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第一章 イルミンスールの森へ


「うぅ〜……朝から嫌な雨ですぅ!」
「たしかに、そのとおりじゃな。こんなときに調査を頼んでしまって、すまんのぉミリア」
 ミリア・フォレスト(みりあ・ふぉれすと)と生徒達の見送りに出てきたエリザベート・ワルプルギス(えりざべーと・わるぷるぎす)と、パートナーのアーデルハイト・ワルプルギス(あーでるはいと・わるぷるぎす)は、お揃いの傘の下から苦々しく空を仰ぎ見た。
 イルミンスール魔法学校が建つザンスカール地方は、今日も今日とて雨模様。連日の雨によって、山間の小さな集落では土砂崩れが発生する事態とまでなっていた。
「環菜みたいなお子様と違って迷信を信じるわけではないですけどぉ、池の主の失踪が関係している可能性もありえますぅ。ミリア、しっかりと調査してくるですぅ!」
「はい。わかりました〜」
 こんなときでも御神楽 環菜(みかぐら・かんな)へのライバル視を忘れないエリザベートの幼いゆえの可愛らしさに、ミリア・フォレスト(みりあ・ふぉれすと)は優しく微笑んだ。
「今回の調査に集まってくれた皆も、充分に気をつけるんじゃぞ」
 アーデルハイトの言葉に、調査のために集まった生徒達からは――
「「はい!!」」
 梅雨の憂鬱さを吹き飛ばす、頼もしい返事が返ってきた。


「みんな、ここから先は少しぬかるみが多くなるからな。気をつけろよ!」
 先頭を行くイルミンスール森の精 いるみん(いるみんすーるもりのせい・いるみん)が、振り返りつつ生徒達に注意する。
 鬱蒼と茂る暗緑の木々。枝葉を伝わり地面へと吸い込まれていく雨粒達。
 イルミンスールの森は、曇天の空よりも一層の不気味さを醸し出していた。
 しかし――
「ミリアさんは、雨の日の森ってなんか物寂しいと思わへん?」
 この場の雰囲気には到底似つかわしくない人懐っこい笑みで、日下部 社(くさかべ・やしろ)はミリアへ積極的に話しかていた。
「そうですね〜。やっぱり、木々の隙間から日差しが降り注ぐ、幻想的なイルミンスールの森のほうが好きですね〜」
「そやろ? 俺も絶対にソッチのほうがイイと思うねん!」
「ふふふ。日下部さんは、相変わらず面白いお方ですね〜」
 森に入るまではどことなく硬かったミリアの表情も、今では社につられて笑顔となっていた。
 そして――彼の笑顔はいつの間にか生徒達の緊張もほぐしていた。
「ミリアさん、お久しぶりです」
「あ、本郷さん〜お久しぶりです〜♪」
 生徒達の先頭を歩くミリアの横へ、本郷 涼介(ほんごう・りょうすけ)がやって来た。
「嫌な天気が続きますね」
「そうですね〜やっぱり、アメンボさんがいなくなっちゃたせいなんでしょうか〜? それとも、ただの偶然なんでしょうか〜?」
「う〜ん……どうでしょうね? 私の住んでいた地域なんかでは『アメンボを食べると泳ぎが上手くなる』とかいう迷信があったぐらいですからね。私にはなんとも言えませんね」
 涼介は、困ったような笑みを浮かべた。
「おい、お前らあんまりよそ見して歩いてると――」
 先頭を行くいるみんが振り返った瞬間だった。
「キャッ!?」
 ミリアが小さな悲鳴をあげ、前のめりに倒れそうになった。
 連日の雨でぬかるんでいた地面に足をとられ、バランスを崩してしまったのだ。
 しかし、ミリアの身体が地面へと倒れる数瞬の間に――
「大丈夫か?」
 周囲への警戒も兼ねて先を歩いていたレン・オズワルド(れん・おずわるど)が、雷光の如き素早さでミリアをそっと抱き上げていた。
「怪我はないか?」
「だ、大丈夫です……ありがとうござます〜」
 感謝の言葉を述べて微笑むミリア。
 だが、レンのサングラス奥の瞳は、彼女から離れなかった。
 そして――レンはそのままミリアを抱きかかえると、地面がぬかるんでいない大きな木の下まで連れて行き、その場へ座るように促した。
「足を挫いただろう」
「あの……えっと〜」
「ちょっと足を貸してみろ」
 そう言ってレンがミリアの小さな足を見ると、その足首はうっすらと赤く腫れ上がっていた。
「……大したことはなさそうだが、あまり無理をするのはよくないようだ」
「だ、大丈夫です〜。このぐらい、子供のときから森に来て何度も挫いてますから〜」
「いや、ここは一旦休むべきだ。それに――」
「それに?」
「生徒達の消耗も激しいようだ。一旦休憩を挟んだほうがいいだろう」
 たしかに、レンの言うとおり生徒達――特に、普段から森を歩きなれていないイルミンスールやジャタの森出身以外の生徒達の消耗が激しいようだった。
「そやな……ミリアさん、ここらで一旦休憩にしまへん? 実は俺、今メッチャ腹ペコなんですわ! な? ちょっと、茶でもしばきましょうや」
 社はミリアに優しく微笑みかける。
「よしっ。周りに敵はいないみたいだな」
 いち早く殺気看破で辺りを索敵し、涼介もミリアに優しく語りかける。
「ミリアさん。ここで無理してもらっては、私達がこの森から出られなくなってしまいます。どうかここは、社の言うとおり休憩してください」
 気がつけば、他の生徒達も社や涼介の提案に深く頷いていた。
 皆、ミリアのことを気遣っているのだ。
「え、えっと〜……すいまん〜。お言葉に甘えさせてもらいます〜。申し訳ありません〜」
 生徒達全員の気遣いに、ミリアも根負けしてしまったようだ。
「それじゃ、ちょっと早いけど昼飯も兼ねて、雨の中のピクニック大会や!」
 社の合図に、生徒達は和気藹々と準備をはじめたのだった。


「ふふ〜ふふふ〜ん♪」
 メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)が、鼻歌交じりに休憩の準備を整えていると――
「あの、それってもしかして『幸せの歌』ですか!?」
 咲夜 由宇(さくや・ゆう)が嬉しそうに駆け寄ってきた。
「もしよかったら伴奏……っていうか、セッションさせてもらっていいですか?」
 由宇は、防水加工されたソフトケースから一本のテレキャスターとミニアンプを取り出した。
「私『幸せの歌』が大好きなんです。だから、もしよかったらセッションさせてください!」
 少し高揚したように喋る由宇。
 そんな彼女の申し出に、メイベルは――
「もちろん、いいですよ。歌はみんなで唄えば、本当に幸せな気分になれますからね♪」
 優しい微笑みと共に頷いた。
「そ、それじゃあ……3カウントで前奏に入りますね」
「はい♪」
 
「あら〜。これは……幸せの歌ですね〜。イイ歌です〜」
 木陰に敷いたピクニックシートの上で、ミリアはメイベルと由宇の『幸せの歌に』心を癒されていた。
 そしてその隣では――
「美味い!! なんて美味さなんだ!! ミリアは料理の天才だな!」
 仲國 仁(なかくに・じん)が、別の意味で癒されていた。
「仁さん〜。お弁当はたくさんありますから、そんなに慌てなくても大丈夫ですよ〜」
「いや! 俺は、ミリアの作った料理を一瞬でも早く食べたいんだ!」
「ふふふ。仁さんは面白い人なんですね〜」
 仁がミリアの料理を必死になって食べる理由。それは――単純に彼女に良い所をアピールしたかったのだ。
 彼は、今日の朝までミリアが男性なのか女性なのかも知らなかった。名前から考えて、おそらくは女性なんだろう。と、思っていた程度だった。
 しかし――今朝。集合場所のイルミンスール魔法学校校門に立つミリアを見て、仁のハートに強力なサンダーブラストが流れ込んだ。
『か……可愛いすぎる!』
 ミリアの衝撃的な可愛さに、ロリ○ンな仁は、たったの1秒で恋に落ちてしまった。
 だが、肝心のミリアは――
「な、なぁ。ミリア……も、もしよければ俺のために毎朝手料理を――」
「あ、みなさんもたくさん食べてくださいね〜」
 完全にスルー。いや、眼中にすら入っていないようだった。
 そして……そんな彼を見て、パートナーのレビン・エクレール(れびん・えくれーる)は――
「ふん。ミリアは中國なんか、なんとも思っていないみたいよ」
 どことなく嬉しそうに口角を上げていた。
 仁の惚れっぽい性格に散々悩まされてきたレビン。会う女性会う女性に惚れる仁には、そろそろ懲りて欲しいのだが――
「いや! 俺は挫けない! 必ずミリアに毎朝手料理を振舞ってもらうぞ!」
 懲りる気は全くないようだった。

「はい、どうぞ〜。召し上がってください〜」
「あ。どうもありがと――うわぁっ、とっと!?」
 ミリアが差し出した取り皿をクレイン・キャストライト(くれいん・きゃすとらいと)は危うく落としかけてしまった。
「だ、大丈夫ですか〜?」
「な……なんとか大丈夫」
「ずいぶん、お疲れになられているみたいですね〜?」
「あぁ……実は私、まだパラミタ大陸にきてから日が浅いんだよ。だから、森を歩くのも慣れてなくってね」
 しかもアメンボ調査の依頼は、クレインのとって初めて受ける依頼だった。そのせいか、緊張して気づかれしてしまってもいたのだ。
「たしかに、この森は慣れない人にとっては歩きにくい所が多いですからね〜」
「それに、周りが知らない人ばっかりだから少し緊張しちゃって……」
「ふふふ、大丈夫ですよ〜。最初は誰でも初対面どうしです〜すぐに皆さんと仲良くなれますよ〜」
 優しく励ましてくれるミリアを見て、クレインは――
「うん、たしかに……たしかにそうだよね!」
 小さく何度も頷いて、彼女の言うことに納得したようだった。
 そして、緊張のほぐれたクレインは――
「それじゃあ、改めて。私はクレイン・キャストライト! よろしくね、ミリアさん!」
 笑顔でミリアに自分を紹介したのだった。
 
「それにしても、池の主とパラ実生って本当に関係してるのかな?」
「どうなんでしょうね〜? パラ実生の皆さんも悪い人ばかりじゃないので、私にはなんとも言えません〜」
 クレインとミリアが今回の事件について話していると――
「あ……あの、僕はパラ実生は何らかの形で事件に関与してると思います」
 影野 陽太(かげの・ようた)が話しに加わってきた。
「どうしてそう思うんだ?」
 陽太の推察に、クレインは裏づけが欲しいようだ。
 そこで、陽太は事前に調べていた情報と、それに基づく推察をクレインに語った。
「ここで目撃されたパラ実生は、事前収集した情報が正しければ、おそらくD級四天王の一人でゴブリンを操る能力に長けていると生徒だと思われます。そんな生徒がわざわざゴブリンを引き連れてくるというのは、絶対に何らかの企みがあるはずです」
「みなさんでこうしてピクニックに来ていたということはないのでしょうか〜?」
「パラ実生が目撃された日の天候は、あいにくの土砂降りです。今日の比じゃありませんでした。さすがのパラ実生でも、土砂降りの中のピクニックはありえないと思います」
「……なるほど。確かに、そういう要素を絡めると怪しく感じるね」
 クレインは陽太の推理に納得したようだった。
 しかし――
「あの……ミリアさん!」
 陽太は自分の推察が褒められたというのに、ミリアのほうを向いて顔を真っ赤にしている。
「な、なんでしょうか〜?」
「ミリアさんは、環菜会長とお知り合いなんですか? そ、そういう噂を耳にしたので」
 環菜LOVEの陽太は、正直、この事実を確かめるためだけにここへやって来たといっても過言ではなかった。
「う〜ん。環菜さんとは何度かお話しさせてもらっていますよ〜? 私の作った特製アイスも美味しいとおっしゃってくれましたし〜。それに今回の件に関しては、アメンボに纏わる伝承を環菜さんから聞いたのがはじまりなんですよ〜」
「はぁ……環菜会長、博識すぎる!」
 陽太は、他人から環菜の話しを聞けただけで幸せだった。
「よ、よしっ決めたぞ! ミリアさん。もしもこの事件を解決できたら、環菜会長にアイスをお土産として買って行きます!」
「ありがとうございます〜。是非、お店にいらしてくださいね〜♪」
 この後、陽太は環菜が食べきれないほどのミリア特製アイスを買って帰るのだが――それはまた、別のお話し。

「ミリアさん!! 私、実は悩み事があるんですぅ!」
「は、はい、なんでしょうか〜?」
 ミリア達のもとへ今度は神代 明日香(かみしろ・あすか)が、小さな見た目には似つかわしくない物難しそうな顔でやってきた。
「私もミリアさんの特製アイス――」
 一瞬、陽太と自分達の会話を聞いて彼女もアイスが食べたくなったのかと思い、可愛いな〜♪ と思ったミリアだった。
 しかし――
「私もミリアさんの特製アイス――を食べる幸せそうなエリザーベートちゃんが見たいですぅ!!」
 実際は、エリザベートLOVEな彼女らしい悩みだった。
「どうしたら見れるんですかぁ!? ミリアさんばっかりズルイですぅ!」
 明日香が、グッとミリアに迫り、その手を掴む。彼女の瞳は真剣そのものだ。
「そ、そうですね〜私が配達に行くのは、いつも皆さんが授業に出ている間ですからね〜」
「だから、いつもエリザベートちゃんの幸せな笑顔が見れないんですぅ!」
「どうしたらいいんでしょうね〜? エリザベートさんも、何かと忙しいお方ですから〜」
「うぅ……難しいですぅ」
 エリザベートの幸せな笑顔がよほど見たいのか、その後の明日香は常にどうすれば良いのか悩んでいる様子だった。
 
「ミリアさん! もし良かったら、お弁当のおかず交換しない?」
「セシリアさんのお料理も、中々のものですよ」
メイベルのパートナーセシリア・ライト(せしりあ・らいと)フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)が、大きなバスケットを持ってミリアの元へやって来た。
「交換ですか〜? いいですよ〜。何か作って来たんでしょうか〜?」
「うん! 色々作って来たんだ!」
 セシリアがいそいそとバスケットの蓋を外すと――
「わぁ〜! これはスゴイですね〜」
 ミリアも目を見張るほど、立派な料理たちが所狭しと並んでいた。
「この、パラミタ芋を使った料理、初めて見ました〜」
「それは、フィリッパの故郷の料理を私なりにアレンジして作ってみたの! たしか……スタムポットっていうのかな?」
「そうよ。私は生前に食べたことはないけどね」
「それで、スタムポットをパラミタレタスで巻いてみたんだ!」
「ふふふ、なかなか苦戦してたみたいよ?」
「もう! フィリッパ、余計なことは言わないでいいって!」
 まるで姉と妹のような二人を見て、ミリアは思わず笑みを浮かべた。
「大丈夫。きっと上手に出来てますよ〜。それじゃ〜いただきます〜」
「ど、どう? 美味しい? それとも……」
「うん。美味しいですよ〜。はじめて食べたけど、味付けがとっても上手ですね〜」
「ほ、本当!? よかったぁ」
 安堵の溜息を漏らすセシリアだった。
「はぁ。なんか、安心したら急にお腹が空いちゃった。ミリア、お弁当食べていい?」
「えぇ。もちろん、いいですよ〜」
「それじゃあ、いただきま〜す!」
 ミリアの料理を口に運ぶたび、セシリアは感嘆の声をあげて、その次には「やっぱりスゴイなぁ……」等と関心の声を上げていた。
「なんだか、ピクニックみたいで楽しいですね〜♪」
「ふふふ、そう思っていただけたのなら何よりです」
 喜ぶミリアを見て、フィリッパは優しく微笑んだのだった。

「ミリアさん。食後の紅茶なんてどうやろ?」
 食事も終わり一段落ついたところで、日下部 社が気を利かせてミリアに紅茶を淹れてきた。
「ありがとうございます〜少し身体が冷えていたんで嬉しいです〜」
 どうやら、社の淹れた紅茶はミリアに気に入ってもらえたようだ。
「それでミリアさん。足のほうはいかがでしょうか? 歩けそうですか?」
 ミリアを心配した、本郷 涼介が様子を見に来た。
「そうですね〜みなさんの【ナーシング】や【ヒール】のおかげで、だいぶ治りました〜」
 一時は赤く腫れ上がっていたミリアの足首も、今は生徒達の治癒魔法によりだいぶ良くなったようだ。
 しかし、医学の心得がある涼介の見解としては――
「たしかに良くなっているようですけど、まだ少し赤いですね……無理はあまりよくないな」
 ここで無理をしたら、後々クセになってしまうかもしれない。という、微妙な状態だ。
「大丈夫ですよ〜。このぐらい全然平気です〜」
「いや、たしかに歩けなくもありませんが――」
 ここはミリアを止めるべきか、それとも彼女の言葉を信じて歩いてもらうか。その一瞬を迷った間に――
「ねぇ、それじゃあこの箒に一緒に乗らない? 二人乗りぐらいだったらできるからさ」
 ルカルカ・ルー(るかるか・るー)がサッと、ミリアに提案した。
「えっと〜……あなたは、たしか〜」
「あ、ごめんね。自己紹介がまだだったよね。ルカルカ・ルー。ルカルカでもルカでも好きに呼んで!」
 明るい笑顔を浮かべたルカルカ。
 そんな彼女を見てミリアは――
「あ! 思い出しました〜」
 ポンっと手を打った。何かを思い出したようだ。
「たしか、ロック鳥の羽で抱き枕を作ったお方ですよね〜?」
「そうそう! よく覚えてるね?」
「はい〜。あの抱き枕、エリザベートさんがよく校長室で使ってるのを見てますから〜♪」
「へぇ〜気に入ってくれてたんだ。よかったぁ!」
 ルカルカは、プレゼントした抱き枕を気に入ってもらえてホッとしたようだ。
「それじゃあ、ミリア。自己紹介も終わったことだし、一緒に箒に乗ってくれる?」
「それじゃ〜お言葉に甘えて乗せていただけますか〜?」
「うん! しっかり捕まっててね!!」
 こうして、栄気を養ったミリアと生徒たちは、再び池の主の捜索に出発したのだった。