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古の白龍と鉄の黒龍 最終話『終わり逝く世界の中で』

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古の白龍と鉄の黒龍 最終話『終わり逝く世界の中で』

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『感謝の心を伝えに・2』

「ケレヌスさん、あの時は無理を言ってごめんなさい。
 私、ケレヌスさんに話を聞き入れてもらえて、嬉しかったです」
 柚と三月、アムドゥスキアスとナベリウスたちが次に向かったのは『昇龍の頂』。ここではケレヌスに会い、柚は直談判をした時の事、三月は直に手合わせをした時の事に触れる。
「君達は我々龍族の力になってくれた。行動でしっかりと示す事の出来る君達は、立派だ。
 そちらの……三月、だったか。君もさ」
「あはは、戦ったってだけで、結果はその、散々でしたけど……」
 苦笑する三月にケレヌスは首を振って、彼と共に戦ったアムドゥスキアスを見つつ言った。
「確固たる意思があれば、戦う力は後からでも十分鍛えられる。
 ……俺は是非、後ろの彼の本気を出した状態と一戦交えてみたくある」
「あ、気付かれてた? うーん、流石は歴戦の戦士」
「あむくん、がんばってー!
 あ、でもあのあむくんこわいから、やっぱりがんばらないでー!」
「どっちかな、ナベたん……。
 いずれにせよ、ボクは三月のサポート役だから。だから三月が頑張ってね」
「結局僕に話が戻るんだね……。えっと、お、お手柔らかにお願いします」
 一行の間に笑いが溢れた――。

「ケレヌスさんは元の世界に戻っても、部隊の隊長を続けるんですよね?」
「あぁ、そうだ。敵を滅ぼす力ではなく味方を護る力として、俺はこの『執行部隊』の隊長であり続けようと思う」
「そうですか。ケレヌスさんならきっと、みんなを護れると思います。頑張ってください。
 本当に、ありがとうございました。最後に一枚、記念写真、お願いします」


『それぞれの別れと』

「……そうか、龍族も鉄族も我々と同じ志を持つのだな」
「ああ、ダイオーティ様は契約者、そして鉄族の長が会する場でそう宣言なされた。
 我々龍族は、契約者に助けられた。俺個人としても出来る範囲で契約者の力になれればと思っていた、故にダイオーティ様の決断を歓迎したい」
「助けたなんて、結果としてはそうかもしれないが、君達龍族の強靭な肉体と精神があってこそだよ。
 私も、君達の決意を喜ばしく思っている。たとえ住む世界を違えようと、思う所は同じ。それは私を含む契約者の大きな支えになるだろう」

 龍族の本拠地、『昇龍の頂』。そこをクレア・ワイズマン(くれあ・わいずまん)と共に訪れた涼介・フォレスト(りょうすけ・ふぉれすと)は、ケレヌスとの会談――と言えば堅苦しく聞こえるが、実際は昇龍の頂を一望出来る場所に出ての雑談であった――を行っていた。
「いい眺めだ。それに、空気が澄んでいるように思える。龍族の発する気が、この光景を作り出しているのだろうか」
「鉄族との争いが続いている中でも、環境の維持には注力してきたつもりだ。
 健全な環境は健全な肉体と精神を育み、成長した彼らは健全な環境維持に力を発揮してくれる。決して良いとはいえない天秤世界の環境下で今日まで生き抜いてこられたのは、この考えが皆に浸透していたからだと俺は思う」
 ケレヌスの言葉に涼介はなるほど、と納得した様子を見せた。彼らであれば、今のこの景色を元の世界でも再び創り上げることが出来るだろう。
「……既に気付いていることと思うが、それぞれへの世界の帰還の時が近付いている。
 先の話から、これが今生の別れというわけではないようだ。この世界で繋いだ絆を忘れず、次に繋げようとしてくれている事も分かって、私は嬉しい。
 何時になるかは分からないが、いつか私達の世界へも遊びに来てほしいと思っている。その時はおもてなしをさせてくれ」
 涼介が、自分が所属している学校では妻とカフェテリアを運営している旨を話すと、ケレヌスはほぅ、と興味津々な様子で聞いていた。
「俺も料理については心得があるつもりだ。
 その時間を共有することが出来ないのは惜しい。いつかの確約は出来ないが約束しよう、君達の世界に邪魔させてもらうと」
 共通の趣味を得た二人が、心からの笑みを浮かべる。

「ケレヌスさんって料理上手だったんだ」
「ええ、一通りのものは作れてしまうわ。ケレヌス自身も料理が好きみたいで、たまの休みはレシピ作りに励んでいたわね」
「あはっ、お兄ちゃんとおんなじだ。ケレヌスさんとお兄ちゃんが並んでキッチンに立つ姿、見てみたかったなぁ」
 ケレヌスと涼介が語らい合うのを、クレアとヴァランティが見守る。
「もうみんな、元の世界に帰るって事は分かってるみたいだね。そしてどう生きていくかをみんなで考えあっている。
 ……私は剣を捧げた身だから、イルミンスールで生きていくことになるんだろうな」
 クレアがその相手の事を補足してヴァランティに聞かせれば、「一度、会ってみたかったわね、あなたのお相手であるルーレンさんに」との言葉が返ってくる。
「私は、元の世界に帰っても変わらないわね。彼の……ケレヌスの傍にあり続ける。
 その為に必要な努力を続け、彼の求めに応えられるように」
 真っ直ぐにケレヌスを見るヴァランティへ、クレアは「戦いも終わったんだし、少しは自分に正直になってもいいんじゃないかな」という言葉を出しかけるも引っ込めた。そう口にするには、自分は二人の関係を知らないように思えたから。
「お兄ちゃんも言ってるけど、もし機会があったらイルミンスールに来てほしいな。
 お兄ちゃんと一緒に料理を作って、歓迎するよ」
「ふふ、それは楽しみね。……ええ、いつか必ず、実現させてみせるわ」
 その時見せたヴァランティの笑顔は、とても柔らかいものだった。

「……私たちはこの戦いで多くのことを学んだ。天秤となりうる存在が戦いを促すようなルールを作ってはならない」
「力そのものを否定するつもりはないが、力を振るうことを前提とはしない。争う未来が決定的であったとしても、別の解決方法を模索し続ける……これが俺なりに考えてみた方針だが、どうだろうか」
 ケレヌスが尋ねれば、涼介は同じ考えだったと答える。互いが矛を交えるのは最後の手段であり、それ以外の方法を探し続け、取り続けることが大切であると。
「まあ、口で言ったり考えたりするのは簡単だ。本当に大変なのはそれを実行すること。
 今後は私たち契約者、それに龍族と鉄族がその役を担う事になるのだから、覚悟は必要だ」
「ああ、そうだな。だが道が見えていれば、覚悟を決めるのは容易だ。
 ……君達に会えて良かった。この世界で君達に会えた事が、我々にとっての『富』だったのかもしれない」
「そう言ってもらえるのは光栄だ。……さあ、いつまでもこうしていては別れが惜しくなる。ここでさよならとしよう。
 ケレヌス、そして龍族のこれからの人生に、幸多からんことを」
「ありがとう。俺からも……涼介、そして契約者のこれからの人生に、幸多からんことを」
 二つの手ががっしりと結ばれ、やがて離れていく。互いに背を向け合う涼介とケレヌス、道は違えど胸に秘める志は同じ――。


「あとちょっとで『昇龍の頂』に着くよ〜!」
 モデラートを巧みに操るノーン・クリスタリア(のーん・くりすたりあ)の声に、エリシア・ボック(えりしあ・ぼっく)がそれまで続けていた思考を止めて視線を上げた。

「これからは“戦い”ではなく“スポーツ”で決着を付ける取り決めをしませんこと?」
 エリシアが示した提案に、アーデルハイトが眉をひそめて返す。
「お前からそのような提案をされるとは、思っとらんかったな。『ろくりんピック』の件、よもや忘れてはおるまい?」
 アーデルハイトにしてみれば、スポーツの祭典であったはずの『ろくりんピック』の最中で今は御神楽 陽太(みかぐら・ようた)の妻である{SNM9999003#御神楽 環菜}を喪ったのに、と思ったかもしれない。だがエリシアは毅然として言い返した。
「確かにそれは過去として存在していますが、それがスポーツを否定するものにはならないでしょう。環菜様も陽太も思いは同じはず。
 ……もちろん、実現は容易ではないでしょう。問題となっている全ての勢力の合意。潔さを貫く意思と信念。それらを満たして初めて実現が可能となるものですが」
「う、うむ……。
 どちらかと言えば、解決するための手段というよりは解決した後の手段に聞こえるな、それを聞くだけでは」

 結局エリシアの提案は、問題が解決した後の交流の手段として記録されるに至った。
(むしろこれからのイルミンスール、ひいてはパラミタに必要な提案なのかもしれませんね。他世界の紛争を止めるのに、自世界で争いが起きていては到底出来るはずがないですもの)
 最後にそう結論付け、エリシアは目下に見える『昇龍の頂』の街並みを眺めながらノーンに言う。
「ヴァイスに挨拶が出来るといいですわね」
「うんっ! お守りのお礼をちゃんと伝えたいな!」
 嬉々として言うノーンに、エリシアの表情もふっ、と緩んだ。

『出産祝いをいただいてありがとうございます。暖かい祝福をいただいて娘は幸せ者です。
 娘には、この温かみを別の誰かに贈れる人間に成長して欲しいと思います』

 陽太の、ヴァイスへの感謝のメールにはふっくらとまんまるな娘の画像が添えられていた。それを見たヴァイスの顔にも温かみが生まれる。
「一家の長として、彼は立派に責務を果たしている。これからも大変な事は多いだろうが、力を合わせて頑張ってほしい」
「わたくしから見れば、まだまだですわ。陽太にはより一層努力していただかないと」
「おねーちゃん、おにーちゃんには厳しいから」
 一行の中に笑いが生まれた。そこから話は陽太と環菜のこと、現在天秤世界を訪れているエリザベートとの関係に触れる。環菜とエリザベートも龍族と鉄族ほどの規模ではないものの衝突することを運命づけられ、致命的な状態に陥りながらも交流を取り戻し親友となった経緯を耳にして、ヴァイスは陽太が送った内容の重みを知る。
「彼には教わるべき点が多々あるように思う。彼も文面で一度会いたいと言っている、俺も是非一度会って話をしてみたい」
「あまりハードルを上げては、陽太が萎縮してしまいますわ。もっと気軽でいいんですのよ」
「遊びに来てくれたら、わたし、お友達を紹介したいな! みんなでいっぱいお話したい!」

 別れの時間がすぐそこまで迫る中、この時だけは一行は時間を忘れて話に興じる――。

「龍族は契約者と志を共にする、そう伺いました。
 また会うこともあるやもしれませんが、一先ずお別れですわね。どうか御達者で」
「お別れはちょっと寂しいけど、笑顔でグッバイだよ!
 ヴァイスさん、元気でね! シーユーアゲイン!」
 エリシアとノーン、それぞれが別れの挨拶を告げ、二人を乗せた『モデラート』が浮上を始める。そして一声、世話になった事への感謝を伝える咆哮をあげると、契約者の拠点の方角へ飛び出していった。
(元気で、共に頑張ろう。
 ……おや、この歌は……)
 二人を見送ったヴァイスの耳に、ノーンが最後に歌った歌が届けられる。別れの悲しみを少しも感じさせない、幸せと希望に満ちた歌。
(良い歌だ。今後の励みになる)
 ヴァイスが旋律を記憶に刻み、そしていつか再会した時には礼を返そうと心に決め、振り返りその場を後にした。