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「お兄ちゃん! 次はあっち見たい!」
 ひらりとミニスカートを翻してパートナーのエヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)を振り返ったのはミュリエル・クロンティリス(みゅりえる・くろんてぃりす)
 数歩遅れて続くエヴァルトを促すようにぴょんぴょんと跳ねて前方をさす。
「屋台が出てるよ! ボクあれ食べたいな!」
「あ、ああ……わかったからちょっと待て……」
「もう! お兄ちゃんが遅いんだよ? そんなんじゃ迷子になっちゃうって。ねっ、ロートラウトちゃん!」
「う、うん……」
 元気な声で同意を求められて、ロートラウト・エッカート(ろーとらうと・えっかーと)は気圧されたように頷いた。
「ほら、ロートラウトも戸惑ってるだろ。はぐれるから少し落ち着けって」
 な? と納得させるように頭を撫でると、ミュリエルはその手をとるようにして組んできた。
「じゃあ、こうすればはぐれないよねっ」
「お、おいおい……」
「じゃ、じゃあボクも!」
 そう言って思い切ったようにもう片方の手へしがみついてくるロートラウトは、修道服に身を包んでいる。
 装甲を外して丈の長いその服を纏った姿は、一見かわいらしい見習いシスターだ。
 けれど服のせいなのか、性格がいつもより少しばかりおとなしくなっている。
 まるで性格が入れ替わってしまったかのようなパートナー二人に両側から抱きつかれて、エヴァルトは困ったように眉根を寄せた。
 一見強面のエヴァルトに、小柄な少女二人が抱きついているのだ。
 どう見てもラブラブな恋人同士、には見えない。それどころか妹たちを溺愛する兄、機晶姫愛好家にすら見える。
 実際周りの人々にはそう思えるのだろう、向けられる視線は生温かかったり冷やかだ。
 自分はシスコンやロリコンの類ではない、断じて違うと声にして言いたかったが二人の様子を見ていると無碍にもできない。
 格好や性格はどうあれ二人にその服は似合っていたし、かわいらしいのだ。
 結局、エヴァルトは二人の期待に満ちた目に負けて連れまわされることになるのだった。
(だが、俺は断じてロリコンではないっ!!)
 彼の叫びは、誰にも届くことはない。
「……エヴァルト様……大変ですね」
「ええ、まったくですわ……。ミュリエル様も変わってしまわれましたのね」
 困惑した様子で連れまわされているエヴァルトを遠目に見ながら、揃いの執事服とメイド服に身を包んだ安芸宮 和輝(あきみや・かずき)クレア・シルフィアミッド(くれあ・しるふぃあみっど)が呟く。
「みなさん、やはりフリーマーケット出来た服を着て変わってしまわれたのでしょうか……」
「私たちもそうですものね」
「大変ですね。早く何とかしなければ」
「……そう大変そうには見えないんですがね」
 ため息をつきながら安芸宮 稔(あきみや・みのる)がそう口にする。
 稔がそう思うのも無理はない。今の二人は服装と口調こそ違えど、行動はまるきり普段どおりなのだから。
「大変というなら、あちらの方が大変でしょうに」
 やれやれといった具合で稔が指示したのは二人の男女。
 メイド服の少女と銀髪紅眼の吸血鬼という、珍妙な取り合わせだった。
 そして聞こえてくるのは、
「だ、大好きです」
 愛の告白だった。
「もう一度?」
「大好きです!」
「主語が抜けていますな」
「……っ」
 フリマ会場という往来で、マリア・クラウディエ(まりあ・くらうでぃえ)に愛を囁かせて……もとい叫ばせているのはノイン・クロスフォード(のいん・くろすふぉーど)
 普段の気の強さは鳴りをひそめ、すっかり従順なメイドになったマリアは、意地の悪いノインの問いに一瞬ぐっと詰まる。
 正気を取り戻したか、とノインは思ったが、その読みは外れたようだ。
「ご主人様が……ノイン様が、大好きです」
 小さな声で、頬を染めながらマリアは口にする。
 ノインはそれを聞いてにこりと口角を上げた。
「よくできました」
「ありがとうございます……」
 先ほどから何度も繰り返させているそれにマリアが反抗することはなかった。
 プライドが勝って怒りだすかと思ったが、衣服にこもった魔法はよほど強いらしい。
 ノインはそっとマリアの髪を撫でながら、内心溜息をついた。
(最初こそ面白いと思ったが……これはいつものマリアでなくては張り合いがありませんな)
 どうしたものかとあたりを見回すと、自分たちと似たような状況なのであろう少女たちが騒いでいるのが見えた。
 露出度の高いコスチュームを纏った久世 沙幸(くぜ・さゆき)藍玉 美海(あいだま・みうみ)だ。
 美海の格好は通常運転だが、沙幸は明らかに服に着られてしまっているのだろう、高笑いをしながら美海に迫っている。
「ねーさまぁ? 今日という今日はお仕置きしちゃうよっ」
「きゃっ?」
「新しい服装も、おイタがすぎるところも、わたしにお仕置きされたいからなんだよね?」
 そう言ってさわさわ〜と、触れてくる手に美海は一瞬驚いたように目を見張る。
 けれど、すぐに目を細めて、なるほど、と言いたげに逃れようとする動きを止めた。
 沙幸の態度が衣服の魔法によるものだと気付いたのだ。
「……沙幸さん、甘いですわ」
 ふふふ、と笑いながら呟いて、胸元を探っていた手を掴む。
「本当のお仕置きというのは、こうするのですわよ」
 そして、不敵に笑ったまま今度は美海が手を出す。
 太ももやわき腹などきわどいところばかりに触れる手に、悪の女幹部になりきった沙幸がぴくりと跳ねる。
 けれど負けじとまた手を伸ばし、美海に『お仕置き』を仕掛けていく。
「ね、ねーさま……またそんなことして〜っ! ゆ、ゆるさないよ!」
「うふふ、積極的な沙幸さんも嫌いではありませんわ。でも、少しばかり積極的すぎますわね」
 そう言ってじゃれあうようにスキンシップをする二人から、ノインは目を逸らした。
 とりあえず、自分たちとまったく同じ状況ではないらしい。
 参考にはなりませんな、と嘆息しながら、また視線を巡らせると、鋭い叫びが聞こえてきた。
「……地味っ!!」
 私服を手にそんなふうに声を上げたのは、ウィルヘルミーナ・アイヴァンホー(うぃるへるみーな・あいばんほー)だった。
 そして傍に居た広瀬 ファイリア(ひろせ・ふぁいりあ)を振り返ると、手を合わせて困ったようにウィンクして見せた。
「ねっ、ファイリア。ちょっとだけ服貸してくれない?」
「えっ?」
「お願い! 私地味なのしか持ってなくて。もう少し可愛いのが着たいのよね」
 だめ? とかわいらしく首を傾げるウィルヘルミーナに、ファイリアはぶんぶんと首を振って破顔する。
「いえいえいえ〜、大丈夫ですよ〜♪ 喜んでお貸しするです♪」
「ホント!? よかった! じゃあ、さっそくお部屋に戻りましょ。この季節マイクロミニとかいいわよね」
 うきうきとファイリアの手を取って部屋へ戻ろうとするウィルヘルミーナに、ニアリー・ライプニッツ(にありー・らいぷにっつ)が首をかしげる。
 そしてファイリアにそっと問うた。
「……ウィル様……どうしたのですか?」
「えっ?」
「おかしくはありませんか? 普段のウィル様はそんな服を着ようとしないはずですが……」
「う、うん……でも、ファッションに目覚めたんじゃないかなぁ?」
「そうだとしてもおかしいではありませんか」
「そうかな?」
「二人して何をこそこそ話してるの?」
「えっえっ」
「……何でもありませんよ。お洋服がお似合いだと思いまして」
「そっかなー? でも、たまにはこういうのもいいわよね」
 上機嫌に微笑むウィルヘルミーナは、確かにいつもの様子とまったく違っていた。
 恥ずかしがる様子もなければ、むしろ堂々と肌も露わなキャミソール姿で闊歩している。
 言われてみればおかしいかも? と首を捻ったファイリアの携帯電話が着信を告げた。
 突然のそれに慌てて開くと、マリエルからのメールだった。
 少しの間じっと目を通していたファイリアを訝って、ニアリーが覗きこんでくる。
「これは……」
「に、ニアリーちゃんどうしよう!?」
「どうするもこうするも……魔法の服のせいならはやく何とかしなければ……」
「そっ、そうだよね〜。で、でも魔女がかけた魔法の服だよ?」
「製作者に何とかしてもらわないと、ですね」
「うん、えっと……じゃあとにかくマリエルちゃんたちのところに行こう! 一緒に魔女のところに行って魔法といてもらわなきゃ!」
「そうですね」
 ファイリアの言葉にニアリーも頷くと、ウィルヘルミーナを促してマリエルたちの元へと向かうことにした。
「……魔法の服、のせいですか……」
 いいことを聞いた、とノインがひとり頷きさてどうしようかと思案したところで、パァン、と発砲音が聞こえた。
 本物というにはだいぶ頼りないその音は、蓮見 朱里(はすみ・しゅり)が手にしたモデルガンからだった。
 すらりとした手足を手足を晒すような大胆な格好をした朱里が、苛々とした様子でマイト・オーバーウェルム(まいと・おーばーうぇるむ)に銃を向けていた。
「テメェ……マイト! とんでもねぇもんを寄越してくれたな!」
「ああ、朱里さん……。活発な君も素敵だよ」
「ぶってんじゃねぇよ気色悪ィ!」
「素直じゃないね……いつもの朱里さんはとても素直で愛らしいのに」
 ふふ、と静かに笑うマイトは、すっかり薔薇の学舎の生徒になりきってしまっている。
 銃を向ける朱里の手をいなしてそっと手をとり、挨拶のキスを送ろうと膝をついた、瞬間。
「お嬢様、はしたないです!」
 どーんっ! とマイトを突き飛ばし、アイン・ブラウ(あいん・ぶらう)が抗議した。
「そんな言葉をお使いにならないでください! あと、マイト様は破廉恥です!」
「あァ!? これのどこが悪いってんだよ」
「全部です! そんな……そんなお嬢様らしくない!」
 嘆かわしい! とばかりに顔を覆ってアインはとても上品なメイド服に身を包んでいる。
 そのせいで所作も完全に主人を案ずるメイドそのものになってしまっているらしい。
 マイトはといえば、突き飛ばされてもめげずに起き上がり、今度はアインに微笑みかけた。
「アインさんも淑やかで素敵ですね……流石機晶姫、といったところでしょうか……」
「何を仰います! マイト様とはいえお嬢様に危害を加えることは許しません!」
「危害だなんて……ご挨拶をしようとしたまでです」
「騙されませんよ!」
「ヒャッハー!! さっきの銃声は此処かァ!?」
 アインの声をかき消すようなハイテンションな声が割って入る。
 特攻服にモヒカン姿のガッシュ・エルフィード(がっしゅ・えるふぃーど)だった。
 後ろには慌てた様子でリタ・アルジェント(りた・あるじぇんと)が続いている。
「俺を差し置いて目立つなんて上等じゃねぇか!! アンタがぶっ放したのか?」
「何だお前? むかつくチビだな」
「っせーな! そっちこそちょっとガサツすぎんじゃねぇのか?」
 お互いの言葉にお互いが舌打ちし、ぎりぎりとにらみ合う。
 今にも喧嘩を始めてしまいそうな二人を、リタとアインが後ろから引き止めようとしていた。
「お嬢様! 喧嘩はいけません!」
「離せアイン! このチビハチの巣にしてやる!」
「ガッシュもだめですぅ! 怪我しちゃいますよぅ!!」
「止めるな姉貴! こんな女ごときに負ける俺じゃねぇ!」
「――ちょーっと待ちぃや!!」
 シュタッ☆っと高いところから降り立ってポーズを決めた日下部 社(くさかべ・やしろ)が、チッチッチッを人差し指を振りながら間に入ろうとする。
「争いはいかんでぇ! お天道さんが許しても俺が許さへん! 何故なら俺は!」
「引っこんでろ!」
「名乗らせぇや!」
 得意げに名乗ろうとしたところでガッシュに一喝されるが怒鳴り返し、ひとつ咳払いをして仕切り直し。
「そう! 俺は!! 雷と正義の使者・ライトニング846(やしろ)!!!」
「…………」
「…………」
 しゃきーん! と口で効果音をつけてポーズをとった社に、思わずそこに居た皆が動きを止める。
「ださいですぅ〜」
 のんびりとした声で静寂を打ち破ったのは望月 寺美(もちづき・てらみ)だった。
 けれどそんな一言にもめげることはなく、社はハハハと笑い声を上げる。
「さすが俺やな! 来ただけで場をおさめるなんてまさにヒーローや!」
「しらけただけだと思いますぅ〜」
「しかし喧嘩両成敗という言葉もあるし、せっかくだから奥義を披露しようやないか!」
「はぅ、意味がわかりません〜」
「……何をしておるのじゃ……」
 盛大なため息とともに咲夜 由宇(さくや・ゆう)が嘆く。
 先ほどから椎堂 紗月(しどう・さつき)ラスティ・フィリクス(らすてぃ・ふぃりくす)と静観していたのはいいが、あまりの光景に思わず口を挟んでしまったのだ。
「くだらない争いだねぇ……。なかなか見物だとは思うが」
「そうですね、ご主人様」
 同意を返してくる紗月を一瞥したラスティは、集団を顎でしゃくってみせた。
「紗月、混ざってきたらどうだい」
「えっ」
「その方が面白そうだろう? 主人を楽しませるのもメイドの役目だ」
「あ、は、はぁ……」
「いいや、あのような集団に混じってはいけないよ」
 そう言って三人の前に膝をついたのはマイトだ。騒ぎを抜けて、今度は三人の元へ来たらしい。
「やぁ、由宇さん。ご機嫌いかがかな?」
「離せ、触るでない」
 にべもない言い方におやおやと眉を跳ね上げ、今度はラスティへ。
 けれど同じように一蹴され、次は紗月へと視線を向けた。
「……メイドさんにご挨拶をしても?」
「え?」
「だめアル!」
 そっと紗月へ手を伸ばしたマイトから紗月を守るように、鬼崎 朔(きざき・さく)が抱きよせた。
 おまけに則天去私でマイトを吹っ飛ばしている。
「紗月は私の恋人アル! 無体は許さないアルヨ!」
 ぎゅうぎゅうと抱きよせながらマイトを威嚇する朔に、由宇やラスティがおやおやと目を見張る。
「それより紗月! こ、このチャイナ服どうアルか? 紗月の好きな桜の柄を選んでみたアル」
「あ、う、うん、か、かわいい、です……」
「きゃー! 嬉しいアルよ!」
 少しだけ赤面した紗月の褒め言葉に、朔が感極まって抱きつく。
 そんな様子を見て、テュール・グレイプニル(てゅーる・ぐれいぷにる)が目を輝かせていた。
「さっすが姉御……服が変わっても強い……。おまけに今日は大胆っす! でも素敵っすー!!」
「で、でもマイトさん大丈夫なんでしょうか……」
 マリー・デュプレシ(まりー・でゅぷれし)がその隣で殴られて吹っ飛んだマイトを案じている。
 けれどマイトはまだ懲りてないらしい。起き上がっては女性陣に向かおうとし、また朔が迎撃しようとする。
「だ、だめです! 朔さん!」
「いいぞ、やっちゃえ姉御!」
「てゅ、テュールさんも煽っちゃだめです!!」
「ええ? せっかく姉御の活躍が見れるチャンスなのに」

「――お前たち、いい加減にしろ!!」
 混乱に陥りかけている場に、恫喝が響く。保安官姿の藤原 雅人(ふじわら・まさと)の声だ。
「一般生徒もいる場所で何をしている! 学内の治安を乱すと許さんぞ!」
 一同が一瞬静まり返るが、すぐにガッシュがわめき始める。
「何だぁ、テメェ!? 俺に指図するたぁいい度胸じゃねぇか!」
「騒がしいぞ! ここで騒ぎを起こして退学にでもなりたいのか?」
「上等じゃねぇか、やれるもんならやってみな!」
「言ったな、お前たち……。俺の早撃ちをその身で味わってみるか?」
「……雅人様、ここで武器を抜いてはいけません」
 後ろからそっと忠告するローゼ・ローランド(ろーぜ・ろーらんど)を振り返り、片手を制するように広げて見せた。
「女子供は危ないから下がっていろ。こういうのは男の仕事だ」
 そして腰元のホルスターに提げた銃へと手を伸ばす。
「雅人様……」
「……何だ、この状況」
 再度ローゼが諌めようと声を上げると同時に、呆れ返ったように葉月 ショウ(はづき・しょう)が呟いた。
「ショウ! 待ってましたよぅ!」
「ああ、遅くなったな……って、何なんだこれ」
「だからぁ、服を着たらみんな変わっちゃったんですよぅ」
「はぁ……」
「何だ、お前も騒ぎに混じりに来たのか!」
「違うって。俺は連絡もらってきたんだよ。調べてたら遅くなっちまった」
「調べていた? 何をですかぁ?」
「うん? ああ、その服のことだよ」
 そう言ってショウは、その服が魔女の手によるものだということ、その魔女が住んでいる尖塔に愛美たちが向かっているということを掻い摘んで話す。
 それを聞くなり、ガッシュが居ても立ってもいられない、というように軍用バイクへとまたがった。
「魔女だか何だかしらねぇが上等だ! やってやるぜぇ!」
 ヒャッハー! と高らかに笑いながら止める間もなく行ってしまう。
「チッ、あんなチビ一人に任せてたまるかよ!」
「あっ、待ってくださいお嬢様!」
 そのあとを朱里とアインが追い、争いはいけないと社と望美が続く。
 治安を乱すな、と雅人たちも行ってしまったのを見て、やれやれとリタとショウは溜息をつく。
「俺たちも行くぞ」
「そうですねぇ……」
 小型飛空挺で追おう、と続く二人をラスティたちが見送っていると、背後から静かな声が聞こえた。
「……魔女」
 消え入りそうなその声に振り向くと、赤羽 美央(あかばね・みお)が俯き気味に立っていた。
「未央さん……?」
「魔女、……魔女のせい……。みんながおかしくなっちゃったのは魔女のせい……」
 うわごとのように呟きながらふらふらとみんなが去って行った方へと歩き出す。
「みんなを変えちゃった魔女……ふふ、許さない……」
 どうやら尖塔へ向かおうとしているらしい。
 尋常ではないその様子を見て、ラスティと由宇が顔を見合わせた。
「どうやら、童たちも行くしかないようじゃな」
「そのようだね。……行くよ、紗月」
「はい、ご主人様」
「紗月が行くならついて行くアル」
「お供しますぜ姉御!」
「わ、私も!」
 そうやって今度こそその場の騒ぎはおさまり、かわりに各々が魔女の元へ向かうのだった。

 そして、マリアを弄りながら一連の騒ぎを見ていたノインは、なるほどと頷く。
「とりあえず、服を脱がせてしまえばいいのですな」
「そのようですわね」
 すぐ傍で沙幸とじゃれ合っていた美海が、同意を示すように頷いた。
「おや、随分と余裕ですな」
「当り前ですわ。服で性格が変わったとはいえ、テクニックまでは変わっていませんもの」
 本気を出せばすぐに逆転できますわ、と微笑し、美海は沙幸に向き直った。
「とはいえ、いつもの沙幸さんでないと張り合いがありません。部屋でお仕置きの続きをしましょうか」
「やーっと素直にお仕置きされる気になった? ねーさま?」
「ええ、さぁ、行きましょう」
 にっこりと笑った美海は沙幸と連れ立って自室へと向かったようだ。
 ノインはふむ、と思案するようにマリアを眺める。戸惑ったようなマリアの視線とぶつかった。
(普段ならここできつい言葉の一つも飛んでくるのでしょうな……)
 張り合いがないという美海の言葉どおりかもしれない。結局は普段のマリアが一番なのだ。
「ど、どうかしましたか?」
「いいえ? そろそろ部屋へ戻りましょうか」
「は、はい……」
 さっさとこんな服は脱がせてしまおうとノインも部屋へ向かって歩き出すのだった。

「はー……変わっちまったのは魔女のせいかよ……」
 走りまわって乱れた息を整えながら、匿名 某(とくな・なにがし)は呟いた。
 しゃがみこみながら辺りを見回すと、和輝やクレア、はしゃいでいるミュリエルたちが見える。
「うーん、でも確かに、服が変わるだけであんなに豹変するなんておかしいもんな……」
 そうぼんやりと眺めていると、不意にがしりと制服を掴まれた。
「やっと、追い付きましたよ!」
「……げ」
 振り返った某はしまった、とでも言いたげに顔をしかめる。
 そこには同じく息を切らせた結崎 綾耶(ゆうざき・あや)が立っていた。
 ずれかけた眼鏡を直しながら、ピシッと某を指差す。
「また逃げ回って他の女の子ばかり見て! みっともないですよ!」
「ち、違うって! 女の子ばっかり見てたわけじゃねーよ! ほ、ほら! 何でみんな変わっちまったのかなって思ってさ!」
「言い訳はますますかっこ悪いですよ! 鼻の下が伸びてました!」
「違うんだって! それにこの騒ぎの原因は魔女らしいぜ! 早く何とかしなきゃ、な!?」
 未だにいぶかしげな目を向けてくる綾耶に必死に弁解しながら、某は視線を泳がせた。
 丁度よく綾耶の背後に見えた大谷地 康之(おおやち・やすゆき)に手をふって呼びよせながら、必死に笑顔をつくる。
「ほら、康之もそう思うだろ?」
「……何だかよくわからんが、ろくでもないことだろう?」
「んなわけあるか! 早くこの騒ぎを解決するために魔女を何とかしようって言ってんだよ」
「それなら同意だな。騒がしくてかなわない」
「なっ! 康之もそう言ってるだろ? 俺はちゃんと解決策を探してたんだって」
 実際は小耳にはさんだだけだが、嘘も方便だ。この冷やかな目から逃れられるなら多少の嘘も許されるだろう。
 確かに可愛らしいのだが、何というかいたたまれない。うっかり喜びそうになる自分に気付きたくなかった。
 そんな某の思いとは裏腹に、綾耶はまだ釈然としない様子だったが頷いてくれた。
「しかたありませんね……」
「よし! じゃあ、行こうすぐ行こう、なっ」
 また余計なことで怒られる前に、と某は二人を魔女の元へと促すのだった。