リアクション
■終 章
オオワタツミ撃破の一報に島々が沸き返るなか、クク・ノ・チを失った肆ノ島では早くもけが人の収容と治療が始まっていた。ミツ・ハが降下するよりもひと足先に送り込まれたメ・イとリ・クスが陣頭指揮をとり、屋敷内やその近辺に潜む敗残兵の駆り出しを行う。ほとんどの外法使いや一部の法術使いは、クク・ノ・チの死亡を知った瞬間に弐の島の船にいた外法使いのように自死の道を選んだ。そして残る一部の者が、夢絶たれたことに涙しながらも捕縛される道を選択した。参ノ島で確保された暗殺者ともども、彼らによって今回の事の全容はいずれあきらかにされるだろう。屋敷において、ある一定以上の位についていた者も手続き上拘束されたが、何の罪もなければ咎められることはないはずだ。
そして、神器の回収と再設置が考え得る限り最も迅速に行われたおかげで、ヒノ・コとツク・ヨ・ミは橋が架かると同時にその場にいたコントラクターの手によって、リングから解放されていた。ただし、完全に無事というわけにもいかなかったようで、長時間2人で肆ノ島を覆う結界を張り続けた結果、ヒノ・コは立ち上がれないほど激しく衰弱しており、ツク・ヨ・ミともどもそのまま伍ノ島の病院へ運ばれた。肆ノ島の病院はすでにどれも満員で受け入れられなかったから、ということもあるが、第一の理由は大罪人であるヒノ・コの身の安全のためである。
翌日、あらためてコントラクターを代表して陣と切が見舞いに病院へ行ったが、2人はヒノ・コと会うことはできなかった。ここへ収容されたとみせかけて、実はヒノ・コは領主の館へすでに収監されていたのだ。そして移送中、ヒノ・コを診たという医師から、あることを聞かされたのだった……。
●伍ノ島 領主の館−西のはなれ−
「よおジィさん。元気か?」
陣は明るい声を務めてヒノ・コの部屋へ入っていった。
ヒノ・コは1人掛けソファから立ち上がって歓迎するように手を広げる。
「やあ。こんにちは。きみ1人?」
「ワイもおるよ」
陣の後ろからひょこっと切が顔を出した。
「その声は……、ああ、あのとき声をかけてくれてたのはきみだったんだねぇ」
ヒノ・コはうれしそうに目を細めて、2人をソファの方へ誘導した。そして2人のため、お茶の手配をする。
「2人とも、冷たいのでよかった? お湯はもらえないんだ。というか、もらえるけどどれもぬるくてね、まずいんだよねぇ」
「あー、ワイはそれで結構です」
「俺も」
「そう。よかった」
にこにこ笑って2人の前に腰掛ける。その動きはとても衰弱している人には見えなかった。むしろ、積年の苦しみからようやく解放されたせいか、とても若々しく見える。
「本当はティエンのやつも来たがったんだけど、あんま、大勢で病人のとこへ押しかけるのも問題だと思ったんで」
「そう」
そしてお茶が届くのを待って、おもむろに切が切り出した。
「じいさん、魔女じゃなくなったんだって?」
ヒノ・コの容体を質問した際、医者はためらいがちにそれを教えてくれた。それを、ヒノ・コは「うん」と、絶えない笑顔でにこにこ笑って肯定する。
その様子があまりに今までどおりすぎて。どこも変わっているところが見つからないせいで、もしかしたらもう1つのことは知らされてないのかもしれない、と切と陣は口元へ運んだカップで隠した視線で互いを見合い、うなずき合う。
だとすれば、自分たちからは口にするまい、と。
「それで……どうすんだ? これから」
「ん? そうだねぇ。キ・サカはこのまま監禁してたいみたいだけど、ある筋が、地上へ降りてはどうかって提案してくれてね。「一緒に」って誘われたこともあるし、そうしようかな、と思ってるとこだよ。なにより娘夫婦が乗り気でね。
だってホラ、生き物って死を悟ると生まれ故郷とか懐かしい思い出の場所へ帰りたがるって言うじゃない。だからわたしも、まだ体が動くうちにそうしようかなぁと思ってねぇ」
ついさっき、黙っていようと決めたことをまたもあっさり本人に口にされ、2人は口を開いたまま何も言えなくなってしまったのだった。
※ ※ ※
陣や切が訪問していることも知らず、ツク・ヨ・ミは2人と入れ違いに中庭へと向かっていた。ひさしぶりに花壇の花たちに水をやろうと思ったのだ。ここを逃げ出す前はツク・ヨ・ミの日課で、母親と2人、庭の花々に欠かさず手を入れていた。
軟禁されている身ではほかにすることもない、というのもあるが、彼女は植物を育てるのが好きだった。
いつものように作業小屋へ寄ってホースを引っ張り出す際に、少し考えて、草むしり用の道具と麦わら帽子を持ち出す。
「きっと雑草いっぱい生えちゃってるわね」
今から楽しみと鼻歌をふんふんいわせながら建物の角を曲がって中庭へ入ると、先客の姿があった。
逆光になっていて、真っ黒い影としか分からない。
でも、もしかして……?
「ナ・ムチ?」
問いかけるようなツク・ヨ・ミの呼びかけに、影の主が振り返る。光の加減で一瞬見えた横顔は、やっぱりナ・ムチだった。
「ナ・ムチ。来ていたの」
笑顔で駆け寄り自然と伸ばした歓迎の手を、次の瞬間ハッとあることを思い出してツク・ヨ・ミはあわてて引っ込めた。
そうだ、ナ・ムチはわたしのこと、憎んでるんだった。
「ごめんなさいっ。わたし、どうしてあなたにそんなに嫌われたのか知らないけど……でも、あの、ごめんなさいっ!」
「……憎んでなんかいません」
ナ・ムチは無表情にそう答えると、背中に隠された彼女の手を引っ張って出し、そっと、謝罪するように甲に唇で触れた。
「あなたを憎みたかった」
いくら望んでも、絶対に手に入らないものだから。
それくらいならいっそ、憎んでいるのだと信じたかった。
「ナ・ムチ?」
暗く陰った瞳と声に鬱々とした何かを感じて、ツク・ヨ・ミは不思議そうに手を伸ばす。前髪に触れかけた指先をそれとなく避けると、ナ・ムチはさりげなく一歩後ろへ後退した。
「これをヒノ・コに渡してください」
ポケットから出して差し出した、それは起動キーだった。
「これ……」
「もう使用済みですが」
これをいざマフツノカガミに差し込むとき、ナ・ムチはどうして自分はあんなにもこだわっていたのかと思った。こんなこと、だれがやったっていいじゃないか。それを、むきになって、絶対に祖母でなくてはいけないとか思ったりして。
「ヒノ・コに渡してください。きっと、それで彼には分かるでしょうから」
ツク・ヨ・ミは意味が分からなかったが、受け取ってスカートのポケットへ入れる。
「地上へ降りるんですね」
「ええ。お母さまたちもすごく行きたがってるし、おじいちゃんのためにもその方がいいって言われたの。向こうなら監視されなくてすむから」
「そうですね」
「なんだか拍子抜けしちゃった。絶対反対されると思ったんだけど……キ・サカがね、行きなさいって言ってくれたの。オオワタツミがいなくなったからかしら?」
くすっと笑う。明るい表情に、ナ・ムチが裏から手を回したということに気づいている様子はなかった。
それが確認できて、もう用はなくなった。
これで最後だ。
もう二度と、彼女と会うことはない。
「それでね、ウァールがイルギス村で住まないかって――」
「ツク・ヨ・ミ」
「……はい?」
「一度だけ、抱き締めてもいいですか……?」
それはツク・ヨ・ミが見たことのないナ・ムチだった。
拒絶されると思っていて、それに耐えようとしているような……。
思わず見入ってしまって、無言で立っていると、ふわりと背中に両手が回って、やさしい力で抱き寄せられた。
彼女が嫌ならいつでも抜け出せるような力で、そっと両手でつくったかごのなかで包み込むように抱き締めてくる。
そして耳元で、小さくささやかれた。
「さようなら、ツク・ヨ・ミ」
ナ・ムチはそのまま彼女のいる庭から立ち去って、決して振り返ることはなかった。
翌朝。
小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)と
コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)は、まだ太陽が完全に昇りきらないうちから壱ノ島のホテルをチェックアウトした。
片手におそろいの旅行カバン、もう片方の手は互いにつないで、2人は朝日を受けてキラキラと白金色に輝く雲間をまぶしく見ながら、港へと続く緩やかな坂道をゆっくりと下っていく。この光景を見たかったのだった。雲海などに邪魔されない、どこまでも続く雲間……。
「いろいろ大変なこともあったけど、楽しかったね!」
「うん。また来よう。今度は3人で」
「うんっ」
うなずきあう2人の後ろでは、蒼空へと架かった橋が朝日を浴びて美しく光り輝いていた。
『【蒼空に架ける橋】第5話「蒼空に架ける橋」 了』
当シナリオにご参加いただきまして、ありがとうございました。
このシナリオをもちまして【蒼空に架ける橋】キャンペーンは終了となります。
が。
後日譚的なシナリオをこのあと公開する予定となっておりますので、よければもう少しおつきあい願えたらと思います。
それではここから、執筆担当マスターのコメントとなります。
【高久高久GM】
基本的に大体高久のせい。
※この度は皆様御参加頂きありがとうございました。
途中何度もリアルに色々とあり、多くの人に迷惑をかけてしまいました。
何度も途中で担当を降りようか、と思う事もありましたがどうにか続ける事が出来ました。
最後の最後までご迷惑をおかけした寺岡志乃GM、運営様、そしてそんな中でも参加していただいたプレイヤーの皆様のおかげです。
最後までお付き合い頂きありがとうございました。
【寺岡志乃GM】
基本的に大体高久のせい(笑)
こんにちは、またははじめまして、寺岡です。
当シナリオにご参加いただきまして、ありがとうございました。
本編5本、番外編2本(1本はこれからなのですが)の7本という、このキャンペーンがこれまでわたしが書いたもので最長編連載(大げさ)でした。
書き上げた今、何もかもが真っ白状態です。
とにかく完走できた、よかった、というのがわたしが今最大に感じているものです。
とはいえ、浮遊島群には愛着があり、またこれからがあの地の新たなはじまりなのだなと思うと、「これから」が書けないのがさみしくもあり……。
――は。いえいえ、まだもう1本あるのでした! まだしんみりするのは早いですねっ。
引き続き「後日譚」の方もよろしくお願いいたします。
※10/02 一部文言の修正を行いました。