リアクション
○ ○ ○ 「お帰りなさいませ、お嬢様」 「……ただいま、レイラン」 出迎えたゼスタ・レイラン(ぜすた・れいらん)に、リン・リーファ(りん・りーふぁ)は、目を細めて微笑んだ。 「……なんかいつもと雰囲気が違うな」 「どうしたのレイラン。これに合うスイーツをお願いできる?」 リンはシャンパンとヴァイシャリー・グラスが入った袋をゼスタに差し出した。 「それから、あなたのおすすめのスイーツとそれに合う紅茶も」 「畏まりました。お嬢様、お部屋の準備は出来ております」 「ありがとう、レイラン」 恭しくゼスタはリンをカーテンで仕切られた個室へと案内する。 部屋の中は少し薄暗かった。 天井を見上げると、豪華なシャンデリアがあり、壁には素敵な風景がが飾られていた。 ゼスタが引いた椅子に腰かけて座ると、彼が身を寄せてナプキンを膝にかけてくれた。 「他にも何か、お召し上がりになりますか?」 ゼスタがメニューを開いて、リンに見せる。 「そうね。一通り、順番に持ってきてちょうだい。今日はこの部屋でゆっくりしていくわ。カーテンは開けておいて、外の様子も楽しみたいの」 以前、チェスの勝負で勝利した時の約束により、今日は好きなだけ食べていいと言われている。代金は全て彼もちだ。 「畏まりました。では、しばらくお待ちくださいませ」 そう頭を下げた後、ゼスタは「お腹壊すなよっ」と、リンにウィンクをする。 いつもの彼の表情だった。 (ぜすたん、執事を演ってるけど、見かけはそのまんまだよね) ふふふっと笑みを浮かべながら、リンはスイーツと飲み物を待った。 「苺の花姫ケーキでございます」 シャンパンと共に現れたのは、スポンジや生クリームよりも飾られた苺や果物の多い、フルーツに囲まれた苺のケーキだった。 「ありがとう。わっ、甘いシャンパンの味と、フルーツの酸味が良く合うー」 上品に食べるつもりだったけれど、次第にいつもの調子に戻っていく。 「ん? はい、あーん?」 側に控えているゼスタと目が合った途端。 リンはケーキをフォークで刺して、彼へと差し出した。 「いただきます、お嬢様〜」 嬉しそうに微笑んで、ゼスタはぱくりとケーキを食べて。 美味い! と言いながら、リンの頭を撫でる。 「お嬢様が可愛くて可愛くて、食べたくなっちゃうぜ」 「こら、執事はそういうこと言わないの」 「はーい。ところで、お嬢様。隣に座ってもいい?」 「ん? ぜす……レイラン、それは執事じゃなくてホストの仕事な気がするよ」 それもいいけど、仕事しているレイランの姿がみたいなと、リンが微笑むと。 ちょっと残念そうに。それじゃ、後程、と。 ゼスタはお辞儀をして、リンの部屋を後にした。 彼を見送った後は。 (ん? 男の子なのにメイドさんな子もいるのかな? 可愛いけどちょっと恥ずかしそう) ゼスタや知り合い達が働く姿を微笑ましげに見ながら、リンは次々に運ばれてくるスイーツを楽しんでいく。 ○ ○ ○ 「いらっしゃいませ、ご主人さま。……あっ」 微笑んで出迎えたアレナは、僅かな戸惑いを見せた。 「コーヒーを飲みに来た。……いや、ここでは『ただいま、コーヒーを淹れてくれ』というのが正しいのか」 「はい、すぐにお持ちいたします。こちらのソファーでおくつろぎになってお待ちください」 アレナはその人物――レン・オズワルド(れん・おずわるど)とパートナー達を、席へ案内をし、頭を下げると、飲み物を取りにカウンターに向かっていく。 レンは最近、コーヒーを嗜んでいる。 旨いコーヒーとの条件とは何か? 豆の種類や淹れ方、バリスタのスキルと知識。 どれも大切なことだ。 だがその彼の追求に、とある老齢のバリスタが、こう言ったのだ。 『客との会話こそが大事』であると。 料理と同じで、大切なのは何を食べるかではなく、どんな風に食べるかということ。 客の求める環境をどう用意するかが鍵なんだと。 今日、レンがこの店を選んだのは、知り合いがいると聞いたからだ。 なんでも、仮想衣装に身を包んで接客をしてくれるとか。 しかし、知り合いといってもアレナやゼスタと面と向かて話をするのは……初めてだ。 (戦ってばかりで、こうして腰を落ち着かせて話をする機会を今まで持たなかった。馬鹿な話だ) と、レンは一人苦笑をする。 そう、彼はラズィーヤや優子と接触を持ったことがあるが、アレナや白百合団役員からの印象は……どちらかといえば悪い。 過去に百合園で行われた会議で百合園を侮辱した言動の印象が、彼女達に根付いてしまっているからだ。例え、真意がどうであっても、その真意があっても多分白百合団側としては、今のままでは彼のことを好きにはなれない。 ただ、個人的な親交は別だ。 守ろうとしてきた者、一緒に守ってきた『仲間』を知ろうとしていなかったことに、レンは気付いた。 それでは当然希薄にもなる。 今回はそのことを踏まえ、ここにいる者達の――特に、アレナの様子を確認するために、訪れたのだった。 「こうしてゆっくりと休日を過ごすのは随分と久しぶりな気がします」 メティス・ボルト(めてぃす・ぼると)はソファにゆったり腰かけて、息をついたあとで。 ゆっくりメニューを開いた。 「今日はこの店で一日過ごすのですよね。時間は沢山ありますから……では」 メニューを捲りもせずに、即決する。 「一番上から順に各種スイーツを制覇していきましょう」 「え? 一番上って、ホールのケーキですよ!?」 ノア・セイブレム(のあ・せいぶれむ)が驚きの声を上げる。 「問題はありません。デザートは別腹と昔から言いますから!」 キリッとした顔つきでメティスは言い切った。 「メティスさんのお腹には、本当に別腹あるかもしれませんね」 メティスは機晶姫なので、あってもおかしくないとノアはとりあえず納得しておく。 「コーヒー淹れてきました……、ご主人さま」 アレナが淹れたてのコーヒーを持って現れ、3人に配る。 「ありがとうございます、アレナさん」 「はい……っ。ゆっくりしていって……あっ、ゆっくりおくつろぎください、お嬢様」 ノアにアレナがちょっと赤くなりながらそう微笑むと。 「か……可愛いです! アレナさん可愛いです!」 突如ノアはアレナにぎゅっと抱き着いた。 「持って帰りたいです!! 否! 持って帰りましょう!!」 途端。 ベシン! 気持ちの良い音が響いた。 「アイタッ!」 レンにパンフレットで叩かれたのだ。 「頭を叩かないでくださいよ〜」 涙目になって抗議するノア。 解放されたアレナは、レンと目を合わせて淡い笑みを浮かべた。 「少し話をしようか」 「は、はい……」 「このコーヒーは君が淹れたのか?」 「いえ、ファビオさんが淹れました」 「そうか」 「はい……」 「……」 緊張しているのか、なかなかアレナとレンの話は続かない。 「ところで、アレナさんは料理を作られるのでしょうか?」 「たまに作ります。忙しくない時は優子さんと一緒に作ったりしていました」 「そうですか、実は私も最近になって料理の勉強を始めたんです。好きな人が出来たから……」 メティスはコーヒーを飲みながら、世間話をしていく。 好きな人に何かしてあげたい。 そう思えるようになてから、今までしたことのないことをするようになったり、色々な道が自分の前で開けた気がすること。 そんな自分のことを自然とアレナに話していく。 穏やかな雰囲気の彼女には、そういった話もとても話しやすかった。 「喜んで食べてもらえると、嬉しいですよね。好きな物作ってあげたいって気持ち、わかります。私も優子さんに……」 アレナの言葉には優子の名が、とにかく沢山出てくる。 時々、皆の会話に相槌を打ったり、言葉を挟んだりしながら、レンも穏やかな表情で見守っていた。 |
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