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【八岐大蛇の戦巫女】消えた乙女たち(第1話/全3話)

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【八岐大蛇の戦巫女】消えた乙女たち(第1話/全3話)

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●嵐の前に

 逢魔が時、というのだろう。血のように赤い夕陽が、黒く濃く長い影を作る。
 朱い空の下、蒼学の校門付近、立つ影は二つだ。
 ルカルカ・ルー(るかるか・るー)は髪留めで、長い黒髪をぎゅっと縛った。終わるとただちに、手元のハンドヘルドコンピュータを立ち上げる。
「……ふぅん、やっぱり『胡散臭い教』ね。うん」
 盟友ザカコ・グーメルからの連絡を繰り返し二度熟読すると、ルカルカは頷いた。
 辻斬り、失踪、グランツ教……彼女が入手してきた情報が、おぼろげに何かを形成しつつある。その正体は、まだわからないのだけれど。
「失踪した生徒は全員、マホロバ人なのね……何かありそう」
「いや、偶然の可能性は捨てきれない。少なくとも、確率論的にありえない話ではない」
 ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が言うが、ルカは「そぅお?」と上目遣いに彼を見た。
「そう思うんだったら、どうしてダリルはルカの囮捜査を認めてくれるのん?」
 現在のルカの姿について描写しておこう。彼女は黒いウイッグを身につけ、蒼学の女子制服を着込んでいる。黒いニーソックスがよく似合っていた。そういえば久方ぶりの黒髪は、1945年の日本へ旅したときを彷彿とさせる。
「別に認めたわけではない。お前は体を動かす方が得意だろう? そうしたいなら好きにするがいいと思っているだけだ」
「あら冷たい」
 ルカルカは言うが、ダリルらしい言い方なのでむしろ安心してもいた。本当に無意味だと思っていれば、彼は「無駄だ」と一言の元に切り捨てていただろうから。
「じゃあ」
 と言い残してルカはダリルと別れた。籠手型ハンドヘルドコンピュータのように目立つものは彼に預けている。ツァンダをゆっくり歩くなんて久しぶりだ。しかも、単身で。
「……さて」
 ダリルは蒼空学園の学舎を見上げた。
 山葉涼司には許可を取ってある。蒼学のXルートサーバを使用し、今回の事件に関連性のありそうな伝承や記録の類を調べるとしよう。できるなら蒼学サーバ経由で葦原サーバにも接続し、対象地域の古事伝承も検索したい。最低限、巫女の役割の娘を使った儀式の数々についてだけでも明らかにしようと思う。
 校門をくぐる際、ダリルは片手をすっと上げた。
 すると校内から、さらに二つの影が出現したのである。
「あいつの行動……オレはあまり、賛成したくねぇな」
 腕組みしてカルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)は言った。
「要するに、あの格好で怪しいところをうろついて、誘拐犯だの辻斬りだのを誘き出そうってんだろ? あいつの実力を過小評価するわけじゃねぇが、下手すると怪我じゃすまねぇぜ」
「確かに一人の方が狙ってもらいやすくはあるが……。水臭い。俺達には話してくれてもよかろうに」
 夏侯 淵(かこう・えん)も不満そうだ。話せば自分たちがついてくるとルカルカは考えたのだろうが、それにしても……。
 頼んだぞ、と二人に告げてダリルは校内へ向かう。
「おうよ」
「任せろ」
 とカルキノス、夏侯 淵はルカの後を追った。

 風祭 優斗(かざまつり・ゆうと)は涼司に申請し、急遽、通学路の見回りチームを組織していた。朝夕の通学路警戒を中心に、緊急時連絡網の配備や非常事体制の充実に努めるべく生徒を動員する。急作りゆえまだ荒いところもあろうが、少なくとも、誘拐ないし辻斬りの犯人への牽制にはなるだろうと思われた。
「とにかく生徒の安全確保が最優先ですからね」
 これ以上犠牲者を出すつもりはない。優斗は生徒会副会長として責任重大と思っている。警戒と緊張で、彼の柔和な顔も引き締まっていた。
「そこの娘さん。独りでそのような路地に入るのは危ないですよ」
 見回りの諸葛亮 孔明(しょかつりょう・こうめい)が声をかけたのは、鮮やかな蒼い髪をした少女だった。
「私です」
「おお、山葉加夜殿」
 加夜は優斗たちをねぎらい、また、得てきた情報を明かした。
「仁科耀助くんを見かけたんです。山葉涼司くんの妻だって言ったら、さすがの彼も腰を抜かしていましたね」
 加夜が耀助から得た情報は、誘拐された少女に共通する事項だった。
「マホロバ人で美少女で処女(おとめ)……とな」
 鬼城の 灯姫(きじょうの・あかりひめ)はムッという顔をしました。無理もないだろう。
「なるほど、灯姫もその条件にあてはまりますものね」
 優斗が告げると、灯姫は良いとも悪いとも言わずフンと鼻を鳴らした。ちと、照れているようでもある。
「ですが、辻斬りが標的にする相手は、そんな条件はありませんよね」
 沖田 総司(おきた・そうじ)は無意識のうちに、刀の鍔に手を伸ばしていた。幕末、辻斬りの類とは数限りなく対戦してきた彼である。血が騒ぐのだろう。
「それに、詳細な目撃情報がグランツ教からの提供されたものに集中しているのも気になります……」
 まさか、と言いかけた加夜だが、
「加夜殿。滅多なことを口にするものではありません。ここは往来、誰が聞いているかわかったものではありませんから。今は胸にとどめておきましょう」
 三国一の軍師にそう止められたのである。加夜も利発な娘だ。その意を察して頷いて、あとは涼司に報告しようと決めた。
 加夜は報告のため涼司の元に急ぎ、優斗らは再度、巡回の途についたのである。
 ――被害者はマホロバ人の女子……。
 灯姫はルビーのような紅い目に、冷たい炎のような怒りと、堅い決意を抱く。同じマホロバ人として犯人を決して許しはしないし、マホロバの民を守り抜いてきた鬼城の名にかけて、必ず事件は解決したい。
「……同じマホロバ人として犯人を決して許しはせん」
 彼女の決意を耳にして、総司は真一文字に唇を結んだ。
 新撰組時代に数多く、見回りは経験してきた彼だ。いかにも辻斬り(人斬り)事件が発生しそうなスポットの目星をつけて、常に心の鯉口を切りながら往く。
 ――人斬りですか、求め歩くのは久しぶりですね。
 さてこの刀を、振るうときは来るか。

「事件調査を行おうというなら、まずは現場からだろう」
 というザーフィア・ノイヴィント(ざーふぃあ・のいぶぃんと)の提案で新風 燕馬(にいかぜ・えんま)は、ローザ・シェーントイフェル(ろーざ・しぇーんといふぇる)も連れた三人で夕暮れの中、蒼空学園内の現場を調査していた。
「失踪事件に関してなら、ここが一番調べがいがある」
 という燕馬の意見に、
「どうして?」
 ローザは首をかしげた。
 考えてもみろ、と燕馬は言う。
「『夜、一人でふらふらしてたから襲われた』なら、話はすさまじく単純なんだ」
「ふむ、その場合は辻斬りを探して裏路地あたりをフラフラすれば解決だね」
 燕馬の意図を見抜いているザーフィアは、既に納得顔である。一方ローザはまだ不思議そうな顔をしていた。
「でも一人は放課後……しかも学園内よね」
「そこだ。おそらく校内で襲われたその娘は、一人になる状況がそこしかなかったんじゃないかと思う」
 一度はそのことを自分も考えたのだろう、ほう、と言うザーフィアは興味津々の体である。
「……辻斬りは『特定の誰かを狙っている』、そう言いたいのかい?」
「論理が飛躍した気がするわねぇ……」
 ローザはそう言うのだが、燕馬は否定はしなかった。
「まぁ確かにこれは妄想じみた山勘だよ。……だけどこの三つの事件は『同一人物が関与している』『連続した事件』である事は明白なんだ、犯人なりの、『その娘達でなければいけなかった理由』は、確実に存在してる」
 だから学園の女子更衣室付近を調べたい、という燕馬の言葉には十分な説得力があった。
 ちょうど誘拐の推定時間がこれくらいだ。三人は夕焼けに追われるようにして更衣室に到達していた。
「ローザくん、そこに立ってくれたまえ。そうそう、それで頼む」
 更衣室のあちこちで、セキュリティの特技を活かしながらザーフィアは犯人役となり、被害者役のローザと組んで、『誘拐犯の襲撃を受けるとすればどんな状況か』をシミュレートしようとする。
「ここへやってくる女性をどういう風に襲うか……その一点をつきつめるなら、やはり目撃される可能性のある外より、更衣室で行動に出るのがもっとも効率的であろう」
 だが、とザーフィアは言う。
「この狭い更衣室で、待ち伏せして襲撃するのはリスクが高い。たとえば男性がここに潜んでいたりすれば、すぐに大騒ぎとなって誘拐どころじゃあない」
「ということはザーフィアちゃん、誘拐犯は女の子ってわけ?」
「多分ね。女子更衣室に女性がいたって、別に驚かないだろう? それでターゲットが着替えている隙に……というわけさ」
 なるほど、と頷いてから、
「さて、じゃあ俺はそろそろ行くぞ」
 燕馬が立った。
「その格好で『俺』はないだろう」
 ザーフィアがくすくすと笑った。
 長い髪を束ねてリボンで結び、借りた女子制服に身を包んで燕馬は立っているのだ。
 真っ赤なマフラーはやや季節先取りといったところだが、どこからどうみても女子、それも、育ちの良さそうなお嬢様と風である。
「……例の『情報通』に会うためには仕方がない」
 不服そうな顔ではあるが、それがまた麗人らしく映る今の燕馬である。
 ローザが『情報通』について言った。
「なんか細かくメモってたのよね、その人。被害者三人の共通点を見出してくれるかもよ?」
 忍者風の少年だという。つまり耀助の話なのだが、まだ燕馬たちは彼のことを知らない。
 単身で動くほうがナンパされやすかろう、と燕馬は一人でツァンダに先行するのだ。
「お前らも女性だ、狙われる恐れがないとは言えん。もしもに備えてツーマンセルで動けよ」
「はーい。燕馬ちゃんも襲われないようにね……狼に」
「心配無用だ」
 と告げ、華奢な歩み方で燕馬は二人に手を振った。