イルミンスール魔法学校へ

シャンバラ教導団

校長室

百合園女学院へ

作戦名BQB! 河原を清掃せよ!

リアクション公開中!

作戦名BQB! 河原を清掃せよ!
作戦名BQB! 河原を清掃せよ! 作戦名BQB! 河原を清掃せよ!

リアクション

  2.清掃 終了!


「さりげなく……会長の印象アップ……これは、うれしい」
 影野 陽太(かげの・ようた)は草むらをかき分け、スナック菓子の包装紙を拾い上げる。
 しかし、中腰になって包装紙を拾い上げたまま、陽太は動きを止める。
(こんな私利私欲にまみれた動機でボランティアに参加していいのか? これじゃあ,川は綺麗になっても俺の心は――俺の目指してる英雄――)
 陽太の頭の中に、無数の言葉が駆け巡る。
 彼の足もとには親指大の小人が、力を合わせてゴミを集めている。考えすぎな陽太にだけ見える幻覚、ではなく小人の小鞄から出てきた小人だ。親指大というサイズを利用して細かなゴミを集めている。
「大丈夫ですか?」
 神楽坂 翡翠(かぐらざか・ひすい)は俯いたまま動きを止めてしまった陽太に声をかける。全体的に黒系の服装に、後ろで束ねた長髪という出で立ちだが、汗一つかいていない。シックな色彩の服装に、白い軍手がぽかりと浮いている。
「さすがに、ごみ多いですね? あまり根を詰めると続きませんよ」
 陽太は我に返っていつもの笑みを浮かべる。
「そうですね。ゆっくりやっていこうと思います」
 そこに、別の者の声が飛び込んでくる。
「やる範囲広くねえか? これ、すげ〜疲れそうだ。多いしさ……ゴミ」
 翡翠のパートナーであるレイス・アデレイド(れいす・あでれいど)だ。文句を言いながらも、しっかりとゴミの分別をしている。水色の半袖シャツにジーンズと、動きやすい格好をしているあたり、言葉とは裏腹にかなりまじめに清掃をやるつもりであることが想像できる。
 陽太と翡翠達は、ツァンダからサトレジ川につながる小道沿いのエリアを担当している。人通りが多いせいか、確かにゴミは多い。
「文句言わないの。手を動かせば、すぐ終わるわよ」
 翡翠のもう一人のパートナーであるフォルトゥーナ・アルタディス(ふぉる・あるたでぃす)は、辺りを見回してはゴミを見つけ、翡翠達に知らせている。レイスとは対照的に、街に遊びに来たかのような格好だ。
 フォルトゥーナの指示に、文句も言わずに素早く反応する翡翠とレイス。小人の小鞄を駆使しつつ根気よくゴミを拾っていく陽太。
 彼らの手によって、小道沿いに落ちていたゴミは着実に回収されていったのだった。

 浅瀬で麦わら帽子を被った小柄な人影が揺れている。
 百合園女学院に籍を置くヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)だ。忙しくゴミを拾い上げる姿は、水辺で遊ぶ小鳥のようにも見える。
「ヴァーナーちゃーん。転ばないようにね―!」
 岸でカラス瓶を拾っていた彩祢 ひびきが声をかける。ひびきは「吸血鬼キャラを押していこうと思って」などと言って、水には入りたがらない。
 地球の伝承には、吸血鬼は流れる水を渡ることができないというものがある。もちろん、パラミタの吸血鬼全員がそのような体質ではない。
「ドーナツおいしいですもんね。仕方ないですよ」
 橘 綾音は気の毒そうにひびきを見つめる。服の上からはわからないが、ひびきのお腹周りは危険なレベルに達しているのだ。ひびきは、ミス・スウェンソンのドーナツ屋にすっかりはまってしまったのだ。
「毎日通った結果がこれだよ」
 ひびきは、かすれた声で呟き、震える。
「元気出してください」
 稲荷 白狐は三角巾に包まれたひびきの頭を優しくなでる。
「なんかわかんないけど元気出してくださーい!」
 そこにヴァーナーの陽気な声がかかる。
「へへっ! みんなの優しさが眼にしみるよ!」

 帝王の名に元に。 ゴミが圧縮されていく。
「がっはっはっは!!!!!!」
 ヴァル・ゴライオンが拳を振るうたび、まるでプレス機にかけられたかのようにゴミはその体積を減じていく。
「へぇ,大したものだ」
 ボランティアとして清掃に加わっていた支倉 遥(はせくら・はるか)は、腕組みをしてヴァルの豪快なゴミ圧縮を見物する。パラミタ猟友会に在籍する遥は、ツァンダ周辺の自然を守るために清掃に参加した。高い士気を持つ彼は、すさまじい勢いでゴミを回収し、無数のゴミ袋を積み上げた。
「分別はこれで完了だな……さて、水浴びを」
 ベアトリクス・シュヴァルツバルト(べあとりくす・しゅう゛ぁるつばると)は整然と並んだゴミ袋をどこかうっとりとしたまなざしで見つめる。ベアトリスは大きすぎるTシャツに、膝上までの黒スパッツという動きやすそうな出で立ちだ。いつでも水浴びに突入できる。たまたまそういう格好になってしまっただけで、主な目的はもちろん清掃である、というのはベアトリクス自身の弁だ。
 遥は大人なので、気付かぬふりをする優しさを持っている。
「ゴミは圧縮だァ〜!」
 ヴァルは何かに憑かれたような眼で、ゴミ袋に則天去私を叩き込んでいく。彼はイルミンスール魔法学校の生徒だが、まるでモヒカン族に憑依されたかのようである。
 何はともあれ、ゴミは多くのものの尽力によって眼に見えて片づいていく。

 蒼空学園にも、むろん養護教諭というものは存在する。いわゆる保健室の先生である。藍乃 澪(あいの・みお)も蒼空学園の養護教諭である。
 澪はパートナーのフローラ・スウィーニー(ふろーら・すうぃーにー)とともに少し遅れて清掃活動に合流した。サトレジ川に着くなり
「暑いですねぇ〜」
 といいながら着ている服を脱いでしまった。服の下には水着を着ている。どうやら自宅から服の下に水着を着てきたらしい。
「澪ねぇ、白衣だけでも着てよ!」
 フローラは、同性でも赤面せずにはいられない程に布面積の少ないビキニを着込んだ澪に、養護教諭としての仕事着でもある白衣を押しつける。
「うーん、そこまで言うなら」
 澪はすこし不満げに鼻を鳴らしながらのおとなしく白衣をはおる。
(なんだか余計マニアックな感じになっちゃった――)
「わぉ、なんだかフォトジェニックな感じですね! 一枚いいですか?」
 羽入 勇(はにゅう・いさみ)が首から提げたカメラを掲げてみせる。彼女は報道カメラマンを目指して修行中だ。
「あら、写真撮ってくれるの? こんなポーズでいいかしら」
 澪ははおった白衣をはだけてみせる。
「やれやれ、夜の保健室って感じね」
 勇のパートナーであるニセフォール・ニエプス(にせふぉーる・にえぷす)は苦笑いを浮かべる。勇はシャッターを切る。
「――夜の――保健室」
 昨日の夜を思い出したフローラは、思わず額に手を当ててよろける。
「あら、澪ちゃん貧血かしら? 昨晩は結構――」
 澪がフローラの額に触れようとしたとき、川沿いでゴミ拾いをしていた白狐が小さな声を上げる。
 見ると、彼女の白い足から真っ赤な血が一筋流れ出ている。
「割れたガラスが――」
 白狐は沈んだ調子で呟く。澄んだ水の流れで、河のそこに落ちていた鋭いガラスの破片に気づけなかったようだ。
「――こんなところにガラスを放り込むなんて」
 フローラは靴を履いたまま浅瀬に飛び込み、白狐に手を貸す。
「まぁまぁ――すぐに消毒をしましょうね」
 澪が白衣のポケットから消毒薬と包帯を取り出す。
 白衣はどこまでも白く、ポケットには愛と包帯を。養護教諭として当然のたしなみだ。
「――」
 勇はひたすらにシャッターを切る。どこかの不届き者のせいで学生が怪我をした。川付近でのポイ捨てを防ぐためのいい宣伝材料になるだろう。
 ニセフォールは、撮影に没頭する勇の姿を、本人には決して見せない言い様のない表情で見つめている。報道カメラマンは、どのような状況でも冷静に撮影を続けなければならない。その仕事を理解してくれる人々は思いの外少ない。
「フローラ、ガラスの欠けらを拾って。気をつけてね」
「了解!」
 フローラは軍手をした手で川底を探り始める。
 程なくして、大小さまざまなガラス片がフローラによって拾い上げられる。
「ありがとうございます」
「いいえぇ、困ったときはお互い様です」

 陽が高くなるにつれ、サトレジ川周辺の気温もぐんぐんと上昇している。
 そんな中、姫宮 和希(ひめみや・かずき)はいつものようにバンカラスタイルで清掃に励んでいる。
 流れ落ちる汗が実に漢らしい。
「精が出ますね」
 地元の人なのだろうか、薄茶色のレンズのが言っためがねをかけた男が、和希に声をかける。青年の片手にはスナック菓子が握られている。
「……食べます?」
 青年はスナック菓子を和希に向かって差し出す。
「遠慮しておくぜ!」
 和希は青年に向かって応えながら、背負っていた看板に地面に突き立てた。
「ゴミは持って帰ってくれよな」
 和希が地面に突き立てたのは、『ポイ捨て禁止! ゴミはきちんと持ち帰ろう!』と書かれた看板だ。
「もちろんですよ。うつくしいものは大切にしなけりゃいけませんよね」
 青年は傍らのバッグの中にスナック菓子の包装紙をしまう。いったい何が入っているのか。男の鞄はやけに大きかった。
「……」
 和希は、盗撮犯が現れるかもしれないという情報を得ている。清掃をしながら盗撮犯を警戒しているのだ。何となくうさんくさい頭の中のメモに男の風体を刻み込もうとする。しかし、不思議と男の特徴をうまくつかむことができない。
 薄茶色のめがねだけが、奇妙に和希の印象に残った。

 2020年、6月28日。午前11時45分。
「しゅうりょー!」
 ひびきが声を張り上げる。目に見える範囲で、ゴミはほとんど回収できたこと、正午近くなり気温が急上昇してきたこと、疲れが出てきたのか白狐をきっかけとして負傷者が出てきたためこの辺りで切り上げることにしたのだ。
 岸には、ヴァルの手によって圧縮された無数のゴミ袋が積み上げられている。奇妙なマーブル模様のブロックにも見える。
「やりましたね」
 綾音が自分たちの仕事の結果に何度も頷く。