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【蒼空に架ける橋】第4話 背負う想い

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【蒼空に架ける橋】第4話 背負う想い

リアクション

 一方、西の釣殿を渡って奥宮へと入ったナ・ムチたちの方だが。
 志願して先頭に立ったセレンフィリティセレアナが曲がり角ギリギリに身を隠しつつ、西対の透渡殿を覗き込み、障害物や伏兵の有無等クリアリングをしている間も、彼らは絶えず周囲に目を配り、ヤタガラスなど人外のものを警戒していると。
「どうした」
 ほかの者たちと微妙にナオだけ様子が違っていることにかつみが気づいて声をかけた。
「あ、はい。えっと、建物の特徴を探して、道を覚えておこうと思って……帰りのとき、少しでも早く出口にたどり着けるように……」
 少しはにかみながら答えたナオに、かつみは笑顔を見せる。
「そうか。じゃあ頼んだ。頼りにしている」
「はい」
 勢い込んで返事をしたその背後で、スライムか何かのように影が部屋の窓の桟を越えて現れ、床に流れた。
「ナオ! こっちへ!」
 腕を引っ張って自分の後ろへ庇い込んだかつみの前、次々と黒い影は窓から落ちて廊下で立ち上がり、かつみたちの方へすべるように向かってきた。
「ヤタガラス……!」
 エドゥアルトの放った神の目が、その強烈な光でヤタガラスを退ける。前に突出していた何体かのヤタガラスは切り裂かれ、朝日を浴びる靄(もや)のように散り散りになった。しかしその後ろにいたヤタガラスを散らすまではいかず、さらには散り散りとなった影が後方で再びヤタガラス化している。前衛にいたものを強制的に後衛へ移動させたようなものだ。
 だがそれでも彼の攻撃は仲間たちに猶予を生み出した。その一拍の間にほかの者たちは体勢を立て直し、武器を握り、魔法の詠唱に入る。
「ヤタガラスをいくら攻撃したってだめだ。操っている術者を捜さないと……っ」
 かつみは周囲に視線を飛ばすが、もともとヤタガラスは遠隔呪法の一種、術者が安全な場所にいて使役するものだ。地上でツク・ヨ・ミがクク・ノ・チのヤタガラスに追われていたことからも、その距離はほぼ無限といっていい。
「倒せないなら倒せないで、弱体化させることはできるはずよッ。
 セレアナ、サポートお願いね!」
 ひと言言い置き、すでに幾度となくヤタガラスと対峙してきたセレンフィリティが前に飛び出した。
 セレンフィリティが飛ばす洗礼の光と我は射す光の閃刃の合間に、セレアナの崩落する空がヤタガラスを襲う。霧のように散り散りとなった体が再び人型の影へ集束する暇もなく、間断なく光輝に焼かれて、みるみるうちにヤタガラスたちは色を失って白っぽく、灰色になっていった。動きがあきらかに鈍っており、人型への回復が遅い。一番光を受けたヤタガラスは左半分が戻せない状態だ。
「深優、ゴッドスピードを」
「うんっ」
 父霜月に乞われたとおり、深優はゴッドスピードを彼にかける。そして霜月はかなり力を削がれた状態のヤタガラス目がけ、突っ込んでいった。
 弱ったヤタガラスたちは霜月の動きに全くついていけず、されるがままの状態だ。彼の魔剣『孤狐丸』の持つ光の力がとどめとなったのか、ヤタガラスたちはついに人型もとれない、ただの霧状となってどこかへ逃げ去ってしまった。
「やった! おとーさん!」
 きゃはっと深優が手を打ったときだった。
 強い光と音が彼らの位置を特定させる結果となったようで、先ほどクリアリングした透渡殿の奥から随神たちと法術使いたちがばたばたとこちらへ向かって走ってきた。その数はパッと見ただけでもかなりの数と分かる。
 それを見て、風森 巽(かぜもり・たつみ)が動いた。
「変っ身っ! 鎧気! 着装!!」
 巽のかけ声に鎧気・仮面ツァンダーソークー1が反応し、彼の全身を光が包む。わずか1秒にも満たないわずかな時間にそれは完了し、彼はオーラメタル製のスーツをまとった仮面ツァンダーソークー1へと変身を遂げる。
「蒼い空からやってきて! 家族の笑顔を護る者!! 仮面ツァンダーソークー1!!」
 正義のヒーローにふさわしい決めポーズとともに口上が高らかと響き渡った。
 突然まぶしい光に包まれたと思うや、まばたきほどの時間に全く別の存在へと変身した巽に、無表情ながら声も出ないほど驚いているナ・ムチを振り返って言う。
「できれば先へ進むことを優先して、先を急ぎたかったんだが、それは無理なようだ。
 今から俺たちが道を切り開く。きみはそこの者たちと一緒に先に行け」
 ナ・ムチを頼む、という言外の言葉にかつみがうなずく。
「ですが……っ、なぜ……、おれは、あなたにそんなことをされるような――」
 ストップ、というように手が上がる。
「裏の意図など気にしなくていい。きみに感謝されたいわけでもない。
 そりゃ、感謝されたら嬉しいさ。けど、俺は、俺たちは、誰かに感謝されたくてやってるんじゃない。助けたいと思ったから、助ける。あの子も、ウァールも、そしてきみもだ。
 放っておけない性分なのさ。特に、自分で何でも背負い込んでしまうような相手はな」
 仮面の向こうで、ふっと笑ったような気がした。
 そしてひらりと身をひるがえし、仮面ツァンダーソークー1は、先を争うかのように刀を抜き放つ随神たちの中央目がけて走るや、直前で高く跳躍した。
「閃光ツァンダーキックッ!!」
 強烈な蹴撃が真正面の随神の胸で炸裂し、随神はほかの随神たちを巻き込みながら後ろに倒れる。空いた敵のど真ん中へ着地した仮面ツァンダーソークー1は、以後全く動きを止めることなく周囲の敵を打ち倒す。
「囲め! 相手はたった1人だ!」
 法術使いの命令に従い、展開しようとする。そのとき。
「ちょうどいいわ。あなたたちに、隠密の間にたまったイライラを全部ぶつけてあげる」
 彼らの鼓膜を、どこからともなく聞こえてきた女性の声が打った。その姿を求めて視線を飛ばす彼らの前、何もない空間がひずんだかに見えた。
 意味が分からず眉を寄せる彼らの前、ひずんだ空間の中央から1人の女性が出現する。そのことに息を飲む間もなく、至近距離でクコ・赤嶺(くこ・あかみね)のこぶしと蹴りを受け、彼らは声もなく人型の紙切れに戻っていった。
「さあ行け!!」
 突破口が開いたのを見て仮面ツァンダーソークー1が叫び、それに従いナ・ムチやかつみたちが走り抜ける。
「くそっ!」
「おっと。ここはたった今から通行止めよ」
 追おうとする随神を伴った法術使いに、クコがすぐさま前をふさぐように立ち、かまえをとって威嚇した。法術使いたちはたたらを踏んで追うことを断念する。
「おかーさん、がんばれー」
 少し調子っぱずれな、場に不似合いな明るい声で、やはり深優が声援を贈る。父に勝るとも劣らない、雄々しく戦う母の姿に、わーっと手を振っていた深優は、ふと、後ろにいる怖い顔をしたおじさんたちが母を狙って何か魔法を撃とうとしていることに気づいた。
「あぶない、おかーさんっ!」
 小さな両手を突き出して、ファイアフェスティバルを放つ。若干2歳だが、その魔法の才は決して侮れない。大人顔負けの火炎が次々と飛び出して、まるで酔っぱらった炎の精霊の仕業のような無軌道っぷりで法術使いたちの周囲を飛び回ると、あちこちにぶつかってはそこを破壊した。法術使いたちはあわてて頭をかばい、身を低くして、法術を放つどころではなくなってしまう。
「ひ、退けっ!」
 随神が残り3体となったところで、法術使いの1人が決断を下した。法術使いたちはすっかり怖気づいた表情で、追撃がくるのではないかと気にしながら側路へ駆け込んで行く。
「やつらが体勢を立て直して戻ってくる前に、俺たちも先へ進むとしよう」
 変身を解いた巽の言葉に、霜月やクコたちもうなずいた。




 そこに先に到着したのは、ウァールたちの組だった。
 油断なく周囲に気を配りつつ進んでいた彼らは、ある場所を境にぴたりと足を止める。
「なんだろう? これ」
 目に見えて何がどうというわけではないのだが、一変した気がする。空気が変わったというか……。
「結界です」
 セルマのつぶやきに答えたのはリンゼイ・アリス(りんぜい・ありす)だった。
「結界か」
「とにかくヤタガラスを用いられることだけは避けなくてはなりませんね」
 リンゼイは結界を張り、対処しようとするが、すでにここは敵の結界の内側だった。パン、と空間を震わせる音がして、リンゼイの結界は広がる前に消えてしまう。相手の方がリンゼイよりはるかに強い法力の持ち主である証拠だ。その可能性に気づいていないわけではなかったので、リンゼイもたいして驚きはしなかった。
 直後、左右に連なる襖戸の1つが音もなく開いて、随神と似たような仮面をつけた白装束の男が2人現れる。
 結界に触れてしまったのだから、これも当然。
 加勢が来るまでどれだけ猶予があるのか……そんなことを考えつつ、セルマは呼神の槍をかまえる。ほかの者たちもそれぞれ武器をかまえるのを前に、白装束の男の1人が口を開いた。
「去れ。きさまたちは穢れている。ここより先に踏み入ることはまかりならぬ」
「それはさっきも聞いたよ。あいにくだけど、俺たちはこの先へ行かなくちゃならないんだ。どうしても」
 セルマの返答に、男たちが腰の小刀に手を伸ばしたのを目ざとく見つけて、彼らが抜くよりも早くシャオ(中国古典 『老子道徳経』(ちゅうごくこてん・ろうしどうとくきょう))がヒュプノスの声を放った。
 突然の睡魔に襲われ体勢を崩し、床にひざをつく様を見せるも、すぐに彼らは起き上がる。
「人間じゃないわね、あいつら」
 何事もなかったというように無表情を保つ彼らへの警戒から一歩後ろに下がったシャオと入れ替わるように前へ出たのはアルクラント・ジェニアス(あるくらんと・じぇにあす)だった。
「彼らもまた式神というわけか。なら、遠慮は不要だね。
 さて、シルフィア、ペトラ。私たちの力……普段戦わないからといって、弱いと思われては困る。たまには見せてやろうじゃないか」
「そうね……アルくんを口先だけの男だと思われたくないし」
「はーいマスター」
 返事をするシルフィア・ジェニアス(しるふぃあ・じぇにあす)ペトラ・レーン(ぺとら・れーん)を順に見たあと、アルクラントはウァールに……そしてその後ろをこちらへ走ってくるナ・ムチへと視線を流す。
「聞いたとおりだ。彼らの相手は私たちにまかせて、きみたちは、きみたちの行くべき場所……ツク・ヨ・ミの所へ」
「大丈夫、ウァールさん」フードの下で、ペトラが曇りない笑顔を浮かべる。「きっとツク・ヨ・ミさんに会えるよ。僕も、きみも」
「……うん」
 それ以外、口にする言葉は思い浮かばなかった。ナ・ムチたちが合流するのを待って、ウァールは彼らとともに端へ寄って待機する。アルクラントたちがチャンスをつくったら、一気に走り抜けるのだ。
 アルクラントは手製のベレー帽に施された刺繍「The world fine」の文字を指でなぞり、その手をライジング・トリガーにかける。
「さあ始めようか」
 まるで今からピクニックに行こうとでも言うように2人に声をかけると、アルクラントは銃を持ち上げトリガーを引いた。
 様子見の初撃は案の定かわされた。ふわりと重力を感じさせない跳躍をした宙の男を見て、「僕も跳べるんだよ!」とペトラが腰の3−D−Eからアンカーを射出する。ワイヤーを巻く力で宙に跳んだペトラからの攻撃を、男は小刀で正面から受け止めた。ギン、と噛み合う金属の音が響いて、いったん離れたあと、再び接近しあった2人の間で2度3度と続いた剣げきの音はだんだんと高速化し、小手調べから全力のやりとりに変わってていく。その真下では、ペトラの影から飛び出したシルフィアが勢いそのままにもう1人の男へ向かって突貫していた。穂先から紅蓮の炎を噴き出す炎天戈セプテントリオンに脅威を感じている様子もなく、男は刀でシルフィアの攻撃を受け止め、すり流し、返す刀でシルフィアを切り上げる。
 激しい戦闘のさなか、ペトラが「あ」と声を発した。男の小刀がスパッとフードを20センチほど切り裂いたのだ。顔を隠せないわけではなかったが、ペトラが動くたびに破れた端がひらめいて、どうしてもそこから覗き見えてしまう。
 激しく動揺したペトラは戦いに集中できず、男からの攻撃を受け止めるのがやっとで、押し切られそうになっていた。
「ペトラ!?」
 ペトラの様子がおかしいことに気づいたアルクラントが下から名を呼ぶ。
 そのとき、ペトラは澄んだベルの音をかすかに聞いた気がした。
 天使の羽と銀のベルのペンダントが揺れてペトラの視界に入る。
(ポチさん……。
 うん、そうだね。僕の全ての力を。
 きっと、フードがなくても、皆と一緒なら。
 僕は、僕のままでいられる)
 その瞬間、鈍っていた動きが元に戻った。男の攻撃を跳ね返したペトラは男が距離をとったのを見て下を向き、シルフィアを見る。
「ごめん、シルフィア。やるよ!」
「ええ!」
 2人は申し合わせたように男たちをあるポイント――アルクラントの射線上――へ追い込む。次の瞬間、アルクラントが連射した。
 男たちは刀を持たない方の手ですばやく袂から1枚の符を取り出し、それを用いて見えない障壁を自分たちの前に張ることでこれを防いだが、完全に動きが止まる。
 3人が男たちを抑えているのを見て、ウァールたちは互いに視線を合わせるとうなずき、走った。
 ふと、男たちが現れた部屋の襖戸が開いたままになっていることに気づき、横を通り過ぎる際ちらと横目を走らせる。一瞬だけ、武道場のような板間に仮面をつけた女性が正座をしている姿が見えた。こちらに気づいている様子はなく、何か仕掛けてくる気配もない。
(あれは)
 ウァールたちにとってはそれは見知らぬ女性だったが、セルマには違った。立ち止まったセルマに、シャオ、リンゼイも足を止める。
「あれって……ツ・バキさん?」
「分からない。たしかめてみよう」
 室内へ一歩踏み込んだ瞬間、なかの女性――ツ・バキが反応した。セルマたちの方へ頭を巡らせ、すっと音もなく立ち上がる。
「ツ・バキさん。あなたはツ・バキさんですね? 俺たちはハヤ・ヒの友人です。彼はあなたを――」
 びゅっと音をたてて何かが飛んできて、セルマのほおをかすめて後ろの壁に突き刺さった。
「……やっぱりこうなるか」
 下ろしていた呼神の槍を持ち上げてかまえをとるセルマの前、ツ・バキはすらりと腰に刷いていた刀を抜く。
 先日の夜も、彼女はハヤ・ヒやクラ・トに反応しなかった。
(もし操られているのなら、ハヤ・ヒが懇意にしていた相手だし、無事に連れ戻してあげたい……ああ、そうか)
 互いに無言で刃と穂先をかち合わせ、打ち合い、幾度となく刃をまじえるなかで、ふとセルマはあることに気づいた。それからは、攻撃方法を変えた。
「セル、あなた、あの仮面を取ることに少し固執しすぎてやいませんか?」
 セルマの戦闘を後ろで見守っていたリンゼイがそれと気づいて、冷静な声で問うた。
「攻撃する部位を限定して倒せるほど易い相手ではなさそうですよ」
「……うん。だけど、彼女がもし本当にクインさんの直感したように、亡くなったはずのツ・バキさんだとしたら、その彼女が生きてここにいるってことは、クク・ノ・チの陰謀の証拠になるかもしれないんだ」
 セルマはそれを撮りたかった。
 よしんばそうならなかったとしても、クインやクラ・ト、そしてそのほかにもハ・バキ家に仕えていた人たちに喜びを与えることになる。仕える主人が生きていたのだから――。
「…………。
 それは、彼女が「生きて」いたらの話ですわね。相手はどうやら死者を操ることもできるわけですし」
 ヤタガラスなんて、まさにそれですからね。
「ああ、うん。そうだね」
 リンゼイの実に現実的な指摘に調子を崩されそうになりつつも、セルマは方法をあらためようとはしなかった。可能性がある限り、捨てたくない。
 しかし残念ながらリンゼイの言うとおりだった。ツ・バキの刀は速く、鋭く、正確で、時間が経過するにつれ、セルマの体の方にこそ傷が増えていくばかりだ。
「あーもう、見ちゃいられないわっ」
 シャオが光の閃刃を飛ばしてセルマの助力に入ろうとしたとき、その動きを呼んでツ・バキが後方へ跳んだ。腕が袂に入り、符を取り出す。パッと宙に投げられ、ふわりと舞ったそれらは正円を描いて宙にとどまり、直後、1枚1枚が青白い光を放って雷撃を飛ばした。
「セルマくん、下がって!」
 そのとき、式神2人を片付けたアルクラントが入口から飛び込んで弾幕を張った。その後ろからシルフィアとペトラがなかへ飛び込み、壁を背に左右に展開する。
 ペトラの目の前、弾幕を貫き、雷撃が走った。
「マスター!」
 そのときにはもう、アルクラントは紙一重でこれをかわしていた。裂けた皮膚が一瞬ピリッと痛む。
 こちらが見えているわけではない。気配を追っているのだとアルクラントは判断し、捕捉されることのないよう移動しながら銃弾をばら撒く戦法に変えた。それは、相手をけん制すると同時に射撃位置が変わることを意味した。ツ・バキは常に変化し続ける攻撃に対する防御、三方にいる敵への警戒、そしてこれを打破するための攻撃を同時に処理しなければならなくなる。
 周囲を飛び交う弾丸を横目に、ツ・バキは数十の符をばら撒いた。
 彼女の周囲を舞い、宙にとどまるこれらは、攻撃を跳ね返す彼女の盾だ。
 この程度ならば防げる。相手の持久力が途切れるのを待って、そのとき攻撃に転じればいいと考えたのだろう。
 そう読んで、アルクラントはふっと笑った。
「はたしていつまでそうしてこもっていられるかな? これが私の全力と思うのは間違いだ。私はまだ本当の力を見せていない。
 五月雨撃ち……無数の弾丸を撃ち放つ技術だが。私はこれを行っている。そしてさらにペトラ、シルフィアの盾、武器を用いて跳弾させているのだ。彼女たちはただああしてあそこに立っているわけではないのだよ。一度弾けば終わりという攻撃ではないのだ。
 しかも私はさらに小型飛空艇の2倍までのスピードなら出せる。はたしてきみにこのスピードから繰り出される攻撃が追えるかな? もちろん跳弾によって威力は下がるが、きみの動きを止めるにはなお都合がいいわけだ!
 さあ、その脅威に目をみは――うわべしっ」

 ――――あっ。


 びたん! という擬音が超似合う体勢でもののみごとにすっ転んだアルクラントに、全員があっけにとられた一瞬だった。
 一体何につまずいたんだ? 空気か? 空気につまずいたのか? アルクラント!

「ふ。ミスだと思ったかい?」
 だれも口がきけなくなっているなかで、額をさすりさすりむくっとアルクラントが身を起こす。そしてツッコミが入るより先に言葉をつなぎ、話を強引に進めた。これぞ言ったもん勝ち!
「私は希望を繋ぐ者、素敵探索者!
 ホープの魂はそう簡単には死なない!」
 立ち上がり、銃をかまえた瞬間、アルクラントの姿がブレた。加速薬がさらなる速度を生む。そしてその速さで再びさらなる銃弾がばら撒かれた。
「私の放った弾丸。それは全て……跳弾により散らばり……
 最終的に一点に集中する!!」
 宣言が終わると同時に、ツ・バキの結界は破れた。無数の銃弾が1点を攻撃し続けた結果、符を貫いた1発が背中の中央に被弾する。その勢いで符の結界から押し出されるように前へよろめいたツ・バキは、2歩と歩かぬうちにその場にくずおれた。
「……この場は私達の勝ちだ」


「やったねマスター! 僕、信じてたよ! マスターならきっとやり遂げるって!」
 ぴょんぴょん飛び跳ねて全力で喜ぶペトラを見て、口元をほころばせるアルクラントとシルフィア。しかし次の瞬間、その面がぎくりとこわばった。
 いつの間に現れたのか、黒い法術服をまとった男が部屋の中央に立っている。威圧げで、重厚な気を漂わせたその黒髪の男がただならぬ者であるのはだれの目にもあきらかだった。
 にらまれたわけではない。殺気も、敵意も発散していないのに、畏怖に心がすくむ。
「みごとだった」
 男はつぶやくと、足元に倒れているツ・バキを抱き起こした。
「これが試合であれば、褒美を与えてやるのだろうが……あいにくと、これはまだ役目を終えていない。それが終わってからならおまえたちに払い下げてやろう。――指1本でも残っていればの話だが」
 男は蜃気楼のようにその場から消える。けれど、気を飲まれたアルクラントやセルマたちは、しばらくその場から動くこともままならなかった。