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大地を揺るがす恐竜の騎士団(上)

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大地を揺るがす恐竜の騎士団(上)

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第五章 動き出す風紀委員1



 極光の谷の内部には、いくつか採掘が終了し放置された地点がある。
 採掘のために掘られた崖周辺は大変脆くなっており、少量の爆薬があれば簡単に崩れるだろう。そのうえ、逃げ場となる場所もない。罠をしかけるにはうってつけだった。
 罠を仕掛けたら、今後は餌を撒く必要がある。
 幸い、この次期の餌には苦労しない理由があった。バージェスの所在だ、これを餌にすれば食いつく輩はそこそこいるだろう。バージェスの居場所に関しての噂はいくつもある、そのうちの一つをここにするだけだから、そう難しいものでもない。
 噂の内容は簡単で、コランダムが何故か極光の谷にふらふらと消える時がある、とそんなものだ。ちなみにこの噂については、高崎 悠司(たかさき・ゆうじ)はしっかりとコランダムに許可を取ってある。
 あとは獲物がずぶずぶと深入りしてくるのを、のんびりと待つ。
 悠司の獲物は、以前バージェスに喧嘩を吹っかけて、そのまま逃走した指名手配の連中だ。今回のバージェス不在は、塗られた泥を返すチャンスと思う奴もいるに違いない。それをうまく罠に嵌めて、拿捕できれば手柄の一つにはなるだろう。
 団長になるのはめんどそうだし、かといって下っ端で顎で使われるのもめんどくさい。
 少しぐらいは偉くなっておかないと、それこそめんどうだ。
 そうして強い日差しを避けて日陰でのんびりと待っていると、今日もまた噂に呼ばれて誰かがこちらに向かってくるのが見えた。

「おい、待てっつてんだろこの野郎!」
 待てと言われて待つ奴などいない。それぐらい、白津 竜造(しらつ・りゅうぞう)も十分承知している。しかし、逃げる奴にかける言葉なんてこれぐらいしかない。
 極光の谷の奥の奥、採掘も終了し危険なこの場所には、本来なら人の姿があること事態が不自然だ。そこに、なぜだか知らないがこちらの姿を確認した途端に逃げ出す奴が居た。
 あまりにも怪しい。
 この場所には、バージェスが身を隠しているという噂があった。何十とガセネタがばっこしている中の一つで、正直竜造は全く当てにはしていなかった。
 イルミンスールに単身乗り込んで、奪われた極光の琥珀を取り戻しに行ったという噂が本命だ。あの化け物だったら、やりかねないし成功して帰ってきそうだ。
 どうせここにもバージェスの野郎はいないだろう。だが、人の面を見るなり逃げる奴は、もしかしたら何か知ってるかもしれない。とっ捕まえりゃ、少しはこのあてもない人探しに進展がでるかもしれないなんて希望があった。
 足だけは速いようで、中々距離は縮まらなかったが、追いかけっこはすぐに終わった。
 道が途中で無くなったのだ。逃げた奴の先には、今にも崩れそうな壁が立ちはだかっている。
「さーて、どうして俺の顔見て逃げたか教えてもらおうか」
 まだ逃げた奴はこちらに背中を向けている。飛び掛る必要もないと、一度足を止め、ゆっくりと歩きながら近づいた。
「待て!」
 そこでそいつ、悠司は振り返った。その手には、何かのスイッチが握られている。
「それ以上近づくと、こいつを押すぞ」
「はぁ?」
 見るからに、押すと何かが爆発しそうなスイッチだ。
「てめぇ、俺をここに誘い込んだつもりか。マジかどうかは知らねぇが、こんなところで爆発させてみろ、お前も一緒に土ん中だぞ」
 周囲には発掘の影響で脆くなった崖がある。爆薬で相手を生き埋めに、とでも思ったのだろうが、そこに自分も居たら意味がない。
「……あ」
「馬鹿かてめぇは! ちっ、お前みてぇな奴が待ち構えてるってことは、ここにバージェスはいねぇんだろうな。こんなところに用はねぇが、とりあえずてめぇは一発ぶん殴る!」
 使命手配された人間は実質野放し状態だ。それをまさかこうして待っていた奴が居た事に、少しは驚きを感じないでもない。が、これでは単に馬鹿にされたようにしか思えなかった。
 策を弄するなら、それなりにちゃんと頭を使ってみせろという話だ。
 とりあえず一発殴って、ついでにもしバージェスの居場所を知っているのなら、聞き出してやろう。そう思って踏み出した足が、突然地面にめり込む。
「落とし穴だとっ」
 穴はかなり深い。三、いや四メートルはしっかり掘ってあった。
 そのうえ、穴の途中にピコピコとわざとらしい赤い光を放つものがいくつもある。さっきのスイッチがそうかはわからないが、ここから逃げ出そうとしたら爆弾を爆発させる腹らしい。
「おー、かかったかかった」
 悠司はとくに感慨もなさげに落とし穴の中を覗きこむ。獲物はしっかりと穴の中にあった。
 空を飛ぶ手段なんていくつもある。こんな穴、抜け出そうと思えばそう難しくはない。だが、周囲にある機晶爆弾を起爆する間もなく抜け出すのは至難の業だ。
「さてと、そんじゃ誰かにこの人を引き取ってもらうか」
 直接殴りあいしたら、勝負がどっちに転ぶかなんてわからない。だが、これだけハンデをつければ、逃げ出す前にスイッチを押す勝負で悠司が負けるはずがない。
 ここはやはり、名前を貸してもらったコランダムを呼ぶべきだろう。彼の恐竜は空を飛べるから、ここに来るまでの時間もそうはかからないはずだ。
「これで、ま、手柄としちゃ十分だろ」



「得意の恐竜は使わず、小手調べという事ですか」
 ラミナ・クロスの得意技は、最強の肉食恐竜とも言われるプレデターXとの連携だ。
 それを使わないと言われて、志方 綾乃(しかた・あやの)は少し残念がった。
「うちの子は、人間なんてちっちゃなもん相手に使うようなもんじゃないのよ」
「確かにそれは、納得ですね」
 お散歩なのか、空を悠々泳ぐ巨体は小さな獲物を狙うのは得意ではなさそうだ。あの恐竜が進化を発揮するのは、同じ土俵に立てる巨大なものが相手の時なのだろう。最低でも、ワイバーンぐらいのサイズが欲しい。
「でも、いいんですか? ここで私があなたを倒してしまったら、看板からあなたの写真を剥がさないといけませんよ」
「ほざくんじゃないよ。そういうのはね、勝ってから言うんだね」
「風紀委員としてそんなに目立った事はしてませんが、けっこー私強いですよ?」
 恐竜騎士団の団長の席と、キマクに在籍する風紀委員の委員長の席は実質同じである。ならば、ここで風紀委員になった人にも等しくその席を目指すことができるはずだ。
 実際、そう考えているのか勢力を集めている風紀委員も現状存在している。そして、恐竜騎士団はその動きを黙認しているのだ。
 ここはシャンバラ大荒野、その支配者はパラ実空京大分校所属の私にこそ相応しい―――綾乃はそう考え、このお祭りに参加する事を決意した。
 しかし風紀委員として、さして活動してこなかったのも事実。今から派閥造りは大変だし、間に合わない可能性もある。それよりもわかりやすく手っ取り早く、団長候補の喧嘩を吹っかけて、本人に認めさせてしまえばいい。
 なにせこいつらは、強ければ何でもOKな集団だ。それさえ示せれば、他のものはあとから何でもついてくる。
 というわけで、ラミナに喧嘩を吹っかけてみた。
「そんじゃいっちょ、遊んであげるかね」
 ラミナが取り出した獲物は、鞭だった。皮製の鞭で、恐らくは恐竜のものを使っているのだろう。凄くシンプルなもので、飾りの要素は一切無かった。
「行くよっ」
 長さは、五メートルと少し程度。今の間合いでは十分射程範囲だ。
 鞭は、少ない労力で高い威力を出せ、しかも相手を捕えるなどの多用な使い道がある。その一方、一撃一撃の威力はそこまで高くない。侮れる獲物ではないが、しかし命がけの勝負をする時には迫力に欠ける。
 なんだかんだいっても、撲殺できる棍棒や、刺しても斬っても強い刃物の方が、武器としては汎用的だし、わかりやすい威力があるのだ。
 空気ごと抉るようにして向かってくる鞭を、綾乃はひとまず危なげなく避ける。そして、びしっとラミナを指差した。
「そんな武器を振り回すなんて、やっぱりあなたには清楚さが足りません!」
 鞭を振るう女のイメージは、清楚とはかけ離れている。
「……で?」
「清楚な女の子は実力を、見せてあげます!」
 ラミナは少し困惑した。綾乃の言っている言葉に意味がいまいち理解できなかったからだ。そもそも、ラミナはもう女の子なんて呼ばれていい歳では、げふんげふん。
「なんだかよくわかんないけど、さっさと本気出さないと体中に消えない傷痕が残っちまうよ」
 ラミナが今までになく強く鞭を振りかざす。
「そこっ!」
 鞭で一番威力があるのは、先の先の部分だ。逆に言えば内側に入り込んでしまえば、その威力を存分に発揮はできない。今見せた絶好の隙を、逃さず突っ込む。
「かかったね」
 ぱっと、ラミナはそこで鞭を手放した。そして、徒手空拳で綾乃を迎え撃つ。
「……言うだけあるじゃない」
「……それほどでもありません」
 ラミナが繰り出したのは、正拳突だった。それを、綾乃は左腕で受け流していた。
 当然と言えば当然の話しで、鞭を使う人間が鞭の弱点を知らないわけがない。人に認められる程の実力があるのなら、なお更だ。
 綾乃が一気に間合いを詰めれば、対処されるのは想定済みだった。単純なパンチだとは思わなかったが、しかしちゃんと反応も対応もできた。
 しかし予想外もあった。龍鱗化で攻撃を受ける体勢をつくって、歴戦の防御術を駆使して完全に受け流したはずなのに、左腕の感覚が遠い。
 ただ繰り出されただけの拳が、とにかく重いのだ。受け流さずに、受けきろうとしたらと思うとぞっとしない。
 ラミナが拳を下げてさがったので、綾乃もそれに合わせて下がる。腕が痺れていることを悟られないように注意した。
「いいわよ、出ても」
 何故だか、ラミナは満面の笑みでそう言った。
「へ?」
「正直ね、どうかと思ってたのよ、二択の賭けなんてつまらないでしょ。もっと人数増やした方が、賭ける方も面白いじゃない」
「賭ける方、ですか」
「そ、だって沢山賭けてもらえば、それだけうちの利益になるのよ?」
 賭け事で一番儲かるのは胴元である。これは、絶対に覆らない真理だ。そして、お金というものは、いくらあろうと困る事はない。人気取りに恐竜騎士団の団員を利用するだけあって、ラミナの視点は現実的らしい。
「そんな簡単に許可を出していいんですか?」
「何言ってんのよ、うちは強ければそれで全て……そのボスになるのに、資格や血筋は不要。今回のことも同じよ」
 ほんの少し、綾乃は恐竜騎士団という集団の認識が違っていた事に気付いた。こいつらは、強さが全ての集団なのではなくて、強さが全てと考える奴が集まった集団なのだ。
「そういうことなら……決戦を楽しみにしていてくださいね」
「ちょっと待ちな」
 決戦参加の許可さえもらえれば用は無い、と立ち去ろうとした綾乃をラミナが呼び止める。
「何か?」
「立て札に張る写真、今日中に持ってきなさい」