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【2020春のオリエンテーリング】準備キャンプinバデス台地

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【2020春のオリエンテーリング】準備キャンプinバデス台地

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第四章 天を焦がす炎


 天の恵みを受けて光輝くバデス台地とは正反対に、下りるほどに闇が深さを増していく暗黒洞窟。
洞窟班の一部が目的地である地下四階へとようやく到達しようとしていた。
イルミンスール魔法学校のモンクである如月 玲奈(きさらぎ・れいな)は狭かった通路を抜けて広場へ出た。
「よし、一番乗り。いくよ、光術」
照明機器によって一部だけしか目視できなかった洞窟が、玲奈の操る光によって照らしだされた。
パートナーのブレイク・クォーツ(ぶれいく・くぉーつ)はその光景に思わず声を上げた。
「おぉ、これが地図にあった地底湖ですね」
目の前には黒々とした水をたたえた巨大な湖が大きく口を開けていた。
「目的地にたどり着いたということであろうな」
空京大学のウィザードの夜薙 綾香(やなぎ・あやか)はそう言ってブレイクの隣に並ぶと、さらに辺りを照らすべく光術のスキルを使った。
「さて、準備しよっと。このために暗黒洞窟まで来たんだもんね」」
そう言って玲奈は、背負っていた身体よりも大きいサイズのリュックサックから剣や槍を取り出して地面に突き立て始めた。
「玲奈、何をしているんです?」
彼女の意図を量りかねたブレイクが質問を問いかけた。
玲奈は答えずに背中を向け、仮面舞踏会で付けるような金色のマスクを顔に付けた。
「フハハ。よくぞ、この大洞窟まで来たな。だが、お前らの運命もここまでだ。この暗黒洞窟のボス、マスク・ド・レイナの剣にかかるがよい」
玲奈の突然の小芝居に綾香もブレイクも呆れるしかなかった。
「もう、キミたちノリが悪いなぁ」
不満そうな玲奈だが、そのノリへ悪ノリするのが一人だけいた。
「おのれ、マスク・ド・レイナ。この世界を闇には変えさせないぞ、あたしの爪を受けてみろ」
綾香のパートナーであるエト・セトラ(えと・せとら)だ。
「シャンバラの勇者エト、やはり貴様か。決着をつけてやる」
「それはこちらのセリフだ、マスク・ド・レイナ」
ブレイクは二人の子供っぽさに、もはやため息しか出なかった。
「くだらない、あまりにも子供っぽ過ぎます……」
制止も聞かずにチャンバラごっこをエスカレートさせた玲奈とエトを無視して、綾香は本来の目的であるマッピングを始めた。
「本格的にやるには測量の機器が必要だな」
綾香は地底湖を観察し、マッピングに余念がなかった。
明日のための正確な資料を作ることがオリエンテーリングの安全のためだと自覚している綾香は、雑音も耳に入らず黙々と地底湖周辺を歩いて観察し続けた。

数分後、ようやく洞窟ボスごっこに飽きた玲奈とエトは座り込んで休んでいた。
「汗かいちゃった。そうだ、泳ごうよ。だって洞窟制覇の記念だもんね」
エトはそう言って立ち上がると、湖に向かって駆け出した。
「あー、私も行く行く」
どこまで本気なのか、玲奈も後を追っていく。
「待ってください、玲奈。そうやってまた後先考えずに行動して、いつも失敗してるじゃないですか」
玲奈もエトも、ブレイクの忠告などにはまったく耳を貸さない。
大急ぎで服を脱ごうとしていたエトだが気配に気づいて顔を上げると、
「ね、マスク・ド・レイナ。何か物音がしない?」
エトは頭に生えている白虎の耳をピクンと反応させ、物音がした方へ超感覚を発動させた。
「何か聞こえた?」
玲奈もエトが反応している方向へと顔を向けた。
すると湖の水の中から白く淡い光がぼうっと浮かび、一匹の光る魚が湖面へと跳ねた。
飛び出した一匹に続き、次々と仲間の魚が数十匹も跳ねて湖面で光のダンスを舞い始めた。
「光る魚だ」
「キレイ」
見とれる玲奈とエト。
「これが噂に聞いていた地底湖の発光魚ですね」
警戒してブロードソードを構えたブレイクも、剣を下してその光景に見入った。
「みんな、すぐに湖から離れるんだ!」
離れた位置にいた綾香が突然叫んだ。
意味がわからない三人に向かって、綾香はファイアストームの魔法詠唱を始めた。
「ちょっと、キミ!」
玲奈の言葉が終わらないうちに、水中から2メートル近くある大型トカゲ・ダークリザードが油断していた三人に襲いかかった。
「伏せてください!」
ブレイクは玲奈とエトを守るために、身を呈して覆いかぶさった。
三人の頭上をファイアストームの炎が通過し、ダークリザードの身体を焼いた。
しかし、ダークリザードはすぐに身体を水中に潜り込ませたためにダメージはほとんどくらっていない。
「よくもやってくれたわね」
玲奈はすかさず戦闘体制に入ると光学迷彩のスキルを使って姿を消した。
ブレイクはエトと駆けつけた綾香で三角形に陣を組んで、ダークリザードの第二攻撃に備えた。
「来るわよ!」
エトは攻撃の気配を察知して知らせた。
ダークリザードは水面から飛び出すと、尻尾を振って攻撃を仕掛けてきた。
ブレイクはブロードソードでその尻尾を受け止めた。
「チャンス」
姿を消していた玲奈がジャンプして体重を乗せた一撃をダークリザードに浴びせた。
「か、かたーい……」
ダメージは与えたものの、玲奈はあまりの硬さに打ちこんだ拳を手でさすった。
「動きは鈍そうだが、ずいぶんと硬いようだな」
綾香の分析にブレイクは頷いた。
「動きを止めて火炎系の魔法を入れたいところですが、洞窟内じゃそうもいかないようですね」

 対処しかねていたブレイクたちに、背後から声がかかった。
「どうやらお困りのようじゃのう」
追いついてきた後続の洞窟班であるグラン、涼、オウガ、アーガスの部隊だった。
「ずいぶん遅かったですね」
ブレイクは微笑みながらも得意の皮肉は忘れていなかった。
「悪い、悪い。要するに足止めすればいいんだろ」
涼はアーミーショットガンを構えて、ダークリザードの足の指を狙い打って動きを止めた。
「グラン殿、たまにはコンビネーションと参ろう!」
「よかろう。では、いくぞ」
グランとアーガスはドラゴンアーツを発動し、コンビネーションのダブルパンチでダークリザードを下からかち上げた。
しかし、大きさのあるダークリザードは一気には持ち上がらない。
「どうした、爺さん?」
涼は苦戦しているグランをわざと挑発した。

「誰が爺さんじゃぁ!」

怒りでグランのパワーが一瞬増し、ダークリザードを見事仰向けにひっくり返した。
「うむ、グラン殿の怒りも使いようでござるな」
オウガは腹部を見せて倒れたダークリザードを指差した。
「僕の前から消えろ!」
ブレイクの剣戟につづいて、玲奈、エトがダークリザードへと打撃による連続攻撃を叩きこんだ。
「とどめだ」
綾香は断末魔の呻きを上げるダークリザードへとファイアストームを放ち、身体を焼きつくした。
「やったね」
玲奈は応援に来てくれたグランや涼たちへハイタッチして喜びを表した。
「終わったようじゃな。では、帰るとするかのう」
グランの掛け声に洞窟班のメンバーが頷いた。

 調査を終えた地底湖から引き揚げていく洞窟班。
しかし、彼らを岩陰からずっと見張っている者たちがいた。
洞窟班のメンバーが完全に姿を消して物音が消えると、地底湖の畔へと一匹、二匹と次々にゴブリンたちが闇の中から姿を現した。
それぞれが両手に火薬の詰まった樽を抱えて、リーダー格らしいゴブリンは洞窟の図面を広げて指示を出し始めた。
夜目の利く彼らは全てを闇の中で行い、誰もこの陰謀に気づく者はいなかった。



 明日のオリエンテーリングを成功させようと活動するキャンプのメンバーたちの思いとは裏腹に、何者かの悪意が確実に暗躍しつつあった。
その掴みきれない敵の正体へと一番に迫っていたのが、南方ルートを進んでいたパトロールB班だ。
狼煙を見つけて調査に入ったパトロールB班は、湿地帯を抜けた平原で狼煙の周辺にいるゴブリンの小隊を発見していた。
拙攻を避けて作戦会議を開く間、ゴブリンたちの見張りに残ったのは蒼空学園セイバーの神崎 優(かんざき・ゆう)と、パートナーである水無月 零(みなずき・れい)神代 聖夜(かみしろ・せいや)だ。
「聖夜、聞きとれそうか?」
優はゴブリンたちの中心にいる黒衣の男を指差して尋ねたが、聖夜は首を振った。
「ダメだ、はっきり聞き取れない」
獣人で銀狼の生き残りである聖夜が超感覚を発動して耳に全神経を集中しても、黒衣の男の言葉はわずかしかわからなかった。
「平原……集結させろ……明日は血の……わかったのはそれだけだ」
「それだけじゃ何が目的かはっきりしないわ」
零が横から口をはさんだ。
「そうだな。しかし、よからぬことを企んでいるのは間違いないだろう」
優は見張りを続けつつ、メンバーたちが戻るのを待った。

「優、まずいぞ。こっちに一匹来る」
聖夜は警告を発したが、下手に動いてはゴブリンの小隊に囲まれてしまう危険があった。
「どうしよう?」
不安そうな顔を向ける零へ、優は自分の後ろへ回るように指示した。
「聖夜、気付かれる前に一撃で仕留めるぞ」
攻撃範囲へ入ったゴブリンへと、優は抜き放ったバスタードソードで斬りかかった。
瞬時に上半身だけ獣へと変化させた聖夜も遅れずにアタックをかける。
「何!」
仕留めたと思った優は驚きを隠せなかった。
二人がかりの攻撃で大きなダメージは与えたものの、わずかに身をかばったゴブリンを絶命に至らせるまでにはいかなかったのだ。
「こいつ、かなり訓練を受けている」
聖夜が止めを刺す前に、ゴブリンは辺り一帯に響き渡る笛を鳴らした。
「気付かれたわ」
戦闘になると悟った零は、すかさず優と聖夜にパワーブレスの祝福を与えた。
零を守るように戦闘態勢を変えた優たちを、あっという間に十数匹のゴブリンが取り囲む。
「心配するな、すぐに応援が来る」
一匹一匹のレベルも高いが、集団戦闘の訓練を受けたゴブリンたちに隙はなかった。
優と聖夜へ次々と波状攻撃を仕掛けてきた。
「聖夜、陣形を崩すなよ」
「わかってる、零には指一本触れさせない」
零は盾となって耐える二人に、ヒールで回復を与え続けた。
「護りたい。掛け替えのない人達を……ヒールよ、力を与えたまえ」

 消耗戦を続ける三人はじりじりと追いつめられていた。
板斧を構えたゴブリンがジャンプして優たちを飛び越えて、零へと狙いをつけた。
「しまった」
前方からの矢を払っていた優の反応が一瞬遅れた。
ゴブリンの斧が零に迫ったその時、

「みんなの味方、ウルトラニャンコ参上!!チェスト!!」

 そう言って横から飛び出してきた娘子がゴブリンを蹴り落とした。
「娘子さん!」
「みんなも来てるニャ」
娘子は零にニッコリと微笑みかけた。
「悪い、待たせた!」
駆けつけた樹はそう言うと、ヒロイックアサルトを発動してゴブリンたちの前に立った。
「こたもいるれす」
樹の足もとから顔を出したコタローが零に微笑んだ。。
「樹様、左はお任せください」
「樹ちゃん、僕は右ね」
追いついたジーナと章もすかさず戦闘態勢に入って、樹のサイドを固めた。
「油断するなよ。たるんだ身体を鍛えなおすつもりで戦え!」
「わかってるれす」
「お任せください」
「僕が全部退治しちゃうよ」
勢ぞろいした林田家御一行の結束は強かった。
樹が先頭に立ってゴブリンたちの陣形を切り崩すと、ジーナ、章、コタローが浮足立ったゴブリンに連続攻撃を加えていった。
「春美を忘れてませんこと」
上空からは春美がファイアストームを放ち、樹たちを援護射撃した。

 数的優位がなくなり逃亡を始めたゴブリンたちには、回り込んでいたレィディスたちが立ちふさがった。
「大人しく捕まれ……と言っても無駄だな」
レィディスは突っ込んできたゴブリンの首をバスタードソードから放ったアルティマトーゥレの氷の刃で刎ね落とした。
「そうこなくてはですよ、レィディス」
ダライアスは赤黒い刃に染まった光条兵器の大剣でゴブリンたちを次々に容赦なく屠った。
加勢を得たことで戦局は完全に一変した。
優や聖夜も反撃に転じて、次々とゴブリンたちを倒していった。
「そうだ、あの黒衣の男は?」
優は周囲を見回したが、すでに黒衣の男の姿はなかった。
「奴なら、鳳明たちが追っている」
レィディスは剣を納めながら優に答えた。



 後を追った鳳明、悠希、歩だが、黒衣の男は巧みに立木や岩陰に身を隠しながら逃亡を続けていた。
「もうチョコチョコと」
苛立つ鳳明に、悠希が挟み打ちを提案した。
「あなたはそのままで。ボクと歩様が回り込みます」
「まかせて、鳳明さん」
悠希と歩はそれぞれ左右に散り、三方から黒衣の男を追いつめていった。
「やった、行き止まりだ」
黒衣の男は崖の手前で舌打ちすると、諦めて立ち止まった。
「逃がしません」
悠希は黒衣の男へと刀を突き付けた。
「はっはっは、それで追いつめたつもりか?」
黒衣の男は少しも慌てずに言い放った。
「強がっているのも今のうちだけよ」
ロングスピアを構えて一歩詰め寄った鳳明だが、黒衣の男はすこしもたじろがない。
それどころかフードの下から見える口元は笑みを湛えていた。
「待って、あたしが話すわ」
歩は武器も構えずに黒衣の男の前に立った。
優しい歩はこの無意味に繰り返される戦闘で誰よりも心を痛めていた。
「あたしはこんな戦いしたくないわ。何のためにこんなことするの? あなたの目的は何?」
「おやおやとんだ甘ちゃんが出てきたもんだ」
黒衣の男は憎しみを吐きだすようにそう言った。
「甘くてもいいもん。こんな憎しみ合いなんてしたくない」
強い気持ちで詰め寄った歩へ、黒衣の男は隠し持っていたナイフを突き出した。
「歩様、下がって」
間一髪、悠希が刀でナイフを叩き落とした。
「ふん、命拾いしたな。だが、お前らの運命も明日までだ」
「何を企んでるのよ?」
「はっはっは、お前らの……と言いたいところだが、この後の展開もあってネタバレになるわけにはいかんのだ。しかし、言いたい。俺の性格的には言ってしまいたい」
鳳明は黒衣の男の意外なアホぶりに、もしかしたら全部しゃべるのではないかとかまをかけてみた。
「とか言いながら知らないんじゃない?」

「なわけあるか! いいか、聞いて驚くなよ。俺様の名はクラマ、泣く子も黙るH級ダークプリーストよ」

悠希と歩はH級と言う言葉に思わず苦笑した。
「意外と階級が低いのですね」
「大変なんだぁ」
二人の同情にクラマは激高した。
「うっせぇ、言われたくねーよ。いいか、キャンプなんて楽しんでいるのも今のうちだ、明日になれば」
興奮して地団駄を踏んだクラマの足が、崖のもろい部分を踏みぬいた。
「あー!」
悠希が手を伸ばして捕まえるよりも早く、クラマは崖下に落下して姿を消した。
「大丈夫かな?」
心配する歩に、銃型HCでマップを調べた鳳明が答えた。
「たぶん生きてると思う、アホっぽいキャラだから。でも、この下の道ってシャンバラ方面に抜けられるんだよね……」
「歩様、戻って報告しましょう」
「うん……」
三人は漠然とした不安を感じつつ、今はただクラマが落下した崖下を見つめるしかできなかった。