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リアクション
第3章 血煙舞う食堂(1)
「へえ、クッキー作ってきたんですか」
通常は配膳コーナーとして使われているカウンター近くを陣取って食事をしている神野 永太(じんの・えいた)に、レジーヌ・ベルナディス(れじーぬ・べるなでぃす)は説明する。
「はい、そのお……やっぱり心を込めたものじゃないと、失礼だと思うので……」
「でも、せっかく作っても、知らん奴に獲られちゃうかもしれないんですよ? そういう気持ちは、本当に大切な人ができた時のために大事にしておいたほうが良いです」
めちゃくちゃ良い台詞を、永太は口一杯に食べ物を詰め込みながら言う。初めて話しかけた時からずっとこの調子で、おかげでレジーヌは、いつもよりも気楽に男性との会話を楽しむことができていた。ちなみに彼のパートナーである燦式鎮護機 ザイエンデ(さんしきちんごき・ざいえんで)は、隣のテーブルでおばさんのカレーをおたまで飲んでいたりする。鍋ごと。
「そ、それでも良いんです……。確かに、少し悲しいけど……気持ちを込めていれば、きっと、その人にも伝わると思うから……」
「優しいのですね、レジーヌさんは」
グレープシードルに口を付けていた藤原 優梨子(ふじわら・ゆりこ)が目を細める。
「その相手が永太だったら、おいしく食べてあげられたんですけど。残念ですねえ、興味あったなあ、クッキーの味」
皿の中身を片端から平らげながら言われても、あまり説得力はない。
「あら? 食べるということは、彼女にマラソンさせるということですよ? でなくても、女性同士のキスになります。紳士なら、自分のプレゼントだけを渡すべきじゃありませんか?」
「あ、良い、良いんです。ワタシ……あっ!」
そこでレジーヌは、会場に目的の人物を見つけた。2人に会釈して、テーブルを離れる。
「ああああの、すみません!」
後ろから声をかけられ、17番の一ツ橋 森次(ひとつばし・もりつぐ)は振り向いた。眼前には、教導団の制帽を目深に被った少女が立っていた。ゼッケンは、1番。
「あれ、もしかしてキミ……」
「はい、あの、えっと……」
口ごもって顔を見せない少女に、森次は言った。
「――場所、変えよっか」
人気のない廊下に移動したものの、森次は困っていた。少女からは害意も戦意も感じられず、どうにも士気が上がらない。攻撃を仕掛けてプレゼントを奪うのは簡単そうだったが、あとで悔やんでのたうちまわりそうで、気が進まなかった。
「で、どうしよっか。戦う? 悪いけど、キミにかけてる時間はあんまり無いんだ。ボクには、他に目的があって」
教導団員のようだし戦えないことはないだろうと思い、森次は訊く。
「いえっあのっ、ワタシ、今日は戦う気はなくて、その……人と、お話するのが苦手なので、少しでも、頑張ろうかと思って……参加したんです」
『男性と』というところを『人と』に置き換えてレジーヌは言った。
「それで、良かったら……あの、これ、もらって欲しいんですけど……」
赤のポーチから取り出したのは、両手におさまるくらいの袋だった。リボンでラッピングされていて、何やら甘い香りがする。
「クッキーです。朝、早起きして作ったので……おなか壊したりとかは、しないと思います……」
差し出されて、森次の目は点になった。
一拍おいて。
「え、ええええええ!?」
のけぞった。
「て、手作り!?」
「はい……あの、ご迷惑でなければ……」
「迷惑なわけないよ! え、ていうか、これ、ホントにボクがもらっていいの!?」
レジーヌは、激しく何度も頷いた。
「誰かのために作ったものを……ワタシが食べるのは……寂しいですから……」
「え、でも……」
森次は、我に返って自分の胸ポケットに手をやった。ここには、目の前の少女ではない別の女性に渡したい品物が入っている。
「ワタシはマラソンでかまいません……マラソンがしたいです! 教導団員に、体力はいくらあっても足りないということはありませんから! だから……あの……受け取ってください!」
最後に顔を上げて、レジーヌは言った。青く、強い瞳を持つ少女だった。
「……うん、ありがとう。ゴメンね」
絆創膏を巻いた指で早速袋を開け、1つ食べる。
口の中に、暖かいものが広がった。
「相手が見つかったみたいですね。まあ、あの男なら、彼女の気持ちをムゲにするようなことはしないでしょう」
「まさに合コンですね。こうしたことをきっかけに、血を吸い合える関係になるというのもいいものです」
この後のレジーヌ達のやりとりなど知りようもない永太と優梨子は、微笑ましげに話し合う。
「吸血鬼のカップルって、そうなんですか?」
「他がどうかは知りませんけど、私は好きな方の血を存分に啜ってみたいですね。――永太さん、試しに私と付き合ってみますか?」
笑顔の中に何か妖艶なものを感じ取り、それまで呑気に会話をしていた永太の口の動きが一瞬止まる。
「……遠慮しておきます」
「あら、ふられてしまいましたね」
笑みを全く曇らせることなく、優梨子は言う。
「ところで、優梨子さんはお相手を探しに行かなくていいんですか? 開始直後から、ずっとここに居ますけど。飯も大して食ってないし」
皿の上に骨を放り、永太は次のローストチキンに手を伸ばす。チキンの周りには、サラダやホットケーキなどが置かれている。
「私も、あなたと同じですよ」
2人はそれぞれ、対戦相手が攻撃してくるのを待っていた。相手が料理に被害を与え、おばさんに銃撃されるのを狙っているのだ。おばさんの恐ろしさはシャンバランの件で確認済である。
無尽蔵のような胃に食事を詰め込んでいる永太だが、攻撃された時にテーブルの上が空にならないように、きちんと考えて食べている。一緒に銃撃されないよう、おばさんと親しくなっておくことも忘れない。
ちなみにザイエンデは、麻婆豆腐をおたまで飲んでいたりする。鍋ごと。
「あ、やっぱり? でも、お互いに巻き込むのはやめましょうね」
再び皿の上に骨を放り、次のローストチキンに手を伸ばす。そして、無事フラグが立ったところで――
永太は、黒い布に包まれた。
「!?」
11番のウォーレン・アルベルタ(うぉーれん・あるべるた)が、チキンを取る一瞬を狙って纏っていたブラックコートを投げつけたのだ。すかさず近付いて、永太に足払いをかける。
だが、永太もただでは転ばなかった。倒れる時に、ブラックコートの隙間から確認できたテーブルクロスを一気に引っ張る。コートに隠れて、おばさんから手は見えていないだろう。大丈夫。
料理と皿、ガラスのコップが落ちるけたたましい音が響くのと、身体の上にウォーレンの体重が掛かるのは同時だった。腕を押さえ込まれ、コートを剥がれる。
「なにしてくれてんだい!」
直後、おばさんの怒鳴り声と銃を構えるがちゃりという音。
どうでもいいが、これはおばさん達で取り決められたかけ声か何かなのだろうか。
「わああああああ!」
ウォーレンの悲鳴と、激しい銃撃音。
身体が軽くなり、しめたと思った時。
複数の銃弾が、肉体を貫いた。
「ぐっ……嘘だろ!?」
痛みを捻じ伏せて立ち上がる。おばさんにばれたか。それとも、対戦中の事故は連帯責任になるのか。それなら、ザイエンデも危ない。
「ザイン!」
鍋の前に、彼女の姿はない。銃撃を避け、隠れ身を発動させて床全体に視線を走らせる。逃げ惑うウォーレンの足に、散乱した料理、機関銃の銃口――
視界が塞がれる。
「危ない!」
ザイエンデの声と銃撃音が重なり――
静寂が訪れた。遠くの方ではまだ物騒な音が聞こえていたが、ここまで届く心配はないようだ。
「私に仇なす一切衆生の存在は……許しません」
機体のあちこちに罅を作ったザイエンデが、おばさんにタックルした。
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