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イルミンスールの希望――明日に羽ばたく者達――

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イルミンスールの希望――明日に羽ばたく者達――
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『新たなる旅立ち』

「……この時がついに来た。
 我が調整を続けてきたイコン、オーディンをロールアウトさせる時が!」
 アレクサンドロス・マケドニア(あれくさんどろす・まけどにあ)が手を向けた先には、彼らの最新鋭機体、『オーディン』がその勇姿を浮かび上がらせていた。
「既に『イスカンダル』よりデータの更新を済ませ、『マジックスタンド』とのリンクも完了している。
 解析するのには難を要したが、『イスカンダル』以上の出力を引き出せるまでには達した。……だが本格的な修理が必要となるような事態には対応出来ぬから、くれぐれも注意しろ」
「分かりました、壊さぬよう細心の注意を払います。
 ……状況次第でしょうが、必要になる事も想定されると思いますしね」
 アレクサンドロスに呼びかけられた赤城 リュート(あかぎ・りゅーと)が、機体を見上げながら呟く。契約者にはこれから、『世界産み』という最後の――最後であってほしい――試練が待っていた。
「世界の行く末を、ボクたちが決めることになるかもしれない……。ボクも不安だけど、それはみんなも同じ。
 ボクたちが不安になってても仕方ないもんね! 『オーディン』はボクたちが出来る事を精一杯やるために必要なパートナー、そうだよね?」
 赤城 花音(あかぎ・かのん)の言葉に、リュートとアレクサンドロスがそうだ、と頷く。もしかしたら何も知らないまま今を過ごすパラミタの住民たちが、イルミンスールが一時でも迎えた平和な時間を恒久的に得られるようにするため、彼らは自身に出来る事を最大限発揮しようとしていた。
「ところでリュート、一つ聞くが……何故、我の名の機体を乗り換えるのだ?」
「あの、それについては色々とありまして……」
 尋ねられたリュートが苦笑を浮かべて言い淀む。どうやら言葉には言い表せない複雑な事情があるようだ。
「征服王、とかMark2とか、考えはしたのですがしっくりこなくて……」
「うぅむ、よく分からぬがつまらぬ言い訳はよせ。一度決めた名に誇りを持て」
 諭す言葉に、縮こまっていたリュートの背がピン、と伸びた。その姿を見てアレクサンドロスは満足したのか、「神格から持ってきたことに免じて、許す」とこの件を終わりにする発言を残した。
「……では、花音、試運転と行きましょう。一応、八咫鏡も発動出来る事は、確認しておきたいですから」
 アレクサンドロスに小さく礼をして、リュートが花音に向き直って言った。花音も頷いて、『オーディン』へ向かい歩き出す。
(『八咫鏡』は最後の切り札……だけど本来、歌には音楽としての……歌としての力があるんだと思う。
 そう、歌で戦いに終止符を打ったあの人のように……ボクもその可能性を実現できる。ボクはきっと信じてる)
 自分の中に宿っている意思、今も絶えることなく燃え続ける炎を確かめ、花音は『オーディン』へ乗り込んだ。起動チェックは『イスカンダル』のものを踏襲していたので、比較的スムーズに終わる。
「ボクはまだまだ燃え続ける! そう、この先もアイ・アム・ミュージックファイター♪ だよ☆♪」
 花音の声に応えるようにして、『オーディン』の瞳に光が宿った――。

 日中であればそれなりの賑わいを見せる、魔法学校購買部。しかし今は夜になろうかという頃、人の姿は一つもない。
「…………」
 そして倉庫には、ここで働くモップス・ベアー(もっぷす・べあー)の姿があった。彼がここに居たのには理由があった。
「ごめんなさい、待たせてしまったかしら?」
 かけられた声に振り返れば、ウィンダム・プロミスリング(うぃんだむ・ぷろみすりんぐ)が少しだけ息を荒らげて立っていた。
「別に、気にしなくていいんだな」
 人によってはぶっきらぼうに聞こえる言葉をかけ、モップスが冷蔵庫から飲み物を取り出してウィンダムに渡す。
「お店の品物を勝手に取ってっていいの?」
「ちゃんとボクのマネーから払っておくから問題ないんだな」
「あら、じゃあこれはモップスさんのおごりね。ありがとう、いただくわ」
 微笑みながらモップスから飲み物を受け取り、渇いていた喉を潤す。その仕草をなんとなく見つめていたモップスは、ウィンダムが化粧をしているのに気付いた。彼女もれっきとした女性故別に珍しい事では無いだろうが、モップスはそんな彼女を見るのはもしかしたら初めてかもしれない、と心に思った。
「……? モップスさん、私の顔に何かついてる?」
「い、いや、何でもないんだな」
 視線を向けられ、モップスが慌てて目を逸らす、見惚れていたなんて気付かれるのは、ちょっと、いやかなり恥ずかしかった。
「……モップスさんって、優しいわね」
 だが、唐突にかけられた言葉に、モップスの目がウィンダムを捉える。
「どうしたらそんな言葉が出てくるんだな。ボクはボクが思ってる以上にぶっきらぼうなんだな」
「ふふ、そうね。……だけどそれは表面的には、であって、私はモップスさんは本質的には、優しくて穏やかな人、そう思うの」
「…………分からないんだな」
 モップスはそう答えるのが精一杯だった。人生の大半をさして高くもない評価で過ごしてきたモップスにとって、ウィンダムの言葉は眩しすぎた。
「ボクは、リンネと契約した時は、もっとこう、畜生だったと思うんだな」
「……今は?」
「今は……」
 今も変わらない、モップスはそう言いかけて口を閉じた。そう言ってしまえば、今まで自分に関わってくれた人の価値も無かったものと言ってしまうに等しかった。そうは決して思っていない。こんな自分に付き合ってくれた人への感謝の気持ちは、持っているつもりだった。
「…………リンネやみんなと過ごしていく内に、ボクもいつの間にか変わっていたんだと、そう、思うんだな」
 しばらくの沈黙の後、モップスはそう、口にした。それは彼にとってかなりの決断を要する発言だった。
「……そうなの。ふふ……」
 モップスの言葉を聞いたウィンダムが、どこか嬉しそうに微笑む。訝しむモップスの視線にウィンダムは、こう答えた。
「私がモップスさんと出会った事で、モップスさんにとって何かしらのプラスになったんだって、知れたからよ」
「…………」
 モップスは恥ずかしくなって、そっぽを向いてしまう。出来るからこのまま帰りたい気分だった。

「モップスさん。私……モップスさんのこと、好きよ」

 しかしそれは叶わなかった。次の言葉にモップスはその場に釘付けになってしまった。
「私が進みたい道は、一つだけじゃない。購買部で働きたいという道もあるし、『アインスト』の活動に参加したい、という道もある。
 ……でも、これは私のワガママかもしれないけど、どの道を私が歩く時も、モップスさんに傍に居てほしいと思うし、一緒に歩いて行きたいと思うわ」
「……ひどい無茶ぶりなんだな。もしキミが世界を救いたいと思っても、ボクは付いていけないんだな」
「本当に?」
 一歩進み出て、ウィンダムが問い掛ける。後ろにも前にも進めなくなったモップスは悩みに悩んだ結果――。
「ボクが無理でも、キミが無理じゃないと言うなら……考えてあげてもいいんだな」
「あら、ヒモ宣言かしら?
 ……いいわ、モップスさんが歩けない時は、私が引っ張ってあげる。私は知っているの、モップスさんは歩かされると歩いちゃう人だって」
 言うが早いか、ウィンダムがモップスの手を取ると、引っ張って歩き出す。
「……悔しいけど、反論できないんだな」
 ウィンダムの言う通り、モップスの足は自ら動き出し、やがてウィンダムが引っ張らずとも彼女の一歩後ろを追随する。
「横に並んでくれないの?」
「急にそこまで求めるのは酷なんだな。それにボクは支援タイプなんだな」
「あら、前に立つモップスさんも、素敵だと思うけど?
 ふふ、じゃあ今は私の背中を護ってもらおうかしら。……これからもよろしくね、モップスさん」
 振り返って笑顔を向けたウィンダムへ、モップスは彼にしては珍しく、やわらかな雰囲気でもって答えた。
「よろしく、なんだな。ウィンダム」