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古の白龍と鉄の黒龍 最終話『終わり逝く世界の中で』

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古の白龍と鉄の黒龍 最終話『終わり逝く世界の中で』

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『感謝の心を伝えに』

「あっ、良かった、みんなここに居た」
 そう言って杜守 柚(ともり・ゆず)が、アムドゥスキアスとナベリウスたちの下へ駆けてくる。
「ゆずー!」
 すぐにナナとモモ、サクラが柚を囲んだ。柚の後ろには杜守 三月(ともり・みつき)の姿もある。
「柚に三月、どうしたの?」
 アムドゥスキアスが尋ねれば、ナベリウスたちの頭をなでなで、としてあげながら柚が答えた。
「ここで会った人たちに、感謝の言葉を言いに行きたいと思ったんです。
 ここまで来られたのは、私の周りに沢山の人が居てくれたから。会って直接、感謝の気持ちを伝えたくて。
 アムくんとナナちゃん、モモちゃん、サクラちゃんにも一緒に来てくれたらなって思ったんですけど……いいですか?」
「なるほどね。うん、ボクはいいよ。ちょうど話し合いも一段落ついた所だし。みんなも大丈夫?」
「「「だいじょうぶー!」」」
 三つの綺麗に重なった声を聞いて、アムドゥスキアスが柚と三月に頷いた。
「ありがとうございます。ではまず……」
 そうして一行が、最初に向かったのは――。

「あぁ、良かった。弟を助けてくれた皆さんにこうして会うことが出来て」
 一行が最初に向かった鉄族の本拠地、“灼陽”では、柚と三月が保護した鉄族の“翠峰”、そして彼の姉である“雷峰”と会うことが出来た。
「私も、翠峰くんには感謝しています。この世界に来て初めて会ったのが翠峰くんで、私、鉄族の人に対して怖いイメージがあったから。
 翠峰くんとお話が出来て、怖い人だけじゃないんだって思えたんですよ」
「ボクも、皆さんに助けられたからおねえちゃんと一緒に居られます。
 落とされちゃったのはボクのミスだけど、ボクは運が良かったです」
 えへへ、と笑う“翠峰”に、三月が気になったことを尋ねる。
「元の世界に帰ってからはどうするの? 翠峰はその、聞いていいのかあれだけど、もう飛ぶことは出来ないんだよね?」
「今まではそうだと皆思っていたみたいです。でも聞いた話だと、機体を失った者への機体の代わりとなるものを用意できるようにするのだとか。
 まだ時間はかかるみたいですけど、もしそうなればこの子もまた、空を飛ぶことが出来るかもしれませんね」
 “雷峰”の言葉に、柚と三月が顔を見合わせ、良かった、と頷く。しばらくは不自由な生活が続くだろうが、彼には姉も居るし、仲間も居る。
「翠峰くん、雷峰さん、本当にありがとうございました。
 あの、記念に写真を撮りたいんですけど、いいですか?」
 快く了承した二人を加え、一行はフレームに収まるように身を寄せ合う。
「はいじゃ行くよ、タイマーセット……それっ」
 カメラのタイマーをセットして、三月が最後の枠に収まり、そしてシャッターが切られた――。

 “翠峰”、そして“雷峰”と別れの挨拶をしている所へ、外からバシュッ、と砲撃の音が響いてきた。
「わわわ、な、なにかな?」
 音に敏感なナベリウスたちは慌てふためくが、鉄族の者たちはおっ、始まったな、とざわめき出した。
「何があるんです?」
 柚の尋ねるのに、“翠峰”が答える。
「えっとね、灼陽様の結婚式をやるんだって! それと紫電様が決闘をするって聞いたよ」


『私の気持ち、私のしたいこと』

「はぁ……」
 ヘスティア・ウルカヌス(へすてぃあ・うるかぬす)のもう何度も吐かれたため息が、床に落ちた。
「何故でしょう……灼陽様の事を思うと何だかぼうっとして……それに、ここがなんだか熱く……」
 触れたのは、機晶姫の動力源、機晶石の収められている位置。しかし実際に温度が上昇しているわけではない。
「も、もしかして故障でしょうか? ハデス博士に診てもらった方がいいでしょうか」
 そう思い、ヘスティアが席を立った所で――。

「フハハハハ!
 我が名は世界征服を企む秘密結社オリュンポスの大幹部、天才科学者ドクターハデス!」


 狙い澄ましたようにドクター・ハデス(どくたー・はです)が白衣を翻し、眼鏡をキラッ、と光らせヘスティアの前に姿を現した。
「あっ、ハデス博士。実は――」
 ヘスティアが何かを言う前に、ハデスは人差し指をチラチラと振って制すると確信の眼差しで告げた。
「ククク、ヘスティアよ。
 お前に悩み事があることは、天才であるこの俺にはお見通しだぞ!」
「博士、どうしてそれを……」
 ズバリ言い当てられ、ヘスティアが驚きの表情を見せる。ハデスがこと、この手の察しに疎いのはもはや結社の統一見解であったが、ハデスがヘスティアを遺跡から掘り起こし、部下としてから長い年月が経ち、彼女のことをよく観察してきたハデスは、まずヘスティアが悩んでいるな、というのは察せた。そして理由についても、ハデスがこの世界に来てからずっと行動を共にしてきた彼の事か、という点に気付いていた。この点、やはり彼はぶっ飛んではいるものの優れた才を持つ人間であった。
「ところでヘスティア。お前にはまだ、灼陽の護衛失敗の罰をまだ与えていなかったな」
「!」
 ハデスの言葉に、ヘスティアがびくり、と身体を震わせた。ハデスは眼鏡の奥から怪しい光を放ちながら続ける。
「お前が倒された後に敵が逃走したから良かったものの、最悪、灼陽が危機にさらされるところだった。
 これは極めて重大な罪だと言わざるを得ない」
「はい……言葉もありません。
 ヘスティアは命令を果たすことが出来ませんでした」
 自らの罪を認め、ヘスティアがしゅん、とうなだれる。その下がった頭へ押し付けるように、ハデスがヘスティアへの罰を宣告する。
「よって罰として……現時点をもってお前を、秘密結社オリュンポスから除名する!
 今後、誰の命令を聞く必要もないし、どこへ行くのも自由だ。ヘスティアがやりたいことをするがいい」
「申し訳ありませんでした、ハデス様っ……って、え? じ、自由、ですか……?」
 深く頭を下げたヘスティアは、ハデスの言った言葉にハッとして顔を上げる。その時既にハデスは背を向けていて表情は窺い知れなかったが、続いて聞こえた声はとても優しい響きだった。
「今まで、この俺によく尽くしてくれた。
 これからは、ヘスティア自身が選んだ相手を護り、支えていくのだぞ」
「ハデス様……ヘスティアは……」
 ヘスティアの声には、戸惑いが多分に含まれていた。今まで命令に従うだけだったヘスティアにとって、いきなり今日からお前は自由だ、好きにしろと言われてもどうしたら良いか分からない。
「心配するな。既にお前の中に、答えはあるはずだ」
「ヘスティアの、中に……?」
 言われ、ヘスティアは自分の胸に手を当て、目を閉じる。するとどこからか、声が聞こえて来た。
『……私はお前の淹れたお茶が飲みたい』
(あっ……この声は……)
 それは“灼陽”への侵入者を撃退するため出撃しようとした時にかけられた言葉。あの後自分は侵入者に破壊され、命令を果たすことが出来なかった。
『……帰ってきてくれ、ヘスティア。そしてまた私に、お前の笑顔を見せてほしい』
 自分は捨てられてもおかしくない。なのに自分に帰ってきてほしいと言ってくれた。笑顔を見せてほしいと言ってくれた。
『よく、帰ってきてくれた……』
 自分のために、涙を流してくれさえもした。眠っていた自分を、もう一度、目覚めさせてくれた。
(灼陽様……ヘスティアは灼陽様にもっとお仕えしたい。
 あなたの、お役に立ちたいです)
 ヘスティアが目を開ける、そこにはハッキリとした自分の意思が秘められていた。
「ハデス博士……ヘスティアはもっと、灼陽様のお役に立ちたいです!」
 意思を言葉にすれば、ハデスはうむ、と答え、それから、と言葉を添えて続けた。
「こんなこともあろうかと、ヘスティアのボディはほぼ灼陽の素材――つまり鉄族の身体で再構築してある。これならば鉄族が元の世界に戻るときに、向こうの世界に拒絶されることなく一緒に行くことが出来るだろう。灼陽の中であればそのままでも問題ないが、外に出る場合は専用の装備を身に着けてもらう。その調整を十六凪がしたいと言っていた、彼の下へ行け。
 ……灼陽達なら、お前を任せても安心だ。達者で暮らすのだぞ」
 片手を挙げ、別れの言葉を告げてハデスが部屋を出ていく。
「ハデス博士……今まで、ありがとうございました!」
 深々と頭を下げ、感謝の気持ちを伝えたヘスティアは言われた通り、天樹 十六凪(あまぎ・いざなぎ)の下へ向かった――。

「ヘスティアさんの身体は、灼陽様の中であればそのままでも活動に問題なく調整されています。
 ですが外の世界まではどういうものか不明な点が多い。そこで今回、鉄族の機体の原理を応用して、ヘスティアさん専用の装備を用意します」
 十六凪の説明では、つまり鉄族が搭乗する機体のように、ヘスティアを覆ってしまう装備を用意するというものであった。内部を“灼陽”の環境と一致させることで、装備を破壊されない限りは生命維持に問題がないようにする。後は鉄族に任せる形になってしまうが、当面はこの方法で対応していく事になった。
「……よし、調整は終了です。お疲れさまでした」
「はい、十六凪さん、今までどうもありがとうございました」
 ぺこり、と頭を下げるヘスティアにいいですよ、と十六凪は頷いて、傍らにあった箱をヘスティアの目の前に置いた。
「では、僕の最後の仕事をするとしましょう。これは先程灼陽様から届けられた、もう一つのあなた専用の装備です。
 この調整をしますから、ヘスティアさん、後ろを向いてください」
「はい、こう、ですか?」
 くるり、と背を向けたヘスティアの頭に、ふわり、と何か布のようなものがかけられる。
「はい、いいですよ。こちらをどうぞ」
 振り返り、鏡のある方へ視線を向けたヘスティアは、自分の姿にわぁ……と感嘆の声を漏らす。被せられた布――花嫁が身に着けるようなヴェール――はキラキラと光を放ち、幻想的な雰囲気を生み出していた。
「灼陽様がヘスティアに、これを……は、はわわ、こんな素晴らしいものをもらってしまってよろしいのでしょうか」
「とてもお似合いですよ、ヘスティアさん。
 さあ、灼陽様の下へ行ってあげてください。あなたの姿を一番心待ちにしているはずですから」
 十六凪に言われ、ヘスティアは笑顔で頷いた。
「はい! ヘスティア、出撃します……じゃなかった。行ってきます!」


『祝いの砲』

「主砲、撃ち方用意! てーーっ!!」
 葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)の号令で、伊勢の主砲である荷電粒子砲が空に向け、一斉に粒子の筋を描く。
「ホント、最後まで何が起こるか分からないわね。
 とりあえず、鉄族がとてもノリの良い人達だってのは分かった気がするわ」
 これまでの戦闘で得られたデータを今後に活かすべく整理しながら、空に描かれる光を見つめコルセア・レキシントン(こるせあ・れきしんとん)が苦笑混じりに呟く。

 最初は、吹雪の思い違いであった。
「灼陽が結婚式をすると聞いたであります!」
 吹雪からそう聞かされた鉄族の戦士は一様に驚きの表情を浮かべた。確かに“灼陽”がヘスティアと懇意にしているというのは知っていたが、結婚式をするとは聞いていなかったからである。
「結婚式か! そうだな、いいんじゃないか?」
「やろうぜやろうぜ!」
 しかし吹雪の言葉は、鉄族に火を点ける結果となった。この点実に彼らはノリが良かった。
「お前達、何を騒いでいる……何、結婚式? 誰と誰が――私とヘスティアが!?」
 そこにやって来た“灼陽”は話を聞かされ、やはり驚いた表情を見せた。
「いや、それはだな……確かにあのような贈り物をしたが、何もここでするとは……
「贈り物をしたって、灼陽様もちょっとはその気があったってことじゃないですか〜?」
「やっちゃいましょうよ! パーッと祝って、スッキリして帰りましょ!」
「う、うむ……」
 結局周りにノセられる形で“灼陽”も了承し、こうして吹雪の思い違いは現実として創り上げられたのであった――。

「すまぬな、ヘスティア。突然このような催しに付き合わせてしまった」
 隣に立つ“灼陽”が申し訳無さそうにヘスティアへ言う。
「そんな、謝らないでください、灼陽様。
 ヘスティアは嬉しいのです……灼陽様と一緒に居られる事が。また灼陽様のお世話が出来る事が」
 満面の笑みを浮かべるヘスティアに、灼陽がそ、そうか、と頷いて視線を逸らす。自分が贈ったものとはいえ、ヴェールを纏ったヘスティアは美しかった。
「灼陽様、ヘスティアは誓います。
 きっと、必ず、絶対、灼陽様のお役に立ってみせます。失敗は……えっと、ちょっと、してしまうかもしれないですけど……なるべくしません!
 だから――どうか、灼陽様のお傍に、置かせてください」
「ああ、傍に居てくれ、ヘスティア。
 お前が私の傍に居る限り、私はお前にとって最高の主人であることを誓おう」

 二人の新たな門出を祝うように、空にはいくつもの粒子が舞った――。