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【帝国を継ぐ者・第二部】二人の皇帝候補 (第3回/全4回)

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【帝国を継ぐ者・第二部】二人の皇帝候補 (第3回/全4回)

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【迎撃者達】




「やはり、手勢を分けてきましたね……」

 そんな頃のセルウス達の最後方。
彼らに気付かれないようにそっと離脱した赤嶺 霜月(あかみね・そうげつ)は、迫ってきた追撃隊を前に構えを取りながら呟いた。イコン部隊は、リカイン達の奮闘で流石に森には入って来れなかった様子で、後続の追撃隊がセルウス達を追って森へ入る際、その殆どがばらばらになって追撃を始めたため、相当数が囮側に流れたようだったが、それでもこちらも見落としたわけではなかったらしい。
「そりゃああちらさんも、真正直に全員一丸で逃げるとは思うておるまいて」
 かっかと、先頭からメイスンを呼び戻した鵜飼 衛(うかい・まもる)が笑う。囮になった者達がその数をかなり減らしてくれているが、身軽になった分速度がある。それに、出来るだけ目立たず進みたいセルウス達とは違い、追っ手側が注意するのは雪崩れぐらいのものだ。案の定すぐ追っ手が接近してきたのに、彼らは足止めの為に本隊から離れたのである。
「暫し、前線は頼むぞ」
 衛の言葉に、霜月とクコ・赤嶺(くこ・あかみね)は頷き、メイスンが大剣を構えた。
「自分達は時間稼ぎですから。余り無茶はしないでくださいね」
「判っているわよ」
 腰溜めに構えた霜月が言うのにクコは頷いた、次の瞬間。距離を詰めてきた追撃隊の前へ、クコの体が一気に飛び出した。
「何ッ!?」
 負われている側が、突然翻してきたのだ。予想外の先制攻撃で、身構える暇も無くあっさりと先頭の一人が倒され、追撃の足が乱れた。それを見逃さず、地面に着地するが早いか再び跳躍したクコの体は、周囲の木々を足場に縦横無尽に跳ね、一撃、また一撃と追撃者達に傷を負わせていく。
「負けとられんのう」
 笑って飛び出したのは、メイスンだ。その大剣は狭い木々の隙間を縫うには不利だが、振り下ろせれば威力は上だ。時には木々の枝ごと斬りつけて一人一人へのダメージを更に蓄積させていく。だが勿論、木々が密集しているこの状況下は相手にとって有利な点もある。開けた場所と違い、お互いの間に障害物があるため、まとめて薙ぎ払ったりは出来ず、尚且つ相手の攻撃が当たらない死角が確かに存在するからだ。その隙間を縫って、追撃者達は先を目指そうとした、が。その先で待ち構えていたのは霜月だ。
「……ふ……ッ!」
 呼吸一拍。木々とクコ達の攻撃の隙間を縫って、追撃しようとした襲撃者は、その次の瞬間には、霜月の放つ、冷気を纏った抜刀術によって斬り伏せられた。極寒の気温が災いして、斬り付けられた際の冷気は一気に周囲のそれを巻き込んでビキビキとその体の動きを奪ってしまう。
 そうやって、霜月たちが追撃を食い止めてはいたが、数が多いせいか、その戦線もじわじわと後退しつつある。その状況を、メイスンの援護射撃をしながらじっと確認していたルドウィク・プリン著 『妖蛆の秘密』(るどうぃくぷりんちょ・ようしゅのひみつ)が「衛様」と声を上げた。
「皆、一旦退くのじゃ!」
 その声を受けて衛が合図するのに、メイスン達は一斉に下がった。当然、退却と考えた追撃者達がわっとその後を追おうと踏み込んだ、その時だ。に、と衛の口元が笑ったかと思うと、瞬間。ドウッ!と衛達の前後で激しい衝撃音が響いた。衛と妖蛆が、前線が足止めしている間に仕掛けていたルーン魔術が発動し、衛達のの後ろに続くルートを潰し、飛び込んできた追撃者達の鼻面を吹き飛ばしたのだ。勿論、それで追撃者達が片付いたわけではないが、直ぐに追いつけなくなったのも確かだ。霜月たちが再び構えて追撃者達を迎え撃つ中、衛は不敵に笑った。


「さあ、派手に暴れるとするかのう!」






 そうして、ジェルジンスク監獄が冷たい空気に満ちる中。
 ノヴゴルドと別れて白輝精の召使いという肩書きを生かして、面会者としてジェルジンスク選帝神の公邸を訪れていたクリストファー・モーガン(くりすとふぁー・もーがん)は、そこで知った情報に苦い思いを噛み砕いていた。
 そんなクリストファーに、白輝精時代から選帝神の補佐を勤める、顔見知りの執務官は困ったような顔で続ける。
「我々も混乱しているんですよ。引き継ぎがようやく終わったかと思えばこの有様ですからね」
 そう言ってちらりと向けた視線の先では、一人の老人が主人然として執務机についていた。曰わく、行方不明のノヴゴルドの代理人、ということであるが、公邸の誰も見知らぬ顔だと言うのだ。元々余り表舞台に出て来る事の無かったノヴゴルドに直属の部下は少なかったようで、殆どは私邸の方へ残っているらしい。
「もしもの時に代行すべしと、委任状を預かっているそうなんですがね……」
 歯切れの悪い執務官は、クリストファーの物問いたげな目線に「ここだけの話」と声を潜めた。どうもその委任状が怪しいらしい。と言うのも、確かに委任状が入っていると言う書簡の表はノヴゴルドの筆跡に間違いないのだが、肝心の中身については、公に出来ない書類も同梱していりため開封出来ないと言うのだ。しかも、ノヴゴルドの死亡という情報や、その後に続いた替え玉だの何だのと言う情報が錯綜して混乱の中にあるためか、私邸とも上手く連絡が取れていないらしい。
「流石に、怪しいので開封してくださいとも申せませんしなぁ」
 今の所は特別何かをするわけでもなく、泰然と差し障りのない業務に終始しているため、執務官達も言い出せずにいるようだ。こっそり調べようとしても、強力な魔法をかけられた封緘に手をつければ、直ぐに判ってしまう。
「成る程……生きていれば替え玉の可能性がある、と公的な発言を封じ、暗殺に成功していれば堂々と選帝神代理を名乗れる……というわけだ」
 クリスティー・モーガン(くりすてぃー・もーがん)が声を潜めるのに、クリストファーも頷く。
 問題は、この老人が誰の下についていて、委任を盾に何を目的としているかだ。本物のテロリストが、討ち損じたノヴゴルドを待ち伏せているのならまだ良い。警戒しなければならないのは、ノヴゴルドの遺志をでっち上げられることだ。ノヴゴルドが死亡していない可能性を認めさせることはできたとは言え、当人は未だセルウス達と共に逃亡中。公式には行方不明とされている以上、高度な魔法技術を持つエリュシオンでは、本物が誰かを完全に証明するのは案外に難しい。となれば、現時点で委任状を持つこの人物こそが、ジェルジンスクの中で最も発言権が強い存在だ。
「兎に角今は、それが確認出来るまで、目を離さずにいるしかないな」
 考えられる最悪の可能性に、クリストファーは目を細め、クリスティーと共に頷きあった。その手には、いざと言う時の為に、とキリアナからアーグラへの紹介状が握られているのだ。
「万が一、なんて無いに越したことは無いけどね」
 言いながらも、その希望は叶えられることは無いことも、二人は良く判っていたのだった。