リアクション
卍卍卍 【マホロバ暦1185年(西暦525年) 2月15日】 瑞穂国―― このごろ彼は妙な夢をみた。 鬼の仮面が彼を取り囲み、『天下を取れ』とささやくのだ、 始めは夢だと取り合わなかったものの、そのうち声ははっきりと聞こえ、現実のように思えてきた。 そして、その後は決まって、戦への抑えがたい衝動が彼を突き動かすのだった。 瑞穂 魁正(みずほ・かいせい)はその夜、妙な胸騒ぎがあった。 蝋燭の明かりが一瞬燃え上がり、揺れる。 仮面がぼんやりと現われた。 「夢ではないのか!?」 『鬼は……鬼城 貞康(きじょう・さだやす)は生き延びたようだ。悪運の強い男よの……瑞穂の軍神と呼ばるる主(ぬし)の時代が一歩、遠のいたのではないか。瑞穂 魁正(みずほ・かいせい)殿』 「お前は……俺に何のようだ」 『瑞穂の勝利をもっと確実なものにしとうはないか。天下をその手の中に……!』 「鬼の力なんぞ借りぬ。ここから去ね!」 魁正が槍を振るった。 待ってましたとばかりに、桐生 円(きりゅう・まどか)が飛び出す。 このときのためと、円は魁正に何度も部屋をたたき出されながらも、張り込んでいたのだ。 「あんた誰よ? 仮面なんかつけちゃって。趣味悪いんじゃないの? 円の挑発に、仮面はけたたましい笑い声を上げた。 『観測者か……時空を越える力を使って、せいぜい間違った歴史を変えるがよい。そのために、この時代へわざわざ呼んでやったのだからな……!』 「ちょっと、それどうゆうことだよー?!」 仮面は答えず、高笑いを続けながら闇の中に消えていった。 円は捕まえようと躍起になったが、空振りする。 まるで宙をつかむようなものだった。 「兄上どうされました。怖いお顔をなさって」 それと入れ替わるように花嫁衣裳を着けて現れたのは、魁正の実妹である瑞穂 香姫(みずほの・こうひめ)だった。 魁正の額には汗がにじんでいる。 「わたくしはこれより武菱の大虎の元へ嫁ぎます。長い間お世話になりました」 このとき香姫は、武菱への輿入れの際に腰元を数名連れて行きたいと申し出た。 「お前が選んだのなら、俺がとやかくいうまでもない。が、なぜ俺にきく?」 「……兄上おひとりを瑞穂に残すのが辛うございます。はやく身をお固めになったらよいのに。葦原 祈姫(あしはらの・おりひめ)様はいかがですか。まだどこにも縁組が決まってないとお聞きいたしております」 「祈姫は確かまだ七つだろう? 俺に子供の面倒を見ろと。それとも、俺が子供だといいたいのか?」 香姫は笑った。魁正も笑顔を見せた。 兄妹は別れを惜しむように、久しぶりにざっくばらんに語り合った。 夜が明ければ、互いに他国のもの同士である。 こうして話すどころか、会うこともままならないことだろう。 その様子を物陰から伺い聞き入る人物がいた。 「香姫と先ほどの鬼……どう係わり合いがあるというのか」 ファトラ・シャクティモーネ(ふぁとら・しゃくてぃもーね)はこのとき、香姫は実は貞康の母親である鬼子母帝(きしもてい)と何か関係があるのではないかと思っていた。 「それも、武菱に着いたらわかること……」 ファトラはこのとき、『鬼』の手によって瑞穂の歴史の歯車が動き出していることをまだ知らなかった。 |
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