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聖戦のオラトリオ ~転生~ 最終回 ―Paradise Lost―

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聖戦のオラトリオ ~転生~ 最終回 ―Paradise Lost―
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リアクション

『僕達は強いよ? 「回帰の剣」が全てだと思わないことだね』
 白銀のイコン【ジズ】が構えているのは、ビームサーベルと新式プラズマライフルに似た形状の、銃身の長いライフルだ。
 背部のスラスターから噴出される光は、エナジーウィングを彷彿とさせる。三対六枚の翼を持っているようにも見えるそれは、まさに聖書に登場する熾天使さながらだ。
『みんな、守りは任せて!』
 ヴェロニカ・シュルツ(べろにか・しゅるつ)が【ナイチンゲール】から通信を送ってきた。
 直後、【ジズ】と相対する学院のイコンに、エネルギーシールドが展開される。
『【ジズ】はわたしと対をなすもの。攻撃特化よ』
 ニュクス・ナイチンゲール(にゅくす・ないちんげーる)の声が聞こえてくる。
『相手の持つ機体干渉はこっちで食い止めるわ』
 【ジズ】と【ナイチンゲール】は姉妹機だ。しかも、何度もループしている彼女が【ジズ】の性能を知らないはずがない。
『未来があるんだって、示さないといけない。そのためにも、そう望まれて、そうある様に努力し続けていく』
 久我 浩一(くが・こういち)がノヴァに向けて告げた。
「行こう、美幸。私達の『応え』を示すために」
「はい、菜織様」
 綺雲 菜織(あやくも・なおり)有栖川 美幸(ありすがわ・みゆき)に合図し、【不知火】のスラスターの推力を上げて加速する。
『エネルギーシールド、展開』
 ブルースロートの希龍 千里(きりゅう・ちさと)が【不知火】に対し、エネルギーシールドの展開を行った。
 【ジズ】のライフルの銃口が閃いた。瞬間、エネルギーシールドが突き破られた。
 それを硬化されたエナジーウィングで受け止める。
(何て威力だ……!)
 エナジーウィングの被弾した部分が欠けていた。単純な破壊力ならおそらく、ジェファルコンの新式プラズマライフル以上だろう。
 ジズの翼のようなスラスターが揺らめき、【不知火】に向かって加速してきた。
 ハンドガンを【ジズ】の左腕――ライフルを持っている方へ放つも、かわされる。それどころか、そのスピードはジェファルコンよりも上だ。
 繰り出される斬撃を、サブスラスターの噴射によって避けようとするが、【ジズ】がそのまま腕の向きを切り替え、ビームサーベルを斬り上げてきた。
 それを新式ビームサーベルで受け止めた直後、左腕のライフルから弾丸が放たれる。
(かわします、エナジーウィングを)
 美幸が千里にテレパシーを送り、連携する。サブスラスターの噴射直後、勢いに乗せて、エナジーウィングで弾丸を弾き返す。
 威力の高さは分かっている。ならば、こちらも回転を利用してからぶつければ相殺出来るはず。
 向こうは、ライフルの反動で一旦距離を取り、背中の一番下にある一対のスラスターを噴かせ、上昇した。
 そこからこちらの機体に向けて、立て続けにライフルを撃ってくる。
(機体の性能が一番かと思ったが……パイロットの技量も相当だな)
 射撃から一転。今度は真ん中のスラスターを噴かせ、突撃してきた。
 そこに、直哉達のジェファルコンが飛び込んでいく。覚醒した状態で、プラズマキャノンの照準が【ジズ】に合わさった。
 高速で撃ち出された弾丸を、【ジズ】がビームサーベルで薙いだ。
 サーベルの光条部分がプラズマの炸裂で乱れるが、すぐに形を取り戻していく。
 接近戦に持ち込むため、ジェファルコンがブースターを全開にして【ジズ】へ飛び込んでいった。
 それに合わせ、【不知火】がハンドガンで【ジズ】のビームサーベルを狙う。
 しかし、手首の切り返しだけで【ジズ】がこちらからの銃撃をも弾き落としていく。その間ライフルの左手の方は直哉達のジェファルコンを撃ち貫かんと発射されている。
 まるで左右で別々の生き物であるかのように最小限の二つの武装だけで小隊規模のこちらに対抗している。
 だが負けるわけにはいかない。
 一気に距離を詰め、もう一機のジェファルコンと連携する。
 その後ろからは、浩一達がブルースロートで援護してくれている。あとは、それを信じるのみだ。
「私の手は血に塗れている。それでも他の誰かにさせる訳にはいかない。そして『出来る』のだと示し続けなければならない」
 ジズの側面から回り込み、ビームサーベルで相手の手首を切り結ぼうとする。だが、相手の擬似翼が【不知火】に向かって繰り出されてくる。
 それ自体はスラスターから発せられる熱であるため、近くにいれば機体が焦げ付く可能性はあった。そのためこちらもエナジーウィングでその熱を受け止め、サブスラスターを噴かせることで後方へ飛び退く。
 が、それに合わせて【ジズ】が肉薄してきた。現在のイコンの限界速度であるジェファルコン以上の速度が出ているように感じられる。だが、それは六つの擬似翼状のスラスターがそう見せているだけかもしれない。
 瞬間的に覚醒を使い、エナジーウィングで相手のビームサーベルを防御した際の衝撃で後方にのけぞりながら、美幸がサブスラスターを噴かす。
「貴方は強い。それでも、無茶で無謀と哂われようと」
 そこから回し蹴りを【不知火】が繰り出す。
 次の瞬間、蹴りを行った右足が宙を舞った。
 エナジーウィングでカバーし切れない、下方向からの斬撃。そして【ジズ】の姿が急上昇し、ハンドガンを握った左手が切断された。
 致命傷を避けるため、ブースターを吹かせ飛び退く。
 直後、【ジズ】のライフルが放った弾丸がビームサーベルを握った方の手首を武器ごと破壊した。
 両腕と右足が潰されながらも、まだ諦めない。
「まだエネルギーも、左足もある。完全に墜ちない限り、可能性は残されている」
 味方だっている。
 最後のチャンスの到来を信じ、一度機体を【ジズ】から退かせた。

『君は、ジズを得て、何を望んだ?』
 浩一がノヴァに問う。
『世界を綺麗にするには全部リセットしなきゃ駄目って言うけど、ノヴァにだって自分の望みはあるんじゃないの? ニンゲンが間違えるのも、全部自分にとってのその時の最良を目指すからだと思うんだよ』
 ミルト・グリューブルム(みると・ぐりゅーぶるむ)ゼーレの中から、言葉を投げ掛ける。
『悲しいことも残酷なことも、なかったことにすれば消えちゃって良くなる、なんて思わない。また同じ間違いが起こるよ』
 覚えていなければ、また同じことを繰り返すかもしれない。ループしている世界というのが、それを伝えているように感じられる。
『僕らはもう何もなかったときには戻れないし、人間は何度も間違うけど、でも知ったから先に行けると思う。楽園は自分たちで作るしかないよ! だから一緒に行こうよ、何もかもひっくるめて飲み込んで、未来の先へ』
 それでも、やはりノヴァは止まらない。
『君達からしたら下らないと思うかもしれないけど、僕はただ、やり直したいだけだよ。ただの一人の人間として。普通のどこにでもいるような、ね。この世界で生まれ持ったこの力は、この世界にいる限りなくならない。だから、僕は次の世界へ行く。この世界には僕の未来は存在しない』
 何を言っても、ノヴァには届かないだろう。
 本当きっと、ホワイトスノー博士を傷つけたという過去をなかったことにして、普通に暮らしたいだけなんだろう。ただ、そのために自分一人だけが救われることが許せない。
 自分以外にもこの世界で同じように悩み、苦しむ人達がいる。その人達のためにも、全てをゼロにし、再生する。
 今、この世界で自分が望んでいるものに。それが叶った次の世界が本当に救われるものかは、到達していない以上分かりはしない。
 ミルトは同じ間違いが起こるといった。それは、今この世界で望まれたことが、次の世界でもそうだとは限らないと思ったからだ。
『するよ。それはノヴァが、一人で勝手に諦めてるから分からないだけで。この世界にだってまだ、ノヴァにとっての可能性は眠ってるはずだよ』 
 相容れないながらも、説得することをやめない。
 自分の言葉が駄目でも、こうしている間に他の人達が未来に向かって動いてくれているならそれでいい。
「整備してきた機体ですもの……この機体では難しくなっているのは分かります。本当に一瞬で良いですわ。【ゼーレ】私達に力を貸して」
 ペルラ・クローネ(ぺるら・くろーね)が【ゼーレ】の覚醒を起動する。
 第二世代機、それもジェファルコンですら苦戦する相手だ。とても旧世代機が相手になるものではない。
 だが、諦めたらそこにある可能性だって潰える。そんなことにはなりたくない。
 ハンドガンを撃ちながら、高速起動で迫る。
 だが、すれ違い様に片腕を持ってかれ、【ジズ】が振り向いたかと思えば、ライフルで残った方の腕も撃ち抜かれてしまった。
 武器はない。だが、なくとも機体がある。【ジズ】は撃墜しようとは思ってないだろう。あの機体性能なら、墜とそうとすればいくらだって出来るはずだ。
 まだ、付け入る余地はある。

(要、とにかく他の機体が攻め込む隙を作るわよ)
 霧島 悠美香(きりしま・ゆみか)が精神感応で月谷 要(つきたに・かなめ)に伝えてきた。
(了解、やるっきゃないもんな)
 【デザイア】が実弾式汎用機関銃で弾幕を張る。
 だが、それをものともせず【ジズ】が接近してくる。
 悠美香がブースターを起動して距離を取るが、間合いは維持する。いつ「回帰の剣」を発動されるか分からないからだ。
 それが使われたら、【ナイチンゲール】が「女神の祝福」を使わざるを得なくなる。ループを引き起こす可能性が高いため、それだけは阻止せねばならない。そうでなくとも、この空間で発動すれば、ここにいる機体は全て消滅しかねない。
(さすがに機関銃じゃ駄目か)
 要は兵装を新式プラズマライフルへと切り替えた。ショットガンモードに設定し、さらに、ジェファルコン搭乗に当たっての技量不足を少しでも埋めるため、黒檀の砂時計を起動。さらに機体は覚醒済みだ。
 だが、プラズマライフルはその反動制御が楽ではない。
 ブルースロートの援護を受けながら、エナジーウィングを展開し機体を安定させる。
『安心しなよ。「回帰の剣」は、まだ使わない』
 ノヴァが淡々と告げた。
『ちゃんと僕達との差を見せ付けた後で、使わせてもらうよ』
 【ジズ】のライフルの銃口が火花を散らせる。
 サブスラスターを瞬間的に起動し、放たれる光条をかわした。その勢いを利用し、旋回。わき腹に潜り込むようにして【ジズ】に接近。
 プラズマライフルの銃口を向ける。
『人間が綺麗な存在だなんて言わない』
 引鉄を引く。弾が撃ち出されたのは、【ジズ】がそれを行うのとほとんど同時だった。
 二つがぶつかり、閃光が炸裂した。
『けど、その内側にある意思を…欲望を…! 【デザイア】を舐めて貰っちゃあ困る!』
 完全覚醒。
 機体の全てを出し切り、【ジズ】へ抗う。
 【デザイア】が注意を向けている間に、直哉達のジェファルコンがその反対側から接近する。
『結奈、ジェファルコン、無茶に付き合せてすまないが……一緒に飛んでくれ!』
 彼らもまた、完全覚醒を起動した。
 エナジーウィングから光の粒子が振りまかれ、駆けていく姿は、まさに「代理の聖像」と呼ぶに相応しい壮麗さを感じさせるものだった。
 おそらく、自らが駆る【デザイア】もまた、ああなっているのだろう。
『それが、君達の真の力――全力なんだね』
 六枚の翼を羽ばたかせるようにして【ジズ】がスラスターを噴かせ、上昇する。その機体を、もう一機のジェファルコンと挟み込む。
『諦めるわけにはいきません。私が選んできた選択をなかったことにさせたくはない』
 その二機のエネルギーを、機体干渉によって浩一達のブルースロートが安定させた。
『みんなの未来は、私達が拓く!』
 鈴蘭達もまた、同様に。
『ならば、僕達も――本気を出すよ』
 【ジズ】が、これまで以上に強い光をその翼から発した。
 その周囲にはオーラを漂わせるほどに。それはまるで――、
『まさか、覚醒……だとッ!?』
 思わず要は声に出す。
『君達の機体の起源がどこにあるか、それは知ってるはずだよ。それに……調律者は一人じゃない』
 罪の調律者のかつてのパートナーだという、罰の調律者。
 彼もまた、イコンの真の力を引き出せる、そういうことだ。
『君達はサロゲート・エイコーンというものに乗って、まだ一年くらいだよね。僕とジズが出会ったのは2012年。これが、わずか一年程度の君達と、九年の歳月を彼女と共にする僕との――差だよ』
 完全覚醒状態で接近したジェファルコンの動きを読んでいるかのように、【デザイア】の方を向いた状態から急旋回し、背後からビームサーベルを両手で握り振り下ろそうとするジェファルコンの手首を切断した。
 その機体の側面を狙うが、引鉄を引こうとしたそのときにはもう、敵の左腕に握り締められたライフルの弾が正確に、【デザイア】のプラズマライフルの銃口と、もう一方の腕を捉えていた。
『【ジズ】の性能自体は、それほど高くはない。でも、君達は知ってるはずだよ。イコンでの戦いで決定的なのは、機体の性能差ではなくパイロットの実力差だってことを。君達と僕達とでは、イコンに乗っている時間がまるで違う』
 イコンの存在が公になったのが最近だとはいえ、それまでの間ノヴァが【ジズ】に乗っていなかったという保障は、どこにもない。
 原初のイコンの乗り手であるということ以上の、これまで戦ってきた相手との決定的な違いが、そこにはあった。
『さて、君達は今何を感じてる? 絶望? それとも、まだ希望を捨てずにいるのかい?』
 一瞬の間の後、一言発した。
『聞くまでもないか。じゃあ、これで終わりにするよ。そのために――とっておいたんだから』
 現れる、もう一振りの剣。
『また、こうなるのね……』
 無線機越しにニュクスが呻くのが聞こえてきた。
『だけど、諦めるのは早いよ。ニュクス、今度こそ、きっと大丈夫』
 また、繰り返すことになるのか、それは主観で体験してきたニュクスしか分からないことだ。
 おそらく、【ナイチンゲール】がこれから「女神の祝福」を起動する。
 だが、それは――、

『それを使っちゃ駄目だ!』