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海の家を守れ!

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海の家を守れ!

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(1)前日準備

 海開きの日の前日。
 クラリスの海の家の前には、ちょっとした人だかりができていた。
 彼女が村に来ていた旅人や観光客に事情を話し、海の家建て直し作戦に興味を示した者たちが準備のために集まっていたのだ。また、エリオットもイルミンスールの学生の協力者を得て村に戻ってきていた。
「なるほど、なるほど、これはたしかに古い、いや風情のあるお店ですな」
 ミヒャエル・ゲルデラー博士(みひゃえる・げるでらー)が、目の前の海の家を見上げながらつぶやいた。
 ミヒャエルはくるりと振り向いてクラリスに向かって質問を投げる。
「ところでクラリス、君は今回店舗を改善するにあたり、どのようなコンセプトを考えておりますかな?」
「……え、ううーん?」
 クラリスは急に言われてもなんと答えればいいのやら、首を傾げていた。
「ミヒャエル、急にコンセプトと言われてすぐに出せる人は少ないでしょう。クラリスさん、何となくでいいのです、たとえば今流行っているような、きれいなお店にしたいとか、もっと奇抜にしたいとか、イメージがあれば教えてください」
 そういってアマーリエ・ホーエンハイム(あまーりえ・ほーえんはいむ)はクラリスの方をみた。
「そうねえ……お客さんたちが落ち着ける店、でしょうか?」
 なんとなく、といった感じでクラリスが口にした。
「だったら、和風のお店がいいんじゃないかしら!」
 近くにいたクラーク 波音(くらーく・はのん)がひらめいたように言った。
「なるほど、和風の質素なイメージはこの建物を生かすにはぴったりですな。風鈴や、かき氷など、涼しさを感じさせるアイテムもいろいろ使えますしね」
 ミヒャエルはなるほど、と納得していた。
「お客さんにくつろいでもらうなら、お店で楽しめる何かがあればいいと思うな。漫画喫茶みたいに自由に本を読めるのはどうかな?」
 というのは、七尾 蒼也(ななお・そうや)の案である。
「おもしろいですが、本はどうしますか?」
 アマーリエがたずねた。
「うん、学校の生徒から、いらない漫画や本をもらってこようと思う」
 それなら本を買わずにすむというわけだ。
 和風でくつろげる漫画喫茶風の店、イメージはだいたいこんな感じになった。
 そのあと、料理などのメニューを考えたり、必要なものを考えたりしたあと、各自で準備を進めることになった。

「じゃあ急いで学校に戻って本をもらってこよう」
 蒼也がペルディータ・マイナ(ぺるでぃーた・まいな)に言う。
「はい! ……でもやっぱりフラダンスも捨てがたかったですね」
 初めて蒼也と一緒に冒険に来ることができた彼女は張り切ってフラダンスショーを提案したのだが、参加希望者がほとんどいなかったので今回は無しということになっていた。
 彼女は一人でも実行する気みたいだったが、蒼也が一人ならいいといってあわてて止めさせていた。ペルディータはその行為が蒼也の過保護さから来ているのだと感じていたようであったが、実際のところは少し違っていた。
 彼女は人間らしく振る舞おうといつも努めていたが……やっぱり完全に同じにはなれないもので、簡単に言うと、歌や踊りの類はそんなに得意でない。
 しかし真意を知ることのない彼女はそれでも蒼也と一緒に行動できるだけで嬉しいらしく、とくに不満はないようだった。
 二人は急いで学校へと戻っていった。

「接客希望の方は、こちらへ。わたくしはジュリエット・デスリンク(じゅりえっと・ですりんく)。教育係を担当させていただきますわ」
 改装中の店の脇で、端整な顔立ちの彼女が意味ありげな笑みを浮かべた。
「あまり時間がありませんので、一番大事な『悪質クレーマー対応』についてシミュレーション形式で覚えていただきます」
 彼女はそう言って、傍らにいたジュスティーヌ・デスリンク(じゅすてぃーぬ・ですりんく)の方を向く。
「みなさんに罵詈雑言を浴びせるわけにはいかないからね……まず彼女がクレーマーの私に対して『悪い例』として行動します」
 ジュスティーヌはジュリエットにむかってお辞儀して挨拶した。
「い、いらっしゃいませ……」
 今にも消え入りそうな小さな声だ。
「ぜんぜん聞こえないわ、もっとはっきり言いなさい!」
 ジュリエットが一喝した。
「ごめんなさい、ごめんなさい!」
「あんた謝りすぎ、相手はつけ込もうとしているのよ……その程度で立ちすくんでどうするの? 涙目になってるわよ」
「うう……」
 かろうじて泣いていない、ギリギリ我慢しているが、浴びせられる言葉の数々は相当きつい。
 数分このような調子で寸劇がつづいてようやくジュスティーヌは解放された。
「……と、このような点に注意して対応することが大事なのですね……あら?」
 あまりの迫真の演技に、店員たちはいつの間にか姿を消していた。

 いっぽう海の家の店内では、四十川 麗星夜(あいかわ・いぶ)やクラーク 波音、アンナ・アシュボード(あんな・あしゅぼーど)たちがクラリスと一緒に店の飾り付けをしていた。
「なんだか外が静かになってしまいましたねえ」
 看板に「うみの家」と楷書で書いていたアンナが顔を上げて、辺りを見回した。
「食材や飾りを探しに行った人もいるだろうし、どこかでご飯を食べているのかもね」
 宣伝ポスターを描いていた麗星夜が言った。
「……よし、こんな感じかな。明日みんなと協力して配ろうっと」
 麗星夜は仕上げた沢山のポスターをみて満足そうだ。
「そっちはどう?」
「順調だよ、みんなで掃除したから下準備が早く済んだしね」
 波音はアンナと一緒に店内に和風の飾り付けをしていた。風鈴やちゃぶ台、座布団など、日本人にはなじみがあるが、この村では珍しい装飾である。お客にも新鮮なものに映るだろう。
「店内は素敵な感じですね。あとは中身のサービスや料理などを私たちが頑張らないといけませんね」
 クラリスが生まれ変わった店内をみて嬉しそうに言った。

 海の家から少し離れた磯辺では、レイディス・アルフェイン(れいでぃす・あるふぇいん)たちが食材を探していた。
「ほんとに、きれいな海だなあ」
 ゴーグルをつけて潜ると水がきれいなため、周りがはっきりと見える。目の前を魚が群れを作って泳いでいくのがみえた。
 レイディスはモリで魚をついて集めたり、貝を捕ったりして地上へ戻ってきた。
「おお、大漁だね!」
 同じく食材を集めていたフィッツ・ビンゲン(ふぃっつ・びんげん)が、レイディスの籠をみて喜んだ。
「自分は向こうの崖の方で海藻を集めてきました」
 ルーザス・シュヴァンツ(るーざす・しゅばんつ)はヴァルキリーの能力を生かして危険な場所にある食材を集めることにしていた。
「うん、ありがとう、じゃあみんな一カ所に集めて……」
「どうするのですか?」
 フィッツの指示にルーザスが疑問を持った。
「食料はたくさんあった方がいいからね、火術で干物にするんだ」

 関貫 円(かんぬき・まどか)は釣りで魚を調達していたが、人一倍眠たがりのため、釣りの最中もうつらうつら、と眠気と戦っていた。
 そのとき、ボン! と背後で何かが爆発するような音がして、急に現実世界へ引き戻される。
「ど、どうしましたか!」
 円はあわてて戻ると集められた海藻や魚の山が黒こげになっていた。
「あちゃー、失敗か」
 フィッツは困ったように笑うしかなかった。
 幸い、時間はまだたっぷりあったので、円たちと協力して夕方には同じくらいの食材を集めることができた。
「うーん、これだけあれば十分ですね……ふぁ」
 円が言ったが、すでに彼女は相当眠かったようで、海の家に着いたとたんに近くの椅子で寝てしまった。
「おやおや、風邪をひいてしまいますよ」
 ルーザスは仕方なさそうに、彼女にそっと毛布をかけておいた。

 明日はいよいよ、海開きの日だ。
 生まれ変わった海の家は、果たして受け入れられるのだろうか……。