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【蒼空に架ける橋】後日譚 明日へとつながる希望

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【蒼空に架ける橋】後日譚 明日へとつながる希望
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●参ノ島


三笠 のぞみ(みかさ・のぞみ)ミカ・ヴォルテール(みか・う゛ぉるてーる)ロビン・ジジュ(ろびん・じじゅ)それに小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)ベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)は、前の旅行の際に購入した浮遊島群の衣装を着て華やかに装い、参ノ島でも有数の貴族の館で開かれているパーティーに参加していた。
 祭りは全島で開催され、パーティーはほとんどの家でオープンに行われていて出入り自由なのは変わらないが、島に明るくない彼女たちはどこへ行けばいいかさっぱりだったのだ。
 どこへ行ってもいい、というのはこういうとき、困ってしまう。
「いろんなとこはしごして回るのもいいけど、どうせなら一番いいパーティーに行きたいよね!」
 のぞみの提案で、彼らはまず参ノ島太守ミツ・ハの館を訪ねた。
「パーティーといってもやっぱりピンからキリまであるのねん。なかには旅行者には刺激が強すぎて危険な場所もあるから、アタシのとこへ来たのは正解なのねん」
 ミツ・ハは彼らの訪問を歓迎し、そしてちょうど自分も行くところだったパーティーへ快く彼らを一緒に連れて行ってくれたのだった。
 太守の傍系にあたる人物の館であるため、オープンとはいっても一般市民には敷居が高い。客たちはすべて参ノ島の貴族だ。全員仮装し、仮面をつけて談笑していても、街の一般的な野外パーティーとは雰囲気がまるで違っている。
「すごいね、美羽」
「うん……」
 シャンデリアの光がまばゆい豪勢なホールに案内されて、美羽たちはその豪華さに目を奪われ、見とれたが、もともとが地球のお嬢さまであるのぞみにはこういった場は慣れたものだった。
「まずこの館の主人にあいさつして、それから食事にしよう」
「あ、うん」
 提案してくるのぞみに、コハクがうなずく。
 のぞみはひょいと彼の後ろを覗き込むようにして、美羽と目を合わせた。
「人混みとか料理のにおいとか、大丈夫?」
 それは、道中美羽が妊娠していると聞かされたからだ。心配そうに見てくるのぞみに、美羽は感謝の表情でうなずく。
「うん。今は大丈夫」
「そう。もし駄目そうなら、遠慮しないで言ってね」
「ありがとう」
 ううん、と首を振って、のぞみは空いたテーブル席へ美羽を連れて行くと「ここで待ってて」と言って、パーティーの主催者らしき人物を捜すためにフロアへ出た。
「だれか分かるのか?」
 ミカの質問に、のぞみは首を振る。
「さあ。でも、きっとミツ・ハさんが近くにいるから分かると思う。分からなかったら訊けばいいし」
 ミツ・ハは捜すまでもなく、すぐに見つかった。あれほどの美貌を持つ美女は2人とおらず、周囲には早くも彼女を慕う男たちの取り巻く円ができている。ミツ・ハは慣れているのか、そういった熱のこもった視線は完全にシャットアウトして、小柄な中年の夫婦と会話をしていた。
 おそらくあれがこの館の主人だろう。
「行こ」
 ミカとロビンを連れて、そちらへ向かう。
 颯爽と歩くのぞみの動きにあわせて、白のマオカラーシャツの上に着た明るい緑の前合わせのワンピースドレスがふわりと風をはらんで揺れた。ボタンやホックを使用せずに帯や紐で留めるという、浮遊島群特有の古めかしい古代大和風のドレスだ。しかし広がった袖口や重ねに朱を配するなど、華やかで洗練された現代風にアレンジされたデザインは、女性の動きを知り尽くしたデザイナーによって計算されたもので、のぞみのちょっとした動きにも敏感に反応して、とても自然に、とても優雅なラインを描く。
 見た目にも軽やかで、それでいて印象深い、その流れるような美しいドレスが人混みに消えるまで見送って、ベアトリーチェは美羽へと向き直る。
 美羽はおとなしくイスに腰かけたまま、コハクに差し出された水の入ったグラスを受け取っていた。
「大丈夫ですか? 美羽さん」
「もうベアまで。そんなに心配しなくても、妊娠は病気じゃないんだからね。ただちょっと、疲れやすいだけだよ」
 笑って、グラスに口をつけて中の水を飲もうとする。
 寸前、手の動きが止まった。
 グラスの中をのぞき込んだまま、何か考えこんでいる様子で、心ここにあらずというような目をしている。そしてすぐ、締まりのない顔で幸せそうにへらっと笑った。
「何です?」
「あ、ううん。べつに……。
 ただ、ここは浮遊島群で、また来れたんだなあ、と思ったら、いろいろ思い出しちゃって」
 意味ありげな目でコハクを見上げる。含むところのある言葉や視線から、その意味するところが伝わったのか、コハクの顔が瞬時にボッと赤く染まった。
「み、美羽、それは……またあとにしようよ……」
 ごにょごにょと。
 コハクの反応に美羽は笑っているが、しかし浮遊島群へ来るのは今回が初めてのベアトリーチェにはピンとくるものがない。
「何かあったんですか?」
「んー。いつ妊娠したのかなあ? って計算してみたら、前の旅行のときなのは間違いなくて」
 だって婚前旅行のつもりで2人きりだったから、たくさんたくさんエッチしたし。
「たぶん、オオワタツミの本拠地を落とした夜、参ノ島で1泊したときじゃないかな、って――」
 あの夜、数千年に渡る恐怖の対象だったオオワタツミがついに退治されたことで、みんな、だれも彼もが狂ったように興奮しきっていた。生死をかけた戦いの直後の興奮もあって、浮かれて、はしゃいで、泣き笑って、大騒ぎして。美羽やコハクも周囲の興奮の渦に巻き込まれ、笑って、笑って、天にも昇る心地のままホテルの部屋へ戻り、互いにもつれ合うようにベッドへ飛び込んだ。そして冷めやらぬ情熱に身を任せ、朝まで何度も……。
「あんなに激しかったんだから、間違いなくあの夜にでき――」
「わっ……わーーーーっ!! みみみみみ美羽、そ、それ以上は!!」
 赤く熱を持った両ほおに手をあて、当時のことをうっとり思い出しながらベアトリーチェに話す美羽に、コハクはあたふたと止めに入った。落ち着きなく両手を振って、わたわたしている自分にはたと気づき、こほ、と空咳をして少し落ち着きを取り戻す。
「美羽、そういうことは簡単に口しちゃ駄目だよ。夫婦間のことは、プライベートなことだから」
 いくら相手が気が置けない友人のベアトリーチェだからといっても、やっぱり寝室でのことは2人きりの秘密だ。
「……うん。分かった。ごめんね、コハク」
 素直に謝る美羽と夫として注意するコハクの姿に、だんだんと2人の間に表れ始めた夫婦のかたちを見て、ベアトリーチェはほほ笑ましい思いで笑む。
 それはベアトリーチェの望んだことでもあった。
 でもやっぱり、2人にはもう少し、自分の知る美羽とコハクであってほしい。だから。
「じゃあおふたりの赤ちゃんは、この島で美羽さんのおなかに宿ったんですね」
 にこにこ笑って言うと、案の定、コハクはますます真っ赤になって何も言えなくなり、美羽は対照的に明るい笑顔で「うん!」と肯定した。
「あらぁ、赤ちゃん?」
 脇からそんな声がして、ミツ・ハが現れる。ベアトリーチェは彼女に場を譲るように、横に一歩身をずらした。
「ミツ・ハさん、もういいんですか?」
「あいさつはひととおり終わったのねん。今、馬車を回してもらってるとこなのねん」
「もう帰られるんです?」
 来たばかりなのに、との意を含んだ残念そうな言葉に、ミツ・ハは「仕事が残ってるから」と答え、パーティーバッグをテーブルに置き、美羽を覗き込んだ。
「アナタ、赤ちゃんがいるの?」
「はい!」
 うれしそうに答える美羽に、満足そうにうなずく。
「そう。よかったわねん。おめでとう」
「ミツ・ハさんはどうですか? 島も平和になったことだし、ミツ・ハさん、こんなにきれいで男の人にもあんなにもてるんだから、そろそろ結婚とか?」
 結婚して最高に幸せな女性は、まず間違いなく独身女性に結婚をすすめてくる。美羽もまた例外なくその1人のようだ。
 いかにも興味津々顔で訊いてこられて、ミツ・ハはプッと吹き出すと、イスにかけて高く足を組んだ。
「そうねえ。ま、太守として、いずれはしないといけないでしょうねん。でも、まだまだ優先しないといけないことが山のようにあるから、まずはそれらを片づけてからねん。
 それより、聞かせてほしいのねん。今、どんな気持ち?」
 馬車の準備が整うまでの短い時間、ミツ・ハは美羽やコハクたちとの歓談を楽しみ、そして館へ帰って行った。


 美羽たちがミツ・ハと話しているころ、のぞみはあいさつを終えて、ミカをダンスに誘っていた。
「俺とか?」
 ミカは思わず口走ったが、のぞみはなぜミカがそんな反応をするのか分かっていない顔で見返している。ミカは視線を彼女の後ろのロビンへと移し、ロビンも特に何の反応も見せていないのを確認すると、ふっと息をついた。
「しゃあねーな。この2年でどれだけダンスがうまくなったか、見せてもらおうか」
 手を差し出し、のぞみをフロアの空いた場所へ誘導する。そしてそのまま、流れるように音楽に乗って踊り始めた。
「まるで2年前はヘタだったみたいに言わないでよ」
「おや、そう聞こえたか? 俺は上達したかって意味で言ったんだが」
「そう取れるように言ったくせに」
 腕を伸ばし切ってのターン。男性の支えが一番弱まるときにも、のぞみの体がぐらつくことはない。
 戻ってきたのぞみの動きを止めず、再び両手で支えたミカは、スムーズに次のステップへと移行する。相変わらず卒なく、完璧なリードだ。パートナーの女性を無視してフロアの位置どりにばかり意識を集中するようなことは決してしない。
「次の曲はロビンと踊ってやるんだろ?」
「? もちろんそのつもりだけど、どうして?」
「いや、それならいい」
 というか、それでもやっぱり最初のダンスはロビンとだろう、と思ってミカはロビンの方に視線を走らせた。ロビンはだれか適当な女性をダンスに誘うでもなく、フロアで踊っているミカとのぞみを見ている。やはり嫉妬だとか、うらやましがっている様子はなかった。
 どうせ、2人が自分の贈ったリングをしてくれてうれしいとか、そんなことを考えてぼーっとしているに違いない。ロビンをちらちら盗み見て、ダンスに誘ってほしそうにしている周囲の女の子たちには気づいてないようだ。
 だがロビンの方はともかく、女の子たちがロビンを放っておかなそうな雰囲気だった。思い切って声をかけようか、という素振りを見せだしている。そんなことになれば、ますます面倒なことになりそうだ。
「ロビン、代われ」
 ダンスの途中、ロビンの前まで移動したミカは、突然そんなことを言ってのぞみから手を放した。
「え!?」
「えっ?」
 2人同時に驚きの声を発するが、ミカは無視してフロアから出るとすれ違いざまロビンの肩をたたいた。
「あとは任せた」
 目くばせをして、さっさとドリンク・テーブルの方へ向かう。フロアに戻る気はなさそうだ。
 ロビンはわけが分からなかった。しかしこのままのぞみを1人にするわけにはいかない。
「もう、ミカってば!!」
 音楽の途中でフロアに女の子を置き去りにするなどマナー違反だと憤慨しているのぞみの元へ行き、正面に立つ。
「僕じゃあミカの代わりにはならないと思うけど……」
 ダンスは習ったから一応踊れるが、ミカ程の腕前はない。
 恐縮しているロビンにのぞみは首を振った。
「さっきのミカに比べたら、踊れないサルの方がまだマシよ。
 あ、ロビンのことじゃないからね? ロビンはちゃんと踊れるもの」
「うん」
 ロビンはうなずき、のぞみの手をとると音楽のタイミングを図ってフロアへすべり出た。
 踊りながら、また気をつかわせてる、と思った。
(気をつかわせてるというか、まだ自分は頼りにならないのかな……)
 滅入りかけたが、さっきのミカの言葉と視線を思い出し、いや、そうじゃない、逆に許されたんだ、と思い直す。
 そして、シャンデリアの明かりを浴びたのぞみを見つめて、今着ている民族衣装は似合ってるし新鮮でいいと思うけど、花飾りは次には青薔薇を用意しよう、と思った。
「立派にやれてるじゃん」
 踊る2人を見ながら、ミカは感心を口にする。
 2年前、のぞみやその幼馴染みたちと一緒にこんな感じの仮面舞踏会へ参加したことがあった。あのときと比べ、周囲の人々も増えてにぎやかになり、そのせいで少しずつ、自分とのぞみの関係も変化してきた。一番はやっぱりロビンの登場だろう。
 2人が互いをどう思い合っているのかは知っている。いずれ、のぞみの一番近くにいるのは自分じゃなくなるだろうけど、それは前々から分かり切っていたことだ。だからこれからも、相棒として支え合っていくことに変わりはない。
「……つーか、一方的に面倒ばっか見てらんねー」
 苦笑し、グラスワイン片手にベランダへ移動した。ホールの気温に慣れた身に、外気は少し冷たく清々しい。外はもう夕暮れが迫っており、夕焼けに染まった空に一番星が白く浮かんでいる。
 柵にもたれ、その光景を楽しんでいると、やがてのぞみたちが彼を捜してやってきた。
「見つけた、ミカ! さっきのあれはどういうことよ!」
 腰に手をあて、しかりつけてくるのぞみに、「悪い悪い」と全然悪びれた様子もなく、口先だけの謝罪を返す。
 のぞみの後ろについたロビンが、分かっているという表情をして見てきており、ミカは彼と視線で会話をした。
「もうっ。今度あんなことしたら、二度とミカとは踊らないんだからねっ!」
「肝に銘じておきます」
 そう返しながらも、二度とはないにしてもきっと回数は減っていくだろうと思う。
 のぞみは言うことを言って満足したのか、これで終わりというようにがらりと態度を一変させ、ミカのとなりに並んで同じように空気にほてったほおをあて始める。そして、風に乗ってかすかに聞こえてくる、街の喧騒に耳をすませた。
 今、島じゅうが祭りに沸き返っている。それはこの島だけでなく、浮遊島群全島で起きていることで、島の民全員が祝っているのだ。
 浮遊島群の新しいはじまりを。
 目の前に開かれた未来の訪れを歓迎し、祝っている。
 こうしてその歴史の一場面に立ち合い、ともに祝えることが、なんだか誇らしかった。
「あー、リーさんたちにも会いたかったなあ」
 柵を掴んでいた手をめいっぱい伸ばして背筋を伸ばす。のぞみのその言葉を聞いて、ロビンが言った。
「行きますか?」
「えっ?」
「彼らがどこの会場にいるか、ミツ・ハさんから聞いてます。御者に言えば連れてってくれるそうですよ」
「本当!? 行く行くっ!」
 迷わず応じるのぞみに、くすりとミカが笑う。
 それから3人は美羽たちの元へ戻ると彼女たちを誘って、リーたちがいるというパーティー会場へ向かったのだった。