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【両国の絆】第一話「誘拐」

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【両国の絆】第一話「誘拐」

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【思惑はぶつかりて道は逸れ行く】



 イルミンスール魔法学校の片隅、ディミトリアスの研究室。

 ”両国の間に不和の種を蒔く”――そんな事を言った、死霊使いピュグマリオンと名乗った少年と、乱入した四人のローブ姿の男女によって唐突に占拠された一同だったが、突然の状況の変化に慣れのある契約者達は、咄嗟に席を立ってそれぞれが態勢をとり、そんな中で送られてきたクローディスのテレパシーに、状況を図るように互いの睨み合いへともつれ込んでいた。
 そんな中で、丁度ディミトリアスが吹き飛ばされた机の傍――前列に席を取っていたジェニファが、彼にだけ聞こえるようにそっと声を潜めた。
「先生、あの人たちは、最初から教室に……?」
「いや」
 ディミトリアスは即答する。
「ローブの奴らが飛び込んだのは、あの少年が前へ出た後だが、少年の方が何時からいたかは、すまないが記憶に無い。だが、最初この教室にいたのは、ナナシを除けばシャンバラの契約者のみだ」
 それを聞いて、ジェニファは「マーク、光条兵器は使わないで」と言い置いてから、魔法でも使おうとしたかのように、その手をぱっと伸ばして口を開いた。
『開かれるもの、その前より、足を遠のかせよ』
 要するに、ドアの前から離れろ、という意味合いの短い古代語だ。ピュグマリオンとローブの一団が、今まで講義を受けたことがあるかどうかを確かめるために発したその言葉に、ベルクをはじめとした数人が言葉に応じるように数歩前へ出たが、ピュグマリオン達は魔法を警戒したらしく、僅かに眉を寄せて首を傾げただけだ。
(……生徒では、無いのかしら。なら彼の口上はおかしいわ)
 とは言え、今まさに授業を受けていたはずの契約者達の中にも、首を傾げる気配があったので、絶対の確証が取れたわけではないのが、微妙なところだが。
(これ以上、情報を与えるのは良くないかしら)
 そうして、ジェニファが悩んでいる一方で、目を輝かせている者もいた。
「なぶら殿なぶら殿! 退屈な講義と思ってたら、急に面白い展開になったのだっ!」
 そんなことを大声で言ったのは木之本 瑠璃(きのもと・るり)だ。
「瑠璃……そんな大声で退屈な講義って……絶対聞こえてるぞ今の」
 相田 なぶら(あいだ・なぶら)は慌てて肘で小突いたが、遅かった。ディミトリアスがそっと向けてくる視線に、自分も実は船をこいでいただけに、申し訳ない気持ちで目を逸らして、なぶらは声を潜めるように誘導した。
「学友を誘拐せんとする悪党共を、成敗するのが、正義の味方たる吾輩達の役目! これは俄然燃えてきたのだっ!」
 だが効果は今ひとつのようだ。一応先程より声は潜められているが、両者が出方を伺うように沈黙している中では目立つことこの上なく、ちらりとローブの一人がこちらを伺うのに、なぶらは更に耳元でひそひそと声を落とした。
(テレパシーの兼、ちゃんと理解してるか……?)
(え? テレパシー? もちろん聞こえたのだっ!)
 瑠璃は自信満々に頷いた。が、勿論聞こえていることと理解していることと、そこからどうするのかということはまったくの別問題である。果たして、きらりと目を輝かせた瑠璃はこう言った。
(だが、此方も全力で向かわねばその意図がばれるのだっ!)
 それも正論には違いないので、なぶらが反論をしそこなっている中、月崎 羽純(つきざき・はすみ)は視線をピュグマリオンから外さないままで、遠野 歌菜(とおの・かな)へとテレパシーを送っていた。
(あの少女……ナナシを守ることが最優先なら、攫われたら困ると、あちらに思われるべきじゃない)
 さりげなく矛先を別に向ける必要がある、とそこまで告げた、次の瞬間、羽純は思わず目を疑った。
「誘拐される役は、私が引き受けます」
 そう言って、歌菜がずい、と前へ出たのだ。ピュグマリオンまで軽く目を瞬かせている中で、歌菜はまっすぐに彼らの前へ立って、続ける。
「”誘拐された生徒”が欲しいんでしょう? イルミンスールの生徒として、他校の人達を巻き込みたくありません。だから、他の人達には手を出さないでください!」
 この言葉で、ピュグマリオン達がどう反応を示すかで、ナナシが既に特定され、狙われているのか見極めようとしていたのも本当だが、同時に、発した言葉もまた偽りなく本音だった。
 怖くないと言えば嘘になる。けれど、それよりも尚激しく歌菜の中で燃えていてたのは、怒りだ。シャンバラとエリュシオン、皆と一緒に繋いできた二つの国との間の絆を断とうとするものへの怒り。そして、友人であるディミトリアスとクローディスの二人だけに危ない橋を渡らせたくないという強い気概に燃える歌菜に、羽純は心中で息をつくしかなかった。
(無茶を……だが、矛先をこちらに向けるチャンスでもある)
 勿論、歌菜が誘拐されることについて納得は出来ないが、この場において最重要な件――ナナシの身の安全を考えれば、手段として悪くない、ということは理解できる。故に羽純は、歌菜の態度に乗って「待て!」と声を上げた。
「そんな事、させられるか!」
 あながち演技でもなく、無茶をしようとする恋人を諌める態度の羽純と、その制止に首を振って自分が犠牲になるという風情の歌菜のまっすぐな態度に、ピュグマリオンはくすくすと笑った。
「勇敢なお嬢さんですね。ですが……お客人が多い方が、こちらとしては有難いですし、それに――」
 そう言って、たとえば、とその目は、一度クローディスを見やり、続けて教室内を何かを探すようにぐるりと見回して、小首を傾げてにこりと笑って見せた。
「折角なら、そちらのお嬢さんたちのように「年端のいかない女の子」の方が、より影響がある……そう思いませんか?」
 その、“お嬢さんたち”こと、タマーラはおびえた子供よろしく、自然な動きでナナシと共にクローディスの後ろへと下がっていたところだ。その言い草に、彼らが狙っているのは少女だということ、しかし同時に彼らは狙う相手が少女であるということ以外の情報を持たない、ということが判る。一同がその認識を共有する中、歌菜が更に「そんな非道な真似をする必要はないでしょう!?」と食って掛かるように声を上げ、注目を集めている間に、グラキエスはそっと教室の外の気配を伺い、そこに エルデネスト・ヴァッサゴー(えるでねすと・う゛ぁっさごー)フレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)の気配を感じて、パートナーのロア・キープセイク(ろあ・きーぷせいく)に囁いた。
(キース、二人に連絡を取ってくれ。虎穴に入ってみようと思う)
 その言葉は想定の範囲内だったのだろう、ふう、と少しばかり溜息をついてロアは頷いた。
(言っても聞いてくださらないのは分かっていますが、あまり無理をしないように)
 その言葉にグラキエスが頷くのを確認して、ロアは二人へ現在の状況――室内の様子や相手と契約者の人数、などを事細かに伝え、グラキエスの意図を伝えていた。

――が、事態は唐突に、思わぬ方向へと転がったのである。

「……これは一体、何の真似だ?」
 
 驚きと困惑に満ちた声を上げたのは、御雷――ハデスだ。だがその声は、ピュグマリオンではなく、その背中に龍銃ヴィシャスを突きつける天樹 十六凪(あまぎ・いざなぎ)へ向けてのものだ。
「我らオリュンポスを裏切るというのか!?」
 バカな! とハデスは顔色を変えた。
「世界征服は、お前の目的でもあるはずであろう!」
 その問いには「勿論です」と十六夜は穏やかとも言えるような声音で言った。
「ですが……残念ですがハデス君のやり方は、非常に――手ぬるい」
 このままでは何時目的が達成できるかわからない、と囁く十六凪に、ハデスはぐっと反論に詰まった。そんなハデスの背中を、銃口はゴリ、と押す。
「これまでご苦労様でした。ですが、僕の計画には、もうハデス君は不要です」
「ま、待て、話せば分かるっ!」
 焦ったようにハデスの声は制止を訴えた、が――……虚しく、その一発の銃声が響き、白衣を真っ赤に染め上げながら、あっけなく膝は落ち、その体は床に倒れた。
「ああっ、ハ、ハデス様っ!?」
 叫ぶように声を上げたのはアルテミス・カリスト(あるてみす・かりすと)だ。ピュグマリオン達に気を取られていたせいで、十六凪の動きへ反応するのが遅れ、気がついたときにはその引き金は引かれてしまっていた。
「しっかりしてくださいっ! 十六凪さん、なんてことをっ!」
 血の海の中、ぐったりとした体を抱き起こしながら、睨むように見上げたアルテミスは、その瞬間、二人を見下ろす十六凪の冷たい眼差しと目が合った。今まで見ていた彼は誰だったのかと思わせるほど酷薄なそれに、ぞくりと背筋を這った感覚に、アルテミスは今はそれどころではない、と気づいて気を取り直すと、ハデスの体を担ぎ上げた。
「ま、まだ息はあります……!と、とにかく、病院へ!」
 そうして、アルテミスが部屋を飛び出していくのを見送った十六凪は、その一連の出来事を観客のように眺めていたピュグマリオンに向かって、恭しく頭を下げて見せた。
「両国に不和の種を撒く……僕と同じ考えを持っている人に会えて嬉しいですよ」
 ピュグマリオンが探るように視線を送ってくるのを感じながらも、十六凪は態度を崩すこともなく「いかがです? ここは手を組みませんか?」と続ける。
「僕なら……あなたの目的に力をお貸しできると思いますよ」
 それを示す、と、ばかり、パチンと十六凪が指を鳴らすと、講義に紛れさせていたオリュンポス特戦隊の隊員たちがざっと彼の前へ立ち、契約者達へ立ち塞がったのだった。