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リアクション
――ああ、邪魔だ。
何やら話しているナオシ達を見て、クク・ノ・チは苛立っていた。
本来であれば今頃はオオワタツミの出現により混乱した民を纏める先導者としていなければならない。
――何故こいつ等は私の邪魔をするのか。邪魔をしなければ万事上手くいっていたというのに。
ところがそれを邪魔されている。今尚、邪魔されている。
それどころか多大な犠牲の上作り上げたヤタガラス達までをも消滅させられてしまった。
――憎い。ああ憎い。腹が立つ。ああ腹が立つ。
苛立ちは憎しみへと変わり、怒り、殺意へと変わる。
――ああもう面倒だ。消すか。
クク・ノ・チが印を結ぶ。邪魔者全てを、殺す為の術を放つ為。
「させるかよぉッ!」
垂が飛び掛かり、拳をクク・ノ・チ――ではなく、足元に叩きつける。
溜められたエネルギーが拳から解放され、足元の床に罅が入り、崩れる。
「ちぃッ!」
舌打ちしつつ、クク・ノ・チが飛び退く。床の破片が襲い掛かってくるが、結界の壁が阻み粉々になる。
しかし結界も限界が近づいているのか、不可視のはずの壁に罅が入るのが肉眼でもはっきり解るほどになっていた。同時に身に着けている仮面にも大きな亀裂が走る。
「よぉっし! いけぇ!」
垂が叫ぶと同時に、ナオシがクク・ノ・チに肉薄する。籠手に包まれた拳を振りかぶり、クク・ノ・チに叩きつけようとしていた。
飛び退いている動作中のクク・ノ・チがこの拳を避ける事は不可能。
(食らうと拙い――耐えきれるか!?)
罅だらけの結界の壁を目にし、クク・ノ・チが自身に問う。
(否――この私がこれしきの事、耐えられぬわけがない!)
クク・ノ・チがナオシの拳を見据える。頬に冷たい物が伝っているのを感じていた。
ナオシの拳が、不可視の結界の壁に阻まれる。
しかしナオシは結界を貫かんと拳に力を込める。対しクク・ノ・チはその拳を阻まんと全身に力が入る。
ナオシとクク・ノ・チ。互いに力を込めているのか、額に青筋が走り出す。
この拮抗状態も、やがて終わりを迎える。結果は――ナオシの拳が、弾かれた。
直後、結界が割れたガラスの様にバラバラの破片となり崩れ落ち、消失する。そして亀裂が走っていた仮面は真っ二つに割れ、地面へと落ちる。
対してナオシが腕に纏っていた籠手は崩壊し、露出した裸拳の背から折れた中手骨が皮膚を破り露出していた。これでまともに拳を放つことはできない。
「ふ……ふふふ……ふははははははははは!」
クク・ノ・チが笑う。自然と溢れ出た、歓喜の笑みであった。
「耐えきってやった! 耐えきってやったぞ! もうこれで貴様は詰みだ! 貴様の負けだ!」
「俺の、負け……だって?」
だが、ナオシの表情は口元を吊り上げ、不敵な笑みを浮かべていた。
苦痛を耐える為のやせ我慢からでも、負け惜しみからくる物でも――その笑みは敗者が浮かべる物ではなかった。
「なんだ、何がおかしい!」
その笑みに不快感を隠そうともせず、クク・ノ・チが怒鳴りつける。
「間違ってるぜバカヤロウ。俺の負け、じゃねぇ」
そう言うと、ナオシはぐいっと、クク・ノ・チに顔を寄せる。
「俺達の、勝ちだ」
直後、ナオシは横に跳んだ。
その後ろには、マルティナの拳銃の銃口がクク・ノ・チを捉えていた。
銃口を認識したクク・ノ・チが目を見開いた。直後、マルティナが引き金を引いた。
【スナイプ】によって狙われたクク・ノ・チの額に向かう弾丸を阻む壁は、もう無い。
額に穴を穿たれたクク・ノ・チは大きく仰け反り、糸が切れた人形の様に力なく崩れ落ちる。
目を見開いたまま天井を仰ぐ。その顔は何が起きたかわからないといった物だった。恐らく、死んだことすら解ってないのかもしれない。
「……やりましたか?」
マルティナが銃口を向けたまま、ナオシに問う。
「まさか、このまま起きてくるってことないよな?」
垂が倒れたまま動かないクク・ノ・チを見て呟く。
「いや」
だがその言葉を、ナオシが首を振って否定する。
「もう起き上がる事は無いだろうよ」
ナオシの言葉を肯定するかのように、周囲に居た随神たちが動きを止める。そしてほぼ同時に、その身体が消え、居た場所にただの人の形をした紙切れが残る。
「奴が死んで術が解けたんだろうよ」
そう言うと、緊張の糸が解けたのかナオシが倒れそうになる。
「ナオシさん!?」
「ちょっとどうしたのよ!?」
「お、おい! 大丈夫かよ!?」
慌ててマルティナとフレイア、垂が倒れそうになるナオシを支える。
「あー畜生、一発コノヤロウぶん殴ってやるつもりだったんだけどな」
そう言ってナオシが骨の突き出た拳を見る。そしてそのまま動かなくなったクク・ノ・チへと視線を向ける。
「……ま、その顔に免じて勘弁してやるか。ざまぁみろってんだ」
そう言ってニヤリと笑みを浮かべる。
「――こっちはやることはやった。後は他の奴らに任せるか」