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【裂空の弾丸】Ark of legend

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【裂空の弾丸】Ark of legend

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第一章 砂漠の浮遊島 1

 砂漠である。紛うことなき、砂漠である。
 見渡す限りに広がる砂の海があった。どこまでも、どこまでも続いている。
 そして砂漠には――二機の装甲車が走っていた。
 タイヤ式の装輪装甲車で、砂漠や段差の悪路であっても渡る事が出来るだけの走行性を備えている。
 疾駆する二機の装甲車に乗るのは、無論――契約者たちである。そしてその先頭側の装甲車の天井に、我が物顔で二人の女性が寝そべっていた。
「あっつー……もう……余計な布きれ、ぜんぶ脱いじゃいたい……」
 そう呟くのは、セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)であった。
 そうは言うものの、セレンの服装はすでにこれでもかというぐらいの薄着である。普段から着用しているのでさえ、ビキニにロングコートという男性の視線を複雑にさせるものなのだが、本日のセレンはビキニ一着。ロングコートは寝そべる背中に敷いており、場所さえ豪邸のプールになればバカンスと言っても過言ではない格好であった。
 当然、いつもセレンに付きあわされるセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)も、バリバリの薄着。
 普段はそれでも抵抗と妥協によってレオタード型の水着を着用するセレアナだが――今回ばかりは、半ば無理やり着せられた形で、揃いのビキニを着用していた。こちらもまた、目の向けどころには困る。
 なまじ――お互いにスタイルが良いのが、セレブのバカンスを思わせる要因であった。
 ちなみに、こんな灼熱の太陽が降り注ぐ砂漠で、これだけ肌を晒すのはどうかと思われるかもしれないが――そこの対策はきっちり取ってあるのが、ちゃっかり者の二人らしい。ファイアプロテクトで熱遮断をするだけではなく、やっぱりバカンスに着たと思われるかもしれないが、日焼け止めもしっかり塗ってる。
 紫外線は怖い。女性のお肌の大敵であった。
「あついよー……あついよー…………。あーもうっ! いっそこのまま全部脱いじゃって……っ!」
「やめなさい」
 がばっと起き上がって水着を脱ごうとするセレンの後頭部を、セレアナが拳銃でどついた。
 シュバルツと呼ばれる立派な銃であるが、このようにツッコミの道具としても使われる。メタリックブラックの銃身が、心なしか呆れているようにも見えなくなかった。
 ところで彼女たちが乗っている装甲車は、柊 真司(ひいらぎ・しんじ)の所有物である。
 当の本人は装甲車の上空をミルバスで飛んでいるが、運転しているのは――
「うえぇん、お母さぁん! なんかガタガタ言ってるんですけどぉ!」
「そのくらい我慢せぇ! 定員オーバーなんじゃからな!」
 アニマ・ヴァイスハイト(あにま・う゛ぁいすはいと)と、アレーティア・クレイス(あれーてぃあ・くれいす)だった。
 厳密に言えば、アレーティアである。運転席でハンドルを必死につかみ、ガタンッ、ガタンッ、と揺れる車体に不安めいた顔をしている。というか泣きそうである。
 アレーティアは、その横で平然とした顔だった。
 一応、強化装甲と持ちうる機晶技術の知識を用いて、装甲車に強化は施している。いくら定員オーバーとはいえ、そうすぐに破損するようなものでもなかったし、アレーティアは自分の強化に自信を持ってもいた。
 不安がるアニマに、
「心配するな。わらわの改造は完璧じゃ」
 と言いつつ、横の助手席でパタパタと手うちわを使って着物の中をあおいでいた。
 言うまでもないがこの車内、実に暑いのである。セレンではないが、アレーティアもそれなりに服を着ているのがわずらわしくなってきた。その要因は、主に黒の着物を着ているせいでもあるのだが――本人はこだわりでもあるのか、断固として黒い着物を脱ごうという気はなかった。
 代わりに――というわけではないが。
「あっついわねぇ〜、ここ。もう、服とか着るの嫌になってきたわぁ〜」
 後部座先にいたリーラ・タイルヒュン(りーら・たいるひゅん)が、いそいそと服を脱ぎ始めた。
「リーラ……おぬし、もうちょっと恥じらいというものをじゃなぁ……」
「いいじゃなぁい。別に見られたって恥ずかしい身体してるわけじゃないしぃ〜。誰か見てるってわけでもないしぃ〜」
 アレーティアに呆れられながらも、リーラはすっかり下着だけの姿になって、ご機嫌の様子だった。
 紫色の下着にまだまだピチピチの肌が露わになる。水のような汗の玉が伝う姿は、健康美にも溢れていて、見られて困る姿じゃない――というのもあながち間違いではなさそうだった。
 だが、そのリーラの横にいる少女は――緋王 輝夜(ひおう・かぐや)は、そんなリーラの様子にはまったく気づかず、窓枠に肘をついて、ずーっと外の景色を眺めていた。
 アニマもアレーティアも、そしてそれまではしゃいでいたリーラも、輝夜を見てから口を閉ざす。
 本人は気づいていないかもしれないが、そのあまりにも痛々しい背中越しの姿に、アレーティアはかける言葉が見当たらなかった。
 そのとき、アレーティアの頭の中に、テレパシーの声が届いてきた。
(様子は……どうだ?)
 それはミルバスで上空を飛ぶ真司のものだった。
 空からの観察と偵察を続ける彼も、輝夜の状況は心配なのだろう。たずねられた声に、アレーティアは悄然と答えた。
(……変わらんよ。ずっと、外を見続けておる。なにを見ているのかは、知らぬがの)
(そうか……。やはり、レッドのことが尾を引いているんだろうかな……)
(そうじゃろうな、きっと。あの子にとっては、家族同然じゃったようじゃからの)
 アレーティアは言いながら、先日の戦いで大破したロボット型の機晶姫について思い起こしていた。
 自我を失い、暴走の果てに、明確な意思を持って世界に災厄をもたらさんとするようになった契約者――エッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)。それを止めようとしていたのが、エッツェルのパートナーである輝夜と、レッドと呼ばれる機晶姫だった。
 輝夜にとって、レッドは共に戦う相棒であり家族だった。父であるエッツェルが自分の傍を離れた後も、ずっと隣にいてくれた家族。
 その命が――潰(つい)えた。消えた。失われた。
 二度と、戻ってはこない。レッドの生体反応は、もはや呼びかけに応えてはくれなくなったのだった。
 それでも――輝夜はここにいる。
 在り続けている。
 それがなにを意味しているのかは、アレーティアたちには知るよしもなかった。
「ぬっふっふ〜。かーぐやっ!」
「きゃあああぁぁっ」
 陰鬱とした空気を破るように、リーラがとつぜん輝夜に抱きついた。急に、がばっと背中から抱きしめられた輝夜は、驚いて悲鳴をあげる。
「リ、リーラっ、なにをっ……ていうか、おまえ服脱いでるし……っ!?」
「ぬふふふ〜、かぐやったらやわらかいわ〜。ぷにぷにしてるし。もふもふ〜」
「や、やめっ、ひぁっ! ど、どこ触ってんだぁ!」
 抵抗する輝夜にお構いなしに、リーラは輝夜をもみくちゃにした。
 そのおかげか、車内には明るい空気が戻ってきた。
 リーラが果たして――それを知っていて輝夜に抱きついたのかどうかは、わからない。だがアレーティアは、どこか誇らしくも思う。
「あれ? お母さん、笑ってますー」
 アニマが気づいて、嬉しそうにそう言った。
 アレーティアは自分でも気づかぬうちに、ほほ笑んでいた。
(……アレーティア、それじゃあ、頼んだぞ)
 真司が平静な声でそう言う。アレーティアは、小さくうなずいた。
(うむ、任されよう。どいつもこいつも……放ってはおけんからの)
 そして、テレパシーは切れた。
「やめろぉっ! この変態ぃ!」
「ふふふふ〜、それは私にとって褒め言葉よぉ!」
 そろそろ、エスカレートして服を脱がされかけている輝夜を助けてあげないといけないか……と、アレーティアは思うところだった。