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リアクション
第五章 二人の神子1
【マホロバ暦1192年(西暦523年)2月11日 新月】
桜の世界樹 扶桑(過去)――
「扶桑の噴花が始まろうとしてる。それも……過去のマホロバで」
風祭 優斗(かざまつり・ゆうと)は再び、薄く色づくに桜の世界樹、扶桑(ふそう)を見つめる。
「優斗、気をつけろ。もし噴花が起これば、ただの花びらじゃない」
鬼城の 灯姫(きじょうの・あかりひめ)が傘を差し出した。
「気休め程度にしかならないが、ないよりはマシだろう。扶桑の花びらは……未来の日本へ連れてゆく。現世の命と引き換えに」
「そうだね……僕も、友達や知り合いや大事な人が噴花で命を失うのはいやだよ。だから、葦原 祈姫(あしはらの・おりひめ)さんが、葦原の民の為に噴花を止めたいというのもわかる気がする。でも……」
優斗達の視線の先には、祈姫がいた。
彼女は何かの執念に取りつかれたように、立っている。
その前方には怯えきっている白いおかっぱの童女雪うさ(ゆき・うさ)がいた。
「――どいて。噴花を起こさせては、だめ」
「未来の噴花を止められないなら、ここで止めなくては」
「……あれ、隼人!?」
優斗は異変を感じた。
双子の弟風祭 隼人(かざまつり・はやと)の姿が現れては消える。
「なんだ、これは。時間が……交じり合ってるのか」
目の前に鬼鎧ダイリュウオーが飛び込んでくるのを見て、樹月 刀真(きづき・とうま)が声を荒げた。
「これは……、数か月前に過去にやってきたときの俺たちじゃないか?」
それは、ほんの数か月前のことだったが、この時代に当てはめると2年前の出来事だった。
「きっと、時空がゆがんでるんだわ。今のこの瞬間は、マホロバ暦1190年でもあり、1192年でもあり……西暦2022年であり、2023年なのよ!」
漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)の記憶が正しければ、このとき彼女と刀真は、雪うさの姿を求めて探し回っていたはすだ。
「……あ!」
『月夜』の声が上がった。
『雪うさ』を見つけた『月夜』の姿を認めると、月夜の前で『月夜』と『雪うさ』が消えた。
「なんてことでしょう。このまま扶桑が噴花したら、過去も現在も未来もなくなってしまうのでは……?」
封印の巫女 白花(ふういんのみこ・びゃっか)は、青ざめた顔で立ちすくんでいた。
しかし、ある決心をしたのか、静かに扶桑に向かって歩き出す。
彼女は月夜の前を通りぬけ、刀真の前を過ぎ去ろうとした。
とっさに、刀真は白花の腕をつかむ。
「待て。まさか白花……また扶桑の中に取り込まれようというのか」
彼女は小さく微笑んだ。
「ごめんなさい……刀真さん。私、【封印の巫女】として扶桑が生きるお手伝いをします」
「だめだ……!」
刀真は白花を強く抱きしめた。
「だめだだめだだめだ!だめだ、白花は俺のものだ。何もかもすべて。もう扶桑にくれてなどやらない。ずっと、俺の傍にいさせる。手放さないと誓ったんだ!」
「刀真さん……うれしい」
白花は目を閉じて彼に体を預けていた。
「……でも、刀真さんこうも約束してたじゃないですか。天子様を一人にしないと。だから……刀真さんの願いも叶えたいんです」
「それは……!」
刀真は白花の瞳から、彼女の覚悟を読みとった。
その瞳は閉じられ、彼の顔に近づく。
柔らかな唇が刀真の唇を塞いでいた。
「刀真の負けだな」
玉藻 前(たまもの・まえ)が小さな人形を差し出した。
この時代に来て作ったものらしい。
「心配するな。白花だけを行かせるものか。我らも身がわりとなろう。流し雛(ながしびな)というものがあるだろう? 災厄を祓うために人形(ひとがた)を身代にして川や海に流す風習だ。だてに年は食ってはおらんぞ」
「そんなこと……させない!」
葦原 祈姫(あしはらの・おりひめ)が、巨大な筆を持って立ちふさがった。
別の名を葦原の戦神子(あしはらの・いくさみこ)。
「未来の噴花を止められないなら、ここで止めなくては……!」
「『時空の月』の時を超える力は……『扶桑の記憶』が源。扶桑の記憶をたどり、時を超える」
「でも、扶桑の記憶を……花びらを集めるために……噴花で多くの葦原の民が散った。私は……見ていることしかできなかった……!」
丸く輝く円……途切れない縁(えん)。
彼女の描く輪は、この時代と別の時代を繋げるのものである。
雪うさが悲鳴をあげ、月の輪から黒い影が染み出てくる。
「祈姫!」
セルマ・アリス(せるま・ありす)は祈姫が月の輪を描き、時空を開くのを見た。
時空は裂け、そこから黒髪が這い出てくる。
鬼の形相をした女が、こちら側に出てこようともがいていた。
「これは過去の祈姫? それとも今? きっと……あのとき……『鬼の仮面』に憑かれた鉄生さんに会わせてしまったからこんな……」
セルマは、これが鬼子母帝(きしもてい)の狙いだったではないかと考えた。
「祈姫が開いた時空なら、彼女自身の手で閉じることができるはずじゃないのか!?」
「それはどうだろうね」
セルマが振り返ると鉄生がいた。
葦原 鉄生(あしはら・てっしょう)は苦虫を噛み潰したような顔で、扶桑と月の輪を見上げている。
まだ動けるよな状態ではなかったが、辛うじて自分の足で立っていた。
「それはどういう意味です、鉄生さん」
リンゼイ・アリス(りんぜい・ありす)は鉄生の顔をじっと見つめた。
もしやまた、仮面に憑かれているのではないかと思ったからだ。
鉄生もそれを察したのか、疑念を払うかのように大げさに手を振った。
「いくら神子とはいえ、あの子一人の力でここまでできやしないだろう。あの子はただ、扶桑の記憶を使って、時を行き来しているの過ぎない」
「ではあなたは、それが何なのかご存知なんですね」
「……たぶんね。いや、そうだ」
鉄生は桜の世界樹のもつ力を語った。
「扶桑の花びらは……人が生まれ変わるための命を運ぶ。人の記憶もね。きっと、あの花びらは、別の時空に存在するマホロバの、葦原の民の命そのものなんだろう。その世界ではマホロバも葦原も滅んだ。あの鬼子母帝が後生大事にした鬼一族もおそらく、ね」
「え……それじゃあ、あの祈姫は」
セルマが恐る恐る尋ねる。
「その滅んだはずの世界での生き残り、滅ぶ寸前にこの世界に来て、僕の娘と出会い、取り込んで同化したのだろう……あの子は祈姫だが、ぼくの祈姫ではない」
「まだそんなことを言って……だから、あなたは鬼子母帝の仮面にたやすく操られたんじゃないか!? あなたがそれを知っててもなお、彼女を自分の娘として接してやれば……この世界での祈姫の居場所もあったはずだ!」
セルマは祈姫の孤独をはじめて知ったように思えた。
もしかしたら彼女は、孤独からの救いを求めて、時空をさまよっていたのではないか。
鉄生は顔をそむけながら言った。
「どちらにせよ、神子の力が必ずしもすべて善に働きかけるとは限らないんだよ。どうにでも、悪にだってなる。あの祈姫がどうやってここへきたか、鬼子母帝だとか、何が望みかは知らないけど、あの子の力を利用していたのは確かだろうね」
「それって、やっぱり鬼子母帝と関係してたってことよね? 二人とも、望みは『歴史の改変』のはずだし」
東雲 秋日子(しののめ・あきひこ)が小首をかしげる。
「そういえば、あのハザマって月の輪をくぐることができなかった人が飛ばされる場所だって来たことがあるんだけど? そんな場所が存在するものなの? だとしたら、鬼子母帝は飛ばされちゃったのよね。このままほっとくなんて……できないよ!」
秋日子は駆け出し、月の輪に向かって叫んでいた。
「過去とか未来とかわかんないけど、大切なのは『今』だもの!」
ひらり、ひらりと桜の花びらがどこからともなく舞い落ちていた。
滅んだ世界の扶桑の桜か。
その花びら一枚一枚に人生があった。
『時空の月』から白い手が伸た。
「わらわが絶ってくれよう。人間が織りなす時の流れなど……!」
月の輪は広がっている。
その向こうに、秋日子たちのよく知っている風景が浮かんだ。
「扶桑の樹……? マホロバのお城、遊郭の街並み……あれって、私たちがいた……」
その時だ。
向こう側の住人の一人が、持っていた『刀』を振り回したのだ。
刃が月の輪に突き刺さる。
それは、貞康が持っている刀によく似たものだった。
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