イルミンスール魔法学校へ

シャンバラ教導団

校長室

百合園女学院へ

大地を揺るがす恐竜の騎士団(上)

リアクション公開中!

大地を揺るがす恐竜の騎士団(上)

リアクション


第四章 夜のキマクにて



 組織がぐらついている時は、その組織に所属している人心もまた揺れている。
 恐竜騎士団が真っ二つに割れて、次期団長を決めようなんてしてる現状は、空京大分校の勧誘活動のチャンスと言っても過言ではなかった。
「これからの時代はよぉ、ここが大事になってくるんだぜぇ」
 恐竜騎士団の連中はどいつもこいつも大酒飲みだ。適当な居酒屋に乗り込めば、すぐにそういった連中を見つける事ができる。特に、お葬式みたいなムードのところがねらい目だった。
 そこにがんがん乗り込んでいって、南 鮪(みなみ・まぐろ)が勢いとノリに任せた勧誘を行うと、これが案外簡単についてくる。
「自分達も何かしたいが、何をすればいいのかわからない、という事なのだろうな」
 勧誘活動に共に歩き回っている織田 信長(おだ・のぶなが)はそう分析していた。
 鮪だけでは押しが弱いと見たら手伝うつもりではいたが、それもほとんど必要無かった。
「へっへ、まぁ今すぐにってわけでもねぇ。考え無しについてこられて、あとで文句言われてもつまんねぇしな。知りたい事があったら、俺が教えてやっから少し考えてみてくれよ」
「暴力だけではできないこともある。人間腕っ節は衰えていくものだが、頭の中はそう簡単には衰えはしない。学んで得た知識もまた力になる。先を見据えるのならば、知識を得る時間を作ることは決して無駄にはならんであろう」
「それでもだ。自分達のボスはバージェスしかいねぇってんなら、それでいいんだぜ。けどよ、新団長決定のアレはもう流れに乗っちまった。今からお前らがどうこうできやしない、だからこんな所で愚痴ってんだろ?」
「ならば主が帰ってきた時に力になれるよう、知恵を蓄えておくというのも一つの手よ」
「おまえらの望むもんがあるってんなら、その為にできる事やろうぜ、なぁ」
 こんな感じで声をかけていくと、即答こそもらえないが大概の輩は興味を示してくる。
 彼らは頭は悪いかもしれないが、腕っ節は既に合格点だ。多少飲み込みはアレでも、ちゃんと学べばあっというまに仕える人材になるだろう。
 優秀な人材は、いくらあっても困るものではない。できれはこのまま恐竜騎士団を離れてくれればなお良しではあるが、そこまでは強要しないのがコツだ。学んでいるうちに人間の考えなんて変わるものだろうし、何より恐竜騎士団のためという目標があった方が何事にも身が入るというものだ。
 二人の勧誘活動は、成功というには十分な成果があがっていた。
 これで、あの団長決定戦の結果が出れば、よりあぶれる人員は増えていくだろう。そうしたら、そういう奴もどんどん捕まえていけばいい。
 二人の野望は広がるばかりだった。

 そんな二人が勧誘活動を行う居酒屋の一画で、その様子をあまりいい目で見ていない二人組みの姿があった。
 如月 和馬(きさらぎ・かずま)グンツ・カルバニリアン(ぐんつ・かるばにりあん)の二人である。
「けっ、好き勝手やりやがって」
 恐竜騎士団は、今後のキマクにとって貴重な戦力になる。それを、横からかっさらうようにして持って行くあの二人に、和馬がいい思いを抱くわけが無かった。
 しかし、流れていくものを堰き止めるに有効な手が無いのも事実ではある。恐竜騎士団の心の拠り所は、あのトカゲ頭のバージェスであったのは間違いない。その不在で発生する波紋は、風紀委員の名を「借りて」いる程度の和馬にはどうしようもない。
「そっちの調子はどうだ?」
 四人ほどの恐竜騎士の人間を連れ立って店を出ていく鮪一行から目を離し、視線をグンツに向ける。
「ダメだった」
「マジかよ」
「どうもこの間の、恐竜に飲み込まれたのを引きずってるみたいだぜ」
 投げ捨てるように机の上に置かれたのは、一枚の紙切れだ。なんだこれ、と和馬が手にとってみると、乙王朝のミツエからの返信だった。
 今回の恐竜騎士団の新団長を決めるお祭りに、乙王朝を引きずりだそうというのがグンツの提案だった。後ろ盾が無いなら、この場で作ってしまえばいいという彼らしい判断だ。
 試合に参加でも、判定員でも、ゲストでも。ミツエが絡めば、実質それで後見を得た事になる。そうすれば、危ういバランスで存続している恐竜騎士団も少しはマシな立場になるかもしれない。
 しかし、帰ってきた返事はNOだった。
『恐竜なんかに関わりたくありません』
 驚くほど簡素だが、あまりにもわかりやすい拒絶だった。
「……はぁ」
「まぁ、うまくいきゃ万々歳って話しだっただけだろ」
「そっちは、うまくいってんのか?」
「まぁ、ボチボチだな」
 大した資源も、技術も無い大荒野にやってきた恐竜騎士団は、見ようによってはキマクの軍事力だ。しかも、エリュシオンにとっては頭痛の種という事は、恐竜騎士団側も帝国にそこまで忠義を示していないという事になる。
 これを吸収することができれば、間違いなく大きな力になる。その為には、こんな茶番で空中分解させるのには惜しい。
「ほとんど若い奴ばかりだが、それなりの数は揃ったぜ。これで一応、ジャジラッド派は形がつく」
「さすがだな」
「虎の威をかるなんとやら、だけどな」
 今回の茶番の最大のネックは、バージェスのために戦う存在が無かった事だ。
 ラミナもソーも、恐竜騎士団を自分の手中にいれようとしている。バージェスに忠義を尽くしてきた奴らにとっては、それは裏切り行為だ。そう思ってる奴らを、適当にそそのかして一派閥を作り上げるのはそこまで難しい事ではなかった。
「とにかく、奴らには権力持ったまんま残ってもらわなきゃ、困るのは俺らだ」
「わかってるっての。ここには色んなもんがありすぎる。ここで勝手にドンパチやって、それで自滅なんて面白くもねぇ」
 シャンバラ大荒野は、恐竜騎士団だけではなく多くの派閥や組織が乱立している。というか、押し込められている。先ほどの鮪一行もそうだが、どいつもこいつも、そんな中で力を蓄えようと精力的だ。
 最悪、乱立する勢力が大荒野の中で勝手にかち合ってしまうかもしれない。それは、全くもって面白くない話しだ。
「コランダムの野郎は、恐竜騎士団に関わるのは消極的だ。なら、大荒野を知ってる奴が主導権を取っちまった方がいい」
「そういう事だ。そうすりゃ、その戦力を持ってある程度はマシにすることぐらいはできる」
「その為には、ジャジラッドに勝ってもらうのが一番早いか」
 あちこちの勢力と、同盟なり協定なりを組んで形だけでも作る。
 整理整頓するのはもう少し先になるだろうが、余計な不和で大事な戦力を消耗なんて馬鹿げた事にはならないだろう。
 この先、今は実質自治区のまま移行しているキマクが、シャンバラにすんなりと統合されるわけが無い。その時のためにも、使える戦力は最大限保持するべきなのだ。
 キマクのために。



「疲れたぁ」
 キマクの広場に出した屋台に戻ってきた小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)はぐったりとカウンターに突っ伏した。
 足がまるで棒にでもなったよう、というのはこういう事なのかとシミジミと思う。聞き込みやらで歩き回るのは、精神的な部分も大きいのだろうが、走り回って武器を振り回すよりも大変な気がした。
「何かわかりました?」
 屋台の主、ベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)が冷たいリンゴジュースを出しながら尋ねる。
 足を棒にして聞き込みをする美羽と対照的に、彼女はここで地に足をつけて聞き込みを行っているのだ。あと、ラーメンの修行もかねている。
「んー、いまいち」
「そうですか。こちらも、あまり収穫はありませんでした」
 二人が探しているのは、バージェス行方だ。
 恐竜騎士団の、というかエリュシオンの神が行方不明なんてことは、実際はあってはならない事だ。どう考えても、これから話しがいい方に向かっていくとは思えない。
 しかし、飛び込みの調査というのは中々難しく、これだという情報は中々得られなかった。フィクションの探偵とはどうやら違うらしい。
「でも、色々お話は聞けたよ。おかわり!」
 甘いジュースを一気に飲み込むと、体の内側に少し元気が追加された気がした。
 二杯目は大事に飲みながら、今日の情報交換を行う。
「恐竜騎士団って、やっぱり色んな人がいっぱい居るみたいだよ。単純に性格が悪いだけの人ばっかりじゃないのは間違いないね」
 バージェス探しはいまいちだったが、恐竜騎士団については色々とわかってきた。
 そもそも恐竜騎士団は、他の竜騎士団の厄介者で構成されている。そう言われると、危険人物の集まりみたいに思えるが、一集団の厄介者というのは、果たして全部が全部危険人物かと言われれば、そうでもないのだ。
 例えば、昇進を競い合って破れた一方とか、単に上官と気質が合わなかったとか、そういう理由で追い出されてしまった人が行き着く場所でもあるのだ。その為、中には自分の騎士道を大事にしている人や、礼節を重んじる丁寧な人とか、そういう人も出てくる。
 全体としては少数だが、話しの通じる相手が居るのだ。
 今日はそんな、話しの通じる人を紹介してもらって当たっていったみた。
「恐竜騎士団って、長く居るとそれだけ居心地がよくなるんだって」
「そうなんですか?」
「うん。強いか弱いかってだけで上下関係が決まるから、余計な事考えなくていいのがいいみたい。特に、人間関係で追い出されちゃった人にはね」
 絶対強者を至上とする集団だから、殺伐としているのかと思いきや内部の秩序は至って整然としている。上官に対して何か言いたい事があるのなら、決闘をふっかけて勝ってしまえばいいというわかりやすいシステムは、人間関係に頭を悩ませた人にとってはありがたいのかもしれない。
 不満は自己を鍛えるための理由になり、そうして自然と全体の能力が底上げされていく。合理的で自己責任な社会。彼らに弱者を救済するなんて考えは微塵も無いのだ。
 そんな集団のトップに君臨するバージェスが、どれほどの信頼と信仰を集めているか、想像もできない。
「私も、お客さんから色々お話を聞いたのですが、今回どちらもつかない親バージェス派のほとんどは、クン・チャン地方の大虐殺以前から団員だった人が多いんだそうです」
「そうなの?」
「はい。ただ、ラミナさんもソーさんも、どちらもその時には団員だったそうです」
 恐竜騎士団の悪行の筆頭とされているのが、この大虐殺だ。詳しい事情は闇の中だが、恐竜騎士団がこの大虐殺を行ったのは間違いなく、エリュシオンでの彼らの立場が悪い原因の一つでもある。
 普通の感覚で言えば、恐竜騎士団の行為は悪そのものだ。しかし、今日までの調査である程度恐竜騎士団というものをある程度理解した二人には、彼らにとっての悪というのは弱者である事を容認し続けていた側だ。もちろん、賛同なんかできるわけがないが、彼らがそれに対して十字架を背負うような人種ではないのはわかる。
 ただ、バージェスに傾倒する理由に、大虐殺が関わるとなると疑問が残る。
 無理やり普通の人の感覚で考えれば、雑草を抜いていったり、虫を殺すような作業でしかないそれが、どうしてバージェスへの信望の理由になるのか。強者を撃破したならそれもわかるが、弱者を捻り潰すなんてことが彼らにとって大きな出来事になるとは思えない。
「……もう少し、調べてみないとわからない事だらけだね」
「そうですね。ラミナさんやソーさんが、次の団長に立候補した理由も、もしかしたらその事件に何かあるのかもしれません」
「よーし、明日も頑張ろー」
「はい」