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イルミンスールの希望――明日に羽ばたく者達――

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イルミンスールの希望――明日に羽ばたく者達――
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『それじゃあ、またね』

「やーやールピナスにミーミルくん、調子はどうだい?」
 イナテミスの街並みを眺めながら歩いていたルピナスとミーミルは、ひょこっと現れた円・シャウラ(まどか・しゃうら)に声をかけられた。
「円、イナテミスに来ていたのね」
「うん、仕事のついでに、ね。それにしても賑やかだねー、今日は何かあるの?」
「今日ここで、有名な方の結婚式があるの。その方はイナテミスを今日まで守ってこられた方だから、こうして街全体でお祝いしてるんだって。
 わたしたちもお祝い出来たらいいなって思ってるのよ、ね、ミーミル」
「はい、そうで――う、うん、そうなの」
 相手が円だからか、随分と砕けた調子で話すルピナスに話を振られ、ミーミルはついいつものように口走りかけ、修正する。
「おや、ミーミルくん言葉遣い、変えたの?」
「そうなのよ円、ミーミルはわたしのお姉さんなのに、よそよそしく聞こえるのだもの。
 だからわたしと居る時は、敬語はナシよ、ってお願いしたの」
 お願い、の所に力を入れてルピナスが言い、ミーミルがちょっとだけ困ったような笑顔を見せた。
「ミーミルくんってば無理しちゃってー。ボクとしては面白いからいいけどね」
「ま、円さーん……」
 より困った顔になるミーミルへあはは、と笑って、円が少し表情を引き締めて言う。
「まぁ、悪戦苦闘したほうが後々にいい思い出になるし、いいんじゃないかな?
 そういう、美味くいかない時期も大切にね。あとで美味しい思い出になるから」
「……なるほど、そういう考えも、あるのね」
 新しいものの見方を得たというように頷くミーミル、そして円は真面目くさった気分を切り替えるように明るく言った。
「よし、出店回ろう、出店。社会人だし奢るよ! なにせ社会人だし!」
 社会人、をことさらに強調して告げた円へ、二人の聖少女はそれぞれ喜びを露わにしたのだった。

「ルピナスはカリスくんのために、科学者になるんだっけ?」
「その話はね、ここに来る前お父様に『カリスに研究者の道を示すのは良い。でも、もし彼が大きくなって『研究者以外の道を選びたい』と願ったなら、それを尊重してやっておくれ』と言われたの。
 だから当面は研究者の道を示せるように努力するし、でもそれ以外にカリスには色んな経験をさせてあげたいと思ってる。カリスであってカリスでない存在に育つことを、わたしも楽しみにしたい」
 そう円に話すルピナスの目は、ただ未来への希望に満ちていた。
「そっかー、家族の皆さんもちゃんと、ルピナスを気遣ってくれてるんだねー。今のルピナスは心から笑えてる、楽しんでるって感じだね。
 実はちょっとだけ、どうなのかなー、って心配してたんだけど、必要なかったな。うーん、嬉しいんだけど、寂しい気持ちもあるよ」
 それはなんとなく、子供が大人になって、羽ばたいていくようで。円は子を為した経験は無いので憶測だけれど、そんな風に感じた。
「ボクが学校入ったばかりの頃は将来何になるかとか、全然考えてなかったから、凄いなぁ。
 将来が明確なのは強みだよねー。ねぇ、ミーミルくんは将来どうするか決めてる?」
「私は……これからもお母さんの傍に居て、お母さんを護る、って思ってるけど、ルピナスのようにハッキリと自分の目標が見えているとは思えないわ。
 ルピナスを見習って、考えていかないといけないわね」
「そうだねー。……にしても、今の二人は立場が逆転してるみたいだよ」
 円が二人をそのように評すると、ルピナスとミーミルは並んで互いの顔を見合わせ、ふふ、と笑った。
「わたしが生意気を言っているだけよ。何があってもミーミルがわたしのお姉様だから」
 ミーミルの腕を取って抱きつくルピナスに、かつての恐恐とした雰囲気は欠片もなかった。
「仲良しだねー、ほんとに」
 すっかり仲の良いのを見せつけられて、円は寂しいとかそんな風に思うのがバカバカしくなった。幸せなら、いいじゃないか。
「そうそう、イナテミスのお偉いさんってどこに居るのかな?」
「カラムさんの事かしら? カラムさんはまだ、町長室に居ると思うわ」
 そう言ってミーミルが、町長室のある建物の方角を指す。円もそちらへ目を向けると、街並みの中でほんの少しだけ背の高い建物を見つけた。
「オッケー、ありがと。今日はほら、お仕事のついでで来た、って言ったじゃない?
 今ボクね、ヴァイシャリーでサバゲーショップを経営してるんだ。……って、サバゲーって聞いても、分かんないか」
 疑問符を頭に浮かべている二人へ、円がサバゲーについて簡単に説明する。
「なんか、痛そうだけど、大丈夫なの?」
「ちゃんと防護服を着て、ゴーグルを付けるから大丈夫だよ。イルミンスールって森が多いからさ、サバゲーのフィールドには絶好の場所なのさ。
 イナテミスのお偉いさんに挨拶しとけば、イベントの計画も立て易いしと思ってさ。結構頑張ったんだよー、プレゼンの内容とか考えるの。
 この都市でもスポーツとして流行ればうちも楽になるし。まずは競技人口を増やすことが第一歩。……そうだ、今度キミ達もサバゲーやる? 道具は貸すよ?」
「そうね……興味はあるわ。ミーミル、わたしたちのチームワークを見せてあげましょう!」
「ふふん、キミたちの仲が良いのは知ってるけど、ボクとパッフェルのチームワークもなかなかのものだよ?
 対戦する時が楽しみだねー」
 呟いて、円はかつてイルミンスールの森でパッフェルとサバゲーに興じた時の事を思い出し、懐かしい気持ちになる。
「とと、あんまりゆっくりしてると、機会を逃しそうだ。
 じゃあ、今日はこれで。今度また、お土産持って遊びに来るよ」
「しゃあ、またね、円」
「円さん、また、です」
 手を振って見送るルピナスと、まだまだ地が出てしまうミーミルに見送られて、円は町長室のある建物へと足を向けた――。


『のんびりまったり』

 イナテミスの一角に立つ、ごく普通の家。表札に掲げられている名前は『田中』。
 ……本当はとあるコミュニティのセーフティーハウスとして建設されたのだが、そのあまりに見た目普通の家なのもあって、普通に住居として用いられることもままあった。

「これで一通り準備は揃ったな。じゃ、始めようか」
「はい、刀真さん」
 その『田中さん家』のキッチンでは、樹月 刀真(きづき・とうま)封印の巫女 白花(ふういんのみこ・びゃっか)が並んで昼食作りに取り掛かっていた。漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)はリビングから、二人の背中をじっ、と見つめている。
(……いつからこうして、白花と料理をするようになったんだっけな)
 卵を溶きながら、ふと、そんな事を考える。あれは確か、白花が料理を習いたいと言い出したからだったと思い出す。その時は理由はよく分からなかったままだったが、今あらためて思い返せば白花は、こんな時間を過ごしたいと思っていたのではないだろうか。
「ふふっ」
 そんな事を思いながら隣を向けば、白花が微笑み返してきた。その仕草から刀真は、自分の思っていたことは白花も同じく思っていたことなのだと確信した。
(……むー。なんだか二人、いい雰囲気出しちゃってる。私も居るのに!)
 月夜がイライラを募らせつつも言い出せずに、湿気の篭った視線をぶつけてみるも、それからも何度か目を合わせては笑い合う二人にはまったく通用しなかった。

 食事を終え、刀真と月夜がソファーに身を預け、読書をしていた。
「刀真さん、月夜さん、お茶をお持ちしました」
 そこへキッチンから、ティーセットを盆に載せて白花がやって来た。まずは月夜の向かい側からカップを置いて、次いで刀真の斜め向かいに移動してカップを置く。
(あ……この匂い。あの時のと、同じだ)
 漂う白花の香りは、『天秤世界』で彼女を胸に抱いた時と同じ。
「きゃっ……」
 刀真がそう思った時には、刀真の手は白花の腕を引いていて、軽い悲鳴を残して白花は刀真の胸に収まった。
「いい匂いがする。俺を落ち着かせてくれる……この暖かなぬくもりも」
「刀真さん……」
 刀真と白花、二人の視線が重なった。そして徐々に近付く唇……の所で、二人は背後から漂う殺気に身を硬くする。
「……二人とも、何をしているのかな?」
 月夜の顔は、一見笑っているように見えた。けれど二人にはとても笑っているようには見えなかった。
「もうっ、さっきから刀真、白花といろいろやり過ぎ!」
「いてててて! す、すまん月夜」
 月夜に耳を引っ張られ、刀真が悲鳴をあげる。身を離して難を逃れた白花が、二人を見ておかしそうに笑った。

「これはその……俺が動けないんだが」
「いいの、刀真はさっき白花と色々したでしょ、だから今度は私の番なの」
 刀真を見上げて、月夜がちょっとだけ頬を膨らませて言った。ちなみに二人はどんな格好をしているかというと、刀真が足を投げ出した格好で床に座り、月夜が刀真の脚の間に入り、頭を胸につけている格好だった。月夜にとっては刀真が座椅子代わりである。
(……月夜からもこう、いい匂いがするな。……いかんいかん、さっき白花とあんな雰囲気になったせいか、変な気になっているな)
 動揺を気取られないように、刀真は読書に集中する。そうしていると胸の重みが変化したので視線を下に向ければ。
「……すぅ……すぅ……」
 いつの間にか月夜は、うたた寝に入っていた。昼食後、穏やかな天気とあれば絶好のお昼寝日和だ。
「ったく……しょうがないな」
 呆れたように呟いて、刀真は規則的に上下する月夜の頭を撫でる。何度か撫でているとピクン、と月夜の身体が跳ねた。
「起きたか?」
「あれ……私、眠ってたんだね。
 ふふ、刀真の手、気持ちいい。にゃー」
 すりすり、と月夜が刀真の胸にまるで猫のごとく、頬ずりをする。
「それじゃまるっきり猫じゃないか」
「にゃーにゃー、今の私は猫だにゃー。だからもっと撫でる撫でる」
 月夜が猫の真似をしながら、撫でるのを止めていた刀真にもっともっと、とせがむ。
「……しょうがないな」
 呆れたような、けれど決して嫌でない顔で、刀真は月夜の頭を優しく撫で続ける。
「ねぇ、刀真……こんな日が、ずっと続けばいいよね」
「あぁ、そうだな」
 月夜のふっ、ともたらされた言葉に、刀真、そして白花がそれぞれ同意の頷きを返した――。