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リアクション
●...And Serenity
秋の日はつるべ落としと、よく言ったものである。
短い夕暮れが終わるや、暗い夜が訪れていた。
長い髪が揺れる。夜に溶け込むかのような黒い髪だ。
鮮やかな赤の着物姿、腰の大小は今宵は外して、ただ独り、何も知らぬ乙女に扮して上守 流(かみもり・ながれ)は歩いていた。山葉校長や生徒会からは、夕方以降の女子の単身行動は避けるよう言われている。しかし、それをわかっていて流はこうしている。
なぜって、瀬乃 和深(せの・かずみ)に頼まれたからだ。
「あまり時間をかけていてはまた被害が出るかもしれない……」
と前置きして、和深は頼んできたのである。
「情報を統合すると、流に囮を頼むのが一番だと思ったんだ。悪いが、頼まれてくれるか」
これは、女の子が誘拐されるとあっちゃ俺も黙ってられない――という、和深らしい危機意識に基づく発言だった。彼は女性に対しては博愛主義……と書くと聞こえが良いが、要は仁科耀助に負けない女の子好きなのである。流がちょうどマホロバ人だという理由もあった。
「私がですか?」
和深は、流が嫌がることも予想していた。どうして私が、と怒られるかもと考えてすらいた。ところが意外にも、彼女は二つ返事で了承したのである。
そして現在、流は、弾けそうになる胸を押さえるようにして歩いている。
和深が頼んできたときのやりとりを思い出しているのだ。
――和深さんが、ねえ。
嬉しいだなんて、口に出して言うのは憚られた。けれど口元に微笑が浮かんでは消えてしてしまう。ぽかぽかとしたものがある。
和深は判っていて言ったのだろうと流は思っている。
誘拐犠牲者はいずれも、美しい容姿であったということを……。
――つまり、和深さんは私を……。
そういう風に思っていてくれたのだと思って、嬉しくないはずがないではないか。
彼女には、夜道を一人歩きする寂しさも不安もなかった。
少し離れたところで流の背を見守りながら、冷めたホットドッグの最後の一欠片を和深は口に放り込んだ。
「大丈夫だよな……」
つい独りごちている。
どうしてだか、流の小さな背が、ひどく弱い、頼りないもののように見えて仕方がないのだ。
確かに、流は武装はしていない。でも彼女には必殺の握砕術がある。
鎧は着ていない。けれど、彼女には殺気看破と身のこなしがある。
性格だって、気丈だし……。
だから心配はいらないはずなのに、今すぐ駆けていって流のそばにいてやりたいと、自分で囮を頼んでおきながら彼は思うのだった。もやもやした気持ちだ。もどかしい。
夕方からずっと、流にはツァンダの寂しい場所ばかり歩いてもらっている。
そろそろ二時間になる。もう終えてもいいのではないか――そう考えると和深は気が楽になった。
「終わりにしよう」
と口にしかけたときのことである。
異形の者が、流の前に立ちはだかった。
「……っ!」
流は凍り付いたようになった。
なんて、恐ろしい顔。
ドラゴニュートよりも、もっとずっと非人間的で黒く、分厚い鱗に覆われた顔。
突然暗がりから現れたその姿は、人間ほどの大きさだった。
シャァッ、というような声を『それ』は発した。
たちまち、流の幸せな気持ちは吹き飛んだ。
和深は恐慌に陥ったかのように駆けだしていた。