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リアクション
千里の道も一歩より起こる
熾月瑛菜とE級四天王の衝突だが、結局『瑛菜が負けたらデート一回』に落ち着いてしまった。
「パラ実生徒会長サマのお達しだ……グヘヘヘヘヘ」
E級と舎弟達の下品な笑い声に、瑛菜の両腕に鳥肌が立った。
不意にE級は舎弟達へと振り向くと、
「お前の出番だぜ、薔薇学崩れ!」
「崩れてない! 何度言えばわかるんだ、失礼な!」
舎弟達に押し出されたのはパラ実の友人に会いに来たスレヴィ・ユシライネン(すれう゛ぃ・ゆしらいねん)だった。
しかしE級は彼の主張などまったく耳に入ってないようで、勝手に話しを続ける。
まるで少し前の瑛菜と姫宮和希のやり取りに似ている。
「さあ、お前のその鞭であの生意気な新入りを泣かせてやれよ!」
「はぁ?」
うんざりした顔でスレヴィは瑛菜を見て……傍にいる和希に気づいた。目的の人物だった。
二人は目が合うと同時に口を開いた。
『こんなところで何してんだ?』
和希は喧嘩の仲裁に来て特別に新入生に味方したことを、スレヴィは和希達イリヤ分校の友人達に会いに来たところ途中でE級の舎弟に勝手に配下に加えられたことを、それぞれ話した。
何やってんだかとお互いに思う。
E級四天王が苛立った声を上げた。
「どうした、さっさとしねぇか!」
「やだよ……」
そういう気分になる子じゃないし、とは心の中で付け加えておく。
ふと視線を巡らせると、何だかかわいいアリスを見つけた。
スレヴィの中の危険なスイッチが入りかける。
「ああ、あのアリスの子なら……」
言いかけた時、ずっとアテナ・リネアに抱きついてかわいがっていたヴェルチェ・クライウォルフが、彼女を隠すように移動した。
おかげで正常に戻ったわけだが。
やる気がないことがはっきり伝わったE級は、とうとう痺れを切らして舎弟達にヤケクソ気味に号令を下した。
「生徒会長も何も関係ねぇ! 全員たたんじまえ!」
この言葉を待っていた舎弟達は雄叫びをあげて、各々鉄パイプや金属バットや角材を振り上げて襲い掛かっていった。
瑛菜も鞭を握り直すと釘バットを振りかざすE級へと、攻撃の意志を見せた。
殺伐とした空気の中、自分の好奇心のためにE級側についたC級四天王の朱黎明は、すかさず瑛菜の進路に立ち塞がる。
「邪魔するなら相手になるよ!」
「いいことを教えてあげましょう。四天王とは、実は変態の度合いを表すものなんですよ!」
「……!」
「それでも貴女は四天王になりたいのですか!」
「う、嘘……それじゃあ」
S級四天王はどれほどの変態だというのか。
瑛菜はもう一つのパラ実を見た気がした。
驚愕する瑛菜の胸に黎明の手が伸びる──バストサイズを確かめるために!
後数センチというところで、黎明の背が何かに打たれた。
痺れるような痛みに振り向けば、スレヴィが片手をあげて「ごめん」と言っていた。
「手元が狂った」
抜け出せそうもないと判断した彼は諦めて喧嘩に巻き込まれることにしたようだが、その発言が本当かどうかはあやしい。
何故なら、先ほどからスレヴィの鞭はE級側にしか当たっていないからだ。下手くそにも程がある。
そして、その間に瑛菜は崩城亜璃珠に守られていた。
黎明の前に亜璃珠が立ちはだかる。
「瑛菜ちゃんの敵はE級四天王でしょう。あなたのお相手は私がいたしますわ」
「亜矢さん……ありがとうございますっ」
瑛菜は礼を言うと、葛葉 明とバットで対決しているE級のもとへ駆けた。
「行かせねぇよ!」
舎弟達がずらりと壁になるが、そこにどこからともなく小型飛空艇が突っ込んできて舎弟達をあっという間に蹴散らしていった。
「マナカ☆アターック! 瑛菜、行って!」
風にミニスカートの裾がまくれ上がるのも気にせず、春夏秋冬 真菜華がE級を指差す。
「ありがとう!」
瑛菜は手を上げて走り出した。
※よい子の皆さんは小型飛空艇で人をはねてはいけません。
ヴェルチェにしっかり守られて参戦できないアテナは、ハラハラしながら瑛菜を見ていた。
明と何度もバットを打ち合っているE級へ月谷 要が銃弾を撃ち込み怯んだ時、瑛菜の鞭がその足元をで鋭く鳴った。
E級四天王は標的を瑛菜に変えた。
「そうだ、本来の敵はおまえだったな。あいつのほうが手応えありそうなんで忘れちまったぜ。ガハハハハ!」
明を示しながら瑛菜を馬鹿にして笑うE級に、瑛菜はムッとして鞭を飛ばした。
E級は頬をしたたかに打たれ、小さく呻くがおもしろそうに凶暴な笑みを見せる。
「もともとの相手を忘れるなァ!」
「あまりにも小物でどうでもよくなったのさ! オラァ!」
瑛菜の鞭をかいくぐり、E級のスイングしたバットが瑛菜を吹っ飛ばす。
その体を柊 連が受け止めた。
「大丈夫!?」
「これくらい平気だよ!」
立ち上がった瑛菜の瞳に闘志は消えていない。
釘バットを振り回し攻め込んでくるE級の動きをよく見てかわし、まず武器から奪おうと狙いを定めた時、突然E級の体が不自然に傾いだ。
「勝手にあたしとの勝負をやめないでほしいんだけど!」
明だ。手をついたE級の横腹に蹴りを入れながら言った彼女は、目で瑛菜に合図した。
その意味に気づいた瑛菜は、E級に渾身の一撃を打ち込んだ。
音を立てて倒れたE級四天王に、周りで暴れていた舎弟達の動きが止まる。
「アニキが負けた……」
誰かが呟いた声がいやに響いた。
そして、頭がやられたことで舎弟達はおとなしくなったのだった。
瑛菜がパッと顔を輝かせて、味方してくれた先輩や同級生達を振り返る。
黎明は今日はこの辺までかと肩をすくめ、スレヴィはやれやれとため息をついた。
と、そこにパチパチと一人分の拍手音が鳴り響いた。
全員の目が音の鳴ったほうへ向く。
彼らの注目を受けたのは国頭 武尊(くにがみ・たける)だった。光るモヒカンが眩しい。ちょっとした変装だが、それだけで彼が誰だかわからなくなっていた。
不思議そうに彼を見る瑛菜に、武尊は最初に賛辞を贈った。
「おもしろいものを見せてもらったよ。オレが手を貸すまでもなかった」
武尊は見つからないように離れたところで、瑛菜の戦いをデジタルビデオカメラに収めていた。実力をはかるために。
先輩達に助けてもらいながらの勝利だったが、彼女自身の動きは悪くなかったと武尊は感じた。
「お近づきの印に握手してもらえるかい?」
「いいけど……」
不思議さに怪訝さをわずかに混ぜた表情で瑛菜は武尊に近づき、彼が差し出す手を握った。
すると、武尊は薄く笑み、光るモヒカンを外した。
彼を知る者達から「あっ」と声があがる。
「オレはS級四天王の国頭武尊だ。今日の勝利を記念して君にE級四天王の位を授けよう」
「S級……!」
瑛菜の目が驚きに見開かれる。
通常なら滅多に会うことのできない雲の上の存在である人物に思いがけず遭遇したことを驚く場面なのだが、瑛菜の頭には先ほどの黎明の台詞が残っていた。
「四天王とは、実は変態の度合いを表すものなんですよ!」
目の前の、精悍で真面目そうな人物がどんな凄い変態なのか、瑛菜は想像しかけて──やめた。強制終了した。
とりあえず、今は逆らわないでおこう、と思うだけだ。
「あ……ありがとうございます」
「それじゃ」
手を離し、去っていこうとする武尊を姫宮和希が呼び止めた。
「これから新入生歓迎会やるんだ。よかったら来いよ。そこの元E級達もさ」
相変わらずの和希に武尊の口元に思わず笑みが浮かぶ。
自分が何を考えているか知っているのだろうか、という苦笑に近い笑みだった。
断って立ち去ってもよかったが──。
「……今日くらいはいいか」
武尊は了承した。
呻き声をあげる元E級四天王の舎弟達の傍に、パラ実の女子生徒が近寄りヒールをかけていった。
真新しい指定制服のセーラー服におさげ髪、メガネ……。
「ほてやみつえ……?」
覗きこんできた高崎悠司に、女子生徒──に、変装した関谷 未憂(せきや・みゆう)はビクッと肩を震わせて否定した。
ここで言うほてやみつえとは、イラストレーターさんではなく、かつて旧生徒会に追われていた横山ミツエが、追っ手の目をくらませるために使った偽名である。その時の変装が、今の未憂によく似ていたのだ。
未憂は、悠司の通う学校がどんなところなのか気になり、イルミンスールからここまでやって来たのだ。
「ひ、人違い……ですよ」
「ふぅん……?」
何となく引っかかりを覚えながらも、悠司はそれを認めた。
気絶中の元E級は怪我だけ治しておいた。時間が経てば意識も戻るだろうから。
時々悠司の視線を感じながら未憂は瑛菜の傷も癒した。
「ありがとう」
「いいえ。……はい、もう大丈夫ね」
未憂は笑顔を見せると一人一人丁寧に診ていったのだった。
そんな中、元E級の意識が戻った。
彼は笑顔で話している瑛菜を見るなり勢いよく立ち上がり、復讐戦を挑もうとする。
が、塚原 忍(つかはら・しの)の声がそれを止めた。
「まあ待てよ。これから新入生歓迎会をやるんだと。生徒会長がおまえらも来いって言ってるぜ。俺はそこである舞台を用意するつもりだが……復讐したいなら、そこで勝負したらどうだ?」
忍の言う勝負とは、歌合戦だった。
「俺は歌も得意だぜ……ククッ」
元E級はニヤリと笑んで、その話に乗った。