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第三章 散策

 
「べ、別にわらわはそなたなんぞと仲良くする気なぞないのじゃ!」
「あっ」
 和やかに進んでいるお茶会の会場の一角で、声が上がる。劉霏朗(りう・ふぇいらん)は言葉をテーブルに叩き付けると、立ち上がって一目散に駆けだした。
 同じ新入生達が戸惑って顔を見合わせている中、続いて立ち上がったのは彼女のパートナーである水明華(すぃ・みんふぁ)だった。
「申し訳ありません。わたくし、探してきますわ。許してくださいね、霏朗様も本心からあんな事を仰ったのではありませんわ」
 明華は霏朗の跡を小走りで追った。どうやら全速力で逃げてしまったらしい。会場の人ごみに紛れてたちまち姿は見えなくなってしまう。きっとお茶会の会場にはいたたまれなくなって、どこか目立たないところで一人で膝でも抱えているに違いない。
 中庭の会場を抜けて、教会前の噴水まで走ったところでもう一度辺りを見回す。人もまばらになったものの、土地勘がない自分には、何処に隠れたのか見当もつかない。
「失礼ですが、私と同じような顔立ちの女の子を見ませんでしたか? 丁度体型も私と同じくらいで……地球人の」
「え? 私?」
 女の子だらけの会場が居心地悪く、ぶらぶら散策していたクー・シュビュレ(くー・しゅびゅれ)は、自分より年下の小さな少女に話しかけられて、一瞬目を丸くしたが、すぐに、
「まぁ、いいけどさ。でもどうして」
 クーは先ほどまで辿ってきた道を戻りながら、明華に説明を受ける。何となく事情が飲み込めた。要はいじっぱりで素直になれないわけだ。それなら探して貰いにそう遠くへは行かないだろう。そういえば隠れられそうなところがあったなぁ、と思い出し、庭の隅っこの木陰を覗く。案の定、膝を抱えて唇をかみしめる女の子がいた。
「こんなところでぶらぶらしてるならお茶会に出たら?」

 お茶会のこともあり、学校で雇っているメイド達は、せわしなく立ち働いている。そのなかにこっそりと、イルミンスールの雪・碑翠(ゆき・ひすい)が混じっていた。忙しいのかメイドの誰も自分には気付いていないようだ。目的は百合園の環境設備の把握。非常事態──何かが百合園で起きたとき、自分が安全な場所で静観できるようにというとてもメイドというより家政婦らしい動機からだ。
 今日は授業がない。お茶会に参加したり、部活動をする生徒くらいしか廊下を行き交わないので非常に静かだ。時には新入生らしい女生徒が通ることもあるが、あちらには自分のことが分からないだろう。
 校舎を散策していた日向真紀(ひゅうが・まき)は、お気に入りの場所を見付けるべく静かなところを目指して歩いていたが、同じような風景の連続に若干迷い気味だった。だからメイドさんであるところの碑翠に声をかけた。
「すみません、この辺りは何処に当たるのでしょう」
 入学時に貰った校内見取り図を示す。
 碑翠はどきりとしたが、表情には微塵も出さず、全て心得ているような笑顔で案内を始めた。とはいえ口で教えることは出来ない。多分こっちだろうという目標になる場所が見つかるのではないか、という希望的観測と共に丁寧さとおしとやかさを装ってゆっくり歩き始める。
 何度か角を曲がって中庭に面した廊下に出る。そこからはお茶会の会場が見渡せた。地図と見比べて場所を確定しようとしたとき、背後からくぐもった声が聞こえた。正確には扉に遮られたような悲鳴だ。
 放っておくことはできないだろう。おそるおそる扉を開けた先に、組み合っている二人の女性の姿があった。教材の準備室か何かとして使っているのだろうか、色々な道具が並んだ棚の先で、いかにも大人しそうな可愛らしげな少女を、抱きすくめ、体をまさぐっているピンクの長い髪の女性の姿がある。こちらに背を向けているので気付いていないようだ。
「だって……アナタのコトが好きになっちゃったんだもん……大丈夫、とっても気持ちよくしてアゲ……」
 少女は首を振って振りほどこうとする。その目が、入り口に棒立ちになっている二人と合った。
「メ、メイドさんは家政婦と違いますから、見たり見なかったり……」
 自分より年上の女性の姿に安心したのだろう。少女は渾身の力で相手を突き飛ばし、言いかけた碑翠の言葉を聞いていないように後ろに隠れる。
「う、ううっ……今日入学したばかりで、学校のこと分からないから案内してくれって。先に入っていったから後を追ったら……」
 涙を目にためた少女はそこまで言うと口元を押さえ、弾かれたように二人の合間を駆け抜け、廊下の先に消えていった。
「あ〜あ、失敗しちゃった」
 ピンクの髪の女性──神月摩耶(こうづき・まや)は唇をとがらせた。大きな胸に、色欲が滲み出る視線。その髪がまるで触手のように見えて、──二人は、再び、扉を閉じた。


 とは言え、何もトラブルばかりが起こっていたわけではない。
 新堂真琴(しんどう・まこと)マリア・シルヴァンウッド(まりあ・しるう゛ぁんうっど)と共に、校内をのんびり見学していた。真琴は高校の、マリアは短大に通うつもりだった。
 当初は中庭で部活紹介を眺めていたものの、吹奏楽や弦楽や華道に茶道に日本舞踊、といった百合園が得意としている優雅な部活ばかりだったので、目的と違った。これはパラミタ人単体で入学できる百合園が、日本の伝統、特に大和撫子の思想をパラミタ人に浸透させてきているのに由来するのだろう。
「空手部、空手部っと」
 部活動案内のパンフレットをぱらぱらめくりながら、道場を目指す。なかったら自分で作ろうと思っていたが、部活一覧にはしっかり載っていた。薙刀部とか他の武術系の部活もあるので、校内には板敷きと畳敷きの道場があるらしい。そこでなら部活が見学できるはずだ。
「あって良かったわね。ずっと前から空手やってきたんでしょ? パラミタに来てできないなんて寂しいもんね」
 施設を見て回っていた御国桜(みくに・さくら)も、丁度道場の前を通り過ぎたところだった。
「桜ちゃん、部活している人がいますよ」
 パートナーの白雪命(しらゆき・みこと)が開いていた入り口を指さす。
 パラミタ校だから簡単な武術か──とも思ったが、結構部活動は本格的なようだ。掛け声にも気合いが入っていて、スポーツというより武道だった。とても普段は清楚なお嬢様だとは思えない。特に柔道部は畑違いの目から見ても、日本の全国大会でもいい線にいけるのではないかと思えた。


 誘われて来たはいいものの。
 エニア・ガルガンディア(えにあ・がるがんでぃあ) はため息をついた。お茶会の会場を抜け出し、人気のない道を選んでぶらぶら歩く。人の気配がする度に物陰に身を潜め、仲が良さそうに笑っていたり、手を繋いだりしている女生徒達を見ながらもう一度ため息。人も、話すのも苦手だった。あの輪の中に入ってみたいという気持ちはあるけど。
 華舞雫(はなまい・しずく)もまた、パートナーも置いて敷地を散策していた。実家が金持ちだからって、華やかな空気に慣れ親しんでいる訳じゃない。裏手の木陰に腰を下ろして一息つく。ここなら笑顔を無理して作る必要はなかったから。