてきただけですよ。ただそれが、自分の目的に利用出来るから利用したまでです。誰も損などしてませんよ?」
 彩羽の怒りも意に介すことなく、適当にPキャンセラー遮断用の仮面を広い、バルト、ドゥムカ、トライブに渡す。
「そらよ!」
 光術を天井に向かって放つ。それを受けて、ロイが天井に仕掛けてある機晶爆弾に向かって朱の飛沫を繰り出す。その直後、千里走りの術でイコンの上から退避した。
 機晶爆弾は、予めバルトが機晶姫用フライトユニットで天井まで飛んで仕掛けたものである。
 数は全部で六つ。それらは一つ爆発させれば、全部が誘爆するように配置されている。
 カノンが涼司を呼び出す場所をここと決めてから、周到に準備していた。始めから、天沼矛の機能の一部を潰すつもりだったのである。
「天住様、こちらです!」
 そこへ、中願寺 綾瀬(ちゅうがんじ・あやせ)が隠れ身を解除して現れる。仮面は強化人間管理棟に立ち寄った際に、黒川から譲り受けている。
「おや、君は?」
「今貴方に退場されてもらっては困る者の一人、とだけ申し上げますわ。退路は確保しております。さあ」
 

* * *


「天住様、お待ち下さい。誰かが来ます!」
 綾瀬が声を発したときには、風間の眼前にまでその姿は迫っていた。
「見つけたぞ!」
 心の闇が暴走した榊 朝斗(さかき・あさと)である。
「ほう、これはまた面白いですね」
 あくまで余裕ぶる風間を、朝斗が睨む。
「……お前の思い通りに行くと思うなよ。天住、いや――風間」
 静かに滲み出る狂気。
 ウィンドシア、タービュランスを構える。
 対するは、風間の護衛を務める機晶姫。バルトとドゥムカ。
「ここは二人に任せて先へ――」
 綾瀬が風間を逃がそうとした瞬間、そちらに向けて朝斗が真空波を放った。
「誰が行っていいっつった?」
 同様に、真空波でPキャンセラー防止用の仮面だけは破壊する。
 そして、均衡状態になろうとしたとき、バルトの影から雄軒が出てくる。狂血の黒影爪で朝斗の強化型Pキャンセラー遮断用の仮面を破壊する。
 しかし、朝斗は通常のPキャンセラーを使用し、雄軒の能力を封じる。
 そこから、黒檀の砂時計で体感速度を上げてヴィントシュトースで天井へと飛び上げる。
「頼みますよ」
 跳躍したのは、媛花だ。
 互いに高速で立ち回りながら、攻防を繰り広げる。
「邪魔を……するなッ!」
 一方は激しい感情を爆発させる者。
 もう一方は、感情の全てを捨て去った者。
 両者は互角だ。
「これはなかなか見物ですね」
 風間は、自分の身に危険が迫っていようが気にしていない様子だ。
 そんなことよりも、対極にある両者のどちらに軍配が上がるかの方に強い興味を示している。
 そしてその余裕が、ここで命取りになった。
「さっき使わないで、取っといてよかったわ」
 彩羽が強化型Pキャンセラーを発動させる。ダッシュローラーでここまでの道を急いだのだ。
「もう忘れたんですか? 私には効きませんよ」
(今よ!)
 止めるのは風間じゃない。彼の前にいる機晶姫二体だ。
 風間の身体が彩羽と向かい合った瞬間、彼の背後から虚刀襲斬星刀が突き刺さり、身体を貫いた。
 アルラナ・ホップトイテ(あるらな・ほっぷといて)が彩羽の召喚によって、風間の背後に出現したのである。
「天住様!」
 綾瀬が近付こうとするが、アルラナのサンダーブラストに阻まれる。さらに、アンデッド・レイスを放って他の者達を牽制する。
「どういう気分? 大嫌いな非科学的なもののせいで死ぬっていうのは?」
 風間の口から血が吐き出される。
 その姿に、媛花が反応する。そこに隙ができ、朝斗が真空波を繰り出そうとするが、仮面の男に阻まれる。
「止めとけ。もう戦意はない」
 風間が致命傷を負ったことにより、もはや守るべくものを失くした媛花は、ただ茫然と立ち尽くすしかなかった。
「ふふ、これは少々……予想外ですね。ですが」
 風間は不敵に笑った。
「私もまた……状況の一部に……過ぎない……の……です……よ」
 そこで風間は絶命した。
「く……!」
 仮面の男――トライブが煙幕ファンデーションで目晦ましをし、風間についていた者達はその間に退避した。

「終わったのね……」
 彩羽は強い脱力感に襲われた。
 オーダー13はこれで消えたはずだ。だが、念のため風間の頭は潰しておく。そして、サイコメトリで風間に触れることで、隠された真相のようなものがないか確かめた。
「会話の内容は分からないけど、黒川と風間が話しているわね」
 だが、その黒川も亡き者となっている今、それを知る手立てはない。

 あとに残ったのは、首謀者の死体と、唯一の拠り所を失い壊れてしまった一人の少女だけだった。