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【八岐大蛇の戦巫女】消えた乙女たち(第1話/全3話)

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【八岐大蛇の戦巫女】消えた乙女たち(第1話/全3話)

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●閑かなる対面
 
 それから間もなくして、
「お時間を割いていただいたこと、感謝しますよ」
 ラムズ・シュリュズベリィ(らむず・しゅりゅずべりぃ)は、教団支部の一室でカスパールと向かいあっていた。
「イルミンスール魔法学校、クトゥルフ神話学科主任のラムズ・シュリュズベリィと申します……」
 ここまで言っておきながらふいに、
「でしたっけ?」
 とラムズは後方を振り返った。
「合っておる」
 シュリュズベリィ著 『手記』(しゅりゅずべりぃちょ・しゅき)にとってはお馴染みのやりとりだ。こともなげに『手記』は言うのだった。
 薄汚れたローブ姿の『手記』と、学者らしいスーツ姿のラムズ、なんとも奇妙な組み合わせであり、しかもそのラムズが出し抜けに自分のことを相方に訊いたりするので奇妙さは倍増しだが、そんな来客を見てもカスパールはまるで動じなかった。席を勧めて、
「失礼、戻ってきたばかりで……」
 と上着を脱ぐ。
 ここが応接室らしい。簡素だが決して安物でないソファに、ラムズは腰を下ろしたが『手記』は立ったままだった。
「ええと、宗教学者として本日は取材を申し込んだわけで……だったね?」
 またラムズは『手記』に訊いた。『手記』は鷹揚に頷く。
「失礼。後天的解離性健忘気味でしてね。ご心配なく。質問内容はメモしてましたから」
「名高いイルミンスールの先生とお話しできるだけで光栄ですわ」
 カスパールは笑顔で応じた。ただ、その笑顔というのが、なんだかその表皮の下に一物秘めているような種類の笑顔であったので、ラムズは彼女の言葉を文字通りに解釈することはできない。
 教義や世界統一国家神についてが問うと、カスパールは淀みなく答えた。(※このあたりの内容は前頁までを参照)続けて、
「グランツ教にも各々の役職というのはあるのでしょうか? 例えばカスパールさんは自らを『マグス』と名乗りましたが、それはどのような役職なのでしょうか?」
「マグス、とは『東方の三博士』とも申しまして、グランツ教においては幹部的な役割にあります。ただ、あまり難しく考えず『広報係』くらいに思っていただければ十分ですわ。企業の役職のような身分の上下はありませんもの。
 同様のマグスとしては、他にメルキオールとバルタザールと申す者がおります。私を含めたこの三名で『三博士』というわけです」
 彼女は広報係程度と謙遜するが、実際は幹部としてかなりの権力者であろう――とラムズは考えている。それは、ここに来るまでの信者達の態度でもよくわかった。
「役職、といえばあと一人、超国家神を補佐する枢機卿(カーディナル)がおります」
 と応じた彼女に、続けてラムズは問いかける。
「グランツ教は最近になり支持者が集まってきたと聞きましたが、それは何故でしょうか?」
 この問いになるや、カスパールの目つきが変わった。
「旧い世界秩序が、もう限界に来ているからです。これまで世界を動かしてきた秩序には、もう澱が溜まって、老廃物に埋もれております」
 こう断じて、
「それを察した人々が、グランツ教に救いを求めているのでしょう。それは理解できます。激しい言い方ですが、一度この旧秩序をリセットすることを多くの人が望んでいる……それができるのは世界統一国家神だけだからです」
「急速に成長する新興宗教にはありがちな噂話が色々と飛び交っていますが、それは本当でしょうか?」
「私がどう答えるかはもうご存じでしょう、ラムズ様?」
「と、申しますと?」
「そのように訊かれて、『事実無根です』以外の回答をする宗教者がおりまして?」
 ラムズは苦笑気味に言った。
「失礼しました。……では最後に、グランツ教の今後の方針についてお願いします」
「より多くの人に信仰を授けることですわ」
 丁重に礼を述べて席を立ち、ラムズは『手記』と共に部屋を後にした。
 道々、歩きながら二人は言葉を交わす。
「やり手ですね……はぐらかしと建前と本音、それを巧みに交えて話す」
「じゃが底は浅いな。あれは最初から用意した態度じゃ。長期戦に持ち込めばボロが出るタイプじゃろうよ」
 ふん、と鼻息ひとつ立てて『手記』は言ったのである。
「我はあやつよりずっと心理戦に巧みな者と戦ったことがある……チェスでな」
 
 入れ替わりにローザマリアこと『ステラ・ウォルコット』が応接室に入室し、インタビューを開始した。ある程度グランツ教の教義・活動について聞いた後、
「……ところで、蒼空学園で少女が失踪している事件に関してグランツ教からの情報提供があったということですが、事実でしょうか?」
「さて、どうしてそのような話が、記者さんのお耳に届いたのでしょう?」
 カスパールは否定も肯定もせずに微笑した。
 だがローザも引かない。やはり笑顔で応じた。
「取材相手の事前のリサーチは記者としての義務ですもの……ところで、宗教団体がそうした慈善活動を行うことをどう思われます?」
「悪いとは思いません。そもそも、宗教とは人を救うものではなくって?」
「なるほど」
 加えて、契約者の信者はどういったパートナーと契約しているか訊こうとしたローザマリアだが、それは信徒のプライバシーですので、とやんわりと拒否された。
「最後に、グランツ教の宗教観についてですが……」
 と言いながら、ローザマリアは顔の変装に手をかけた。べりべりと顔の半分マスクを剥がすと、その下からはイナンナ・ワルプルギスの顔が出現した。これもまた、覆面であるのは言うまでもない。
「この大陸の国家神をどう思いますか?」
 ローザマリアはじっとカスパールの目を見て問うも、彼女には
「悪ふざけはおよし下さいましね」
 こう簡単にあしらわれただけだった。これには少し、肩すかしを食わされた格好だ。ローザが二の句を告げないでいると、
「取材はもうおしまいですの?」
 と、有無を言わせずカスパールは立ち上がったのだった。
 仕方なくローザマリアも顔を『ステラ・ウォルコット』に戻し、退出するほかなかった。
 背後に神経を集中させながら出たが、襲われるなど手荒な真似はされなかった。
 ――あの落ち着きぶり……。
 自分が変装であることを明かしても、まったく動じなかったカスパールのことを思う。
 手強い相手、なのだろうか。それとも……。

 応接室から出たカスパールは、受付のところでもめている少年を目にした。
「何か……?」
「申し訳ありません、カスパール様。あの方、清掃業者だと言って聞かないんです」
 眼鏡をかけた女性の受付係が、眉を八の字にしてカスパールに訴えかけた。それに対し、灰色の作業着上下、帽子を目深に被りモップを握った少年が言う。
「頼んますよ、このあとも二箇所、清掃に回らなきゃならないんスから〜。あなたが責任者? さっさと掃除させて下さいよ〜」
 言いながらもう、モップでキュッキュと受付のあたりを拭きはじめている。目に優しい色調の赤毛が、グレーの帽子の下からのぞいていた。
「でもこの支部内の清掃は信者のボランティアが交替で行っています。業者に頼むことはないはずで……」
 受付係が説明するものの、少年はまるで聞いていない。カスパールを見上げて、
「あなたがカスパールさんですね?」と呼びかけた。
 同時に、
「テレパシーで失礼します」
 とも呼びかけている。そう、テレパシーで。
「僕は空京大学の学生で永井 託(ながい・たく)と言います。実はあなたにお会いしたくて来ました」
 託はごく平然と言うわけだが、受付係にとっては晴天の霹靂(へきれき)のような話だ。ぎょっとして託を追い出そうとするも、首を振ってカスパールはそれを制した。
「はじめまして、永井様」
「そしてテレパシーでも、はじめまして」
 話の分かる相手らしい、託は多少安心して、根回しで得た情報に基づいて問う。
「このところ頻発している蒼空学園の失踪事件について何か知らないですか?」
「と言ってますが本題は少し違います」
「さて、そうおっしゃられましても……」
 カスパールは戸惑ったような笑みを浮かべた。だが託は構わず続ける。
「知っていることがありますよね? それを教えてください」
「失礼なことは承知してます、ですが少しでも付き合っていただけるのであれば、テレパシーのことは隠したまま適当にあしらってください」
「そのようなことをおっしゃられても困ります。申し訳ないのですがお引き取り下さい」
 というカスパールの言葉を受けて、
「そうですか……それはお騒がせしました」
 と、託はあっさりと引き下がったのである。
「あれ、だめだったねぇ……どうしようかなぁ」
 独り言をつぶやきながら去るが、それは勿論演技だ。
 建物の外から、再度彼はカスパールにテレパシーを送った。
「永井託と申します、先ほどは失礼しました」
「いいえお構いなく、驚きはしましたが……」

 やはりカスパールは応じてくれた。気をよくして続ける。
「聞きたいのは失踪……というよりは何が起ころうとしているかです。もちろん、知っていたとして何もなしで話していただけると思ってません」
 だから取引をしませんか? と託は持ちかけたのだった。
「あなたの指令を遂行します、代わりに、遂行したものに見合った情報をください」
 僕は何の組織にも縛られない、そう彼は自分のことを表現した。だからこそできることもあると思う、と主張したのである。
「面白いことをおっしゃりますね……ただ、失踪のことについては、辻斬り事件と割り符を合わせるように発生していることと、失踪現場でドラゴニュートのような人影が目撃されたということくらいしか私も知りませんの」
 だが頼めることがあれば、お願いするかもしれません……それがカスパールが送って来た最後の思念だった。そのままカスパールはテレパシーを切断したのである。
「ふーん」
 モップを立てかけ、これに両腕を乗せながら託は空を見上げた。
 すくなくともカスパールとのコネはできた。今後が楽しみじゃないか。