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【●】月乞う獣、哀叫の咆哮(第1回/全3回)

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【●】月乞う獣、哀叫の咆哮(第1回/全3回)

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 そして、現在。
 イルミンスールの森深く、普段であれば、豊かな木々と、独特の空気と魔力とに包まれているザンスカールに、今は肌の上を逆撫でていくような、緊張を孕んだ気配が満ちていた。

スカーレッド……失礼、スケーシア大尉が件の超獣と接触。戦闘に入ったようです」
 各方面への窓口となるため、一旦ザンスカールへその身を置くことになったシャンバラ教導団の大尉、氏無 春臣は、部下からその報告を受けると、息をついた。契約者たちが揃う間の時間を稼ごうとしたのだろう、と悟りつつも、殆ど単身に近い状態で正面に立とうとする、無謀とも大胆とも言えるスカーレッドの行動に「相変わらずだねえ」と氏無の顔に苦笑が浮かぶ。
「暫くはそこで足止めよろしく。数が揃い次第、戦闘指揮権を移譲する。ボクは結界の方に専念しなきゃなんでね」
『承知していてよ。でもあまり時間を稼げないわ』
 そっちであまり長話しないで頂戴ね、と応えたスカーレッドの声は、冗談めかしながらも声にはあまり余裕が無い。
「わかってるよ。現地に近い子は直接そっちへ向うようにお願いしてるから」
 後ちょっと頑張って、と、馴染み故か、緊張感のないやり取りを終えると、氏無は次々と入ってくる通信に応えていく。
「そちらの状況は?」
『問題ありません、順調に進んでいます』
 応えたのは、住民の避難誘導を行っていた一条 アリーセ(いちじょう・ありーせ)だ。続けて、パートナーである久我 グスタフ(くが・ぐすたふ)も、イルミンスールへの交渉を終えたところのようだった。
『受け入れ態勢は整ったぜ。後は任せる』
 その言葉を受けて、アリーセは頷き、僅かに声の調子を安堵に緩める。
『校長の許可が頂けて幸いでした』
 緊急事態ということもあり、超獣の進行先ではあるが、他にばらばらに退避されては、万が一超獣が思わぬ方向へ進まないとも限らないため、森に住む住民たちの一時的な避難場所としてイルミンスールに協力を求めていたのである。
校長であるエリザベート・ワルプルギス(えりざべーと・わるぷるぎす)の許可が下りたことで、避難はスムーズに進んでいるようだった。
「引き続き、頼むよ」
『了解』
 続けて、氏無が声をかけたのはストーンサークルの柱の運搬を担当する沙 鈴(しゃ・りん)だ。
「飛空艇での搬送は予定通り開始したよ。現着次第、運搬を開始可能、だね?」
『はい。搬送用の車両、他機材共に合流ポイントに配備済みですわ』
 心強い報告に満足げに、うん、と応えてから、氏無は三船 敬一(みふね・けいいち)笠置 生駒(かさぎ・いこま)、そして彼らのパートナー、イヴリン・ランバージャック(いゔりん・らんばーじゃっく)ジョージ・ピテクス(じょーじ・ぴてくす)の四名の名を告げ、
「ポイントの整地については、彼らに任せてある。それから、大型車両を別途手配お願いできるかな」
『場所は?』
「トゥーゲドアのストーンサークル跡。許可は取ってある」
 その言葉に直ぐ意図を悟って、鈴は「了解」と短く応えた。まだ遺跡の調査前ではあるが、何かが発見されてもそれから行動したのでは遅い。出来る限りの手配をすることを告げて、鈴が通信を終えた後、漸くといった様子で一息をついて、氏無はクローディス・ルレンシア(くろーでぃす・るれんしあ)を振り返った。
「そちらはどうだい?」
「いつでも」
 トゥーゲドアの遺跡へ向う彼女らは、ここから直にエリザベートの協力でテレポートすることになっているのだが、直ぐにでも発てるように準備を進めるクローディスを、すみません、と呼び止める声があった。久我 浩一(くが・こういち)だ。
「遺跡へ向われる前に、確認しておきたいんですが」
「何だ?」
 クローディスが首を傾げると、、浩一はクローディスと氏無、更にはエリザベートに視線をぐるりと回して、一度息を飲み込んでから、その口を開いた。
「遺跡組、教導団、イルミンスールの情報網構築と公開の許可を願えますか?」
 その言葉に、それぞれ表情を変えた。一瞬、妙な沈黙が流れた中、最初に口を開いたのはクローディスだ。
「私は異論は無い。事態が事態だし、元々私たちはどこの所属でもないからな」
 そちらは、と問いかける目線に、氏無は「そうだねえ」と目を細めた。考えているようでもあり、反応を見ているかのような氏無に、ミスティルテイン騎士団のフレデリカ・レヴィ(ふれでりか・れう゛ぃ)が前へ出た。
「私も、情報共有は必要だと思うわ。特に、こちら側は、あの超獣についての情報が少ないもの」
 それに、イルミンスールのみならば、騎士団員や校長達の協力があれば情報網を構築するのは容易いが、他校の入り混じる現状、情報の混雑化が否めない。こんな状況では、それが命取りだ。
「魔術的な知識と、能力を提供する代わりに、情報をいただけないかしら」
「見返り、というわけかな?」
 目を細めた氏無が首を傾げるのに、フレデリカが頷くと、くつくつ、と氏無は何故か面白そうに笑うと、そのまま頷いた。
「良いよ。そういうことなら……ええと、浩一くん、だったかな」
「え、はい」
 呼ばれて声を上げた浩一に、にやりと一瞥して見せた氏無は、その視線をフレデリカ、クローディス、そしてエリザベートへと移してにっこりと笑った。
「超獣に関する限り、情報を開示すると約束しよう……浩一くんに、ね」
 その言葉に、浩一が一瞬顔色を変え、何人かが驚いたように氏無を見やったが、氏無は意に介する様子もなく続ける。
「見返りの発生する情報だからね、その集約と中継はどちらかの代表であるより、第三者の方がいいでしょ」
 それでいいかな、と問いかける目線には、アーデルハイト・ワルプルギス(あーでるはいと・わるぷるぎす)は肩を竦め、エーデルハイトも「そうですねぇ」と頷いた。
 ただし、教導団はその性質上、守るべき機密事項はあり、その点に関しては氏無が選別するということで合意を終えると、指揮を取るために移動を始めた氏無は、すれ違いざまぽん、と浩一の方を叩いた。
「言いだしっぺの法則、っていうじゃあないか。お手並み拝見といこうかねぇ?」
 からかうような言葉に、浩一は苦笑しながらその背中を見送ったのだった。




「それじゃあ、行ってくる。連絡の中継は頼むぞ、チェイニ」
「了解ッス」
 元気良く答える調査団の新人に軽く笑うと、クローディスの傍らでは、ツライッツ・ディクスと共に並んでいるディミトリアス・ディオン(でぃみとりあす・でぃおん)に、ニキータ・エリザロフ(にきーた・えりざろふ)のパートナーであるタマーラ・グレコフ(たまーら・ぐれこふ)が、なにを思ったかてくてくと近付いて、その小さな手をディミトリアスに伸ばした。
「……?」
 首を傾げるディミトリアスだったが、逆らわず伸ばされた手に手を差し出すと、タマーラはその小さな手でぎゅっと手のひらを握り締めた。本来の体の持ち主である、ディバイス少年のものとはあまりに違う大きな手だ。だが、その温度、その奥へ、少年の気配を感じて、タマーラの目が僅かに緩んだ。
「……糸の端を、掴む者。あなたも繋がる一つ」
 呟く言葉に、一瞬目を開いたディミトリアスの目を、タマーラの目がじっと見上げ、そして綻んだ。
「……気をつけて、いってらっしゃい」
 それは、少年へ向けてのものだったのか、ディミトリアスに向けてだったのか。ディミトリアスがそれを問うより早く、移動するニキータの後を追って、タマーラは駆けていったのだった。互いに、するべきことをするための、時間が迫っているのだ。
「そろそろ、行くですよぉ。準備はいいですかぁ?」
 エリザベートが言うのに、クローディスが、いつでもと言わんばかりに頷いた、その時だ。戦場に移動する傍ら、それを横目で見ていた叶 白竜(よう・ぱいろん)が、妙な胸騒ぎに不意に足を止めた。遺跡側は、前線となるこの場所より恐らくは安全だ、と思うが、超獣が近づいてきてから、暗く冷たい気配が満ちているようだ。そんな中で、何かと災厄の中にいるクローディスのこれまでの前科を考えれば、その胸騒ぎも無理からぬことかもしれない。足を止めたのを不思議に思ったのか、こちらを見たクローディスに、白竜は口を開いた。
「……お気をつけて」
 その言葉に驚いたように目を瞬かせたクローディスは「そちらこそ」と笑った。
「手がかりを見つけてくるのが我々の役目なら、君らはそれまで無事でいるのが役目だ」
「私の仕事は超獣を止めることですから、確約はできませんが、努力します」
 相変わらずな調子の言葉に、軽く苦笑するクローディスを尻目に、白竜が踵を返すと、それに続いて神代 明日香(かみしろ・あすか)も、一度エリザベートに駆け寄ると、ぎゅっと掌を握った。
「エリザベートちゃん、行ってきますね」
 その言葉に、エリザベートは一瞬きゅっと唇をつぐんだものの、こくん、と頷いて応え、それを受けて、明日香は仲間達と戦場へ向けて駆け出していったのだった。
 

 

 クローディスたちが出立したのと時を同じく。
 現場指揮の為に、結界のポイントへと、足早に向かう氏無は、後ろを歩く白竜達に、振り返らないまま声をかけた。
「団員以外の子には強制じゃあないけど、前線へ向う者は現場のスカーレッド大尉の指示に従うように。物資の調達、他手配は各々の裁量に任せるよ」
「了解」
 世 羅儀(せい・らぎ)が答え、前線に向う面々は、直ぐにその場を離れて現場へと向っていく。それを目線だけで見送ると、今度は首だけでイルミンスールの生徒たちを振り返って、少し笑った。
「結界に関しては、君たちの土俵だからね。正直言うと、あてにしてるんでよろしくね?」
「はい」
 状況にそぐわないのんびりとした調子の氏無の言葉に、力強く頷いたのは五月葉 終夏(さつきば・おりが)だ。その隣で、パートナーのニコラ・フラメル(にこら・ふらめる)も神妙に頷いている。そんな二人とは逆に、どこか面白がっている風なのはグラルダ・アマティー(ぐらるだ・あまてぃー)だ。どうやら、この「一日教導団」のような状況を率直に楽しんでいるらしい。
「このイルミンスールで、教導団主体の作戦というのも、興味深い状況じゃないか」
 独り言のように呟き、隣で歩くシィシャ・グリムへイル(しぃしゃ・ぐりむへいる)を見やった。
「というわけだから、アタシは今回、アンタの行動を指定しないから」
 やりたいようにやんなさい、とグラルダが言った、その途端。何を思ったかシィシャは、おもむろに伸ばした手でグラルダの頬をむにっとつかんで引っ張った。
「ちょ、いひゃい!」
 あまりの痛さに慌てて腕を離させたが、相当引っ張られたおかげで口の端がひりひりするのに、グラルダはじろりとシイシャを睨み付けた。
「何をするのシイシャっ」
 だが、言われたシイシャのほうはと言えば、何をそんなに怒っているんだろうといわんばかりに首を傾げた。
「グラルダの頬がどこまで伸びるのか、という確認です」
「それ……何の意味が?」
 脱力気味にグラルダが問うが、返答も案の上のもので。
「気になっていたものですから」
 と、いうことだった。そんな二人のやり取りを耳にしながら、くつくつと氏無は可笑しそうに笑う。
「いやいや、この状況で、たいしたもんだねえ」
 ボクなんか、逃げ出したいくらいなのに、と氏無は冗談めかしたが、ふん、とグラルダは鼻を鳴らした。
「平常心を保てないようでは、魔法に携わるものとして失格だからね」
 滅多にない経験が目の前にあるのに、逃げ出すなんて勿体無いことは出来ないね、と強気な口調に、氏無は目を細めると、「頼もしい限りだね」と再び笑った。





「うじーが持ち出してきたあれって、トゥーゲドアの石柱なんだったっけ?」
 カナリー・スポルコフ(かなりー・すぽるこふ)の問いに、うむ、と蘆屋 道満(あしや・どうまん)が頷いた。
「そうだ。地下の柱は、結局まだ石切り場も特定できていない状態だというからな」
 リスクを考えてのことだろう、と言いつつも、道満は違うことが気になっていたようだ。
「この大陸のどこか、だと考えるから見つからないのであろう。そう考えると、気になるのはトゥーゲドアの周辺の土地の荒廃が酷くなったのは、ニルヴァーナと繋がってからだ、という点である。つまり……」
「つまり?」
 カナリーが促すと、道満はびしっとどことも知れない場所に人差し指を突きつけた。いや指差した。
「地下遺跡か「柱」の材料の所在地はニルヴァーナだったのだ!」
「とんでも無いこと言うねー、どーまんは」
 どーん、と自信たっぷりに言う道満の一言を、カナリーはあっさりとした一言で流してしまうと、うーん、と首を傾げた。
「世界樹の根からリンクがある、どこかじゃないの?」
 地上と地下の二面構造を見立てると、イルミンスールとクリフォト、パラミタとザナドゥのイメージが近いけどなあ、と続けるのに、道満はいや、と、しかし、を繰り返した。

 そんな彼女らがいたのは、同時刻、超獣進路上。イルミンスールの森をまだ背後に控えた、第二次防衛ラインだ。
 既に戦闘を開始してるその最前線では、マリー・ランカスター(まりー・らんかすたー)が、スカーレッドと合流を果たしたところだった。
「結界構築前に阻止限界線を超えると判断した場合、足止めのため、イルミンスールの森の一部を焼き払う許可……ねえ」
 面白がるように言って、スカーレッドは片眉をあげて視線をマリーへと向けた。
「あれをあえて上げたのは、貴方ね?」
「必要なことだと思いましたので」
 元々、イルミンスールの森の一部に侵入を許す作戦の性質上、その防衛に必要な伐採や破壊については、暗黙の合意がある。それをあえて「許可」を取る狙いを察しつつも、しれっとした態度を崩さないマリーにスカーレッドはただ肩を竦めた。
「無論、実際行うとなれば、必要最小限に抑えねばならんでしょうが」
「むやみやたらに放火するわけにはいかないからな」
 同意をしたのは、同じく合流を果たしたクレア・シュミット(くれあ・しゅみっと)だ。
 山火事等の場合、あらかじめ木々を伐採して燃焼物を無くす事で防火帯を作り、延焼を防いだりするが、相手は自分で動くことができるのだ。同じ要領では行かないだろうが、相手が熱を探知して動く性質を持つなら、火を使うと言うのは有効な手段だろう。それ故、あくまでそれは最終手段であるという条件の上ではあるが、許可も降りているのだ。
「声を失ってる子もいたんじゃないかしら?」
 言いながら、くすりとスカーレッドは口の端を笑いに引き上げた。
 はっきり否定の意思表示をしたかしなかったかは別として、多くのイルミンスールの人間にとって、その許可は衝撃であったに違いない。ザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)は同意を示していたが、それでも「限定的」な部分を出なかった。
「当然でしょうな。彼らにとっての守るもの、とは、我々のそれとは違いますし、そうであってしかるべきでありましょう」
 マリーの言葉に、クレアも複雑な顔ながら頷く。
 軍属にとって、命は数だ。好むと好まざるに関わらず、最後には数を取るのが軍人である。全を守り、一も捨てない、という思想とは相容れない。どちらが正しく、どちらが間違っていると言うのではなく、それぞれの持つ役割が違うのだ。そしてそのどちらもが、必要なのも違いない。とは言え、とスカーレッドは僅かにからかうように笑った。
「あえて憎まれ役を買って出る必要も無いでしょうに」
「指揮官に泥つけるわけにもいかんでしょう。そちらはこのべんぱつが引き受けますので」
 気負う素振りもなく、どこかわざとらしい様子に、スカーレッドは更に意地悪く目を細める。
「あら、別に交換してもよくてよ?」
「いやいやいやいや、なにをおっしゃいますやら」
 ぶんぶんと首をふって辮髪を振り回すのに、くすくすとスカーレッドは笑いながら、「案外向いている気もするけれどね」と冗談めかしたが、そうやっていられる時間は、あまり長くはなかった。
「超獣との距離、更に十メートル接近。第一次防衛線が突破されるぞ」
 最前線で陣を張っていたスカーレッドの部下からの報告に、クレアが硬い声で告げた。
「了解。第一次防衛線の団員は、火力防壁を展開後即時撤退。第二次防衛線と合流」
 指示を復唱するクレアの声に続いて、遠方から爆発音が轟く。横一列に立ち上る土煙の向こうからは、超獣の輪郭が見え隠れしている。
「来たよ、来たよ、マリーちゃん!」
 カナリーが示す先、続いて聞こえてくる地響きは、距離を測るまでもない。その脅威は目前に迫っていることを告げている。
 そんな中、三人の大尉はそれぞれ恐れ気もなく各々の武器を構えて、超獣を見据えた。


「さて、お話の続きの前に、まずは、あちらの主賓を丁重におもてなししなくてはね」