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レベル・コンダクト(第1回/全3回)

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レベル・コンダクト(第1回/全3回)

リアクション


【四 御鏡兵衛という男】

 第八旅団の前線基地内に、何ともいえぬ重苦しい空気に包まれた一角がある。
 弾頭開発局第三課の部隊員達が詰めている、ノーブルレディ対策班用テントと、その周辺であった。
 この第三課の長であり、且つノーブルレディ開発の総責任者でもある御鏡 兵衛(みかがみ ひょうえ)中佐に対して疑惑の念を向けている者は、決して少なくない。
 そのことは御鏡中佐自身もよくよく分かっているらしく、それ故、彼の周辺に集まってきているコントラクター達に対しては、彼は皮肉の色を込めた冷ややかな視線を常時、送り続けていた。
「わざわざ黒い噂の絶えぬ部局に自ら志願して参加するなどとは、奇特なコントラクターも居るものだな」
 切れ長の鋭い眼光を煌めかせて、御鏡中佐は目の前でやや強張った表情を浮かべている清泉 北都(いずみ・ほくと)クナイ・アヤシ(くない・あやし)に対して酷薄そうな笑みを浮かべた。
 年齢的にはまだまだ若いといえるのだが、その皮肉たっぷりな表情のせいで、幾分老けて見える。性格面で外観を幾らか損している人物のようであった。
 そしてその左手首には、変わった意匠の蛇皮製アクセサリーが巻きつけられている。ファッションセンスに於いても、決して褒められる内容ではない。
 だがそれでも我が道を行く性格なのか、周囲から寄せられる視線など、全く気にしていない様子だった。
「それで、貴様らが知りたいのは……ノーブルレディを遠隔から無力化させる方法、という訳か?」
「率直にいえば、そういうことです」
 北都が珍しく敬語で応じる隣で、クナイが【嘘感知】を秘かに仕掛けている。
 御鏡中佐が嘘をいっているかどうかで、まずは性格面から攻略の糸口を掴もう、というところであろうか。
 ところが。
「嘘感知などせんでも、ノーブルレディに関しては貴様らを謀ったりはせんよ」
 クナイは背筋に冷たいものを感じ、脂汗を流しながら、ごくりと唾を呑み込んだ。
 何故、ばれたのか――クナイ自身は容易に察知されるような下手は打っていない筈だった。
 北都も緊張の色を更に強めているが、御鏡中佐はふふんと鼻で笑うばかりで、どうして【嘘感知】を見破ったのかまでは口にしようとはしなかった。
「で、貴様らがいう遠隔での無力化だが、まず無理だな。バランガンに運び込まれた三発はいずれも、無線入力基板が除去されたらしい」
「どうして、そのようなことが分かるのです?」
「簡単な話だ。貴様らが考えているようなことなど、既にこちらで試行済みだよ」
 北都は思わず、クナイに視線を向けた。クナイは強張った表情で、静かに頷き返す。御鏡中佐は嘘をついていないと、クナイの目線が語っていた。
 ならば、と北都は質問を変えた。
「では……こちらもノーブルレディを使うというのは、如何ですか? つまり、こちらにもノーブルレディがあれば、攻撃対象を敵のノーブルレディに設定して撃ち込んでやるのです」
「生憎だが、ノーブルレディは対生物兵器だ。生物ならば対象を幾らでも選択出来るが、非生物は何も選べん。尤も、機晶融合パルスを最速に設定すれば、出来んことはないがな」
 御鏡中佐の思わせぶりな言葉に、北都は我知らず勢い込んで、上体を乗り出した。
「では、その機晶融合パルスを最速にする方法で、いきませんか?」
「別に私は構わんよ。その代わり、核爆発と同等の破壊波が発生するから、敵のノーブルレディ三発だけではなく、バランガンの街そのものが壊滅するだろうがな」
 その場合は、提案した貴様らが全責任を取れよ、とも付け加えた。
 ここに至って北都とクナイはようやく、自分達がからかわれている事実に気づいた。
 どうやらこの御鏡兵衛という男は、一筋縄ではいかない相手らしい。
「用件は終わりか? 話が済んだのなら、さっさと出ていけ。私も暇ではないのだ」
「失礼……しました」
 北都はむっつりした表情で、クナイを伴って士官用テントを出た。
 悔しいが、現段階では圧倒的に情報が不足している自分達の方が、あらゆる意味で不利であることを認めなければならない。
 だが、北都にしろクナイにしろ、そんな状況にいつまでも甘んじているつもりは毛頭なかった。

 御鏡中佐の士官用テントから北都とクナイが何ともいえない表情で去ってゆくのを、入れ替わる格好で中佐を訪れようとしていたニキータ・エリザロフ(にきーた・えりざろふ)が、不思議そうな面持ちで眺めていた。
「エリザロフ殿、物資輸送任務、ご苦労様であります」
 弾頭開発局第三課からの技術班が詰めているテント群の入り口付近で、歩哨に立っている大熊 丈二(おおぐま・じょうじ)上等兵が直立不動の姿勢で、敬礼を送ってきた。
 ニキータも丈二の前で立ち止まり、返礼を掲げながら、その視線は去り行く北都とクナイにちらちらと向けられている。
「今テントから出て行ったおふたりさん、何かあったのかしら? 少し、ご機嫌斜めのようだったけど」
「さぁ……自分はただ、ここで歩哨に立っているだけでありますので」
 だから、テント内でのことは分からない、と丈二は申し訳なさそうに首を振る。
 対するニキータは然程気にした様子も無く、自身の任務遂行へと意識を向け直した。
「御鏡中佐から依頼のあった、電波吸収素材用探知機を運んできたわ。中佐殿は、今どちらに?」
「先程のおふたりが出て行かれたテントであります」
 丈二の案内に礼を述べてから、ニキータは重いジュラルミンケースを抱えているふたりのパートナー達、タマーラ・グレコフ(たまーら・ぐれこふ)三毛猫 タマ(みけねこ・たま)に目配せして、丈二が指し示すテントへと足を向けた。
 実際には、タマはナノマシン拡散状態である為、丈二の目には見えないのだが、ニキータには気配だけで、どの辺りを漂っているのか、大体の見当がつくのである。
 勿論、テントに入る前には正式な通行証と携行品目録を丈二に見せることは忘れない。
 丈二はただ漠然と立っているのではなく、弾頭開発局第三課に近づくものに対する厳しいチェックを自らに課していたのである。
 そういったチェックを通過してから、ニキータ達は丈二の前を通り過ぎてゆくのである。
 そんなニキータ達の後ろ姿を目で追いながら、丈二の傍らに立つヒルダ・ノーライフ(ひるだ・のーらいふ)が、複雑そうな感情のこもる声を静かに絞り出した。
「こうやって歩哨に立ってるだけでも息が詰まりそうなのに、あのひと達って、今からお偉いさんのところに向かうんだよね? 正直、よくやるなぁって感じだけど」
 丈二はヒルダの独白に近い台詞には、これといった反応は示さない。
 歩哨も立派な任務のひとつであり、仕事中に無駄口を叩くなど、軍規を重んじる教導団に於いてはあるまじき行為だという戒めが、丈二の中にある。
 勿論、ヒルダとて丈二の性格はよく分かっているから、独り言のような格好になりながらも、自身の思うところを気ままに口にしているだけであった。
「それにしても、ノーブルレディってどれくらいの大きさで、どんな形をしているのかしら? バランガンに設置してると見せかけて、いきなりここに鏖殺寺院の人が隠し持って近づいてきて、自爆テロ、なんて事がなければ良いんだけど」
「……資料によれば、弾頭部だけで1メートルを超えるサイズという話であります。その心配は無用かと」
 珍しく丈二が、ヒルダの無駄口に応えて説明を返してきた。
 ヒルダは意外そうな面持ちながら、あらそうなの、と小さく呟き返すばかりである。
 一方、ジュラルミンケースを抱えたニキータは、タマーラとタマを従えて、御鏡中佐が詰める士官用テントに足を踏み入れた。
「失礼致します……電波吸収素材用探知機をお持ちしました」
「あぁ、ご苦労。そこのモニターテーブルに置いといてくれ給え」
 ニキータは御鏡中佐の指示通りに、テント内ほぼ中央に位置するモニターテーブル上に、重いジュラルミンケースを静かに置いた。
 中性的な顔立ちのニキータだが、腕力は結構強いらしい。余程の筋肉が無ければ、これだけの重量を誇るジュラルミンケースをゆっくりテーブル上に置くのは、至難の業だといって良い。
 ニキータが作業する傍ら、タマーラが良い機会だとばかりに、手にした資料に目を落としている御鏡中佐に、そっと声をかけた。
「あのぅ、もし差し支えなければで、宜しいのですが……ノーブルレディのスペックについて教えて頂ければ、大変嬉しく存じます」
「スペックも何も、ただの爆弾だ」
 無表情ながらも興味津々といった様子で問いかけてみたタマーラだが、返ってきたのは素っ気無いひと言だけであった。
 実際のところは単純な爆弾というだけには留まらず、光条兵器と同じ殺傷対象選択機能を搭載させており、極めて有効性の高い兵器として完成している。
 それを敢えて「ただの爆弾」といい放つ辺り、御鏡中佐の曲者ぶりがよく分かるというものである。
 どうやら予想に反して、御鏡中佐は技術者にありがちな薀蓄好きの説明魔、という性格ではないらしい。
 そこへニキータがタマーラに助け舟を出す格好で、温和な笑みを湛えながらタマーラの傍らに立った。
「ですが、電波吸収素材用探知機が必要であるということは、少なくともステルス機能は装備している、ということですよね? であれば、発射されてもレーダーには容易に引っかからないし、迎撃しようにも自動追尾が効かないから、撃ち落とすのは極めて困難、というところでしょうか」
「……よく調べてあるな。そこまで知っているなら、私からの説明など要らんだろう」
 御鏡中佐本人の口からは、あまり情報らしい情報は出てこないと判断したニキータは、尚も何かをいいかけるタマーラを半ば引きずるようにして、士官用テントを辞去した。
 他の旅団員への物資配布も残っているし、御鏡中佐の前にいつまでも張りついている訳にはいかない。
 ナノマシン拡散状態で浮遊しているタマも、一度退散することにした。
 どうにも御鏡中佐が、ナノマシンと化しているタマの気配に、気づいているような雰囲気を漂わせているのである。
 居心地の悪さというよりも、身の危険を察知したに近しい感覚を覚えての退去であった。

 士官用テントを出て、旅団内での物資配布へと向かうニキータとタマーラの姿を、歩哨に立つ丈二は漠然と眺めていた。
 すると今度は、別の一団が御鏡中佐への面会を求めて姿を現した。
 源 鉄心(みなもと・てっしん)ティー・ティー(てぃー・てぃー)イコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)、そしてハインリヒ・ヴェーゼル(はいんりひ・う゛ぇーぜる)の四名であった。
 例によって、丈二によるチェックが施されたが、この四名はあらかじめ開発弾当局第三課随行兵として登録されていた為、簡単な手続きで済んだ。
 四人はテントに入ると、ニキータが運び込んだばかりの電波吸収素材用探知機を部下の下士官に点検させている御鏡中佐に敬礼を送った。
「護衛担当と、探索補助の連中だな。特に作戦らしい作戦は考えておらん。後で連絡用コードを部下に伝えさせる。しばらく待機しておれば良い」
 用件は伝えたから、さっさと出ていけといわんばかりの御鏡中佐だが、ここで引き下がったのでは何の為に随行兵となったのか分からない。
 鉄心とハインリヒは、質問がある旨を告げて、敢えてその場に留まろうと頑張った。
「どのような手段で市内に隠されたミサイルの位置を突き止めたり、発射されたミサイルの目標地点や弾道を解析したりするのか、詳細且つ具体的な説明をお願いしたい」
「素人に話しても時間の無駄だ。私と対等に話をしたければ最低限、燃力学と化学平衡、それに高圧ガス改質の基礎ぐらいは学んでから出直してこい」
 ハインリヒの申し出に対し、御鏡中佐はにべもなかった。
「しかし、何も分からなければ協力のしようがないのでは」
「探す為に必要な知識は、私の頭脳だけで十分だ。貴様は街の地図でも丸暗記しておけ」
 素人が余計なことを考える必要はない、ただ黙って命令に従っておれば良い――御鏡中佐の目線には、侮蔑の色が露骨に浮かんでいた。
 さすがにむっとした表情を浮かべたハインリヒだが、御鏡中佐は鼻で笑うばかりである。
「気に入らんのなら、随行兵登録などいつでも削除してやる。私の方から頭を下げた訳ではない。貴様らがお節介にも協力させてくれといってきたから、仕事を与えてやっているだけだ」
 ハインリヒは、黙り込んだ。
 すると今度は鉄心とティー・ティーが僅かに進み出て、努めて穏やかな態度で声を発した。
「失礼を承知の上でお聞きしますが、盗まれた弾頭は三発で間違いないでしょうか?」
「それについては、ヴェーゼル少尉に聞けばよかろう。そいつの妾か何からしい女が、装備管理課をこそこそと嗅ぎまわっておるわ」
 ハインリヒは、思わず喉を鳴らした。
 彼のパートナー川原 亜衣(かわはら・あい)が装備管理課に対し、ノーブルレディが盗まれた際の状況を調べて廻っているのを、御鏡中佐は知っていたのである。
 無論、決してこそこそと嗅ぎまわるというような卑屈なやり方などしていないが、御鏡中佐にかかってしまうと、同じようなものとして一括りにされてしまうらしい。
 鉄心は若干驚いた様子ながら、ハインリヒに振り向いた。
「それで、どうだったんですか?」
「盗まれたのは間違いなく、三発らしい。尤も、テロリストが何故リスクを冒して三発も盗んだのかは、分からない。テロの為なら一発で十分な筈だ。この種の弾頭は非常にデリケートな精密機器であり、移動や保管の方法を誤ればすぐに動作不良を起こして、使い物にならなくなる筈。不必要なものまで奪うのは現実的でない」
 ところが、ハインリヒの説明を聞いていた御鏡中佐は、再び馬鹿にするかのような失笑を漏らした。
「貴様、己の発言が矛盾していることに気づかんのか? すぐに動作不良を起こすような代物ならば、仮に一発だけ盗んで、その一発が不運にも動作不良を起こしてしまえばどうなると思うかね? その時点で、切り札を失うことになる訳だ。だから予備も含めて三発は必要だと考えるのが、妥当な線だろう。貴様はもう少し、論理的思考を鍛えた方が良いだろうな。話はそれからだ」
 それっきり御鏡中佐はハインリヒに対して興味を失ったらしく、以後は一切、無視を決め込んでいた。
 痛烈な口撃を目の当たりにした鉄心とティー・ティーは、幾分気勢を削がれてしまったが、しかしここで質問を止める訳にはいかない。何とか気力を振り絞って、次なる問いを投げかけた。
「有効な探知方法は存在するんでしょうか? 機晶石のエネルギーを利用しているようですが……」
「機晶という名称に拘り過ぎているようだが、基本は弾頭弾だ。射出にはロケットエンジン用の燃料を使う。そんなものは、通常の市民生活にはまず不要な代物だ。ならば化学組成探知と電波吸収素材探知で、精確に所在を割り出すことが出来るというものだ」
 成る程、と鉄心とティー・ティーはいまいち理解が追いついていないものの、妙に感心した様子で二度三度、頷いた。
 流石にノーブルレディ開発の主担当だけあって、頭脳面に於いてはそれなりに優秀なようだ。しかし性格面には大いに難があるようで、不必要なまでにハインリヒを貶めたのも、その一端といえるだろう。
「あの……ひとつお聞きしますけど……日本人? ですよね? 勿論、コントラクターの……」
 これまで、日本人に対する印象は概ね良好だったティー・ティーが戸惑いを隠せない様子で、率直に訊いてみた。
 すると御鏡中佐は酷薄そうな笑みを湛え、僅かに小首を傾げた。
「好きなように想像し給え。貴様らがどう思おうが、私は痛くも痒くもない」
 単純に癖がある、というだけではなく、相当に扱いづらい人物であるらしい。