リアクション
第1章 移動要塞への激戦 3
ぎゅおおおおおぉぉぉ!
「こちらに来たからには――容赦はしません!」
そう言って、剣を振りかざしたのは一瀬 瑞樹(いちのせ・みずき)だった。
ブレイジング・スターと名付けられた特注のフライトユニットを背中に装着し、飛行している。
正面から迫ってくる翼竜に対し、その翼へ向けて、一閃!
ズバァッ!
翼を切り裂かれて落下していった翼竜を見下ろすのも束の間、瑞樹はそれに留まるところを知らなかった。
「はあああああぁぁぁ!」
ザシュッ! シュバァッ! ズバッ!
ブレイジング・スターのブーストで加速しながら、次々と敵をぶった斬る。
そのスピードは常人や並の機晶姫など当に超えており、捉えることは難しい。
まさに一騎当千の様相であった。
そして――
「瑞樹様につづけええええぇぇぇ!」
わあああああぁぁぁ!
空賊や飛行機晶兵の群れが、その後を追うように敵部隊と交戦を開始した。
その数はゆうに200体を越えている。
無数の空賊と飛行機晶兵たちが、思い思いの武器を手に、敵部隊と激戦を繰り広げた。
特に空賊は――物言わぬ飛行機晶兵たちと違い、気合いを口から迸らせている。
その気合いに感化され、仲間たちの気力も高まっていた。
その様子を見ながら、唖然とする少女が一人――
「す、すごい数だねぇ、輝……」
瑞樹の仲間の、ミルバスに乗っているシエル・セアーズ(しえる・せあーず)だった。
対し、その横で小型飛空艇に乗っている神崎 輝(かんざき・ひかる)が答える。
「ルカさんのところから応援に駆けつけてくれた人たちもいるからね。これなら、数でだって負けないよ!」
揺るぎない自信を口にする彼女は、シエルと瑞樹の両名の契約者に当たる少年だった。
少年? そう。見た目はどう見ても愛らしく可愛らしい少女にしか見えないが、彼女は少年なのである。
言わば最近流行の男の娘というやつか。
空族たちの中には、それでも輝を見ると胸を打たれるような奇特な連中も大勢いるわけで――
「うおおおおぉぉぉ! 輝ちゃんのためにいいぃぃ!」
なんともややこしい気合いを口にして戦う者たちもいた。
うーむ、複雑である。
「あはは……輝も愛されてるよね……」
シエルが半ば呆れたようにつぶやく。
「? そうかな? よくわかんないけど……みんな一所懸命戦ってくれるから、ボク、嬉しいよ!」
屈託なく、ニッコリ笑うその姿に、一部の空賊たちが一喜一憂する。
自覚のない愛の誘いほど罪なものはないが――ある種、輝はそれを体現しているのかもしれなかった。
「と、とにかく! 瑞樹ちゃんだけに任せてられないよ! 私もいくね!」
「うん! ボクも、負けてられない!」
二人はお互いに告げると、一気に敵部隊へと向かっていった。
もちろん、瑞樹ほど前線に出ることはない。部隊というのは役目を果たしてこそその効果を発揮する。
常に前に出ることで、敵を攪乱する瑞樹の後方で――
「食らえええぇ! 我は射す光の閃刃!」
シエルが、渾身の力を込めた魔術を放った。
シュバアアアアァァァァァ!
高熱を帯びた光の刃が、翼竜部隊の翼を切り裂いていく。
ぐおおおおおぉぉぉ!
その悲鳴も束の間、すかさず、シエルは次なる準備にかかった。
「エスポワール……力を貸して!」
魔杖エスポワールを構えると、その先端に埋め込まれている水色と黄色の宝玉が唸るように光る。
瞬間、彼女の周りにいくつもの魔法陣が生まれた。そこから一斉に放射される魔力は、次々と敵を氷結させていく。
ピキピキピキ…………――ズガアアアァァァン!
翼を凍り漬けにされたところへ、魔法陣から雷撃が放たれた!
スパークに巻き込まれた敵は次々と地上へと落下していった。
そして――
「ボクだって……怒ると怖いんだからねええええぇぇぇぇ!」
輝がその後に続いた。
魔槍プラーナを手に、敵部隊へと切り込んでいく。
ズバァァッ! ザシュゥッ!
もちろん、安易に踏み込むような真似はしない。
あくまでも彼女の役目は、皆の護衛に回ることだ。
隙あらば敵を攻撃するが、そうでないときは、前衛で戦う瑞樹の横にぴったりと張りつき――
「瑞樹ちゃん! 危ない!」
ズガアアアァァン!
不可視の牆壁――オートバリアを広げて、翼竜の爪攻撃を防いでいた。
「ありがとうございます! マスター!」
「いいのいいの! 仲間は守るもの! 当然だよね!」
笑顔で瑞樹の感謝に応える輝。
するとそこに――
「マスター! 渉さんから……」
瑞樹が、通信のあった銃型HCの連絡をした。
実はこの戦い、輝の部隊に組み込まれているのは彼女たちだけではなかった。
空中戦を得意としない他の仲間――本名 渉(ほんな・わたる)も、情報解析と作戦指揮役として、参戦していたのである。
「敵の弱点は――埋め込まれている機晶石のようです! それを破壊すれば、無力化か弱体化を図れます!」
渉と連絡を取り合う瑞樹が、彼の言葉を的確に伝える。
輝がニヤリと、彼女にしては珍しい不敵な笑みを浮かべた。
「みんな聞こえましたか? 狙いは機晶石! 一斉にいきましょう!」
オウ!!!!
輝が瑞樹のHCを通じて告げると、空賊や飛行機晶兵たちが一斉にその向こうから返事を返す。
その頼もしさに自然と穏やかな笑みを見せて、輝は自身も再び戦闘へ戻ろうとした。
「瑞樹ちゃん! ボクたちも急いで…………って、ぁ」
振り返って瑞樹に呼びかけようとしたその目が点となる。
なぜならその瑞樹はと言えば、久しぶりの恋人との通信のせいか。
「え? わ、私のことが心配ですか? 大丈夫ですよ……マスターも、シエルさんもいますから。そ、そんな“愛してる”だなんて、渉さんったら……いやぁん……」
くねくねと自分の身体を抱きながら、艶っぽい顔をしていた。
機晶姫にしては、実に色っぽい。すっかり恋人との会話に夢中になっていて、周りが見ていないようだ。
いやんいやんと身体をくねらせている。おい、のろけるな。
「………………はぁ」
輝はすっかり呆れて、ため息をこぼすしかなかった。
● ● ●
一方――
「愛してますよ、瑞樹さん……」
銃型HCの通信機能に向かってそう呟くのは、言うまでもなく渉であった。
彼はいま、空を飛ぶ飛空艇の甲板にいる。
戦闘空域からは遠く離れた場所だが、そこから数々の情報を集め、分析と解析を行っているのだ。
それによって導き出された情報は、全て瑞樹に伝えられている。
恋人である彼女に、恥ずかしげもなく愛の言葉を囁いたところで、渉はしばらく会話を続け、やがて通信を切った。
(皆さんが、無事であれば良いのですが……)
渉は人知れずそう願う。
それは多分に、恋人である瑞樹を心配してのことだったが、本人がそれに気づくことはなかった。
それに、心配事はそれだけではない。
渉が見あげた視線の先に――二人の少女が、空中生物たちと戦う姿が見えた。
「悠乃さん! いきますよ!」
「はいです、紅葉さん!」
一方は
七瀬 紅葉(ななせ・くれは)。そしてもう一方は渉のパートナーである
雪風 悠乃(ゆきかぜ・ゆの)だ。
二人は空を飛び交うと、互いに距離を取った。そして、分離。
ガシャッ! ガシャンッ! ガシャンッ!
武器、装甲、翼が分離すると、それらのパーツはまるで意思を持っているかのように動く。
きゅううぃぃん……――ガシャンッ!
二人の本体が合体したその直後、次々と、分離したパーツが装着された。
ガチャッ! ガシャンッ! ガシャンッ!
そして完成したのは、二人の合体した姿である。
すかさず、迫ってきた空中生物に対して、二人が攻撃を仕掛けた。
「悠乃さん! 僕が魔導砲で敵を攪乱しますから! 撃ち漏らした分の撃墜を、お願いします!」
「わ、わかりました!」
紅葉がソーラー・ストームと呼ばれる魔導砲(要するに、大型のレーザーキャノンだ)を構えたのを見て、悠乃がブーストソードを手にした。
戦闘に不慣れな部分は否めないが、そこはソードの戦闘サポートプログラムでカバーする。
悠乃はいま、決して引けない状況にあった。もちろん、それに自ら飛びこんだのは悠乃自身である。
戦う事でしか、渉に近づけない。悠乃はそんな風にも思い始めていたのだった。
(悠乃……)
自ら戦いへと身を投じた妹の姿を見あげながら、思わず渉は胸を痛めた。
悠乃本人を、そのように悩ませたのは自分自身である。
悠乃は、渉に内緒で紅葉との合体と戦闘を買って出た。
その詳しい理由は――渉にはわからなかったが……思い当たる節はある。
(きっと、あの時の……)
方舟の大切な力を調査していたとき、渉は悠乃にそっけない態度を取ってしまった。
もちろん、それが原因ではないかもしれない。なにが本当に悠乃の心を動かしたのか、確かなものは渉にはわからない。
が、わからないからこそ、焦りを感じる。悠乃が、一人で重い何かを抱えているのではないかという。
(ううん、ダメだ。ダメだよ、渉……)
渉は首を振って、そのことを考えないようにした。
いまはそのようなことに思考を奪われている場合ではないと判断したのである。
いまは、自分に出来ることをやらなければ。自分の役目を果たさなければ。
渉は自分にそう言い聞かせ、空中生物たちのデータ収集を再開することにした。
「飛んでけえええぇぇぇ!」
きゅうううぅぅん……――チュドオオオオオオオォォン!
エネルギーをチャージした魔導砲から放たれた巨大なレーザーキャノンが、空中生物たちを一斉に撃ち抜いた。
だが、それだけで全てが倒せるわけではない。生き残るやつももちろんいる。
が、それに対しては――
「私も、やれば出来るんです!」
悠乃が、ブーストソードを振りかぶった。
ザシュウッ! ズバァッ!
ソードの刃に切り裂かれた空中生物は、その活動を停止する。
致命傷には至っていない。狙ったのは、胸に埋め込まれた機晶石だ。
機晶石を破壊され、力を失った空中生物たちは次々と落下していく。
それを見届ける暇もなく、紅葉と悠乃の二人は、次なる敵に向けて迎撃を開始した。
(……兄様。見ていてくださいです)
悠乃は静かにそう思った。
自分もみんなと同じように戦えるようになれば、少しでも兄に近づけるのではないか。
悠乃の心には、そんな願いがあった。……――それがたとえ、渉の望んだことではないにしても。
「このおおぉぉぉ!」
ブーストソードの刃が、いま、敵を切り裂いた。